100話 羅鬼降臨
〈我流 熊ノ太刀〉
〈雷帝流 稲妻剣〉
リンリの炎を纏った剣と俺の雷を纏ったテンペスターがぶつかり合う。
剣に炎を纏って放つ剣術。それがリンリの得意とする攻撃。
決して手加減はしていない。にもかかわらず俺の全力を僅かに押し返す威力。こんな強力な剣技をあの細腕で放てるのは、炎を纏う事で威力を底上げしているのだろう。
「炎による補助効果か……」
均衡した力は反発し、お互いに後ろへ下がる。リンリの素の戦闘力が高いだけに補助の意味は大きい。
「しかしその剣、随分とボロボロだな」
見ればリンリの剣は普通の片手剣で、刃もそうだが柄や鍔、鞘ですらボロボロだ。手入れが良かったのか折れてこそいないが、いつ折れても不思議ではない。それこそレオと戦った時に折れなかったのは不幸中の幸いだろう。
「そういえば、この剣とは三年ぐらい前から一緒で……」
そりゃボロボロになるはずだ。これまで多くの戦いをその剣で切り抜けて来たんだろう。
「なら、これを使ってみろよ」
俺はテンペスターを鞘に戻し、鞘ごと渡す。本当は適当な剣があればいいんだが……ローズレインはあるが、あれは片手剣よりレイピアに近い為、リンリ向きではない。今貸せて最適なのはテンペスターぐらいだろう。
「え、でも……」
「いいから使ってみろよ」
テンペスターはミスリルという魔力をよく通す素材から出来ている。俺の雷帝流もテンペスターのお陰でかなり底上げされている。あのボロボロの剣でもあれだけの威力が出るんだ。ちゃんとして剣を持てばリンリはもっと強くなるだろう。
「わかりました」
リンリがテンペスターに魔力を込めると大きく発火。今までより勢いがかなり強くなっている。流石はガーデルさんの剣。そんじょそこらの剣とでは比較にすらならないだろう。
「もういっちょ行くぞ」
「え、でも」
〈雷帝流 稲妻剣・獄〉
〈我流 虎ノ太刀〉
上段からの斬り込みにに対し、リンリは下からの斬り上げで対抗してくる。
下からの斬り上げにも関わらず、俺を押し返すほどの力を発揮した。剣を変えるだけでここまで強さが変わるのか。
大きく押し返され、俺は地面を削りながら後ろに大きく下げられる。
「……しばらくそれを使ってるといい。テンペスターっていうんだ、俺の相棒」
「いいんですか? 困るんじゃ……」
「俺にはシュデュンヤーもあるからな。気にしなくて大丈夫」
二刀流に頼らない戦術の模索も必要だし、貸す事がリンリの身を守る事に繋がるなら、テンペスターも本望だろう。
「あっらぁ、いいわねいいわね。友情じゃなーい」
そこへマスターボウがやってきた。街の方へ行くって言っていたのでその帰りだろう。相変わらずの口調で体をくねらせながら近づいてくる。
リンリはサッとシエラの後ろに隠れた。どうやら怯えているらしい。
「あんたビビられてるぞ」
「うっそーん。そんなこと無いわ! 私から溢れ出る母性に……」
「リンリ、とりあえずはここまでにしよう」
「あ、わかりました」
俺はシュデュンヤーを鞘に戻してブルーバードに戻ろうと歩き出す。
「大事にしてくれよ」
リンリが少し申し訳なさそうにしていたので、あえて気楽に言うと、リンリも少し嬉しそうに笑顔で「はい!」と元気に返事してくれた。
ついこの間までは部屋から出てくる事も口を聞いてくれる事も無かった少女が、今は元気に笑顔を見せている事が、少しだけ嬉しい気がした。俺のしている事は、復讐だけの血に塗れた道じゃない。人を救う事もあるんだと、教えてくれている気がして。
「……ってちょっと聞いてる!?」
◇
「おい」
「なに? レオ」
「オーガが出たってのはこの森なのか?」
「私に道を聞く? 普通」
レオとナイアリスはろくに話も聞かずに出てきた為、森の位置もオーガの特徴も何もわからない。
「しかしオーガか」
「どっちにしても皇帝鬼程の力は無いよ。あんなのがポンポン出てくるわけないし」
「ああ、そうだな。……一つ、問題があるとすれば、おれ達の両方があの皇帝鬼とは直接対峙してないって点だ」
「確かに、そうじゃん!!」
ナイアリスはまるで電撃が走ったようにリアクションするが、レオはちらりと振り返る事も無く歩いて行く。
