21話 対抗戦
魔族、フロリエルとの戦いから早三ヵ月。エヴァの黒い氷によって出来た脇腹の傷は、想像以上に治りが遅く、動くのに支障が無くなるまで一か月弱も掛かり、完治と診断される頃には戦いから一ヶ月半の時間が経ってしまっていた。
エヴァは毎日のように申し訳なさそうに俯いていたが、それも完治して数週間もすれば薄れていき、今では三か月前のエヴァと変わらず元気な様子を見せてくれている。エヴァからしてみれば過去のトラウマをなぞる出来事になってしまっただろうが、俺は気にしていないし、いつも通りにしてくれる方が嬉しい。
「さて、今日の授業はここまでだ、各自解散でいいぞ……アルフガルノ、少しいいか?」
武術学科の授業が終わり、アラン団長の号令で皆がぞろぞろと動き出す。俺も他の皆と合流しようと歩き出すと、アラン団長に止められる。
「悪いな、お前のチームを集めて来てもらえるか?」
「え、あ、はい」
別の場所で訓練を受けていたエヴァ、ガイナ、レイグ、マナをそれぞれ呼びに行き、全員揃えて再びアラン団長の元に戻る。
俺を含めて全員頭に?が浮かんだまま、アラン団長が口を開くのを黙って待つ。
「さて、わざわざ集まって貰ったのは他でもない、『学園対抗戦』に氷の姫が出場する気は無いかという誘いの為だ」
「それって……」
『学園対抗戦』。
確か一か月ぐらい前にアラン団長が告知していたこの夏一番の大イベント。このイベントは一年生だけに行われるもので、四年生で行われる『エルトリア王冠戦』の前哨戦とも言われる。
形式はトーナメント戦で、全てのチームの中からたったの四チームを選出し、一日に一試合。合計三日間で優勝を決める大会だ。当然優勝はおろか、そもそも参加するのすら凄い倍率だ。だから俺達も特に出るために何かしようという意志は無く、楽しみだなぁぐらいにしか思っていなかった。
「どうして俺達が?」
チーム同士の強さの優劣と言うのは、入学してから特に競うような場面も無かったので未知数だ。だが、それにしてもやはりイーニアスのチームなんかはかなり上位の実力を持っていると聞いている。だからそういったやつらは当然出るんだろうと思っていたが、俺達に白羽の矢が立つとは思っても見なかった。
「実力から言えばお前達は十分推薦する域に達している。特に三か月前の魔族を追い払った功績はかなりのもんだ。どうだ? 出る気は無いか?」
たったの四チームにまで絞る方法は大きく分けて二種類。
一つは教員からの直々の推薦。そしてもう一つが立候補。ただし、立候補はすれば出場確定というわけでもなく、立候補チーム同士が龍騎士団立ち合いの元で模擬戦を行い、出場するに十分だと判断されれば出場となる。推薦は当然断る事が出来るが、そもそも教員が推薦すること自体あまりないので、かなりレアである。
「対抗戦か……当然イーニアスは出るんですよね?」
「ああ、皇子のチームは早々に出場が決定したよ。立候補チームを五つも潰してくれたがな」
五つも……やっぱり強いっていう噂は本当なんだな。
しかし、どうしたもんか。チーム戦って事はやっぱりコンビネーションなんかも重要な要素になってくるんだろう。となると俺達は殆ど戦闘を経験していないので、無いに等しい。大会までもう一週間ぐらいしかないし、今から特訓してどこまで食らいつけるもんか……
「出ようぜクロト。こんなチャンスはそうそう無い!」
「どうした、ガイナ。立候補するか悩んでた時はあっさり諦めたよな?」
「立候補から出場までは望みが殆ど無いからな。でも、推薦なら確実だ! 出れるってんなら出るに決まってんだろ!」
立候補するかを五人で相談した時も、ガイナはどちらかと言えば参加寄りだった。家を継ぐのに武術を重視しているから、こういうわかりやすい戦績は良い土産になるんだと話していた。
「そう簡単な話でもないよ、ガイナ。僕達は出るつもりが無かったから何の準備もしていない」
「じゃあレイグは出たくねーのかよ?」
「ああ、参加すべきじゃない。僕達自身の練度の問題も勿論あるけど、もっと問題なのは件のイーニアスチームだ。僕も元々あいつらと訓練を共にしてきたから知ってるけど、皇子直属の護衛っていうのは名前だけじゃない。学生の中じゃ最強の連中だと思ってくれ」
「僕なんてあの中じゃ落ちこぼれも落ちこぼれだ」と自分を卑下するが、それほどまでに相手は強いって事なんだろう。
「私もやめておくべきだわ。相手が強いからやめるなんて本当は言いたくはないけど、わざわざ負けに行くなんて絶対にやめておいた方がいい。何よりあのイーニアスに負けるって事が、ただの敗北って意味だけじゃ終わらないわ。絶対に粘着されて嫌味を言われるのよ」
「でも、負けるのが嫌だから参加しないってのはもう負けてるのと同じじゃない? マナちゃん。確かに負けたら色々言ってくると思うけど、勝てば全部解決するよね」
「それは……そうだけど、勝てないってのがレイグの言い分で、私もそう思うのよ」
