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最弱属性魔剣士の雷鳴轟く  作者: 相鶴ソウ
第一章 学園編
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1話 悲劇は突然やってくる

「いってーーー」



 幼少期からの友達であるリックの首元に練習用の木刀を当てる。

 クルっと丸まった茶色の髪がしょげたようにしぼんでおり、敗北に気持ちが沈んでいる事が一目でわかる。



「リックもまだまだだな」



 実際のところ、リックは十三歳にしてはかなり強い。これは慰めではなく事実だ。

 倒れたままのリックに手を差し伸べ、リックはその手を掴んで立ち上がる。



「クロトが強すぎるんだよ。十三歳でお前より強いやつはこの村にはいないぜ?」



 リックが言ったのもまた、お世辞ではなく事実だ。

 リックも強いが、俺は小さい頃から帝国で働きたくてずっと訓練してきた。やってる年数が俺の方が多い為、俺の方が現時点では強い。が、同じ年数だったら互角だっただろう。リックにはそれだけの才能を感じる。



「まぁな……俺はこの村を出てエルトリア帝国で名をあげる。そしてこの村……いや、この東の地を無法から救うんだ」


「へへ その時は俺も連れて行ってくれよ?」


「ああ」


「ほほほ……やっとるのぉ」


「ローガン師匠!」


「ローガンのじいさん!」


「これリック。ワシのことは師匠と呼べと言ったじゃろう!」



 そこへ初老の男性がやってくる。まだ剥げてはいないが、髪と髭は白く染まっている。この人は俺やリックの師匠で、剣術を教えてもらっている。

 見た目は少し逞しい程度のおじいちゃんなのだが、俺達なんかよりもずっと強い。若い頃はエルトリア帝国で兵士をしていたらしい。それも本当かどうかはわからないが、実力を見るに本当だろう。



「ところでクロトよ。帝国に出たいとよく言っておるが帝国で何がしたいんじゃ?」


「んー、まだちゃんとは決めてないけど、無難に兵士かな? そして名を上げて、領地を持てるぐらい偉くなって、この村も、この東の地も、俺が平和にするんだ」


「そうかそうか、後悔せんようにな。さて、そろそろ日が沈むのぉ、二人共今日の所は帰りなさい」


「ああ」


「おう、じゃーな!じいさん」



 俺達は訓練所を出るとそれぞれ家に向かって歩き出した。

 エルトリア帝国はこの大陸全土を領地とする巨大な帝国で、十二人の公爵様がそれぞれの領地を統治している。が、ここ「東の地」はどの公爵にも統治されていない。そんな「東の地」の中で最大規模の村が、このリブ村。とは言ってもそれでもかなり小さな村で、人口は百六十人程しか居ない。

 近くの森にはゴブリンやウルフといった三級魔物も生息しているし、統治されてないって事は、盗賊や魔物が襲って来ても、誰も助けてはくれない。だから盗賊も魔物も無法の限りを尽くしていて、この村もローガン師匠が居なかったらきっと簡単に滅ぼされてしまっていただろう。

 俺達の言うエルトリア帝国というのは、正確に言えばエルトリア公爵領の事だ。大陸の中心に位置する領地で、この大陸で最も華やかな場所だと言われている。俺だけじゃなく辺境の村々に住んでいる子供達みんなの憧れだ。俺はそのエルトリア帝国で働くために小さい頃から村に唯一いる兵士――と言っても隠居した人なんだが――のローガン師匠に師範をお願いしたんだ。

 そのおかげで俺は村にいる子供達の中では頭一つ飛び出た実力を持っている。徴兵に参加できるのは十七歳。あと四年だ。



「ただいま」



 ドアを開けるといい匂いが漂ってくる。母さんが、夕飯を作って待っていてくれたのだろう。俺の家は農家をやっていて、父さんが度々大きな町に出て農作物を売ってくる。でも、いくらなんでも農家で「東の地」を統治出来る程の権力は手に入らない。だから、俺は兵士になって武功を立てるという道を選ぼうとしているのだ。



「おかえり〜。もうすぐご飯できるから! お父さん呼んできてくれる〜?」



 母さんが台所から顔を出し、俺に言う。



「はいよー」



 俺はもう一度家を出ると裏にある畑に向かう。畑の真ん中で野菜の状態を見ているのが俺の父さんだ。筋肉質な体付きで、長年の畑仕事によるものだと言っていたが、体格は確実に恵まれている。それに対して俺は未だに大きくなる気配が見えない。



