人を見る目【前編】
街道を歩いていると、後ろから物音。
ガラガラと街道を走る車輪の音。
今まで幾度となく行商人の馬車とすれ違ったことがある為、オズワルドとシンシアはどちらともなく街道の端に移り、道を譲る。
だが、すれ違いざまに見た光景は、行商人のそれとは大きく異なった。
木製の檻に、車輪がついている。
それを馬が牽き、御者席には男が一人。
挟むように、馬に乗った兵士が四人。
目に飛び込む紋章。
「……グロリア、帝国」
オズワルドはポツリと呟く。
訝しげにシンシアとオズワルドを見下ろす馬上の兵士たち。
「あれは……」
シンシアも小声で呟く。
目線は、馬に牽かれた後ろの檻。
老若男女問わず、両手足が鎖に繋がれ項垂れている。
罪人の連行。
ひと目見た印象は、それだった。
だが、今まで聞いた帝国の悪辣な所業。
税を払えない、ただそれだけで処刑される無辜の民。
自身と同じ境遇の人間を生み出したくない。
その意思を胸に抱いて旅をしているシンシアには、見逃せるはずもなかった。
走り出すシンシア。
「シンシア様……っ!?」
その後を、オズワルドが慌てて追いかける。
馬に負担をかけないためか、その速度はゆっくりとしたものだった。
如何程もせずに追いつく。
「す……すみませんっ!」
シンシアは馬上の兵士に声を掛ける。
歩みを止めず、首だけを動かし。
「近付くな」
無情な声を発する。
だが、彼女は諦めない。
「こ、この人たち、税が払えなくて連れて行かれた人たちなんですよね……?」
「………………」
兵士は答えない。
既に目はシンシアを捉えておらず、前を向いている。
「少し待ってあげて、納税出来るように猶予を差し上げてはどうでしょう?」
兵士も、御者も誰一人としてシンシアを見ない。
檻の中の者達のみ、シンシアを見ていた。
一筋の光明。吹けば飛ぶような藁のように。
「帝国の方たちの要望は、税なんですよね? 連れて行けば、税の所得が減るのでは?」
無視されていたとしても、シンシアは声をかけ続ける。
馬に並走するため小走りで、時折足をもつれさせながら。
やがて、オズワルドはシンシアに追いつく。
ガシャンとグリーブの足音を立て。
鉄の足音に兵士は音の出どころを確認する。
漆黒の甲冑。
フルフェイスの兜。
そして、胸元に宿る紋章。
「……貴様、何処の所属だ?」
兵士がオズワルドに対して誰何する。
「………………」
オズワルドは答えない。
姉妹の父に忠告された内容を胸に誓い、沈黙を貫く。
兵士の一人が手を挙げる。
挙手を合図に、馬車と兵士たちは歩みを止める。
「その紋章、見覚えがないな。もう一度聞く、何処の所属だ?」
流石に文献でしか記されていないであろう紋章。
記憶している人間は皆無に等しいだろう。
答えないオズワルドに焦れた兵士は、苛ついたように声を出す。
「怪しい人物として、捕らえてもいいんだぞ? さっきからこの小娘もうるさい事だしな」
馬から降りる兵士たち。
檻の中の捕縛されている者たちは、固唾を飲んで見守っている。
「もう少し、猶予をあげてくれませんか?」
シンシアの嘆願は一貫している。
「最後だ、所属を名乗れ」
シンシアの声が届かないかのように、兵士はオズワルドしか見ていない。
「お願いします」
シンシアは頭を下げる。
オズワルドも続いて、頭を下げた。
「……捕らえろ」
抜剣し、頭を下げたままのオズワルドを囲む。
「ダメみたいですね……オズさん、逃げましょう」
問答は無駄だと感じ至ったシンシアは、撤退を申し出る。
「逃さん」
「ベルガル流剣術、防御陣」
頭を下げたまま抜剣。
抜剣したことに反応した兵士は、斜め上段から剣を振り下ろす。
だが、弾かれる。
弾かれた勢いを殺しきれない兵士は、思わず剣から手を離してしまう。
離れた剣は、遠くにまで飛んでいって、地面に突き刺さる。
