34話 雪崩と共に
〈雷術 雷崩拳〉
リヴァの仕込み刀と雷崩拳がぶつかり、衝撃で雪が舞い、視界が塞がる。
流石は魔王と言うべきか。今の俺なんかじゃ、一つ一つの攻撃に大技をぶつけて相殺させるのが精一杯。気を抜けば一瞬で負けが濃厚になる。
俺は雪で視界が塞がった事に乗じて瞬時に方向を変えて駆け出す。
「エヴァ、無事でいてくれ」
俺の前に魔王リヴァが現れた。そしてリヴァは俺の事を『黒髪の雷使い』と呼んだ。つまり、俺の情報をフロリエルから聞いて、俺を狙ってここまで来た事になる。であればフロリエルに情報が割れているエヴァも標的なはずだ。
自分の力を試したいという衝動にも狩られるが、ここで俺が抑えられているという事は、フロリエルは確実にエヴァの所に居る。エヴァがピンチかもしれないのにこんな強い奴とやってられるか。
人型を保つことも止め、俺の出せる最大速度で雪山を駆け抜ける。そう遠くには居ないはず。必ずこの周辺に居る。
「……ひぇ……ひぇひぇ…………み……つ……い……み……」
今、耳元で風を切る音に混じって微かに何か聞こえた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
次の瞬間、森に悲鳴が響き渡る。
「エヴァ!」
俺は声をした方へ方向転換し、テンペスターを抜いていつでも戦闘に入れるように備える。
数秒後、森の中にある円形の空き地に出た。
その中心で這いつくばる金髪の少女――エヴァ――と、前と全く変わらぬ姿の魔族――フロリエル――を発見する。
「フロリエルッ!!」
「おや? 貴方の方にはリヴァが行ったはず……」
「……ク、クロト」
「待ってろエヴァ……今こいつを、排除してやるからな」
〈雷帝流 稲妻剣〉
雷化しているおかげで前とは段違いに威力が増加した稲妻剣を振り下ろす。が、フロリエルは俺の接近にいち早く対応し、後ろに飛んだ。
稲妻剣は空振りとなり、勢い余って地面にまで振り下ろしたせいで雪を舞い上がらせる。
「ひぇひぇひぇひぇひぇ、あの時よりも強くなっているようですねぇ」
「食らえ」
俺は空へ飛び上がり、ほぼ雷と同じ状態に変化してフロリエルに突っ込む。
雷化を発動している時、俺の肉体は自在に形を変える事が出来る。それこそ、意識的に人型を維持していなければ霧散してしまう程に。霧散したところで意識を集中すればまた戻れるのだが、勝手の違う人型以外になるのは危険だとイザベラさんに止められ、未だ意図的に解除した事は無い。
現在、人型という枷すらを外し、速度は音速にすら達する。その速度で狙いを定めるのは至難の業だが、この技を思いついた時点でその練習も訓練に組み込んで来た。
最大速度でフロリエルに接近し、衝突する寸前にテンペスターを大きく振り抜く。勢いを全く殺す事無く、そのまま乗せた斬撃。
〈雷帝流奥義 電光石火〉
俺の最大速度で駆け抜ける斬撃が、確実にフロリエルに決まったと思った瞬間、テリア山に激しい金属音が響き渡る。
あの速度にすら追いついてきたリヴァによって、俺はフロリエルを目の前にして止められている。テンペスターと仕込み刀がガチガチと音を立て、俺の速度を無理矢理止めた事でソニックブームが発生し、突風を伴って周囲の雪を更に舞い上がらせる。
テンペスターに纏っていた雷は突然止められた事で、その状態を維持出来ず、四方に飛び散っては周囲の木々や地面に着弾して爆発している。
「追いついてきやがったのか」
「逃げられると思ったかの?」
俺は咄嗟に危険を感じ、リヴァとの押し合いを諦めてエヴァの近くに後退する。
エヴァは地面に突っ伏したままで、目立った外傷は無いが、表情は苦痛に歪んでいる。エルトリア城下町で戦った時、俺がやられたのと同じ魔術をやられたんだろう。
俺が来て安心したのか、今は少し表情が緩み、気を失ってしまっている。
「ひぇひぇひぇひぇひぇ……思い出しますねぇ、城下町でのあの戦いを。あの時とは少し状況が違いますが、借りは返させて頂きますよ?」
「わしも面倒な任務だと思っておったが、お前さんに少し興味が湧いた。是非とも手合わせ願うぞ」
