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最弱属性魔剣士の雷鳴轟く  作者: 相鶴ソウ
第一章 学園編
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2話 命の恩人『イザベラ』

 東の地に源流を持つ、帝国まで続く一本の川。その周囲はなだらかな地形が広がり、青々とした草原になっている。

 統治する者が居ないこの「東の地」に、唯一存在するこの道は、舗装もされておらず、商人や村人が良く通る事で草が剝げ、辛うじて道としての機能を果たしている。



『はるか東の地で一級魔物ミノタウロスが大量発生』



 五日前に入った、近隣の村々からの報告。皇帝はこれを緊急事態と判断し、私達天馬騎士団(ペガサス・ナイツ)を調査に向かわせた。



 私達は報告を受けてすぐにエルトリア公爵領を出発し、馬を駆使して最速で「東の地」へ向かった。馬の休憩時間や魔物との遭遇を加味しても、十数体のミノタウロスがたった二日間で、痕跡も残さずに移動出来るはずがない。これは私以外でも思い至る見解だっただろう。

 一級とは言っても、人間程の知能を持つわけでは無いし、数十の群れである以上、移動すれば必ずその痕跡は残るはずだった。

 だが、結果から言えばリブ村にミノタウロスの姿は一体たりとも発見出来なかった。移動の痕跡も全く見つけることが出来ず、もっと言えばリブ村に向かってきた痕跡すらも発見出来なかったのだ。

 誤報という可能性はゼロ。家々は破壊され、人々は残虐な殺し方をされていたあの村に、ミノタウロスの群れが存在していたのは確実だ。

 魔物が常に体から発生させている魔粒子の残留から推測しても、少なくともここ三日以内、つまり七十二時間以内に十数体のミノタウロスがほぼ瞬間移動に近い形で移動した事になる。

 一日調査し、わかったのはこの不可解な事実だけ。この村以外の周辺の村々には被害どころかミノタウロスを見た者すら殆ど居らず、手がかりを得る事は出来なかった。

 私達は亡くなってしまった村人達をささやかではあるが弔い、エルトリア公爵領へ帰還せざる得なかった。



 それから一日が経過し、現在はエルトリア公爵領と「東の地」のちょうど中間地点に差し掛かった距離で、馬を緩やかに歩かせながら帰路を目指している。



「イザベラ先輩!」


「どうしたの? エイナ」



 少し後ろで私に追従していた騎士団員のうち、一人が私の元まで速度を上げてやって来る。この子はエイナ。私の後輩で天馬騎士団(ペガサス・ナイツ)副団長を務めている。



「ミノタウロスの件、どう思いますか?」


「……謎が多すぎるわね。まず第一にミノタウロスは一級魔物。本来大魔森やテリア山にしか生息しないはずなのに、数十体の群れが東の地に突然現れたなんて不可解過ぎる」


「たまたまあの近くにミノタウロスの巣があった、とかは無いですよね~?」


「私達で確認したでしょ。あの村の近くにある森や平原にミノタウロスの魔粒子は残っていなかった。近隣に巣が無いのなら、あの村を襲撃したミノタウロスは突然現れて、突然消えたって事になるわ」


「突然現れて突然消える……召喚術は?」


「無いでしょうね。召喚術なんてもう数十年は使い手が現れてないし、一級魔物なんて召喚しても制御しきれないはずよ。しかも同時に十数体なんてあり得ない。少なくともオリハルコン級の魔術師と同等、もしくはそれ以上の魔力が必要だわ」


「ですよね〜 なら一体どうやって……ん? 先輩、あれはなんでしょう? 魔物の死体?」



 エイナが指したのは川のすぐ近くで、確かに何かが落ちている。……いや、倒れている? 稀に魔物の死体が浮かんでいる事はあるけれど、遠めに見えるあれは魔物の死体には見えない。

 若干赤く濡れている…………人!?





「ん……んん……」



 ここは……どこだ?

