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ベルガル王国最強騎士と少女の王国再建物語  作者: 佐藤ヒロフミ
血が滴る砂

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一輪の花


 砂漠に一輪の花が咲いていた。


 日陰もなければ水分もない、広大な砂漠の中にぽつんと一輪。


 水分を奪い去る過酷な日差しの中でも、その花の葉は青々と色づいている。


 白い花弁は風でゆらゆらと揺れ、その景色はここが砂漠であることを忘れさせる光景であった。


 しかし地元住民にとってその光景は異様である。


 木も草も生えない枯れた大地に、何故花が咲いているのか?


 訝しむ者たちは、恐る恐ると花へと近付いていく。


 複数人で囲むようにして一歩、また一歩と近付いて花を見下ろす。


 それは興味本位か異物を排除しようとしたのかは定かではない。


 しかし、近付いたのは迂闊を言わざるを得ない。少なくとも、そのような状況を招いてしまったのは確かだ。


 花は風に揺れる。が、それと同時に花の下の砂も揺れ始めた。


 突然の揺れに驚く者たち。


 しかし揺れに驚くのは束の間の出来事であった。彼らの目には、それ以上に驚く光景が映り始めたのだ。


 砂の下から、成人男性の腕ほどもある太い茎が現れた。


 ムチのようにしなり、近くにいた人間たちの首に絡みつく。


 全員の首に絡みついたあと、花弁が開く。花弁は開き続け、物理法則を無視した巨大な口へと変化した。


 口にはギザギザに歪に尖った歯が等間隔で並んでおり、その口はとても暴力的に見えた。


 花に捕食される。そのことに気付いた時には既に遅く、仲間の一人が食い千切られるところを目の当たりにさせられた後だった。


 助けを求める悲鳴。しかしここサンディラ大陸でそのような悲鳴は日常茶飯事である。


 周囲で声を聞き届ける人物がいたとしても、いちいち相手にする者はいないだろう。


 助けも虚しく、一人また一人と花弁の中へと惨たらしく放り込まれる。


 やがて捉えた人間全てを食らいつくし、大きな口へと変貌した花弁は小さくなっていく。


 それと同時に、砂の下から現れた触手のような茎は砂の下に潜り込む。


 辺りに血痕を残していることを除けば、それ以外は先程と変わらない光景。


 砂漠に一輪の花、しかしその周囲は血に染まっていた――



――――――――――



「この辺りかな?」


「ええ、確かこっちの方角かと」


 黒騎士と少女が姿を現す。そこは花の近くである。


「悲鳴が聞こえた気がしたんだけど……」


「誰もいませんね」


 シンシアはキョロキョロと視線を巡らせて悲鳴の発生源を探るが、一面の砂しか視界に入らない。


――いや、一つ砂以外の物が存在した。


「……花?」


 似つかわしくない光景である。


 周囲に広がっていた筈の血痕は既に無い。


 それらは地に潜る触手が全て吸い取っていた。


「どうしてこんな場所に花があるのかな?」


「種が風に乗って運んできたのでしょうか?」


「とってもメルヘンチックな話だけど……育つの、ここで?」


 オズワルドは黙する。その沈黙は否定を意味していた。


 先程の人物たちよりも慎重な二人に、花は今か今かと焦れて耐え続ける。


「怪しいと言えば怪しいけど……綺麗な花だね」


「そう、ですね。怪しさの方が圧倒的に上回っている気がしますが」


 故に二人は遠巻きからしか眺めない。


 無策に近付くのがどれだけ危険か知っているからである。


 周囲をぐるりと円を書くように周り、様子を伺う二人。


 しかし花は他の大陸で見たこともあるような、何の変哲もない花だった。


 いつ射程圏内に入るのか、花の触手はタイミングを測るように砂の下でピクリピクリと脈動する。


「変な部分は無さそうかな?」


「どうでしょう…………」


 オズワルドは屈み込むと砂を両手で掬い上げ、力の限り握り込んだ。


 固くなった球状の砂を、花の近くに放り投げてみる。


 重量感のある着地音。


 反応してしまう。


 砂が揺れ、砂中から触手が何本も現れる。


 着地した部分を触手が何度も右往左往するが、何かを捕らえた感触は得られなかった。


「え、なにこれ!?」


「お下がりください!!」


 荷物を遠くに放り投げるオズワルド。


 その振動に反応したのは花だった。触手の先が一斉にそちらを向いた。


 緑の茎である触手が一斉にオズワルドへと襲いかかる。


「防御陣で守るには数が多すぎる……!」


 防御陣は基本的には一回につき一度の攻撃しか防ぐことが出来ない。そして連続で使用することも出来ない。


 威力が大したことが無い物であれば何度でも防げるが、花の怪物の威力は未知数である。


 無数にある触手に対しては無力な防御技であると推測された。


 オズワルドは迫る触手を打ち払いつつ、距離を取る。射程外となったのか触手はそれ以上襲いかからず、空中を蠢いている。


「あれって……」


 触手の先で、吸い取った血が吸収されきっていなかったのか砂の上に滴り落ちた。


「先ほどの悲鳴の発生源は、どうやらここのようですね」


 花の怪物、フラワーイーター。


 かの植物の栄養は、水でも光でもない。血だった。