「我が王が命じていない以上、殺しはしたくない。退いてはくれないだろうか?」
それを強者の余裕と取った兵士たちは激昂した。
事実、オズワルドの方が強者なのは檻の中の人物から見てもそうだ。
ただ愚直に訓練された、振り下ろすだけの剣術と。
愚直ながらも卓越された。
愚直だからこそ他者よりも抜きん出た、ベルガルの剣術者。
素人目から見ても、オズワルドの方が余裕があるのは一目瞭然だった。
やがて檻の中から、誰かが声を上げた。
「た、助けてください……」
そのか細い声は、シンシアの耳にハッキリと届く。
檻を見ると、声はまた一つ、また一つと増えていく。
「後一日、後一日あれば税をかき集めることが出来たんです……!」
「俺は、たった一枚足りなかっただけなんだ!」
「私は子供が満足に食べていられなくて、減税を頼んだだけで……!」
「決まった税を納めてた! だっていうのに蓄えすらも持っていこうとしたから抵抗したらこれだ!」
悲痛な声が張り上げられる。
御者が黙るように大声を上げても、沸き起こった不満は止まることをしらない。
「……オズさん」
全てを言わないシンシア。
だが、オズワルドは全てを理解する。
「よろしいのですか?」
短い一言。
頷くシンシアを見て、オズワルドは抜剣する。
「許可が出た。お前たちを生かしておく必要がなくなった」
「な……っ!」
弱者へ対する最後通牒。
帝国兵士としての矜持を元から無かったかのような扱いに、兵士たちの怒りは溶岩の如く溢れ出る。
「何処までもバカにして……! かかれ!」
前から来た兵士の剣を、真正面から受け止める。
鍔迫り合いしている後ろと右側から、鎧の隙間から刺すべく剣を真っ直ぐ突き出す。
オズワルドは剣を傾ける事で兵士の剣をいなし、バランスを崩した兵士を一撃で斬り伏せ。
「ベルガル流剣術、防御陣」
剣閃を置く。
突き出した剣は剣閃により弾かれ、オズワルドには届かない。
オズワルドは振り向きざまに剣を横に振るう。
右側にいた兵士の首を切断する。
だが、そこで誤算。
剣が折れてしまう。
元々は盗賊から盗んだ一振り。
状態は良くなかった。
後ろにいた兵士は好機と読み、大声を出し剣を振り上げる。
オズワルドは体を捻ることで剣を躱し、兵士の利き手を掴む。
掴んだ手に力を込め、怯んだ隙にもう片手で兵士の顔を掴み地面に押し倒す。
利き手の痛みと倒されたことでバランスを崩した兵士は、剣から手を離してしまう。
その剣を奪い取り、オズワルドは兵士の胸に剣を突き立てた。
後は一人。
最初に弾かれた兵士は、飛んでいった剣を拾いに走っていた。
到底剣が届く距離ではない。
弓でしか攻撃手段が無いような距離だが。
オズワルドにとっては剣が届く範囲だ。
「ベルガル流剣術、空間斬」
虚空に剣を振り下ろす。
突如、兵士の背後から剣閃が。
背中から血飛沫を上げ、兵士は倒れる。
御者は馬車から降りて逃げ出そうとするが。
「ベルガル流剣術、空間斬」
彼の剣術は敗走兵にも容赦はなかった。
「シンシア様、お怪我は?」
「大丈夫です、それより」
檻を見る。
「……解放してもよろしいのですか?」
「言いたいことはわかります。納税も無く罪人も連れてこられなかった村が、より苛烈な罪に問われる可能性がある…………ですよね?」
「はい」
「けど、先程の声を聞いた状態で無視は出来なかったので…………卑怯者と謗られるかもしれませんが、解放した上で皆さんの自由意志に委ねたいと思います」
王の声に異論を唱える事もなく、オズワルドは檻を開く。
両手足に拘束された鉄製の鎖を、兵士から奪った剣で斬り落としていく。
皆一様にお礼を言いながら。行き先はそれぞれ異なった。
ある者は納税をするべく一度村に帰っていった。
ある者は村に迷惑を掛けられないという理由で自ら帝国に出頭するために足を運んでいた。