 目を開けると知らない天井が広がっており、どうもベットの上に寝かされているらしい。状況がわからず周囲の状況を探ろうとするが、何故か体が動かない。

 記憶もぼんやりしている。リブ村のどこかに居るのか。確か、父さんに頼まれて薬草を取りに行って……



「……ッ!!」



 そうだ、村がミノタウロスの群れに襲われていて、急いで家の様子を見に行ったんだ。そこでローガン師匠と父さんと母さんが……

 俺も死んだのか? いや、死んだにしては体中が痛すぎる。

 最後はミノタウロスに殴り飛ばされて川に落ちたんだ。あれからどれだけの時間が経ったんだ? ここはどこだ? 俺は一体……



「あ、起きた? 少年」



 記憶がだんだんと戻り、焦りと怒りから体を動かそうとするが、その度に激痛が体を走り抜け、痛みに顔を歪めるだけに終わる。そこへ突然女の人の声が聞こえて、同時に視界に綺麗な女性が入り込む。

 綺麗なエメラルドグリーン色の髪を肩ぐらいまで伸ばしている。まつ毛が長く、薄い青色の目は切れ目で、ひと目でかなり美人だとわかる。



「あの……あなたは……ここは…」


「気になるのはわかるけど、今はもう少し寝てなさい。まだ安心出来る状況じゃない。正直見つけた時は死んでいるものと思ったわ。事情は後で説明してあげるから、今は眠りなさい」



 女の人に視界を手で覆われ、胸元を一定の間隔でトントンと優しく叩かれ、心の中にぼんやりとした温かい感覚が広がると同時に、急激な睡魔により再び眠りの世界に落ちる。





 川の近くで死にかけていた少年をエルトリア城下町に連れ帰り、手当てしたおかげで身体的な傷や怪我は殆ど治っている。

 でも数日の時を要しても全く目を覚ます気配を見せず、身元不明の少年をいつまでも寝かせておく余裕の無い医務室からは、早々に追い出されてしまった。

 結構酷いわよね。

 仕方ないので私の家で看病する事にしたけれど、やっぱり目を覚ます気配は無かった。ようやく三日前に一度だけ目を覚まして一言、二言話したっきりまた眠ってしまった。

 彼の体に刻まれた傷やダメージはただ川に水没しただけでは説明がつかない。魔物に襲われたか、人間同士の酷い喧嘩か。ともかくただ事では無い事が起きたはずだ。その事も聞きたいんだけれど……



 傷の具合から言ってもそろそろ起きていい頃のはず。もう二週間は経とうとしている。



「う………ん?…………」



 どうやら起きたみたいね。



「少年、起きた?」


「あ、ああ……あなたは?」


「私は天馬騎士団(ペガサス・ナイツ)の団長イザベラ。あなたは?」





「俺の名前はクロト……です」



 目の前にいる女性は一度目を覚ました時にも居た人だ。その記憶はある。相変わらずエメラルドグリーンの髪がきれいな美人。

 そんなことより、なんとか騎士団ってなんだ?