「待ってよ~」
◇
一方その頃、冒険者ギルドの依頼人室では。
ここは主に依頼人が依頼を出す為にギルド役員と話をする部屋である。報酬金、対象、詳しい内容などを話すのだ。
「落ち着きましたか?」
「はい……ありがとうございます」
冒険者ギルドになだれ込んで来た行商人は応急処置を受け、受付嬢から水を貰ってようやく落ち着きを取り戻した。
「では御二方は行ってしまわれましたが、詳しい依頼内容をお願いします」
「はい、俺の名前はジャンと言います。ダンブ商会の運搬を任されてます。今回はディルから木材を運んでいる最中で」
「その道は良く通るんですか?」
「はい、毎回セントレイシュタンへの運搬時には使っているルートでした」
「では、今まで現れなかった魔物が突然現れたということですね?」
「はい、そうです。……とにかく突然でした。今回は助っ人も居たのに、一瞬で壊滅状態に……」
「助っ人、ですか?」
「はい、旅をしていると言っていました。とても大きな体でフードを深くかぶっている男の方です」
「なるほど、わかりました。レオさんもナイアリスさんも詳しい場所を知りません すぐに帰ってくると思いますので、その時に改めて」
「あ、あの!」
「どうされました?」
「実は、俺もまだ信じられないんですが、そのオーガ……」
ジャンは少し迷うようなしぐさを見せるが、受付嬢の続きを促す真剣な眼差しに少し声量を落として言葉を続ける。
「……最初、人間の姿をしていました」
◇
「おい、お前ら」
森に入って三十分程度が経過した頃、森の中をぐるぐると歩いていたレオとナイアリスに一人の男が声をかけてきた。
ボロボロの服装で上半身は裸。鍛え上げられた肉体からは一目で強者だとわかる。
「誰だ? お前」
すかさずレオが銀月に手をかける。
「ああ、この近くの山小屋に住んでる者だ。道に迷ってるように見えたんでな」
「ああ、そうか。なら一つ聞きたい」
「なんだ?」
「この辺りにオーガは出るか?」
「……? いや、オーガが出たという話は聞いた事が無い」
「レオ」
「なんだ」
「とりあえず一旦は冒険者ギルドに戻ろう。詳しい話を聞いてからじゃないと判断出来ないよ」
「……そうだな」
「下山するなら送ろう、この辺りは迷いやすいからな」
「いや、大丈夫だ」
「……わかった。気をつけてな」
「安心するなっ! 後ろから襲われるぞ」
突然、森に第四者の声が響いた。
「チッ、やっぱ殺しとくべきだったか」
男の呟きに対し、レオは一瞬の迷いもなく動いた。
男を敵と認識し、抜刀の構えをとって飛びかかる。だが、男も速く、レオの銀月が握られた右腕を素早く蹴り上げ、レオの胴に回し蹴りを叩き込む。
その衝撃でレオは吹き飛ばされ、木に激突する。
「レオ!」
「次はお前だ!」
レオの方へ駆け寄ろうとしたナイアリス目掛けて男は拳を振るう。だが、それを寸前で大男が受け止めた。全身に黒光りする鱗があり、リザードマンによく似た男。
先程の警告をした第四者だ。
「まだそんな力が残っていたか」
「お嬢さん、早く連れを」
「……わかった」
ナイアリスはそのままレオに駆け寄り、体を起こす。レオは吐血してはいるが、肋骨は無事だったようですぐに立ち上がった。
「……ふんっ!」
男の拳を受け止めていたリザードマンだが、限界が来たのか、受け止めきれずに投げ飛ばされてしまう。
木を数本なぎ倒し、リザードマンは痛みに呻く。
「お前、何者だ。上裸筋肉ダルマ」
「俺は魔族のエンデル。その不愉快な言葉はやめてもらおうか」
「魔族……こんな所に?」
「お前らが探してるオーガってのは恐らく俺の事だろうよ。ま、見た方が早いか」
〈異能解放 羅鬼降臨〉
その言葉の後、エンデルの体に変化が訪れた。
元々ムキムキだった筋肉は更にゴリゴリと盛り上がり、体長は三メートル近くまで伸びた。腕は大きく長く、皮膚も赤く染まる。額からは巨大な二本の角が生え、牙が鋭く伸びている。その姿はまさにオーガそのもの。
「オーガ……?」
「あれが行商人を襲ったっていうオーガだな。魔物を見慣れていないならアレをオーガと間違えても仕方ない」
