ベルガル流暗殺術
熱砂の上で、攻防が繰り広げられる。
怒りで我を失ったエルフたちは、魔力の残量など気にせずにただひたすらに魔術を行使する。
長年の憎むべき相手を倒せるのであれば、この地で伏すとも構わぬとの心。
同士討ちすら厭わない乱発を繰り返す。
黒騎士は立ち回ることで同士討ちになるのを防ぎ、ひたすら回避を繰り返す。
「どうした、逃げてばかりで勝てるとでも思っているのか!!」
エルフの一人が高く声を上げる。
杖をオズワルドへと向ける、そして何か小さく呟いたかと思うと、オズワルドが立っていた地点にて爆発が起こった。
爆発とオズワルドが回避したことによって砂が舞い上がる。
砂はシャワーのように辺りに降り注ぎ、地に落ちた頃には他の砂と同化していた。
黒騎士の体力は無尽蔵。回避だけならどれだけでも続けていられる。
だが、そのままでは事態が好転することは起こり得ない。
しかし斬り掛かった所で防御魔法がオズワルドの剣身を受け止めるだろう。
それに、出来ることならば殺めずに撃退したいところ。
殺されるつもりは毛頭ないが、彼らはここで死ぬべき人物ではない。
千年もの間、ハワード王の暴虐により流浪をせざるを得なかった種族、非は完全にベルガル王国側にある。
――しかし、埒が明かないな。
五人の爆発魔術を避ける。五人目の魔術を避けた頃には一人目が既に行使しており、またループの最初へと舞い戻る。
冷静であれば魔力の残量を気にして戦っていることだろう、だが今の心境では無理からぬこと。
魔力とはいってしまえば生命力である。限界を超えた行使はそれそのものが自身の命に関わる。
だが、手を止めることは無いだろう。
それだけ憎い相手なのだ。
「…………往生際の悪い……!!」
一人のエルフの体が大きく横に傾いた。
しかし持っている杖で体を支え、新たに術を行使する。
口端からは血を流しながらも。彼らは命を削ってオズワルドを殺そうとするだろう。
このまま避け続けていれば、エルフたちが先に命を落とす。
それは黒騎士にとって避けたい。
状況を一変させる一手が無いオズワルドは、手をこまねいていた。
その時である。
「オズワルド様ーーっ!!」
遺跡の入口である穴から、叫びながら現れる女性。ネネである。
驚いたエルフたちは思わず杖先をネネへと向けるが、彼女の走る速度の方が、魔術の顕現よりも速い。
「お受け取りください!!」
ネネが手を伸ばす。
その手には何も持っていない。
――受け取る? 何を?
オズワルドは考える、だが答えは出ない。
考えている間にネネは既にオズワルドの傍まで来ており、オズワルドの右手を自分の両手で挟むように握り込んだ。そしてオズワルドを見上げる。
「御武運を」
言葉を残し、ネネはまた遺跡の中へと走って行く。
オズワルドは握られた手を見る。そこには何も無い。
だが、渡された。
「――ありがたい」
日差しは高く、影は色濃く人の体を映す。
風が吹く。それは熱風。熱風が砂を運び、影の上へと降り積もる。
「女が何をしたか知らないが……避けることしか出来ないお前に勝機は……ない!!」
魔力の消費が激しく、既に満身創痍であると言うのに杖は尚も黒騎士へと向く。
「いや………………もう、私の勝ちだ」
「何をふざけた――っ!!」
オズワルドは身を屈める。
そして言葉を紡いだ。渡された力の名前を。
「ベルガル流暗殺術――影移動」
黒騎士は、自分の影に沈む。
「な……んだと……っ!?」
驚きも束の間。
「ぐああっ!!」
常に先頭に立っていたリーダー格のエルフの背後へと、突如現れたオズワルド。
右肩を振り上げることで大きく斬り裂いた。
「このっ……!」
杖を左手に持ち替え、振り返り杖先を向けるが。
そこにはもう誰もいない。移動した形跡すら。
「勝負はついた」
「たった一度、偶然に当たったくらいで!!」
右肩を抑えながら、残りの四人に指示を出す。
残る四人は杖先をオズワルドへと向け、術の行使を試みる。
だが。
「ベルガル流暗殺術、影移動」
またもオズワルドは影に沈む。
現れたのは一人目のエルフの、影。
影から影へと移動し、認識できないうちに距離を詰める。
防御魔術を行使する暇も無いまま。
「うあぁっ!!」
右腕を斬られる。振り返ったときには既に影へと潜っていた。
二人目がやられ、そして三人目も斬られることになった。
そして最後の四人目。彼は影に移動することを看破した。
