絶縁
ホリィはオズワルド、シンシア両名に恨みを抱いていた。
自分を見捨て、自らは他国に逃げた卑怯者。
帝国が殺すつもりが無かったからよかったものの、もしも殺めるつもりであれば今頃どうなっていたことか。
だというのに、二人は違う国で他の仲間と共に仲睦まじく生きていた。
許せない。許さない。
だと言うのに、ああ。
久々に会った少女は、こんなにも。
愛おしい。
自分を心配する表情、自分が息災でホッとしている顔が、愛おしくてしょうがない。
――すべてを奪いたくなるほどに。
――――――――――
「ホリィさん……!」
「シンシアちゃん、久しぶりね」
そう微笑む表情は昔と変わらない。
しかしながら纏う空気、雰囲気が以前と異なることはハッキリと理解できた。
「元気だった?」
「……はい、ホリィさんもご無事でなによりです」
「…………ええ、そうね」
少し表情が歪む。
――見捨てたくせに何を。そう言うのを必死で堪えて。
「後ろの二人は? シンシアちゃんの新しいお友達?」
「そうです…………ホリィさんも、随分個性的なお友達が沢山いるようで」
色欲に塗れた不快な笑みを一様に浮かべ、シンシア、ネネ、エレンシアの三名を粘ついた視線で見つめる。
長い船旅、長期的な禁欲。依頼主である女性に手を出せなかった山賊たちは、最早限界に近かった。
シンシアたちは三名、山賊たちは百余名。圧倒的な数の違いである。
囲むように人の波を広げていき、シンシアたちの四方は山賊たちに阻まれていた。
前から、横から、背後から。
三人の肢体を舐めるように眺める視線は、否応なしに不快にさせる。
「ええ、そうね。お金だけの関係だけれど……シンプルでしょ?」
「ならこの視線も……止めて欲しいんですが」
ホリィはゆっくりと頭を振る。
「それは無理。人間の欲求を抑えろなんて要求できると思う?」
――していたくせに何を。山賊たちは心のなかで毒づく。
まあ、結果論だが今はもう構わない。目の前にご馳走があるのだから。
「それにしても…………ネネさん?」
「……何よ」
貼り付いた笑みを見せられ、ネネは憮然と答える。
「裏切ったんですね」
笑みを浮かべたまま。それでも言葉にはトゲがある。
裏切りという事象に過敏に反応するホリィ。
それは自分が今置かれた状況に由来する。
「情報は全て流したでしょ? それに契約にベルガル一行に加わってはならない。なんて条件無かったはずよ」
「………………」
ホリィは少し見上げ、考える仕草。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに視線を落としニッコリと微笑んだ。
「それもそうですね」
「…………」
拍子抜けだった。もっと食い下がってくるものと推測していたが。
しかしホリィに対して警戒は緩めない。あらゆる角度から人を陥れてくる女性なのだから。
「でも、それなら村への援助は打ち切らせてもらいますね」
しかしその答えは想定内。
「ええ、なら私も貴女への情報提供は打ち切らせてもらうわ」
事が終わればオズワルドが村の人間を避難させる手筈。
――間に合えば、だが。
「はい、構いませんよ」
「なに……?」
「シンシアちゃんも、ネネさんも、そこにいる誰か……は知りませんけど。あとは……何処かにいるオズワルドさんも――――すべて終わりなんですから」
同じ表情のはずだ。
表情は変わっていない、だというのに何故。
何故……こんなに歪んで見えるのだろうか。
「ホリィさん、もうやめてください!!」
「シンシアちゃん?」
「シンシア……?」
シンシアの悲痛な声。
ホリィとネネは目を丸くして少女を見つめる。
「あの時は理由があったんです。オズが、オズが動けなくなって、それで……!!」
「それで? 私を見捨てた?」