ある者は身分を隠し、森の中で生き続けると申し出て、木々の陰に姿を隠した。
そして、一番奥に押し込められていた男。
かなり良い体格をしている。
だが、その瞳は涙を溜め、涙ながらに語り始める。
「俺の村は、逆らった所為で全て焼き払われた。もう帰る故郷は無いが、全員を弔ってやりたいんだ」
妙に演技じみたその台詞に、オズワルドは解放を躊躇う。
だが、その機微に気付けないシンシアは、男の涙につられてシンシアも涙していた。
「オズさん、お願いします……かわいそうです」
「ですが」
根拠はない違和感。
どう説明すれば良いか分からないオズワルドは、答えあぐねる。
「お願いします、弔わせてあげてください」
「……わかりました」
両手足の鎖を解くと、男はいそいそと檻の外に出る。
剣を一振り拾い上げ、兵士が乗っていた馬に跨る。
「ありがとよ! 恩に着るぜ!」
そう言い残し、走り去った。
「………………」
言いようのない不安がオズワルドの胸にたちこめるが。
その事にばかりかかずらってはいられない。
他にも解放するべき人はいるのだ。
………………。
…………。
全員の解放が終わり、死体の焼却を終える。
馬は一頭もらい、残りは野に放った。
檻の馬車も一緒に焼き払い、証拠を隠滅。
「シンシア様、少しよろしいでしょうか?」
「はい?」
胸中の不安は、ずっと拭われることはなく、常に頭の片隅を支配していた。
「あの弔うと言っていた男、あの男を追ってみたいのですが」
「…………何かありました?」
説明は出来ない。
この不安を言語化出来ないのだ。
「何と言いますか……念の為、とでも言いましょうか」
珍しく歯切れが悪いオズワルドに、何か感じるものがあったのだろう。
シンシアは快諾する。
「行きましょう! どうせあてのない旅なんですから!」
「ありがとうございます」
オズワルドは馬に跨り、シンシアに手を差し伸べて後ろに乗せる。
手綱を操作し、馬は歩き出す。
「わ、わっ…………」
乗るのは初めてなのだろうか?
馬の揺れに慣れないようで、オズワルドにしがみつく。
それから数日。
男が向かった方向へただただ進んでいく。
途中で村が幾つかあったが、変わった様子はなかった。
思い過ごしだったのだろうか。
気にしすぎだったのではないか?
それならそれで良いのだが、と思いながら進んでいく。
だが、次の村に辿り着く前に異変が伺えた。
遠くからでも見える黒煙。
「シンシア様、捕まってください」
「はい……!」
シンシアにも見えていたのだろう。
言う前にぎゅっとしがみついていた。
馬を走らせる。
するとそこは。
燃え盛る村。
地面には倒れ伏した村人たち。
「これが、彼の言っていた村なのでしょうか?」
それだとおかしい。
連行される前に焼き払われたと言っていた。
未だに燃え続ける物なのだろうか?
そんなわけはない。
それに、地に流れる赤い印は未だ新しい。
馬を降りて調べてみる。
略奪の後。
男だけでなく、女子供関係なく殺害しているようだ。
足跡から、複数の大柄の男が見られる。
「お、オズさん…………」
シンシアが一枚の紙を持って、震えていた。
彼女のもとに駆け寄り、持っていた紙を横から見る。
「わ、私……私……なんてことを……!」
それは人相書き。
蛮族として、懸賞金の掛けられた頭目。
その男には見覚えがある。
――――違和感の正体は、これか。
時は既に遅い。
腑に落ちるにはあまりにも遅すぎた。
村人を弔いたいと涙ながら語っていた、男が。
賊の頭目の人相書きに、そっくりだった。
「わ……私の、せいで……この村が……?」
読んでくださってありがとうございました。
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