街の行く末、二人の行く末
港に男たちの鼻歌が響く。
それは野太い大合唱。
遠くにいる海鳥が一鳴きして飛び去っていった。
男たちはそれぞれ竿を持ち、包丁を持ち、魚を干していく。
近くの浜辺では素潜りで海藻を採り、傍らには干す男がいる。
男の人口密度が高くなったその街の名は、ナーガ。
かつては病床に伏していた男たちは、今となってはナーガの住人となっていた。
そして今まさに一人、住人と成らんとする男がまた現れようとしていた。
「嫌だああああああああ!!!」
黒騎士に引きずられる男が一人。
彼は全治一ヶ月だった怪我が既に癒え、村を追い出されようとする瞬間であった。
「そ……そうだ! 今から俺自分の足を折るから! なっ!?」
「自傷行為は保護の対象にはならない」
「なら街にいるやつに折ってもらうよ! それならどうだ!?」
「自業自得も以下同文だ」
黒騎士は男を一瞥することもなく、冷たく言い放つ。
その間、尚も引きずられ続けることで男は焦った。
「じゃ……じゃあ、ここで働くよ! 何をすればいい? 殺し? 略奪か!?」
黒騎士の足がピタリと止まる。
手応えあり、と男の口が更に回る。
「言われたことは何でもする、どんな汚い仕事だってやってやるさ!!」
「本当か?」
突然振り返る黒騎士。自分は勢いのままとんでもないことを言ってしまったのだろうか? そんな不安に苛まれる。
だが、この街の待遇は大陸の何処とも比べ物にはならない。
そんな場所にいられるのであれば、どんな犠牲も払うべきだろう。
「あ…………ああ!」
「ならばついてこい」
黒騎士は手を放し、先へと歩いて行った。
慌てて体を起こしついていく男。向かった先は一つの家屋だった。
身を屈め、家の中へと足を踏み入れる黒騎士、男は中に続いて入ろうとしたが、すぐに黒騎士は家を出てきた。
「これを持て」
手渡されたのは、箒。
「は?」
「この街の家には窓がない。だからあちこちから砂が入ってきてな」
「…………は?」
「全ての家の中に入ってきた砂をそれで掃き出すのだ」
「………………それだけ?」
黒騎士はゆっくりとかぶりを振る。
「いや、それだけではない」
街の一角を指差す黒騎士、そこにはトカゲの亜人が先に住人となっていた男たちに訓練を施していた。
「掃除の後は訓練。訓練の後は掃除、これを繰り返してもらう」
「……訓練?」
「ああ、この街に住まう以上、お前たちは自警団となって街を守る必要がある。朝起きて、訓練と掃除を繰り返す。夕方までな。だが夜は自由時間だ、好きにするといい」
それは、なんというか。
この大陸では味わうことのない、普通の暮らしだな、と男は思った。
――――――――――
「ロウェル」
新たな住人に説明を終えたオズワルドは、砂を建材代わりに固めているロウェルを見つけ、声をかけた。
「な、なんだっ?」
警戒するロウェルは、びくりと体を跳ねさせて手を止める。
「…………お前は、毎日頑張ってると思う」
「……え、あ、ああ…………そうだな?」
突然何の話だ、と疑問を隠せない表情。
当のオズワルドも勢いで声をかけたはいいが、何を話せばいいのかわからなくなっていた。
「私は、お前に酷く、辛く当たっていた。それを謝罪したい」
「……謝罪?」
深々と頭を下げる黒騎士。
目の前の光景を信じられず、呆然とするロウェル。
「それはつまり、俺とシンシアの結婚を認めるということ……か?」
「それはない」
きっぱりと。
頭を下げながらも確固たる意志で発言する。
「オズワルド、あんたも彼女が好きなのか?」
「………………いや、そういうことではない」
頭を上げる。
フルフェイスのヘルムにより表情は見えない。
「私はシンシア様の従者、そのような感情を持つのは相応しく無い」
それに、と前置きしてオズワルドは言葉を続けた。
「シンシア様はいつか帝国を打ち倒す偉大なるお方だ。ここで妻として収まる器ではない」
「だけど、それを決めるのは彼女だろ?」
「ああそうだ。しかし、お前も妻になるべきと強要し続けているのではないか?」
「そんなことは……」
……無いのか?
