31話 雪山合宿の猛威
ホワイトオーク。
一言で言えば人型の豚、オークの白毛バージョン。ミノタウロスより弱い魔物だが、一年半で俺がどれだけ強くなったか試すには十分な相手だ。
「行くぞ!」
俺はテンペスターの切っ先を天に向け、そのまま振り下ろす。
テンペスターは確実にホワイトオークを捉えたが、その肉体に僅かな傷をつけるだけで、有効打にはならない。このテリア山に住む魔物は、この過酷な環境下でも生きていけるように皮膚が耐寒耐熱、更には体毛が硬化しており、並みの魔物よりも耐久性に優れている。聞いていたよりも厄介だ。
「レイグ! 俺に合わせてくれ」
〈黒帝流 剣狼〉
「おう!」
渾身の突きを放ち、ホワイトオークの腹にテンペスターを突き刺すが、刺さったのは僅か数センチ。やはり分厚い脂肪に阻まれ、テンペスターだけでは殆どダメージを与えられない。
「チッ……」
〈黒帝流 双剣狼〉
「はぁぁぁ!」
右上からの斜め斬りとレイグの大剣による左上からの斜め斬りが重なりホワイトオークの腹に袈裟状の傷が出来る。が、浅い。
二級魔物と言っても熱い脂肪に硬い毛皮。防御面に関していえば一級と同等のそれだ。
「クロト、レイグ! どけ!」
オークが動き始める前にガイナが畳み掛ける。斧を両手で振り上げ、フルパワーで振り下ろす。
「ウォォォォ」
ホワイトオークは咄嗟に腕で防御し、ガイナの攻撃を受け止めようとする。ゴンッと鈍い音が響き、ガイナの斧がホワイトオークの腕にめり込むが、それでも骨を断つことは出来ず、斧が半分腕にめり込んだ痛みでホワイトオークは咆哮を上げる。
「そのままじゃ火傷するわよ、ガイナ」
〈炎術 炎の衝撃〉
〈氷術 氷の弾丸〉
「お、おい ちょっとま…………」
赤く光る小さな球体がマナの手の平からいくつも出現し、ホワイトオークの元へ集まったかと思ったら、激しい炎を伴いながら爆発する。何が起こったか理解出来ないまま更に追撃と言わんばかりに氷の氷柱が突き刺さる。
「ウォォォォ」
ホワイトオークは寸前の所で防御したが、全ての氷柱を防ぎ切る事は出来ず、数本は体に刺さってしまう。痛みに吠えているが、俺達もそれどころじゃない。
「あぶねー! 殺す気か!!」
お、ガイナはなんとか抜け出したようだ。
「畳み掛けるぞ! ガイナ!レイグ!」
「おう!」
俺はテンペスターに雷を纏わせ大きく上に飛ぶ。
レイグは大剣を正面からホワイトオークの腹に突き刺し、そのリーチを活かして反撃を食らわないように抑えている。ガイナはホワイトオークが動けない隙きを狙って一気に斧を振り下ろすが、ホワイトオークも馬鹿ではなく、再び腕でガードした。
先程よりも力が入ってなかったのか傷が浅い。
「うっ……」
「ぐは…………」
次の瞬間、戦況は一気に変わった。
俺が空中で剣を振り下ろすまでの間にオークはガイナを斧ごと投げ飛ばし、レイグの大剣を素手で掴み、柄の部分でレイグの腹を殴り飛ばした。
投げ飛ばされたガイナは少し離れた所で大の字に倒れている。レイグはゴロゴロと転がった後、木に激突し、積もっていた雪の中に埋もれて消えた。
そして空中で剣を振り上げている俺を一目睨むと、レイグの大剣を無造作に振るって俺へ攻撃してくる。横に薙ぎ払われる大剣を受け止める為に、俺はテンペスターを盾のように構え、体を丸める。
「クロト!」
エヴァの声が俺の耳に届くとほぼ同時に、凄まじいまでの衝撃が左側から全身に走る。
空中では踏ん張る事も出来ず、その衝撃に対して何も出来ないまま俺はあっけなく吹き飛ばされ木に激突する。
「クロト! 大丈夫?」
「あ、ああ」
背中を強く打ち付けたせいでうまく肺に空気を取り込めなかったが、それはすぐに回復した。それよりも、頭を打ったらしく、視界がぼやけ、左腕に力が入らない方が問題だ。
〈炎術 炎龍〉
マナの手から放たれた炎が龍へと形を変え、ホワイトオーク目掛けて飛ぶ。炎龍は空を焼き尽くしながら直撃したが、寒冷な山で過ごすホワイトオークの剛毛が炎を遮断し、炎によるダメージは殆ど無さそうに見える。
「エヴァ、合わせてくれ」
「う、うん!」
〈雷術 雷砲〉
〈氷術 氷の大砲〉
雷を纏った氷柱がホワイトオークに直撃する。
雷で貫通力を上乗せした氷柱は、ホワイトオークへの最も有効な手段なはずだ。だが、それでもホワイトオークの剛毛を打ち破る事は出来ていない。
「ホワイトオークの皮膚は……耐性があって、攻撃が通らない事で有名らしいぜ」
「ガイナ、大丈夫か?」
「ああ、なんとかな」
ゴホゴホと咳き込みながら立ち上がるガイナを横目に俺はさっき聞いた情報を思い出す。
皮膚は耐性がある。雪山に生息している以上、氷に耐性があるのは理解出来るが、マナの炎術ですら大したダメージになっていなかった事を考えれば、魔術そのものに対する耐性が高いのだろう。おまけに剛毛と脂肪による物理耐性もある。
責めるなら魔術よりも剣による攻撃の方が良いか……いや、爆発的な威力なら魔術も通るだろう。
