第二話④
「行けスズナ。後は俺が何とかする」
「…わかり…ました」
スズナは震えながらそう答えてくれた。
彼女の気持ちはよく分かる。自分に力があれば、現状を何とか出来たかもしれないと、そう言った悔しさを感じているのだろう。
こんな思いをさせて申し訳ないが、彼女にはまだ未来がある。
今後この後悔をバネに、もっと飛躍的に力をつけて、いつの日か2度とこんな思いをしないで済むくらい、強い人間になる筈だ。
「ヒロさん……今までありがとうございました」
必ず生きて下さいねだとか、死なないでだとか、そう言った言葉をかけないことから、しっかり今後の事を理解してくれているのがわかる。
俺はこの後に死ぬ。それを彼女は見捨てて逃げるような形で、この場から去る事を、しっかりと理解しているのだ。
やはり彼女は強い、彼女の性格では本来、そのような行いをするのは苦痛であり、出来やしないことだが、俺の最後の望みだから、それを叶えようとしてくれているんだろう。
「こちらこそありがとうスズナ。自分勝手な奴らばかりのパーティだったが、案外楽しかった」
泣き声を殺す、小さな音が聞こえる。
彼女は箒に跨り、天井に向かって飛び始めた。
それを追おうとする化け物に、俺は石ころを投げつける。
「化け物、敵を見間違えるな。お前の相手は俺のはずだろ」
化け物は標的を変えるように俺に視線を向ける。
さて、ここからはスズナが逃げるための時間稼ぎだ。
俺は何も考えずに、化け物の方へと突っ込んだ。
だが、ここで何故かスズナが大きな声を上げ始める。
「こっちだ!!化け物!!」
「何を、何をしているスズナ!!」
思わずそう叫ぶ。
一気に目標を変えて、化け物はスズナのいる方向、つまりは天井に目掛けて攻撃を仕掛けた。
大きく振りかぶった刃の風圧が、空へと昇っていき、あっという間に天井にぶつかったかと思うと、スズナの姿がいなくなっている事に気がついた。
上手く逃げ出せたのか?
辺りを見る限りスズナの姿はない。
では何故最後にあのような事を?疑問が頭を埋め尽くす。
すると突然、天井にヒビが入り始めた。
それはみるみるうちに広がっていき、とうとう天井は崩壊して、瓦礫が空からこちらにかけて降り注が始める。
俺は何とか避ける事が出来たが、化け物はその巨体から避ける事が構わず、殆どの瓦礫を体で受け止めていた。
「スズナの置き土産か……」
スズナに感謝しつつ、俺は化け物の方へと体を向けた。
化け物は、落ちてきた巨大な瓦礫を受けた今でも尚、まだまだ動けそうにしている。
「流石地獄の化け物といったところだな……だがお前の目の前に立つのは、神の刻印を授かったものだ。では、天と地の決戦と行こうじゃないか」
俺はそんな事を高々と宣言して、腰につけていた短剣を取り出した。
これを使うのは初めてのことだ。
冒険を始めて直ぐの頃、俺は自分が戦う事を諦めてはおらず、いつか自分の手で魔獣と戦ってやるだと意気込んでいた。
けれど俺の力は周りから圧倒的に劣っており、俺自身が戦う場面は一度としてなかった。
けれど今は違う。
今は俺1人、戦わなければならない状況なのだ。
短剣を握る手が震えている。
これは恐怖からではない。武者部類のようなものだ。
俺は今、かつてない程に興奮している。
「いくぞ……」
俺は途端に化け物に向けて飛び出した。
相手は俺に早速剣で攻撃を仕掛けてくるが、俺はそれを華麗に避けて、相手の懐に飛び込み、短剣を突き刺す。
刺さりはしたが、あまりにも浅い、相手からすれば蚊に刺された程度だろう。
すると、本当に蚊を潰すように、相手は俺のいる位置に平手撃ちをしてきた。
全身を強打され、俺は至る所から血を吹き出したが、それを瞬時に回復させて、再び相手の懐に短剣を突き刺す。
まだまだ浅い、けれど少しずつだが、奥へ奥へと進んでいっている。
けれど、そんな攻撃は意味がないと言うように、相手は自分の腹部にギュッと力を入れ始めた。
俺が本気を出せば、お前は俺に傷一つつける事が出来ないんだぞと、そういわれているような気分になる。
途端に刃すら通らなくなったのだ。
俺が苦戦している間に、相手は手を近づけてきて、俺を握り潰す勢いでギュッと掴み、壁へと叩きつけた。
岩へめり込むと言った、本来経験する事がないであろう出来事に衝撃を覚えながら、俺はそのまま床へと転がる。
ふと上を見上げると、先程まであった天井は見る影すら残さず消え去っており、代わりに綺麗な青空が見えていた。
暗がりにいて気づいていなかったが、まだまだ外は昼みたいだ。
いつもよりも遠い青空に手を伸ばした直後、子供がアリを踏み潰す程単調に、何の思いも込められないまま、化け物に踏み潰された。
グリグリと地面を削るように相手は俺を踏み続け、形が残らない程に地面に俺を捩じ込んだ後、相手はゆっくりと足を上げた。
相手は今、地面を見て不思議がっているはずだ。
なんせ、自分が踏んでいたものが、本当に跡形もなく消えているのだから、俺は体を即座に回復させて、やつの足裏に短剣を刺してしがみついていた。
そしてこのまま俺は、こいつの体をよじ登り始めた。
どれほど体の大きなやつでも、ある1つの場所を攻撃させると途端に実力を発揮できなくなる。
それは眼球だ。
視界が塞がった中、戦うと言う事は非常に困難になる。
俺はそれを狙って、相手の顔を目掛けてよじ登り続ける。
俺が登っている事に気がついたのか、相手は体を大きく払ったりするが、そんな動作をされても、今更落ちるつもりはない。
そのまま登り続けて、ようやっと顔へと辿り着き、俺は勢いよく目に目掛けて短剣を突き刺した。
今日初めて、俺はこいつの声を聞いた。
叫び声というよりも、猛獣の鳴き声に近い、その声量に、俺は圧倒されながら遂に床へと落下した。
勢いよく落ちたが案外怪我はなく、俺はゆっくりと辺りを見渡す。