シンシアは何度も断っている。だというのに、懲りずに何度も何度も求婚し続けているのは事実。
簡単なことではない、一度でダメなら二度、と自分の行為を正当化していた。
「言いたいことはわかるだろう?」
「ああ……よく分かるよ。確かにエゴの押し付けだったのかもしれない」
以前のロウェルに同じことを言っていたとしても、聞き入れはしなかったと思われる。
それはオズワルドに対して反発心を抱いているのと同時に、自身の行いが正しいと思い込んでいたから。
「まあ、私も悪かった。言葉にする前に何度も何度も殴りつけて。……暑くてイライラしていたのかもしれないな」
「暑くて殴られてたらたまったもんじゃないけどな」
「ふ…………かもな」
ヘルムにより表情は見えないが、笑みを零していたのは事実であった。
………………
…………
……
その夜、街入口近くの広場にて全員が食事中のところを、オズワルドは立ち上がる。
全員の視線がオズワルドに集まったところで、声を出した。
「この中で、海沿いだったチームに所属している者はいるか?」
ちらほらと手が上がる。ほとんどが内陸部のチームだったようで、数は少なかった。
「では海沿いのチームで、ここ最近船を盗んだ、と情報を聞いた者はいるか?」
ざわめく。
男たちはお互いに顔を見合わせながら、知らない者は食事を続けていく。
……誰も知らないか。と半ば諦めていた時だった。
一人の手が上がる。
「知ってるのか?」
「……ええ、俺は北東部に拠点を持つチームだったんですが、その更に東にあるチームが何処からか船を運んできた、ってのを聞いたことがあります」
男は砂の上に大陸図を描き、自身のチームだった拠点の場所と件のチームの場所を丸で囲む。
ほぼ東端に位置するそのチームは、西端に位置するこの街とはかなり距離があるように見える。
「ここからどれくらいかかる?」
「この大陸の中央には大きな丘があるんですが、そこを越えていくなら往復で二週間ほどでしょうか。ただ砂で足を取られて歩きづらいし、上りと下りで無駄な体力を消費するってんで、丘を登るヤツは少ないですが」
「迂回した場合は?」
「その場合は往復で三週間ほどですかね」
なるほど、と男が描いた地図を頭に叩き込む。
誰と行くのか、道程はどうするか。
様々な可能性を頭に巡らせていく。
「ただ、ですね」
思考中のオズワルドに、男が声をかける。
「その東にいる奴らは、どうも不気味なんです」
「不気味?」
「長年この大陸に生きていると、何処の場所にどんなチームがいて、どんな奴が住んでるのかある程度は覚えてくるもんなんです。ですが……そこの奴らは、突然現れた」
「知らない人物、ということか?」
「はい。知らない奴ら、知らない装備。いつ現れたのか、何故住みだしたのか。何もわからないってんで、敢えて誰も近付かないようにしてたんですが。そのおかげで何も分からずじまいで」
しかし、とオズワルド。
大陸全土の人間を覚えることなど可能なのだろうか?
「命のやり取りを続けてたら意外と覚えるもんですよ。こいつにはあの傷をつけられたーとか、あいつには何度も負けたなーとか」
覚えがあるのだろう。周りの男たちもしきりに頷いている。
ロウェルだけは首をしきりに捻っていたが。
「知らない奴らといえば、南にも変な一団が住み始めたな」
と、ここで違う男による新たな情報。その男は猪の顔をしている亜人であった。
食べ物を口に含み、フォークをくるくると回しながら語り始める。
「何を探してるのか知らねえけど、一日中あたりの砂を掘り返したりしててな。誰かが視界に入ろうもんならなりふり構わずに襲ってきやがる。そんなに探してるものを知られたくないのかね」
そのチームは割と知られているのか、見たことがあるという声があちらこちらで飛び交うように。
船の情報を聞こうと思っただけなのだが、それに伴って謎の一団の情報が舞い込んできた。
東の見知らぬ武器を持った謎の一団。
南のそこかしこで見られている砂を掘り返しているチーム。
それらは船に関係あるのだろうか。それはわからない。
「それを言えば、私たちもそうだろう? 知らない一味だったんだ」
「それはまあ、そうだけど。だけどもう知っちまったからな。あんたは力付くで奪おうとした俺たちに対話に応じてくれたが……あの二つのチームは対話に応じようとしない分、余計不気味なんだよ」
「ふむ……」
「あんたなら問題ないだろうが、知っておいて損は無いだろうぜ」
知識は時として武器になる。彼らはそれを知っている。
本能で生きてきた彼らにとって、武力と知識は並行して身に付けなければならない能力だった。
「真っ黒な鎧を着込んだ男は大陸中に知れ渡ってます、ナーガで行ってることも。だから街の外で襲ってくるやつがいるとすれば余程のバカか、貴方のやってることが気に食わない人間か……」
「後は、謎の人間たち、ということか」
「そういうことですね」
ある程度情報が出揃った後は、食事の再会となった。
オズワルドは少し離れたところで家の壁にもたれたまま思考に耽る。
素性の知れない一団や、いつ襲ってくるかわからないチームを考慮していても詮無きこと。
それよりも。
往復二週間か三週間、この街を空けることになること。それが憂慮すべき事柄であることは間違いなかった。
「オズ」
と、そこに近付いてきたのはシンシアだった。
ゆっくりと歩いてきて、オズワルドの横に立ち壁にもたれる。
「私も行きたい」
「なりません。危険です」
この大陸で湧き水は期待できない。
だとすれば、最長三週間分の水と食料を背負って歩くこととなる。
予定通りに辿り着ける保証も無いのだ。不確定な旅に連れて行くのは危険極まりなかった。
「オズ、変わったね」
「……そうでしょうか?」
「うん。昔のオズなら私が言ったことに反対しなかったもんね。聞き入れてくれた上で、どうすれば安全に行けるか。それを考えていてくれた」
「…………それは……」
確かにそうだった。
シンシアは王であり、仕えるべき主君。
彼女の命令は絶対であり、否定的な意見や拒否などは許されないと思っていた。
いつからだろうか、そうなったのは。
「あ、でもね、それが悪いってわけじゃないんだよ? オズが心配してくれて言ってるのは分かってるから」
君主であり、仲間であると思い始めた頃からだろうか?
「だけどオズ、私は守られるだけじゃないの。頼られる相棒にもなりたい」
「シンシア様…………」
仲間でもあるのであれば、庇護下に置いておくだけではいけない。
仲間でもあるのであれば、信頼を置くのも必要なのだ。
「…………昔のように」
「うん?」
「二人で、旅をしましょうか?」
道程は辛いかもしれない。だが考え方によっては――
「楽しいかもしれませんね」
「…………うんっ!!」
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