第四話③
「……ブレスさん」
そこには『世界の扉』のマスター『ブレス・ノート』さんの姿があった。
相変わらずとても長い杖をつきながら歩いている姿を見るだけで、俺はとても懐かしく、そして暖かい気持ちになれた。
「君は…ヒロの友人かな?」
どうやら俺の事を誰だか認識出来ていないみたいだ。
それもその筈だ。何せ服装から肉体に至るまで、その全てがわかってしまっているのだから、気がついつほしいという方が無理がある。
それに、俺としては気づいて貰わない方が都合がいい。
こんな姿になってしまったなんて知ったらきっと、善人なブレスさんは傷ついてしまうだろう。
ただでさえ恩返しも出来ていないんだ。死んでまで傷つけるような事はしたくない。
「旅先で交流を持ちまして」
「そうか…あいつも冒険を通して、友が出来たのだな」
ブレスさんを騙すようで申し訳ないが、俺は声を変えて、ヒロの友人ということにして会話を始めた。
ボロを出す前に直ぐここから離れたい気持ちもあるが、恐らくこれがブレスさんと最後の会話がする為、中々この場から動き出せない。
ブレスさんは墓の前に立ち、何か思いを馳せるようにしながら、目を細めてじっと墓石を見つめる。
「君から見て…ヒロはどうだった?冒険を楽しんでいたと思うか?」
「……そうですね。僕から見た限りでは、あまり楽しんでいるようには見えませんでした。『神の刻印』に振り回されていましたからね」
「そうか……きっと私は恨まれているだろうな。私が冒険に出るように背中を押さなければ…」
「それはあり得ません」
俺は感情のままに言葉を溢してしまった。
ブレスさんから、このような言葉は聞きたくなかったのだ。
「何故そう言えるんだ?」
「ヒロは生前、よく口にしていました。俺はあのまま動き出さなければ、腐っていたと。マスターには感謝していると」
「だが私が原因で命を落とした事に変わりはない」
「仮にそうだとしても、彼は貴方を恨む事はありません。寧ろ感謝している事でしょう。貴方のおかげで、夢を思い出すことが出来たんです」
これは俺の本心だ。正体がバレる事になったとしても、この事だけは、ブレスさん理解していてもらいたい。
俺は貴方を恨むことなんて、今後一切、ある筈がないのだ。
「そうか…ありがとう。君のおかげで救われた気がするよ。ところで君は、冒険者なのかね?」
「僕ですか?僕は単なる旅人です」
「そうな見えないな。君の中には、何か闘志を感じる。残念な事に、何かがあったのだろう。その闘志の炎は、消えかかっているがね」
まただ。この人はまた、俺の心の中を覗き込んでは、痛いところをついて来る。
俺の中の闘志、その正体は何なのか頭を使わずとも心で理解が出来る。
だがその闘志を燃やす必要はもうないのだ。燃やしたところで意味がないのだ。こんな体になってしまった以上。
「この剣の事は、ヒロから聞いているかな?」
「『レベル装備』でしたか。装備そのものにレベルが宿るとされる、高価な武器です」
「彼には……いやヒロには、神の刻印を持った者としての使命があった。それが邪魔をして、あいつはこの武器を使う事はなかったんだ。……君にこれをやろう」
「……どうしてですか?」
「ヒロは死んだのだ。それに伴って、ヒロの役目は終わりを迎えた。ヒロはようやく自由になったんだ」
自由になったか。また新しい枷が繋がれた気もするが、確かにそうかもしれない。
もう人ですらなくなった俺は、神の刻印の宿命に従う理由はないのだ。
「代わりに君が叶えてやってくれないか?ヒロの夢を」
「僕が…彼の夢を?……無茶だ。そんな事、出来るはずがない」
「出来るとも。ヒロの意思は、君ならきっと継ぐことが出来る。そのような体になっても、涙を流せる君ならね」
俺のかつて瞳があった箇所から、不思議と水滴が溢れ落ちていた。そんなはずがない。人でなくなった俺が、涙を流せるはずがないのだ。
だが、これは止まる事を知らず、俺の思いと共に流れ続けた。
ブレスさんはじっと墓石を見つめながら、ほくそ笑みながらこう告げる。
「それではヒロ…達者でな……」
そう言ってブレスさんは、その場をゆっくりと去っていく。
俺はそんな彼の背中に向かって深くお辞儀をして、墓から剣を抜き取り歩き出した。
夢を叶えるんだ。
かつての俺の夢を、新たな人生を始めたこの俺自身が。