背後に太陽をかざし、目の前に影を作るように位置を移動し、影に向けて杖を向け待ち構える。だが。
「うわあああっ!!」
「待ち構えられているのであれば、他の影から迫れば良いだけのこと」
背後でうずくまるエルフの影から現れ、右足を斬りつける。
「残りの四人の傷は浅くした。だが最初に斬ったリーダーと思しき男の傷は少し深い。このままだと出血で死んでしまうかもしれないな」
「だから、なんだというのだ……っ!!」
深い傷を抑えるのをやめる。そこからまた新たな血が流れ始めた。
杖をオズワルドへと向ける。
「どうする? 彼が死んでしまっても良いのか?」
比較的軽症な四人へと言葉を投げかける。
しかしたった一人の重症者は、一笑に付した。
「バカなことを! 我らは貴様さえ倒せればそれで満足よ!!」
「だ、そうだが? 残り少ない種族、救える命を見捨てるのか?」
四人はそれぞれアイコンタクト。
オズワルドを一瞥することもなく、リーダー格のエルフへと魔術を使った。
「バインド」
「うあっ……!? お、お前たち……、何を…………っ!?」
「お叱りなら後でいくらでも。しかし今は命を大事になさってください」
残りの四人は怪我を痛めながらも、重症者の四肢を担いで立ち去っていった。
「べ……ベルガルの…………!! このままでは済まさんぞ……っ!!」
最後に一言だけ呪詛を置いて、この場から居なくなった。
「…………ふう」
ある種の賭けだった。
このまま戦い続けていれば、エルフを全滅させる羽目になっていた。
命を重んじる余裕があって助かったと言える。
「しかし……」
自分の右手を見る。そこには何も無いが。
「あの娘もベルガル縁の者だったとはな……」
王の庇護の譲渡。
それによってオズワルドは新たな技を貰い受けることが出来た。
「さて、彼女の中身は誰なのか……」
そう言った後、遺跡の入口の穴へ飛び降りる。
砂で穴を塞いでおき、入口を秘匿。
通路を歩いて緑豊かな広い空間へと向かうと。
「どうなってんのか説明してよっ!!」
ネネの怒声が耳に届いた。
声の方向へと歩いて行くと、鬼気迫る表情でシンシアに食って掛かるネネの姿。
「女だったのだな、私たちをずっと監視していた人物の正体は」
二人の視線は黒騎士へと吸い込まれる。
「オズ!!」
「あんた……っ!!」
怒りに染まった顔でオズワルドを睨んだ。かと思えば。
「オズワルド様! ご無事でなによりですっ!!」
満面の笑顔に変わった。
「………………」
その二面相に、オズワルドは少したじろいだ。
まるで二重人格とも言える変わりっぷり。
「……二重人格?」
オズワルドの独り言に、シンシアは困ったように笑う。
「というより……一つの体に二人の魂……って感じかな。あはは……」
「何笑ってんのよ!!」
「ということは、今さっきから喚いている方が元の人格であり。私のことを様付けで呼ぶのが……」
ネネをゆっくり指差すと、勢い良くオズワルドの方へと振り向き。
「はいっ! お会いしたかったです!」
破顔した。先程まで怒っているのが想像できないほどに。
そしてまた怒り出す。収拾がつくまでにかなりの時間を要した。
………………
…………
……
池のそばまで戻ってきて、腰を落ち着けて話を続けていった。
体を休めたことで、ネネもようやく冷静に話を聞けるようになったようだ。
「つまり、私の体に千年前に死んだ人の魂が入ってる……ってこと?」
「そう。千年前に死んだ国王の呪いみたいなものでね」
「…………で、あんたはその千年前に死んだ国王の子孫……?」
「んー……たぶん血は繋がってないから、厳密には子孫じゃないんじゃないかな……末裔?」
この数日で打ち解けたシンシアとネネ。
口を挟むべきではないだろうと、オズワルドは黙って事の成り行きを眺めていた。
「んで、この黒い鎧の男は千年前に死んだはずの、その国の騎士……」
「うん……信じられないとは思うけど」
「………………」
信じられるわけないでしょ。平時ならそう言って笑い飛ばしただろう。
だが、今の自分の体は自分以外の誰かが住んでいる。
勝手に口を使い、勝手に体を使って好き勝手生きている。
「ねえシンシア。この、もうひとりの人格って……消せないの?」「まあひどい! 貴女がそこまで隠密に長けているのは誰のお陰だと思ってるのかしら!」
一人二役で寸劇しているかのような光景。
