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ベルガル王国最強騎士と少女の王国再建物語  作者: 佐藤ヒロフミ
血が滴る砂

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ホリィの現状


「ホリィさんが……生きてるの?」


 レギルバーン大陸から派遣された密偵、ネネ。


 彼女の口から聞いたのは二人の巻き添えになって死んだと思われた女性の名だった。


「生きてるの、って……どうして死んでると思ったの?」


「それは……」


 当時の出来事を出来るだけ詳しく説明する。


 グロリア帝国からは反逆者と見なされているベルガル二人の歩いてきた軌跡は、どれほどまでに歪曲して伝わっているのか。


「へえ……」


 シンシアの説明を受け、ネネは特に感情の籠もっていない声で生返事。


 木にもたれながら草むらに座り込む。


「その、ホリィを処刑しようとしたっていう話は聞いたことないけど……」


 ネネは指を上に向け、宙に何か描くように動かす。


 それは自分の知っている出来事を思い出そうとする仕草だった。


「ヴェストへ運ぶ囚人を乗せた馬車を襲撃したっていうのは?」


「…………した」


「徴税の帝国兵士の邪魔をしたり、処刑する兵士に手をかけたりっていうのは?」


「………………したことがある、な」


「大体合ってるわね」


 嘘も誇張も無く。


 ただただ餌としてホリィを処刑しようとした、という都合の悪い出来事以外は詳らかに伝えられていた。


「私が見てきた、主観が入った状態でのあの女は……相当イカれてるわよ」


 それは二人の記憶とは違う。


 二人の中でのホリィは、冒険者に優しく微笑む、ギルドの中で一際輝いて見える職員だった。


 あの彼女がイカれている、という形容は相応しくない。そう考える。


 しかし事実である。ホリィは二人に見捨てられたと憎しみを募らせ、ただただベルガルを貶める復讐鬼と成り果てているのだから。


「でも、それなら事情を話して解ってもらおうよ!」


 シンシアは立ち上がる。その手の拳は固く握られていた。


 仲の良い友人のつもりであった。ならば話せば理解してくれる、そう考えるがネネは頭を振る。


「たぶん無駄よ。それどころか行った所で捕まえられるのがオチ」


「だけど……!」


「もう一度言うわよ、無駄。あの女こっちの要望は一切聞きやしない。挙句の果てに生まれ故郷を人質に取るような真似……狂ってんのよあいつ」


 悔しそうに歯噛みするシンシアは、黙して立つ黒騎士へと質問を投げかける。


「オズはどう思う?」


「私はそれよりも人質、という言葉のほうが気になりましたが」


「この仕事……密偵とか偵察とかが主なんだけど、両親には言ってないの」


 言うなれば誰かの手を汚すためのお膳立てをしているようなもの。


 莫大な金は手に入るが、その分誰かの血が流れる。


 ネネはその血を両親の血にしたくないだけなのだが。


「両親は言ってしまえば人の良い世間知らず、みたいなところがあってね。騙されても騙すな、っていうのが口癖だから…………お金の出所が手を汚す仕事だと判れば、最悪自殺するかもしれない。だっていうのに、ホリィはもしも断れば私の仕事を両親にバラす、って……」


