44話 瞬動術
「……力不足?」
「うむ、地上でのお主の戦いを少し見させてもらったが、確かに他の者より強い。だが、この先魔族とやり合っていくにはまだ足りぬ。そしてこれは礼でもある」
「礼?」
「我らの望みを聞き入れてくれた事への礼だ。お主の最終的な目標は故郷を滅ぼした者、そして恩師を奪った帝国への復讐じゃろう。当然、それを成す為には今のお主では全くの力不足だ。だが、我がお主を鍛え、力を与える。これが礼じゃ」
「……わかった。どのみち俺ももっと強くならないといけないと思っていた所だ」
ハデスはどこで調べたのか俺の目標も全部知っていた。これまでに聞いた話も恐らく全て真実。であれば、神に鍛えて貰えるなんてこれまでにないチャンスだ。これを利用しない手は無い。
「うむ、ではこれより三年間でお主を鍛え上げる」
「わかった」
三年もちんたらしてる時間は無い。でも、力不足と自分でもわかっている状態で飛び出して、返り討ちに遭って何も果たせませんでしたじゃ意味が無い。今は時間をかけてでも強くなる方を優先するべきだ。もう何も失わないように、もう誰にも負けないように。
「よし、決まりだ。これより三年間でお主にはゼウスを超えてもらう!」
三千年前に大陸を救った英雄ゼウスを、たった三年で越えられるとはとても思えないが、それだけの意志を持っていなければいけないという事だろうか。
「あれを」
「はっ!」
ハデスが合図すると黒鬼隊の一人がお盆をうやうやしく両手で持ちながら俺の所まで来、そして膝をついた。
お盆の中を覗き込んでみると剣が置かれていた。柄、鞘、刀身も真っ黒の剣だ。サイズはだいたいテンペスターと同じ程度。
「これは?」
ちらりとハデスを見上げる。
「お主への二つ目の礼じゃ。地獄の秘宝『シュデュンヤー』」
「…………」
俺は剣とハデスを交互に見る。
さっき『狂気零刀』とかいう呪われた秘宝の話を聞いたばかりだ。この剣にも何かあるんじゃないのか……? おいそれと握れないぞ……
「ん? なんだ、なにか不満か?」
ハデスも俺の意図に気づかず剣と俺を交互に見る。
「うむ、なるほど。お主は用心深いな。安心しろ、そいつに呪いはない。むしろ多大なる加護をもたらす」
「加護?」
「うむ。加護とは、いくつかあるが……まず、その剣は死者を殺す事が出来る」
「死者を……殺す?」
「アンデットとして蘇らされた死者は痛みも感じず、血も肉も必要ない。故に不死。体を原型がなくなるほど消し飛ばすか、動けないようにするのが一般的な対処方法じゃ。もしくは浄化の光なども有効じゃな。しかし、この剣は斬ると死者の魂を吸い込み、そのままここ、地獄へ送ってくれる。つまり、アンデットを殺す事が出来る剣なのだ」
「なるほど、死者を操る魔族を殺す為にはうってつけの武器ってわけか」
「更には魂を地獄へ送れば送るほど、切れ味、そして強度が上がる。更にごく稀にその者の力の一部を吸収し、使用を可能にするが、まぁこっちはあまり気にしなくてもよいだろう」
「なるほど。アンデットを斬れば剣の性能が上がる。より強くなるならアンデットと戦うしかない。礼と言いつつ頼みを聞き入れやすくさせる為の剣だな」
「隠しても仕方あるまい。お主の言う通り、少しでも我の願いを聞き入れてもらおうと、お主の為に作らせた剣でもある。頼む以上は、支度は整えなければな。とにかく受け取ってくれ。貰って損する物ではないはずだ」
「ああ、だがわざわざ秘宝まで作って俺にくれるなんてな。そんな事しなくても頼みは聞いたのに」
「それだけお主には賭けておる。アンデットは手や足を斬り落としてもすぐに元通りになってしまう。それがないと、やり合うのは厳しいだろう」
「そうか、わかった。ありがたく受け取っておく」
「うむ。シュデュンヤーも渡し終えた事だし、修行の話は一度置いておくとしよう。まずは……クロトとエヴァリオンを歓迎する宴じゃ!」