「ごめん、ネネ。今のところ、ネネ以外だと体の持ち主ごと死んだ人しか会ったことなくて……」
「………………」
絶望した。死ぬか共存かの二択を迫られている。死ぬのはまっぴらごめんだ、なら共存しか道はない。
「ダメだ、なんか受け入れられない。もう寝てもいい?」
まだ陽は高かったが、それほどまでに脳が疲弊しかねない出来事である。
シンシアは頷いて答え、ネネは背中を向けて横になった。
かと思えば。
「でも私がまだ話してないんです!!」
と言ってがばりと起き上がった。
「……もう、寝かせてよ……」「少しだけお借りさせてください」
頑ななもう一人の人格。
諦めたのか、面倒になったのか。もしくは両方か。
「好きにして……」「ありがとうございます」
といって、主導権を手放した。
そしてネネはオズワルドへと向き直る。いや、中身はネネではないのだが。
「改めて……お久しぶりです、オズワルド様」
「キミは、一体誰なのだ?」
オズワルドの記憶に、暗殺や隠密に長けた人物は味方にいなかったと記憶している。
彼は騎士だ。騎士と暗殺は対極の位置にあるといえるだろう。
だというのに、向こう側はオズワルドを知っている。
「私はネーディスと申します」
「………………」
オズワルドの動きがピタリと止まる。
「ネーディス、という名前に覚えはありませんか?」
「ネーディス……」
口の中で反芻し、記憶を掘り返す。
しかし、出てきたものは人名ではなかった。
「そういった村が、王城の付近にあったのは覚えているが……」
人の名前では無い。
つまり彼女のことを知らないということになるのだが、予想に反して彼女の表情は花のように咲き誇った。
「そう、そうです! そのネーディスでございます! あそこで何があったか覚えておいでですか!?」
「…………それは」
陰惨な光景だった。
村中の全てが赤く染まっている。
家は燃え、畑は燃え、地面には村人の血溜まり。
発端はとても些細なものだった。村人の幼子が、村が貧しいのは王の所為だと文句を言った。
子どもの小さな文句を何処で聞きつけたのか、烈火の如く怒り狂ったハワード王は村を焼き払うように命じた。
その村の名前が――
「ネーディス。私が洗脳されて間もない頃、焼き払うよう命じられた村だ」
「……オズがやったの?」
「…………はい」
だとしたら何故、と疑問が湧く。
何故ネーディスは、滅ぼされたにも関わらずオズワルドに好意を寄せるような物言いをしているのか。
本来であれば仇だというのに。
「覚えていませんか? 泣きじゃくる子どもを」
「子ども…………ああ、いた。ごめんなさい、ごめんなさいと泣きじゃくる子どもが……」
ほんの軽口のつもりだった。
貧しいのは自分たちの所為だと思いたくない。だから他のなにかの所為にした。
それがこんな結果を招くなんて思っていなかったから。
「その子どもを、どうしましたか?」
オズワルドは、まるで催眠にかかったかのようにぼうっと話し出す。
千年以上前の記憶。古い記憶を掘り起こすために。
「とても、頭が痛かったのを覚えている。剣を持て、と頭の中で警鐘が鳴り続けていた。それでも私は、剣を握りそうになる右手を必死に抑えて…………それで……」
「それで?」
「泣きじゃくる子どもを、逃がした……。今にも斬りかかりそうになりながらも、追い払うように村から追い出した……」
洗脳によって自由を奪われたオズワルドにとって、それは反抗だった。
年端もいかない幼子が文句を零しただけで村を焼き払う悪王への、唯一の抵抗。
「その時の子どもが、私です」
「……そうだったのか」
「はい。逃げた私は木の実や朝露などで空腹を凌ぎ、育ての親に出会うまで森の中で生きていました。育ての親に、オズワルド様の名前を初めて聞いたんです」
「しかし何故村の名前を名乗っているのだ?」
「それは烙印なんです。私にとっても、村にとっても」
自分が些細な一言で起こった悲劇を忘れないように。自分の名前は捨て、育ての親にもネーディスと名乗った。
村を忘れないように。自分がしたことを忘れないように。そのための烙印。
「うああああぁぁぁぁ~~」
と、急にネーディスが大泣きを始める。
「そんなん、可哀想じゃん……うあああ……」
ネネだった。入れ替わりが激しく、オズワルドとシンシアには見破れそうもなかった。
読んでくださってありがとうございました。
もしよろしければ、評価等をお願い致します。