 動物でも人間でも構わない、血であれば何でも栄養にしてしまう捕食植物である。


 定期的な血の供給さえあれば、水分がなくとも日差しが過酷な土地であろうと、長期間生き長らえるほどの生命力も持ち合わせていた。


 普段ならば緑豊かな地で他の花に擬態して生えており、近付いた草食動物などを捕食しているのだが。


 ここサンディラ大陸では動物はほぼ存在しないため、物珍しさに近付く人間を食していたのだった。


「………………」


 射程外から戻ってこなかったと見るや、蠢いていた触手は地中へと潜る。


「な、なんなの……?」


「わかりません……初めて見る花ですね」


「花……? 花でいいの、これ?」


 見た目は花に相違無いが、食事のそれは花とは程遠い。


 近付かなければ脅威はない、身の安全を考えるならば放置が得策なのだが。


「放っておけば、捕まる者もまたいるでしょうね」


「うん……なら、今ここで摘み取っておかなくちゃ」


 幸い二人ならば遠距離攻撃が出来る。


 捕食射程外からの攻撃が可能であった。


「パニシュ」


 三本の光の剣を顕現させ、花の中心へと向かわせる。


 オズワルドは警戒して射程ギリギリの位置で剣を抜いて構えていた。


 所詮は動けない植物、この一撃で終わると思っていた。


 だが。フラワーイーターは予想もしない動きを見せる。


 全ての触手を砂中から出し、それを脚にして立ち上がった。


「立った!?」


 花の位置がオズワルドですら見上げるほど高い箇所に上がっていく。


 触手が膝を折り曲げるようにバネを溜める。オズワルドは嫌な予感を直感的に感じ取った。


 次の瞬間である。溜めたバネを解放するように、シンシアに向かって一直線に飛びかかる。


「シンシア様!!」


 オズワルドの踏み込み、辛うじてフラワーイーターとシンシアの間に体を滑り込ませる。


 触手の全てがオズワルドへと絡みつく。手、足、首、体と締め付けながら。


「オズッ!!」


 花弁が蠢き、本来の姿が露わになる。


 巨大な人食い花は、四肢を捕らえた黒騎士を頭から食べるべく大きく口を開いた。


 オズワルドは攻撃に転じようとするが、硬く締め付けられた腕は動かすことが出来ない。


「いや、ダメ!!」


「シンシア様!!」


 悲鳴を上げるシンシアに大声を張り上げるオズワルド。


 普通の人間であれば締め付ける痛みから声など出せないが、痛覚を感じないオズワルドにとっては身動きが取れない状態でしかなかった。


 フラワーイーターがオズワルドの胸へと歯を立てる。


 だが頑強な鎧は歯を通さず、鉄と鉄がぶつかる甲高い音が響いた。


「口を開けている今がチャンスです!!」


 がじがじと歯を立てるが、鎧を断てないフラワーイーター。


 意地でも食べてやる、と何度も何度もかじりつく。


 目の前の食事にのみ集中しているようだった。


「う……うんっ! パニシュ!!」


 焦ったことにより消失していた光の剣をもう一度顕現させる。


 それはオズワルドの体を滑るように飛来し、フラワーイーターの口の中へと滑り込む。


 光の剣が花を貫く、触手が痛みによるショックで二度、三度と脈動しオズワルドの拘束を緩めた。


 砂の上に着地したオズワルドは、転がるようにシンシアの元へと駆け寄る。


 甲高く、激しい断末魔。


 フラワーイーターは最期に体を一際大きく伸ばした後、砂の上に崩れ落ちる。


 急激に枯れ始めたフラワーイーターの乾いた触手と花は風によって分解され、風に乗って消えていった。


「な……なんだったの……?」


「最近の花は……人を襲うんですね。千年前とは大違いです」


 千年も経てば様々な生息が変わっているのだろう、とオズワルドは感心したように声を漏らすが。


 その言葉にシンシアは首を大きく横に振りながら否定する。


「あんなの初めて見たよ……!」


 オレンジ色のポニーテールを振り乱しながら、そう言うのであった。



――――――――――



「………………フラワーイーターがやられた」


 砂漠の真ん中、全身を覆う淡い茶色のローブを羽織った人物が一人呟いた。


 顔は見えない、だが声の高さから女性であることは伺える。


 周囲には同じローブを羽織った人物が複数人いた、そのうちの一人が問う。


「何処のだ?」


「二号だ」


 一人が俯く、その様子は思案げであった。


「この島にフラワーイーターと渡り合えるヤツがいたとはな」


「ああ……急がなくては。早く掘り返すぞ」


「そうだな。早く見つけないと」


 全員が頷き合う中、一人が手を挙げて提案をした。


「何人かでフラワーイーターをやった者を偵察しにいくのはどうだ?」


「だが、誰がやったかわかるのか?」


 誰かがある方角へと視線を向ける。その視線は彼らが二号と呼んだフラワーイーターがある方角だった。


「感じないのか? 我らが知っている魔力とは異なる、異質な魔力を」


 その言葉を聞いて、全員が同じ方角を見つめて気配を探る。


「……確かに、感じる」


「ああ、ただ者ではないだろう。出来ることなら早めに無力化しておくほうがいいと思うが」


「そうだな…………なら半分連れて行け、だが無理はするなよ」


 ローブの裾をはためかせながら、頷いた。

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