「父さん! ご飯だって」


「おう、今行く」



 父さんは農家で野菜を作っては帝国に売りに行って生計を立てていた。

 俺はローガン師匠やリックと訓練しながら近くの森に農薬となる薬草を取りに行ったりしている。父さんは最初こそ心配そうにしていたが今では向こうから頼んでくるほどだ。



「さてと……ん? クロト、そんな所に突っ立ってどうした?」



 考え事をしていたら畑の状態を見終わった父さんが声をかけてくる。



「いや、なんでもないよ。行こう!」


「おう」



 ◇



 次の朝、俺はいつも通りリックやローガン師匠と共に訓練するため、訓練所に行こうと準備していた。そこへ、普段なら既に畑に出て、農作物の状態を確認しているはずの父さんが背後から現れ、俺に声を掛けてくる。



「おい、クロト」


「ん?」


「悪いんだが、また農薬の材料が切れてな。頼めるか?」


「了解、行ってくるよ」


「すまないな、気をつけて」



 おうっと返事して俺は森に向かう。

 正直リックと模擬戦をしても俺が勝つし、もうローガン師匠に「お前は基礎は十分に出来ている。後は実戦経験を通して、その基礎を自分の物にするだけだ」とも言われているから、最近ではローガン師匠に何かを教わる事も滅多に無くなってしまった。

 なので農薬の材料を取りに行く方が訓練より楽しかったりする。たまには気分転換もしないとな。



「おーい、クロト!」


「ん? なんだリックか」


「なんだとはなんだ。で、その方角って事は今日はお父さんの手伝いか?」


「ああ、そうなんだ。ちょっと森まで行ってくる」


「そっか!気をつけろよ! 俺は先に訓練所で待ってるぜ」


「おう! すぐ行く」



 リックと別れ、俺は村を出た。

 農薬の材料を取りに行くと言っても、別に村を出てすぐ近くにある森に薬草を摘みに行くだけだ。大した事は無い。歩いて少しすればすぐに森に到着するし、薬草が生えているのも森のかなり浅い所なので、そう時間はかからない。



「おっと……行ったか」



 森に入ってすぐゴブリンを見つけたため茂みに隠れてやり過ごした。

 ゴブリンと一対一なら勝てるとは思うが、もしもの事があったら困るから普段から隠れてやり過ごすようにしている。

 森は小さいとは言えそれなりに魔物も生息しており、穴場以外に近づく事はしないようにしている。穴場とは良く薬草を取る場所で、比較的魔物も少なく安全な場所だった。



「あれは……」



 が、今回はいつもと違った。木の根本に白い物……いや、物じゃない。三級魔物ウルフだ。

 どうやら足に怪我をしているらしく白い毛並みに赤い血が滲んでる。



「おい、大丈夫か?」


「グルゥゥ」



 精一杯の威嚇をするが弱っているからだろうか、恐怖は感じない。ウルフの脅威は数によるところが大きいし、単体で怪我って事は群れから追い出されたのかもしれない。勿論、これが罠であり、弱った魔物に近寄った人間を集団で襲う可能性もある。ウルフにはそういう知恵が働く場合があるのだ。