「ガイナ!レイグ! 十秒でいい あいつの動きを止めてくれ!」
「おう!」
「わかったよ」
二人共結構ダメージを受けてる。マナの回復があるとは言っても、ここでダメージを食らい過ぎるのは危険だ。長く戦い、ダメージを蓄積させれば暫くはまともに行動出来なくなるだろう。この魔物だらけの雪山で足を失うのは不味い。誰かが動けなくなる前にこの勝負にケリを付けないと……
「うぉぉぉぉ!」
ガイナが振った斧が、未だホワイトオークの手中にあるレイグの大剣を捉えて絡め取り、地面に叩き落とす。対人ならば武器を持っている相手すらもひれ伏させる体術だが、流石に巨体のホワイトオークを組み伏せる事は厳しい。
武器を失ったオークは素手でガイナを殴ろうとするが、今度はそれを水の刃によって妨害される。
〈水術 水刃〉
「ナイス!」
〈土術 土牢〉
雪の下から突き出た土がオークを挟み、動きを止める。更にそこへレイグが追い打ちをかける。
〈水術 水鉄砲〉
レイグは、背後に流れる川の水を利用して水術を発動させ、十ほどの細い水柱を生成してオークの顔面に直撃させる。視界を奪われ、更に顔に攻撃を受けた事で一瞬ではあるが怯んで動きが止まる。
「よし、もういいぞ! 二人とも下がってくれ。マナ、二人の治療を!」
「ええ」
テンペスターを鞘に戻し、片手に魔力を込め、雷を纏わせる。ヂヂヂと激しい雷鳴を響かせて稲妻が光る。それを手の平に収め、そのまま一気にホワイトオークに接近。急な接近に対応しきれず、更に土牢のせいで身動きが取れないオークはあっさり後ろを取られる。
「これが俺の最大火力……食らえ!」
〈雷術 雷撃〉
留め続けた雷を一気に放出し、超高電圧の雷撃をオークに浴びせる。雷は表面を焦がし、体内にまでダメージを与える。
今まで何度か〈雷拳〉を放ち、そこへ魔力を込め続ける事で爆発させる荒業を使ってきた。それを術に昇華させた雷化・天装衣を使わずに出せる最大火力だ。
「いくらお前の皮膚に耐性があろうと、この技は内側から破壊する」
シューと煙を上げながら気絶するオーク。恐らくは死んでいるはずだが、ここは安全を期すためにもとどめを……
テンペスターを振り上げ、とどめを刺そうと構える。が、突然視界が暗くなり、足元がよろける。魔力を消費しすぎたんだ。
「大丈夫か? クロト」
「ああ。でも、もう魔力がほとんど残ってない」
「ひとまず……キャンプ場に戻ろう。いきなりこんな全力の戦いになるとは思わなかった」
俺はガイナに支えられながらキャンプへと歩き出した。
「ウォォォォ」
「嘘、だろ……」
川が流れている場所からキャンプまでは森を挟んでいるが、俺たちが行こうとしたちょうどその方角の森からもう一匹のホワイトオークが現れた。
「ク、クロト!」
「ガイナ、レイグ。行けるか?」
「ほとんど限界に近いが……やるしかねーだろ」
「どうする? 本当に戦うのか?」
「一旦逃げるのが得策だろうな。ただ、逃してくれるかどうか……」
「ひ…………」
マナは遂に恐怖を感じてしまっている。全員で力を尽くしてようやく一体倒せたのに、満身創痍のこの状況でもう一体と相手しないといけないなんて……
ふと、イザベラさんと古代魔術習得時にしていた話を思い出す。あれは対抗戦が終わった後の事だ。
◇
「クロト、まずは対抗戦おめでとう。そして古代魔術の習得も」
「ありがとうございます!」
「凄い力だったわ。使っているクロトが一番実感している事だとは思うけど……それで、今日は貴方の師として、一つ約束をして欲しいの」
「約束?」
「ええ、あの古代魔術は強力な力であると同時にクロトの寿命を削るようなドーピングだと説明したわよね?」
「はい、発動するまでの過程で身体を傷付けてしまっていると」
「それにあれだけの強大な力は人を溺れさせるだけの魅力もある。だから、古代魔術を使っていいのは『仲間を守る時』だけ。これを私と約束して頂戴」
「……はい、もちろんです」
「力をただの道具と考えてはだめよ。使う者次第で善にも悪にもなる。その古代魔術が、クロトを正しく導いてくれることを祈ってるわ」
◇
『仲間を守る時』
やるしかない。この残り少ない魔力でも雷化・天装衣なら問題ない。それに今はまさに、仲間を守る時!
〈雷術奥義 雷化・天装衣〉
鏡盾によって跳ね返された雷が俺に降り注ぎ、魔力を急激に高める。そして体質を雷へと変換させ、完全な雷化を発動する。
「全員下がれ! ここは俺一人でいい」
「で、でも……」
「いや、あれなら大丈夫だ。対抗戦の事忘れたわけじゃねーだろ!」
「ちょ、ちょっとガイナ!」
ガイナがエヴァとマナを担ぎ、後ろへ下がる。レイグもホワイトオークを警戒しながら、三人を守る様にジリジリと後退する。
「まぁ、実戦で使うのは二回目だから、細かい調整はまだ出来ない。けどな……雷撃で倒せる程度の魔物なら何の問題もない。……仲間は必ず、俺が守る」