「そう、クロトね。よろしく」


「あ、えっと、よろしくお願いします」


「で、早速話聞いてもいい? クロト、どうしてあんなところに倒れてたの? 致命傷に近い傷を負ってたし、人間同士の揉め事ならやり過ぎだわ」


「あんなところ?」


「エルトリア公爵領と「東の地」を横断する川のそばで、ボロ雑巾みたいに倒れてたのよ?」



 ミノタウロスに殴り飛ばされて、川に落ちたところまでは覚えてる。そのまま川の流れに乗って下流の方にまで流されてしまったのか。



「俺は……」



 俺はあの日の事を説明した。

 薬草を取りに行った事、帰ってきたらミノタウロスの群れが村を襲っていた事、母さんと父さんが殺された事、そのミノタウロスに殺されかけた事。

 すべてを包み隠さず話した。



「なるほど。そういう事だったのね」


「はい……そういえば、ここはどこですか?」


「ここはエルトリア帝国の騎士団区にある私の家よ」



 わざわざ家で看病してくれてたのか。ちゃんとお礼しないとな。



「看病、ありがとうございました」



 と言いつつ身体を起こしベットから出る。少しふらっとしたが、あの時ほどのダメージはもう体には残っていない。イザベラさんが看病してくれたおかげだろう。

 服が村で着ていた物と違う。おそらくイザベラさんが買ってくれたんだろう。……今度返しに来よう。

 部屋の構造は分からないが、ドアが一つしか無いので、そこが出口だろう。暫く寝ていたせいか、上手く動かない足を無理矢理動かしてそちらに向かう。



「待ちなさい」



 と、数歩歩きだした所で腕を掴まれる。振り向くと、イザベラさんが真剣な表情で聞いてくる。



「どこに行く気?」


「ミノタウロス……奴らに復讐しに行きます」


「ミノタウロスは私達が探したけど一匹たりとも見つけられなかった。しかもミノタウロスは一級魔物、今のクロトで倒せる? ここを出てどうやって生きていくの? 明日どころか今日すら生きれるか分からないのに、ミノタウロスなんて倒せるの?」



 ……確かにそれはその通りだ。

 俺はまだ十三歳で、頼れる大人達は皆あの日に死んでしまった。今の俺には地位も金も無い。ここがどこかもわからないし、どうやればあのミノタウロス達にまた会えるのか、全く見当もつかない。



「……」


「はぁ、やっぱり何も考えてなかったのね」


「……はい」


「わかったわ。今日からここがあなたの家よ」


「……え?」


「この国に知り合いも居ないんでしょ? じゃあここに住みなさい」


「でも、迷惑じゃ……」


「そんなことないわよ。私も一人暮らしでちょっと寂しかったしね」



 確かにここから出たところで行くところも無い。野垂れ死ぬのは目に見えてる。イザベラさんは俺を助けてくれた命の恩人だ。もう今の俺では返しきれない程の迷惑をかけている。ここに重ねて迷惑をかけるのは心が痛いが、せめて恩に報いたい。



「……この恩は必ず返します」


「ふふ……それは、私の提案に肯定という意味で受け取ればいいのかしら?」


「はい、よろしくお願いします」



 成り行きではあるが、俺はこの人、イザベラさんと暮らす事になった。迷惑をかける事は百も承知だが、いつか俺が自分で自分を生かせるようになった時、必ず恩返ししよう。



「さて、色々としなきゃいけない事もあるけど……まずはクロト。強くなりたいんだよね?」


「……はい!」


「なら『エルトリア学園』に入学しなさい」


「エルトリア学園?」


「そう。エルトリア城下町……つまりこの街にある学園で、優秀な兵士や官僚は皆そこを卒業してるのよ。いわば優秀な人材をさらに優秀に育てる為の学園。魔術、武術は勿論の事、魔物の生態とか、地理についてとか、とにかく多くの事を学べるいい場所よ」


「へぇ……」



 初めて聞いた。リブ村に居た頃にはそんな情報は入ってこないから知らなかったが、そこなら俺が一人前に戦えるようになるかもしれない。



「四年間そこで勉強して、強くなってからミノタウロスを倒しに行きなさい。今行ったところで殺されるのは目に見えてるわ」



 イザベラさんの言うとおりだ。

 現にミノタウロスに殺されかけて今こうしているわけだ。なら答えは一つしかない。



「……はい! そうします」


「うん! ところでクロト、今いくつ?」


「十三です」


「なら良かったわ! エルトリア学園に入学出来るのは十四歳だから、一年間は入学に向けて準備出来るわね」


「準備?」


「色々と知らなきゃいけない事が多いでしょ、クロトは。今のまま入学したら、幼い頃から知識の限りを詰め込んできている貴族の子息令嬢達に差をつけられちゃうわ」


「わかりました。頑張って勉強します……あ、イザベラさん」


「ん?」


「イザベラさんって騎士団の団長なんですよね?」


「ええ、そうだけど……それがどうかした?」


「俺に剣術を教えてください。勉強の合間で構いません。俺は少しでも早く強くなりたいです」



 俺は断られても仕方ないと思いつつも頭を下げる。

 一年間じっとなんてしていられない。

 イザベラさんが騎士団所属の人ならその人から剣術を教わる機会なんてそうある事じゃない。母さん達を殺したミノタウロスを殺すためだ。教えを乞えるなら頭でも何でも下げる。



「……わかったわ。その代わり、私の訓練は甘くないわよ?」


「……! よろしくお願いします!」

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