「……俺はお前らみたいな化物二人とこんな状況でやるなんてごめんなんだがな……」
〈雷術 雷撃大砲〉
魔力の消耗も気にせずに雷の巨大砲弾を発射する。雷撃大砲はバチバチと激しい音を鳴らしながら地面を削り、リヴァとフロリエルに迫る。
「その程度……」
冷静に仕込み刀を構えていたリヴァが、雷撃大砲を真っ二つに断ち切ってしまう。二つに斬られた巨大雷丸は、そのまあリヴァ達を避け、更に後方で爆破する。
「次はこちらですよ」
〈闇術 重力〉
ブゥン、と鈍い音が耳元で聞こえたかと思うと、急に体が重くなり、膝を付いてしまう。
「重力操作だと……」
「ひぇひぇひぇひぇひぇ。簡単には……」
俺は人型を解除し、雷となってフロリエルの後ろへと回り込む。すると、体にのしかかっていた重さも消え、体はまた驚く程軽くなる。
未だ俺の動きに対応しきれていないフロリエルに、雷を纏っただけのただの蹴りを入れる。
「くっ……」
ただの蹴りとは言っても、雷化しているという事は雷に蹴られるのと同義である。そして、雷に蹴られるというのは横から雷が突き抜けるという事とも同義だ。
蹴りを受けたフロリエルは、雷が突き抜けた衝撃で真横に吹っ飛ぶ。
「やっぱり、その物の重量を引き上げるんじゃなく、一定範囲内の重力を上げる術なんだな。だったら俺には効かない。今の俺は雷だ。雷の速さに追いつけるもんか」
「見事。じゃが、わしが居る事を忘れてもらっては困る」
リヴァの刀が俺の胴体を捉え、斜め一閃に断ち斬られる。
「な……」
俺の体は何の抵抗も無く真っ二つに斬り裂かれる。
「なんとも手応えのない…………ッ!?」
「よっと」
俺は意識一つで斬られた体を再生し、再び人型へと戻る。
「まさかとは思ったが、それは古代魔術じゃな? よもや現代に使える者が居ったとはのぉ」
「ごほっごほっ、初めて見ましたが、これが……私の超再生に似ていますねぇ、ひぇひぇひぇ」
「正確にはお前の超再生より上だ。こっちには痛みもないし魔力消費もほぼない」
人型を維持するだけなら俺の意識一つで済む。体を再生させるにしても、乱された体を元に戻すだけだ。魔力消費は発生しない。物理攻撃を完全に無効化する上にこの弱点の無さが、古代魔術の真骨頂とも言える。
「行くぜぇ」
テンペスターを再び構え、標的はリヴァに。俺ではフロリエルに有効打を打てない。となれば、恐らく再生系の異能ではないリヴァを狙い、足止めしてここから離れる。
だが、悠長な事は言ってられない。電光石火でかなりの魔力を使ってるし、これ以上戦闘をしながら雷化を維持するのはかなりきつい。
早めに勝負を決める……
「ふん……」
その瞬間、地震が起き、何かが崩れるような、耳を塞ぎたくなるような低音が轟く。
「な、なんだ……」
音は上から聞こえており、山の上を見上げると白い塊がうなりを上げてこちらへ迫ってきている。
「雪崩か……!?」
「こんな時に……少し暴れすぎたか。……フロリエル、ここは退くぞ。お主は死なぬだろうが、わしにはアレを受け切れるかわからん」
「ひぇひぇひぇひぇひぇ、仕方ありませんね」
次は必ず仕留めます、と言い残しフロリエルとリヴァは消える。周囲に気配も全く感じず、撤退したとわかるが、一難去ってまた一難だ。
流石に雪崩を直撃するのは不味いし、アレを防げるほどの魔力は残っていない。
雪は俺に考える時間をくれず、無慈悲に迫ってくる。
とりあえずエヴァを……
一歩踏み出した瞬間、雷化が解け、脱力と疲労に襲われる。体の重さも魔力の無さも相まって直立を維持出来ず、俺はガクッと膝をつく。
「くそ、あと数分もってくれれば……」
俺は気を失ったエヴァを引き寄せ、後ろを振り返る。もうあと数十秒もしないうちに俺もエヴァも雪崩に飲み込まれる。
雷化さえ維持出来れば雪崩からも逃げれたかもしれないが、魔力もすっからかんの今の状態じゃどうにも出来ない。せめてエヴァを離さないようにしっかりと抱きしめておく。
直後、俺の視界は真っ白な雪に覆われ、その見た目以上の衝撃に意識が途絶えた。
◇
「まだ見つからんのか!」
アランの声に龍騎士団の団員達の動きが速くなる。
