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狐狩り~あやかしぶん殴ります~  作者: 桐谷雪矢
第一章 事故物件に棲む獣
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5.失踪

 その晩はふたりでここに泊まったが、なんの気配もない、すっきりとした部屋だった。事故物件なのにここまでなんの痕跡もないのは珍しいくらいだ。

 居室の真ん中で毛布にくるまってぐだぐだと朝を待つ。腹を空かせた勇司は持ち込んだパンやおにぎりや惣菜をぱくぱくと口へ運んでいる。俺はドライフルーツを抓みながらビールに舌鼓を打った。今日はもう運転する場面はないだろう。勇司は酒を飲めなくはないが好きではないらしいので、いざと言うときは頼りにしている。

「それにしてもお前、今回はキレがいいな。相性とかあるのかな」

「あ~、なんか事務所にいた若いの? あれになんかくっついてたの、わかんなかった? 視えないし聞こえなかったけどさ、すんごく獣臭かったんだぞ」

「犬か、お前は。俺はそこまで嗅覚すごくないし。でも、なんで動物なんだろうな。あの逃げた男が動物憑きだったってことだろか」

 ぐい、と缶ビールを飲み干し、二本目を開けるか迷いながらナッツを指先で転がす。動物が憑いていたからってどう事件と繋がるんだ。余計に話がこんがらがったぞ。

 書類にはこの部屋の情報しかない。明日になったらあの部屋の住人のデータも確認しよう。とりあえず今のうちに顛末を適当にでっちあげないとな。あったままを報告しても納得してもらえそうにない。今までもそこら辺は適当にしていたが、今回は依頼人がいる上に第三者が絡んでいそうだ。辞めるんだからもういいかな、と思う自分と、これは無視していい話じゃないと思う自分がいた。

「なぁなぁ、ここにあるの、全部食っちゃってもいい? しのはメシいいの?」

 おにぎりを頬張ってもごもごさせながら勇司が言う。

「唐揚げ残ってたら……て、サンドイッチしか残ってないじゃないか。この状態でなんで訊くんだ、まったく。ちょっと俺はやることあるから先に寝てていいぞ」

 ふぁい~と返事をする勇司を背にしてノートパソコンの電源を入れた。考えても仕方がない。いいネタができたと思っていつも通り使わせてもらおう。ヘッドセットをつけるとチャットソフトを立ち上げていつもの部屋にログインした。


「いやあ、もう片付いたのぉ~? ホント助かったよお~。頼りになるねえ~」

 出社して報告した途端、所長は抱きつかんばかりに迫ってきた。するりと身を躱してまとめた書類とデータをデスクに置いて離れる。ついでにデータを移したUSBメモリを抜いてポケットへ入れた。

 報告書には、恵太に振られて自暴自棄になった挙げ句の自殺で、暴れていたのは八つ当たりでしかなかった、ただ振られたショックが強かった分、侵入者への当たりも強かったと、申し訳ないが死人に口なし、辻褄合わせに使わせてもらった。とにかく、あの部屋になにも出なくなれば事件も風化するからそれでいいだろう。

「それでですね。ちょっと今回の件で少しあちらに迷惑をかけてしまいまして。もう受けられないと。それでついでに自分も辞めさせてください。つきましては残りの手当は現金でください」

 にっこりと愛想良く必要要件だけ告げると、所長は「え?」と目を見開いて振り向いた。

「ちょっとちょっと、急に辞めるなんてどうしたの~。あ、そうそう、二週間前に届けを出さないと……」

「あ、自分、臨時バイトですよね? それにずいぶん貢献させていただきましたし。ご懇意の中井沢議員にも喜んでもらえるんじゃないですか?」

 さらににこやかな笑みを相変わらず所長の後ろに張り付いたアレにも向ける。アレはなんだか嬉しそうだ。なにこいつ、所長が好きなのだろうか。勇司だったら事情を引き出せるかも知れない。所長は口をぱくぱくさせていたが、アレに口を塞がれて変な表情を浮かべたまま黙り込んでしまった。まさかアレが味方してくれるとは。

「夕方に未払い分のバイト代と今回の手当を取りに伺います。急で申し訳ありません」

 辞めたいとなったらすぐ辞めたい。ましてや従業員にも客にもブラックだ。引き留めようと手を伸ばした所長を無視して俺はいったん事務所を出た。

 廊下で前に見かけたことがある社員の人と擦れ違った。バイトの顔までは覚えていないと思ったが、そうでもなかったようで疲れた笑みを浮かべて言った。

「君、事故物件の担当だよね。どう? 大丈夫? 前の子は入院しちゃったからねぇ、心配はしてたんだよ」

 普通の人もいたのか、と変に感動しつつも、この疲れ具合は相当こき使われてんじゃないかと勘繰ってしまった。

「内海は同級生だったんですよ。それで頼まれたんですけど、連絡も取れなくなっちゃってどうしようかと」

「辞めちゃったから僕たちもどうなったのかわからなくてね。そうか、誰も知らないのかあ……あ、ごめんね、引き留めて」

「辞めてたんですか? それは初耳です。でももう俺も今日付で辞めさせてもらうので」

 社員の人は「やっぱり」と力なく呟くと、会釈をして事務所に入っていった。

 辞めたってどういうことだ。あとで手当もらいに来たら問い詰めてやる。そう思っていたのだが、出直してきた時には所長は失踪していた。

 さっき会った社員から「これを君が来たら渡すようにって」と渡された封筒には、予想以上の現金と、手書きの地図が入っていた。


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