『うぉぉぉぉぉぉ!』
「いやいきなりかよ!!」
そんなこんなで俺とエヴァは、地獄での三年間の修行を始めた。
◇
同時刻。
エルトリア学園寮。
銀色の髪を伸ばした少女が学園寮の一室の扉コンコンっと叩く。
「ん? 開いてるぜ」
中から太めの声が帰ってくる。
ドアを開けると、入って正面の窓際に置いてある机に向かって大男が斧を睨みつけながら座っていた。
「久しぶりね、ガイナ。……何してるの?」
「ああ、マナか。久しぶりだな。今、斧の調節をしててな」
ガイナは愛用の斧をコツンコツンと叩きながら答える。
「へぇ、どこか調子でも悪いの?」
「ん、いや。最近実戦的な訓練が増えたからな。いざ戦闘中に不備があったらおしまいだ」
「マメね。……それで、本題なんだけど。進路とかどうするの? 考えてる?」
「俺は龍騎士団に入るつもりだ」
「え……」
「家を継ぐにしても、まずは強くならないといけないし、アラン団長からもし何も進路を考えてないなら龍騎士団に来いって言ってもらえたしな」
「そう、ガイナも騎士団に入るんだ」
「それにな……クロトもエヴァも死んでなんかいないはずだ。探しに行きたいと思ってる」
「……そう」
「君はどうするんだい?」
突然背後から声をかけられマナティアはドキッとする。
「……なんだ、レイグか。びっくりさせないでよ。……私は天馬騎士団に入ろうかなって」
「そうか、なら三人とも兵士になるわけだ」
「え? レイグも?」
「僕は元々皇子直属の護衛だったんだ。兵士以外に道なんてないさ」
「そっか……じゃあお互い頑張りましょうね」
「ああ」
「おう」
◇
「エイナさん」
「ん? 君は確か……」
「伝令兵のエイジです」
新団長として忙殺されているエイナの元へ、伝令兵の男がやって来る。
伝令兵とは街から街へ、指揮官から指揮官へ情報の伝達を主な任務とする兵士で、諸事情により戦闘に参加出来なくなった兵士なんかが選ばれる事が多い。他にも馬の扱いに長けている等の選考基準はあるのだが。
地味な役割で敬遠されてしまうが、伝令兵が居ないと戦場で軍隊はまともに機能出来ない。重要な役割である。
「ああ、どうしたの?」
「コムラ公爵領を根城としていた盗賊団が全滅したそうです」
本当なら喜ぶべき情報に、エイナは暗い顔のまま、表情を曇らせる。
「……そう。いつも、奪われるのね」
伝令兵が去った後、エイナはぽつりと呟き、頬を伝った涙を乱暴に拭いてまた仕事に戻る。
◇
「ではクロト様にはまず、瞬動術を教えます」
修行をするため俺とグレイドはハデスの宮殿の中にある中庭に来ていた。
「瞬動術?」
「はい、土煙一つ立てずに瞬時に数メートルを移動する歩術の一つです」
「なるほど」
まずは基礎的な所からとハデスが言っていたが、初めての訓練は歩術からか。確かに今まで気にしたことも無かった。
「瞬動術を習得し、意識せずとも出来る程に熟練なされば、クロト様の雷と合わせてこれまで以上の速度を得られるでしょう。更に、瞬動術は歩術ですから、全ての技に組み込むことが出来ます。この歩術一つで全体の底上げが出来るでしょう」
「よし、教えてくれ」
「はい。では、見ていてください」
と、グレイドは特に構えるわけでもなく普通に立っている。
何もしないのかと思っているとグレイドの足がピクピクと動いたかと思った次の瞬間、ふっと風が顔の横を駆け抜け、グレイドが消えた。
慌てて後ろを見ると、そこにグレイドが立っていた。
「すご、本当に土煙一つ立ってないな」
「まずは見様見真似でやってみてください」
「おう!」
俺は足に神経を集中し、目にも止まらぬスピードをイメージする。
右足に重心をかけ、一気に踏み込む。景色が一瞬で後ろに消える。ちらっと後ろを見ると踏み込みすぎて地面がへこみ、かなり砂煙が舞っている。
なるほど、実際にやるのはめちゃくちゃ難しいな。