「やっぱり俺の事を倒しに来た冒険者だったか。あの時取り逃がした男は追いかけてでも殺すべきだったなぁ……この半竜野郎が邪魔しなければ」
〈至天破邪剣征流 突破の型 『飛翔する鉤爪』〉
銀月を抜刀する時の勢いで放たれた斬撃が空を斬り、エンデルを襲う。だが、その鋼鉄の赤皮膚はやわな斬撃程度ではビクともしない。
「さぁ、来いや。お前らもあいつらの様にバラバラにしてやるよ」
「やってみろよクソ鬼が」
エンデルは巨大な腕で木の幹を掴み、根本からへし折る。そしてそのまま槍投げの構えを取り、一直線に投げつける。
〈至天破邪剣征流 薙払の型 『剣征之斬・大風車』〉
前転に合わせて斬撃を放ち、飛んでくる木の幹を縦に斬り裂く。だが、エンデルの猛攻はそれだけでは終わらない。まるで投げているのが槍かと錯覚する程、軽々と木を折っては投げている。
それをレオは真っ二つに斬り落とすか軌道をずらして被弾しないようにしている。後ろにナイアリスが居る為、大きく避ける事ができないのだ。
「チッ、意味ねェか……だが、この鋼鉄の体は斬れねぇだろう」
エンデルは大木を投げるのを止め、レオに向かい突進していく。
しかしレオは抜刀の構えを取ったまま動かない。まずいと感じたナイアリスがレオの後ろから飛び出し、回転に合わせて三日月刀を踊らせる。
突進するエンデルとすれ違いざまに流れる様に斬ったが、硬すぎる皮膚は斬れず、逆に弾かれてしまった。
なんとかブレーキをかけてとどまるがエンデルは止まってくれない。その鋼鉄の体が盾となり矛となりレオを襲う。
「粉砕!粉砕!粉砕! お前も行商人と同じくこの体でぐちゃぐちゃだァ!」
〈『大輪』〉
大きく横に斬り裂いた斬撃がエンデルの胴を捉えた。が、それもエンデルの肉体に傷を作る事は叶わず、硬い皮膚に防がれてしまう。
エンデルは斬撃など最初から無かったかの様に豪腕を振り、レオの頭を砕かんと迫る。だがスピードで勝るレオは既にエンデルの頭上に飛び上がっており、エンデルは空を殴る結果となる。
〈『天降』〉
上空から地面へ振り下ろした斬撃がエンデルの脊髄を捉える。レオはそのまま少し前のめりになったエンデルの後ろに着地する。
「やりやが……」
〈『花火』〉
エンデルが振り返ったと同時に下から斬り上げ、顎を捉える。だがどちらの斬撃も大した効果は無い。
上から斬り下ろす天降と下から斬り上げる花火。二つとも“斬る”事よりも“衝撃”を重視した技だが、それでもエンデルの異能『羅鬼降臨』は破れない。この異能は鬼化に加えてかなり骨格が強化も行われている為、衝撃にも強いのだ。
「確かにお前は硬いがそれだけだ。スピードは無いしこっちの技がその強度を上回れれば斬れる」
「それが出来んのかって言ってんだよォ」
「出来る。この最後の一撃なら」
剣征之斬、最後の一撃はその前に技を積めば積む程威力が上がる。
現在『大風車』、『大輪』、『天降』、『花火』と四段階積んだ状態に加え、デッテツに鍛えられた銀月で放たれる一撃。そう簡単に防げるものでは無い。
「なんだ? こいつ、雰囲気が……」
〈至天破邪剣征流 薙払の型 『剣征之斬・画竜点睛』〉
フッと力が抜けたようにレオの体がガクンと前のめりになりエンデルの視界から消えた。
大きく前傾姿勢を取ったレオは、今までの比にならない速度でエンデルに突っ込んでいく。全身は脱力したまま、右腕を振る。
だが、エンデルも流石にそれを見ているだけではない。左拳をストレートに打ち込み、レオの銀月とぶつかり合う。
「ぐぁ……」
エンデルが拳をぶつけようとしている事を視認した瞬間にさらに前のめりに倒れ、エンデルの懐に潜り込み、下からの斬り上げでエンデルの左腕を切断。
痛みで大きく体を仰け反らせたエンデルを前に、レオは冷静なまでに次の動きを開始していた。
斬り上げた銀月をすぐさま手の中で返し、そのまま大きく振り下ろす。銀月はエンデルの肉体を斬り裂く威力を残したまま、右肩から綺麗に入り、胸部を、そして左脇まで駆け抜けた。
両断こそされないが、深すぎる袈裟斬り。
「……二連」
エンデルは大量の血を流しながら異能が解除され、そのまま仰向けに倒れる。




