第二話②
「ひとまずスズナは、天井に向けて魔法攻撃を仕掛けてくれ。その間俺は、何とかあいつの注意を引く」
「ちょっと待ってください。それはあまりにも、ヒロさんに負担が…」
「大丈夫だ。いざとなっても、俺は瞬時に回復魔法を使用できる」
「でも…」
「話している時間はない。始めるぞ」
俺は精一杯の速さで走り始める。
ようやくこの場所の全貌が把握できた。
大きな円のようなフィールド、あの冗談のようにでかい化け物が、不自由ないほどに動ける広さがある。
相手は俺を追いかけるように頭を動かして、俺が少し足を石に引っ掛けた瞬間、再び大ぶりの攻撃を仕掛けて来た。
重く高威力の攻撃だが、スピードはあまりない。
俺でも避けることができるという事は、そういった認識で間違いないはずだ。
この間もスズナは、天井に向かって魔法攻撃を仕掛け続けてくれている。
だがどれも少し天井を抉るだけで、貫通する気配はない。
どうしたものか。現状は、天井をどうにか開けて脱出する方法しか、思いつきそうにない。
けれどこのまま天井が開かなければ、それすらも叶わない事になる。
考え込んでいる事に気がついたかのように、相手は俺の隙をついて、次は蹴りを仕掛けて来た。
剣を振る速度とは、比べ物にならない速さの攻撃に、俺は対応することが出来ず、迫り来る大岩程の大きさの足で、壁にめり込むほど強い威力の蹴りを、仕掛けられてしまう。
暴れ馬となってしまった馬車に轢かれたような、いや、俺の知る中では例えようがないほどの威力だ。
ほぼ全身が黄緑色の痣となっており、血が止まらず肺が痛つ。
呼吸がままならないのはきっと、骨が肺に突き刺さっているからだろう。
骨が折れ、内臓は損傷し、筋肉はえぐれている。
意識を失ってしまいそうになるほどの激痛に、俺は何とか耐えながら、自信を回復する。
「超回復」
何度もその言葉を繰り返し、俺は全身の怪我を治療させる。
そしてそのまま俺は、嘔吐をするように血を垂れながした。
一気に貧血となってしまい、再び女神の力を使い、回復を行う。
この時、自分の手のひらを見てゾッとした。
まるでミイラのように萎れてしまっている。
自分の手のひらなのにそうは思えない。
まるで自分の体がゾンビと入れ替わったかのような、そんな感覚に襲われている。
そろそろ限界なのかもしれない。
俺はこの地獄を抜け出せたとしても、近い将来死んでしまうのだろう。
ならば、今こうして頑張る意味など、果たしてあるのだろうか。
「ヒロさん!!貫通させました!」
スズナの声を聞いて俺は我に帰る。
スズナは俺の気持ちが揺らいでいた間も、ずっと魔法攻撃を天井に仕掛け続けてくれていたみたいで、確認してみると、小ぶりではあるが、確かに穴が出来ていた。
「でかしたぞスズナ。後は、何とかこの化け物の隙を作って逃げるだけだな」
そこが難しいところだというのに、何を簡単に言ってるんだと、自分に喝を入れる。
さてどうしたものか、一撃でこの様となると、スズナは一撃でも喰らってしまえば、俺が回復する間も無く死んでしまうだろう。
何とかスズナに危険を与えず、尚且つ隙を作る方法、果たしてそんな方法があるのだろうか。
「ヒロさん!!何か作戦はありますか!」
少し離れた場所にいるスズナがそのように尋ねてくるが、俺の答えはあまりに残念なものだった。
そんなもの、ありはしない。
これが俺の出した結論となっていた。
何とか逃げ道は作れた。
だがこれで、ようやく通常のダンジョンに、少し近づいた状態だ。
本来のダンジョンは、もっと出入りしやすい場所に出入り口があり、ボスもここまで強くはない。
それなのに、年間数えきれない程の死者を出している。
では、俺たちが遭遇しているこの状況で、逃げ出す事は果たして可能なのだろうか。
何度考えても答えは同じだ。可能なわけがない。
だが、だからと言って、それが諦める理由になるわけではないのが、冒険者の難しいところだ。
「スズナ!トラップ魔法を、複数地面に仕掛けてくれ!!」
「わ、分かりました!!」
作戦を伝える時間はあらず、して欲しい事だけを伝えて、俺は再び奴の引きつけるために走り続ける。
その間、何度も攻撃を喰らわされてしまい、その度に回復を使用した。
何度繰り返したかはわからない。そろそろ控えないと死んでしまうとわかっているのに、使わなければそれまでに死んでしまう。
現実とは、あまりに非常なもなのだと、ヤケになったかのようち回復を使い続ける。
「ヒロさん!!かなりの数、トラップ仕掛け終わりました!!」
「でかしたぞスズナ!ならまず……スズナ」
何がヤツをそうさせたのかわからないが、突如気分が変わったかのように、相手はスズナの方へゆっくりと体を向け始める。
何が原因かと辺りを調べてわかった。
奴は、鳥居から近い人間を狙っている。
俺は先程から、無意識のうちに鳥居に近づいていた為に狙われていた。何も走って注意を引こうとしいたからではなかったのだ。
それでは何故、今スズナが狙われてしまっているのか。
それは簡単な話だった。
俺が走っているうちに鳥居から離れてしまい、スズナが一番鳥居に近い人間になってしまったからだ。
「スズナ!!鳥居から離れろ!!」
俺の叫びをかき消すように、空気を切り裂く爆音を鳴らしながら、スズナの右肩に切り掛かったのだ。