この場にいるのは今回雪山合宿に参加したエルトリア学園の一年生と、捜索の為に出払っている者を除く龍騎士団、天馬騎士団。両騎士団団長のアランとイザベラもいる。
時は遡ること数日前。
クロト達が中々戻らない事に異変を感じたガイナ達はクロト達を探しに向かい、魔族と交戦中のクロトを発見。
マナは騎士団を呼ぶ為に下山。ガイナとレイグは加勢に向かおうとしたが、その直後に雪崩が起き、自分の身を守る事で精一杯だった。
雪崩が収まったあと辺りを捜索するもクロトとエヴァの姿は無く、魔族の出現とクロト、エヴァの行方不明を重く見たアラン、イザベラの両名が雪山合宿の中止を決断。テリア山で活動する狩猟民族のハンター隊にも協力を仰ぎ、騎士団と合同の大規模捜索が行われる。
この数日間、雪崩の起きた地点を中心に騎士団、ハンター隊の懸命な捜索が続いたが、その努力虚しく、クロトとエヴァの発見は終ぞ出来なかった。
「……ここまでだ。城へ帰るぞ」
「アラン!? ちょっと待ってよ!」
アランは振り返ることなく歩き続ける。理性で判断すれば、これ以上の捜索は危険で無駄だと理解出来る。しかし、イザベラの心は違った。彼女の目には、雪と魔族の脅威に立ち向かう少年の姿が浮かぶ。
「イザベラ、冷静に考えろ。魔族と戦ってる時点であいつらは殺された可能性だってある。更に雪崩に巻き込まれてるんだ。生存の可能性はゼロに等しいだろ。それに、またいつ魔族が襲って来るかもわからない場所に生徒が集まっている。たった二つの騎士団で守り切れる数じゃない。これ以上は他の生徒にも危険が及ぶ」
「それは、わかるわ……でも……」
アランの言っている事は当然イザベラも理解出来るし、正しいと思っている。しかし、イザベラもクロトとはもう二年の付き合いになる。簡単に諦める事は出来ない。
そこへ、少し離れた場所でチームメイトと話しているイーニアスの声が聞こえてくる。
「一体何日ここに居させられるんだ? 死んだのは悪魔とクロトなんだろう? 奴ら、対抗戦で僕達に勝ったからって調子に乗ってたんだよ。だから魔族に出くわしても逃げるより先に戦う事を選んだんだ。でもまぁ、悪魔が死んでくれたのは良かったよ。どうせ死ぬなら迷惑かけずに死んでほしいけどね。ハハッ! そうだろ? パトリック」
「…………」
「パトリック? どうし…………」
パチンッと乾いた音が雪山に響く。
「イ、イザベラ!? なんの真似だ? 僕に手を上げるとは……」
「いい加減にしなさい! 人が死んでどうして笑えるの? 次期皇帝なら、考えを改めなさい!」
イザベラの叱責の声が雪山の風を切り裂き、凍りつくような鋭さを持って響く。アランは唇を引き結び、イーニアスを一瞥する。責めるのではなく、ただ状況を理解しようとする目だ。
そしてぶたれた事に未だ驚いているイーニアスの目に、僅かに、そして確実に殺意が宿る。
「この……」
「アラン、イザベラ。少しいいか?」
イーニアスの言葉を遮るようにハンター隊隊長のアイリスがイザベラとアランを呼ぶ。その背後には捜索に出ていたハンター隊も集結している。
「どうしましたか? ハングル公爵」
「見て欲しいものがある」
◇
時同じくして。
クロトとエヴァが雪崩に巻き込まれてから数日後。
ハングル公爵領、テリア山より西の平原。
白い獣――巨大なウルフ――が番犬のように座り、地面に倒れている二つの肉塊をじっと見つめている。
一人は黒髪で剣を腰にさしている少年。もう一人は金髪で、小柄な少女だ。
そこへ一人の男が歩いてくる。
スキンヘッドに黒いマント、腰には片手剣を一本さしている。
「ジャイアントウルフ……? たった一匹で何を……その死体は、お前の餌か?」
「ガルゥ」
「そうか、しかしその死体、まだ死んで日が……ん?」
男はドシドシとしっかりとした足取りで二つの死体に近づきじっと見る。
最初はジャイアントウルフを警戒していたが、ジャイアントウルフであれば男を発見した段階で食い殺せている。故に戦闘の意志や殺意は無いと踏み、死体の方に注目する。
「こいつら、まだ生きてるのか……?」