「だけど、私の力だけじゃヴェストからホリィさんを救うなんて不可能だったんです!」
「だから? 私を見捨てた?」
取り付く島もない。
ホリィの優先度を下げた。それは覆らない事実であり、ホリィにずっと刺さっているトゲ。
そのトゲは女性を蝕み、心まで醜く歪める。
「シンシアちゃん、どう足掻いても……私を見捨てたっていう事実は変わらないの」
「でも、ずっと心配してました……気にしてたんです」
「嘘ね」
「嘘なんかじゃ――」
「嘘!!」
ホリィは叫んで遮る。それは初めて見せた感情。
「いつでも来れたわよね!? オズワルドさんが動けなかった? 動けるようになってからは!?」
「そ、それは……」
別のトラブルが。彼女に言っても理解されないだろう。
それどころか更に逆上させる可能性がある。
「メルストリッド大陸が落ち着いてからは? 来れる機会、話す機会があったのにずっと来なかったでしょ!?」
死んだと思っていたから。無論これも納得しないだろう。
彼女を納得させる言葉は、持ち合わせていない。
「会いに来ない、弁解にも来ない。だから――会いに来たの、そして……全て壊しに来たの」
それは構ってくれない子どもの駄々にも見える。
しかし巻き添えになって殺されそうになり、救いもせず謝罪もなかった状況を鑑みると。
「……ごめんなさい」
しょうがないのかもしれない。シンシアはそう考えた。
「だけど」
勝ち誇るホリィを前に、シンシアは言葉を続ける。
「だからといって、長老を殺したこと、ロウェルさんたちを殺したこと。それは絶対に許せるものではありません」
「必要だったの」
事も無げに。
先程のように貼り付いた笑みを浮かべ、ホリィはそう言う。
「えーと……長老? あの亜人だって、黙って文献をくれれば殺す必要なんて無かった。でもくれないんだから仕方ないでしょう?」
「そんな……」
子どもみたいな理由で?
欲しいから奪う?
その山賊のような根幹は、従えている人間を見る限り違和感はないように思えた。
「もう良いの。私はシンシアちゃんとオズワルドさんを殺せれば、それだけで満足なんだから」
そう言うホリィの表情は、愉悦に歪んでいた。
大陸を挟んだ、致命的な決別。それをシンシアは痛感させられる。
どのような言葉も届かない。ホリィは自分の望みだけを叶える予定だ。
それなら……もう。
「ホリィさん……ごめんなさい」
「…………今更謝ったって、遅――」
シンシアはホリィの言葉を遮るように続けた。
「今の貴女に殺されるわけにはいきません。それなら……全力で相手します!」
「………………」
ぽかんと。呆けた表情を見せたがそれも一瞬。
怒りと愉悦が綯い交ぜになった表情で、笑みを浮かべる。
しかし口の端は食いしばり、叫びたい衝動を必死に抑えていた。
「……いいわ、全部壊してあげる。皆さん、足止めをお願いします。もし捕まえることが出来たら……何をしてもいいですよ?」
獣の咆哮のような雄叫びが緑の空間に木霊する。
何人もの咆哮は空間を振動させ、空気が変わる。
「ネネ、エレンシアさん!!」
「ええ、来るわよ!」
「……しかし、一つ困ったことがある」
エレンシアは振り下ろされた斧を、掴みにかかる手を避けながらポツリと呟く。
「私は、ここで爆発魔術を使えない。よって攻撃手段は限られてくるぞ」
自然を愛し、自然を求めてやってきたエレンシア一行のエルフたち。
自らの手で自然を壊すことを良しとしなかった。
「言ってる場合!?」
「もちろんだ。そのために千年彷徨ってきたのだから」
「…………なら、出来うる限りの抵抗を、その分は私がやりますから!」
三本の光の剣を巧みに操り、襲いかかる敵を次々に屠っていく。
「――そう、時間稼ぎをお願いしますよ」
ホリィの小さなつぶやきは、男たちの叫ぶ声によってかき消された。




