第九話③
先程まで引き下がっていたのが嘘かのように、俺は大きく前へと進み出した。
相手は突如として距離を詰め始めてきた俺に、少し驚いた様子を見せたが、動揺しているようには見えない。
けれどそれで構わない、別に驚かそうとしているわけではないのだ。
俺は相手の大ぶりの攻撃を避けながら、大きく地面を蹴って出口へ向かって飛んでみせた。
相手は獲物を逃す意思はないようで、咄嗟に俺を捕まえようとしたのか、勢いよく拳をぶつけてきたのだ。
途端に体に強い衝撃が走り、俺の体は原型を保てていないほど粉々になった。上半身と下半身を繋いでいた背骨は見事に砕け、体は真っ二つとなっている。
下半身はすぐ様地面に転がり落ちて、上半身は宙へと待っていき、出口へ転がり落ちた。
「良かった…何とかなりそうだ」
俺は即座に神の刻印を使用して、体の修復を始めていく。
これこそが俺の狙いであり、試してみたかった事なのだ。
体が今のように分かれてしまった場合、俺の意思は何処に反映されるのかといった疑問がずっと頭の中にあったが、どうやら予想通り下半身ではなかったらしい。
だから俺は上半身だけが出口へと向かうように、前へと突進する形で敵に向かっていったのだ。
恐らく俺の核となっている箇所は、頭かもしくは心臓なのだと思われる。そこさえ守ることが出来ていれば、修復が可能になるだろう。
俺の体はみるみるうちに回復していき、その間オーク亜種はかつての俺の下半身を鷲掴みにして、一口で口の中に放り込んだ。
バリボリと生々しい音が聞こえている。正直目の前で自分の体の一部が喰われると言うのは、中々に驚きが多いもので胸糞が悪くなってくる。
けれど、相手がこちらに意識を逸らしてくれているおかげで、俺はこのように回復が出来ているのだから、文句はいえない。
いや、少しばかりは言いたいものだ。
その後少ししてから、体は完全と言っていいほどに回復した。かかった時間は僅か1分程度、下半身全てを治すにしては早い方じゃないだろうか。
そう、たかが1分だというのに、俺はその間が無限のように感じていた。何せ相手にバレればその瞬間にゲームオーバーとなってしまうのだ、何とかそれを免れることが出来て俺はようやくホッと息を吐いた。
未だ俺の体を貪り食うオーク亜種を尻目に、俺は塔の脱出へと向かった。目的は達成したのだ、これ以上ここにいる理由はない。
それなのに、俺は何だかやるせない気持ちになっていた。元から戦うつもりはなかったし、逃げることを最優先していた。なのに俺は、奴から逃げることが悔しくてたまらないのだ。
塔から離れる為、階段へ必死に走っている自分の姿が俯瞰して見えてきた。何とも情けなくて格好が悪い。
そんな風に自分を卑下してしまう。
これから暫くの間はこう言った気持ちが続くのだろう。いつの日か勝利を収めるために、力をつける為に俺はこれからも逃げる事を多々繰り返す筈だ。
それは仕方がないことだと思いながらも、どうしてもそれを良しとしない自分がいる。
この余計なプライドは捨ててしまうべきなのだろうか、それとも大切に持っておくべきなのだろうか。
まだ塔の中だというのに俺は、そんな事を考えながら出口へ向かって行っていた。