「綺麗な釘を打たれたわけか」


 頷く。小さい情報だが、ネネにとっては大きな楔となる。


 しかしシンシアは信じられない。自分が思っていたホリィの人物像とはどうしても重ならないのだ。同名の別人という可能性まで模索しているところである。


「実のところ、あの女は自分の名前を隠して私を使っててね、最悪全ての責任を私に押し付けるつもりだったんでしょうけど、私もバカじゃない。素性は全て洗い出してやった」


 ネネの言うその素性は、シンシアが知っているホリィという女性に合致する物であった。


 それはつまり同名の別人という線は完全に消えたことを意味する。


「オズ、今すぐ説明しに行こう」


「あんた話聞いてた? 行ってもすぐ捕まるだけだってば」


「でも誤解されたままは嫌なの!」


「誰でもみんな人を誤解して生きてるでしょ!? 私もあんたのことはただのアホだと思ってた! でも実際はとんでもない大馬鹿だったってことね!」


 憎まれ口を叩いてばかりのネネだが、こう見えてシンシアのことは気に入っている。


 だからこそ、獣の口の中に飛び込むような真似を止めたいのだが、彼女は聞く耳を持たない。


「しかしシンシア様、この大陸での出来事はどうなさるのですか?」


「それは、いったん説明しに行ってから」


「……なるほど、そうですか。では、レギルバーン大陸まではどうやって行かれるおつもりでしょうか」


「………………えっと…………そう、ネネが乗ってきた船を……」


「私の船なら大陸に着いてすぐ誰かに盗まれたわよ、食料も一緒にね。死ぬかと思った」


「夜な夜な街に忍び込んでは食料と水を盗んでいたな」


「……え、気付いてたの」


 無論だ、と頷くオズワルド。


 メルストリッド大陸から輸送され、潤沢な食料を備蓄していたが故に、目を瞑っていたのだった。


「エルフはどうされるのですか? 彼らはベルガル王国の純然たる被害者、それにナーガに住まう非力な子どもや老人たちは……」


「……わかってる、わかってるけど…………」


 友人だと思っていた女性に嫌われることが、辛いのだ。


 対話で解決するのであれば、是が非でも対話を設けたい。


 その気持ちが痛いほど伝わってくるオズワルド。だが。


「シンシア様。私もろとも国を滅ぼすよう命じたのは、私の友人のケヴィンです」


「あ…………」


 ベルガル王国国王近衛騎士副隊長ケヴィン。


 彼は王の庇護に染まらず、悪逆の限りを尽くすハワード王を討ち倒すべく蜂起したのだ。


「対話で解決できることと、出来ないことは確実に存在するのです」


 オズワルドはハワード王に洗脳されていて、聞く耳を持たなかった。


 それが殺す理由には成り得ないのかもしれない。だが現実はそうなった。


「とりあえず、今は目先のことから攻略していくほうがよろしいでしょう。今向かい、漠然とあの時のことを説明した所で恐らく理解は得られないはず。なので理解してもらう道筋を見つけてからの方がよろしいと思います」


「………………」


 シンシアは立ったまま俯く。


 握られた拳は開かれ、だらんと力なく垂れ下がった。


「……ちょっと、顔を洗ってくるね」


 返事を待たず、水場へと足を向ける。


 シンシアの姿が見えなくなってから、ネネは口を開いた。


「説得上手いのね」


 しかし、オズワルドは首を横に振った。


「だがシンシア様が強くホリィに会いに行くことを望むのであれば、私はそれに応えるしかない。それが無謀とわかっていてもな」


「……それが騎士、だっていうの? 王を諌めるのは騎士の役目じゃないって?」


「ああ。王の期待に応えるのが騎士なのだ。諌めるのは分を越えた領域だ」


 だからシンシアにわかってもらうしかない。


 何が何でもホリィに行くというのであれば、オズワルドは自分の命を賭してでも守らなければならない。


「馬鹿みたい。今時流行らないわよ、その忠誠心」


「ふ……私は今時の人間ではないのでな」


「そうだったわね」「ですがそこがオズワルド様の良い所です!」


 それから数分後。シンシアが戻って来る。


 その表情は、何かを決意した表情。ネネには嫌な予感がつきまとう。


「…………決めた。オズ、決めてきたよ」


「はい」


「私は――――まずサンディラ大陸の内情を解決する。ホリィさんのことはそれから」


「畏まりました」


 黒騎士はシンシアの膝下に傅く。


 苦渋の決断だった。シンシアは傅くのを咎めることを忘れるほどに。


「でも、密偵の仕事はどうすれば良いの? 報告せずに無視してたら両親が……」


 ネネの疑念は尤もだ。しかしオズワルドは事も無げに言う。


「いつも通り報告すれば良い。別に見られていたからといって困ることもないのだからな」


「それでいいの?」


「ああ、ホリィが我々を知ろうとすればするほど接点が生まれてくるはずだ」


 わざわざグロリア帝国まで赴かずとも出会う方法が来るかもしれない。


 夢のような粗筋ではあるが、万が一の保険としては十分である。


――しかし、人質を取るような真似は褒められたものではない。そこだけはいずれ対処しなければならないだろうな。


 エルフについて話し合う二人の横顔を眺めつつ、オズワルドは内心そう考えていた。

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