「ガイナとエヴァが賛成で、レイグとマナが反対って事で良いのか?」
俺のまとめに、四人共頷く。
二人が反対する理由もよく理解出来る。特にレイグはイーニアスチームの事をよく知っていて、実力差がある事を懸念しているのだろう。だが、同時にそこまで強いと言われるのなら戦ってみたいとも思う。俺が求める強さが、そいつらから負ける事を恐れて逃げ出す事には該当しない。
「俺は……参加したいと思ってる。イーニアスの件は一旦置いておくとしても、俺は強くならなきゃいけない。誰にも負けないように、誰も失わないように。不遇だって言われてる雷をこの身に宿しているのも、何かの因果なんじゃないかって考える時もある。でも、それは俺個人の目標であって、目的だ。皆を巻き込む道理は何一つ無い。でも、同時に見たいとも思うんだ。それだけ強いって周りから認められてる奴を倒して、俺達がこの学園で一番強いんだって証明した後の俺達を。……一緒に戦ってくれないか? マナ、レイグ」
俺は二人の目をまっすぐ見て自分の考えをそのまま口にする。当然、どうしても嫌だという仲間を無理矢理参加させるようなことはしたくない。自分の考えを言って、それでもこの二人を説得出来ないなら、きっぱり諦めるつもりだ。
「……ここから対抗戦に向けて、地獄のような日々になるよ。これまでの特訓なんかじゃ到底追いつけない。その覚悟だけはしといてくれよ」
「はぁ、一緒に戦ってくれって……そんなこと言われたらもう断れないじゃない。……わかった、でも、やるなら優勝以外あり得ないんだから。私達の力を見せつけてやりましょう」
二人の言葉に、俺だけでなくガイナとエヴァからも笑みが零れる。
「話はまとまったか? 参加って事でいいんだよな?」
アラン団長の確認に、俺達五人共が揃って頷く。
そこからはトントン拍子で話が進み、すぐに俺達全員の署名を刻んだ参加登録用紙が作成された。詳しいルールや試合の仕組み、日程について軽く説明を受け、その日はそのまま解散となる。
対抗戦の第一試合はイーニアスと俺達以外のチームで、二日目に俺達の試合がある。もしそこで勝ち抜けば決勝戦となり、恐らく勝ち上がって来るであろうイーニアスのチームとの戦いになる。
試合は今日からきっかり七日後。それまでに準備をしなければならない。
「じゃ、健闘を祈ってるぞ。氷の姫」
◇
「ハァ……ハァ……」
もうすっかり陽が沈んだ真夜中。寮には訓練に適した場所が無かったので、イザベラさんにお願いして昔よく使っていた騎士団の訓練場を借りていた。
対抗戦に向けて、そしてまだ見ぬ魔族との戦いに向けて、切り札とも言えるアレの習得を目指していた。もしこれが実現すれば、俺の強さは数段跳ね上がる事になる。当然、習得難易度はこれまでの比じゃないし、そもそも実現可能なのかすら怪しいレベルだ。イザベラさんに理論上は可能だと言われているが、前例が先代皇帝しか居ないので、取得出来ない可能性の方が高いとも言われている。
「こんなんじゃダメだ。対抗戦までもう時間は無いし、早く仕上げないと……」
俺は傍らに置いてある先代皇帝について書かれた本に視線をやる。これから習得しようとしているのは先代皇帝の代名詞とも言われる術で、雷術……いや、魔術の極致とも言える。先代皇帝は常人の数十倍にも及ぶ魔力を体内に秘めていた。それこそが彼の人理限界で、雷神と言われ、歴代最強の皇帝とも呼ばれる理由。……そして、俺との最も違う点だ。
でも、実際に出来た人間は存在している。だから俺にだって絶対に出来ないわけじゃない。
「クロト、こんな時間までやってたの?」
そこへ、イザベラさんがやって来た。普段と違って部屋着で、もう寝る所だったのかもしれない。
「はい、これが習得出来れば対抗戦でかなり有利になりますから」
「そうね。でも、対抗戦に勝つ事だけが全てじゃないんだから、こんなボロボロになるほど無理をする必要は……」
「無理して習得出来るならどれだけでも無理はします。俺は仲間に勝とうって言ったんです。だから、必ず習得しないと……」
イザベラさんの顔には「困った子ね」と書かれている。心配をかけている事に申し訳なさを覚えるが、ここまで来て諦めるのも嫌だ。
「相手は相当強いんだってね?」
「はい、レイグに教えてもらった皇子直属の護衛達は、全員が人理限界を持っています」
「うん、そういう家が選ばれてるからね」
「人理限界の有無が勝敗を決定付けるとは思ってませんが、勝敗を左右する要因にはなると思います。……だから、せめて俺も、これぐらいのものは習得しておきたい」
「……ほんっとにしょうがない子ね。いいわ。付き合ってあげるから、訓練しましょう」
「え、いいんですか?」
「勿論、私だって愛弟子が勝つところを見たいしね。さ、準備しなさい。休憩してる時間なんてないんでしょ?」
「……はい! お願いします!」