 だが、俺も長くこの森に出入りしているし、周囲の気配ぐらいはなんとなくわかる。このウルフは一匹きりだし、周りに仲間は居ない。



「待ってろ、すぐ手当してやる」



 俺は近くに生えていた怪我に効く薬草を素早く取り潰して傷口に塗った。本当は包帯とかあればいいんだけど、持ち合わせてないからこれで応急処置だ。

 薬草をロープのようになっている蔓で縛り、応急処置を終える。



「あとは体力を回復させないとな。えーっと……お、あったあった」



 俺は近くになっていた握りこぶし程度の木の実を食べさせてやる。

 本で読んだ『きのみ全集』に載っていた。俺の記憶が正しければ体力回復には効果覿面なはずだ。



「グルゥゥ」



 暫くするとウルフは目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。

 良く効くとは書いてあったが、こんな即効性があるとは。咄嗟に助けてしまったが、よく考えればこの瞬間襲われたっておかしくない。

 一応護身用に持ってきた木刀をそっと握りながら、ウルフの動向に警戒していると、真っ直ぐ俺の目を見つめたまま、小さくお辞儀をしてその場を去っていった。

 ウルフと言う魔物は頭が良いというのは知っていたが、改めて驚く。



 結局いつもと違ったのはそれだけで、その後一時間ほどはいつもと同じように薬草を採取し、森を出た。

 森を出ると、外の様子に違和感を覚える。薬草が生えてる場所はそう深い場所ではないのだが、周囲の木々で村の様子は見えない。ので気づかなかったが、村の様子がおかしい。



 聞こえてくるのは叫び声や家が崩れる音。どう考えても普通ではない。

 あまり考える暇もなく俺は村に全力で走る。

 村のはずれの方は普段とそう変わりは無い。いつもと違うとすれば人が全く居ない所だろうか。俺はそのまま走り抜け、村の中心にある広場へ急ぐ。



「はぁはぁ……!? こ、これは……」



 広場近くまで走っていくと、そこに地獄が広がっていた。

 身長二メートルを越える牛頭の一級魔物ミノタウロスが手に持った大太刀で人を切り裂き、家を叩き潰している。

 しかも一体ではない。見える範囲で数えても軽く十はいる。



「な、なんだよこれ……」



 こんな魔物、この辺りじゃ見たことが無い……ゴブリンとはレベルが違う。



「……そうだ、父さん! 母さん!」



 俺は目の前で殺されていく村人たちに心の中で謝りつつ自分の家に走る。

 いつも歩いている大通りを駆け抜け、いつもの曲がり角を曲がると家が見えてきた。だが、それと同時に俺の足も止まってしまう。

 既に崩れた家の中に母さんの首を掴んだミノタウロスが一匹、立っていた。その足元にはミノタウロスの大太刀によって上半身と下半身が斬り離された父さんの姿。

 目に涙が滲み、目の前がぼやける。



 ゴトッ



 母さんを助けに行こうと震える足を踏み出すと何かが足元に当たった。ローガン師匠がいつも護身用に持っていた剣だ。

 なぜこんな所にあるのかと周りを見渡すと体をグチャグチャに踏み潰されたローガン師匠が地面に広がっていた。



 足がガタガタ震える。初めて感じる死の気配、本当の恐怖。目の前のミノタウロスに憎しみが浮かび上がってくるのに、考えるのは逃げる事ばかり。

 すると母さんを掴んでいたミノタウロスが母さんを離す。困惑と恐怖が入り混じった表情でミノタウロスを見る母さん。

 助けないと……俺が今ここで助けないと……



 ミノタウロスは大太刀を腰に添えるように構えるとそのまま母さんの頭を切り落とした。赤い血が弧を描くように飛び、母さんの頭が地面に落ちる。



 その瞬間俺の中で何かが切れた。



 足元に落ちていたローガン師匠の剣を掴み抜く。本物の剣を持つのは初めてだし、本当なら振るには俺の筋力はまだ足りないはずだ。だが、それすらも全く感じない。小枝よりも軽く感じる剣を掲げ、走る。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉ」


「……? フゥゥ、フゥゥ」



 叫びながら剣を振り上げミノタウロスに斬りかかる。それを余裕の表情で構えるミノタウロス。

 俺の剣とミノタウロスの大太刀が衝突し、お互いを斬り裂かんとせめぎ合う。が、力の差は歴然。

 俺はそのまま吹き飛ばされ体が飛ぶ。



 一瞬で視界が青く染まる。なんだ……何が起きた……



 次の瞬間、浮遊していた体が落下を始めた。

 そのまま村のはずれの家に落下し屋根を突き破る。



「く…くそぉ……俺は……俺は…………」



 体中が痛い。ほぼ無意識で血と共に言葉を溢し、やっとの思いで体を起こす。ほぼ反射的に窓の外を見ると、家々をなぎ倒しながら一匹のミノタウロスがこっちに向かってくる。



「……ッ!」



 恐怖と痛みで体が全く動かない。ローガン師匠を殺し、父さんを殺し、村の人達を殺し、そして母さんまで殺した憎むべき相手を目の前にして、俺は全く体を動かす事が出来なかった。

 脳裏に浮かぶのは自分の殺される姿。いつも、リックとの模擬戦では戦いの中で俺の勝つ姿を想像出来た。だが、今はリックとの模擬戦じゃない。本当の生死をかけた戦いの途中だ。



 思考がうまくまとまらず、ろくに体を動かせない俺に容赦なくミノタウロスは近づいて来る。俺の墜落した家まで辿り着くと、持っていた大太刀で上半分を吹き飛ばし、俺をじっと睨む。

 大太刀を地面に刺し、俺を掴むと、拳を握りしめてそのまま俺の腹を思いっきり殴る。メキメキと鳩尾に拳がめり込む。骨の折れる音がする。

 その勢いで俺は家の壁を突き抜け再び宙を舞う。



 ミノタウロスの拳が鳩尾に入り、気を失いかける。

 ここで気を失ってたまるかと意地だけで飛びかけた意識を戻す。すると突然視界が暗くなり耳が聞こえなくなる。と、同時に口と鼻から大量に水が入って来て、肺を一杯にする。

 村の近くを流れる川に落ちたらしい。俺の記憶はそこで途切れた。

 最後に見えたのはミノタウロスの群れによって破壊の限りを尽くされた悲惨なリブ村の姿だった。



 ◇



 この日、帝都よりはるか「東の地」で、一級魔物『ミノタウロス』が突如として大量発生。

 東の地に点在する村の一つ『リブ村』にて、一人を除いて全滅するという傷跡を残して『ミノタウロス』は姿を消した。


 生き残った少年の名はクロト・アルフガルノ。

 後に『雷撃(ライトニングボルト)』と呼ばれる少年。

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