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ベルガル王国最強騎士と少女の王国再建物語  作者: 佐藤ヒロフミ
血が滴る砂

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トカゲの橋渡し


 それは見ていた。


 彼の一挙手一投足を、すべての行動を。


 メルストリッド共和国から船で出る時も、全てを見ていた。


 それはいつでも覗き込んでいる。


 いついかなる時も、彼らの後ろにいる。


 誰にも気付かれない、それはそれの特技である。


 それは、常に彼を見ていた――



――――――――――



「ああ……常に見ているぞ」


「も、もういいだろっ!?」


「ダメだ。貴様から目を離すことは出来ない」


 砂を固め建材として作成し続けるロウェルを、オズワルドは片時も離れることはない。


 全員が合流して数日。それはロウェルが急な求婚をしてから数日でもある。


 オズワルドはそれ以降、常にロウェルを危険視し続けていた。


「だ、だって、彼女は強いし……それに高潔だ。そんな女性と子を成したいと思うのは、当然のことだろう!?」


「……子を…………?」


 衝撃的な一言にオズワルドはフラリとよろける。


――シンシア様の子? 想像など出来なかった。


 注意が逸れたロウェルはチャンスとばかりにオズワルドから距離を取る。


「……ま、待てっ!!」


 倒れそうになるのをなんとか踏みとどまり、慌てて狼の亜人を追いかける。


 その様子を、シンシアは遠くから見ていた。


「なんか、珍しく感情むき出しですね」


「リコ」


 ぼうっと見ていたシンシアの隣には、いつの間にかリコが。


「それで、どうするんですか?」


「どうする、って?」


「求婚。受けるんですか?」


「受けるわけないでしょ」


 慌てるわけでもなく、赤面するでもなく。


 落ち着いた様子で遠くを見ながら返事をするシンシア。


「受けるわけないのに、私が求婚に承諾する前提で話が進んでるのがちょっと……ね」


「でもレアですよ、オズワルドさんがあれほど怒ってるのは」


 元々感情が無いわけではない、騎士として狼狽えることが無いよう、感情を抑えるように訓練していただけのこと。


 しかしキャパを大きく越えるような出来事があれば、今のように感情は発露する。


「そう……なんだけどね。って、なに?」


 シンシアはふとリコを見ると、何やらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。


「せっかくの感情豊かなオズワルドさんなのに、その感情が自分に向けられていないのがモヤモヤするんですね?」


「………………うるさいなあ」


 そっぽを向く。言い当てられたのが気恥ずかしくて。


 その時、海側から悲鳴と助ける声が。


「きゃーっ!? り、リコ助けてーっ!!」


「お姉ちゃん?」


 海辺で釣り竿を持ったクレアが、へっぴり腰で助けを求めていた。


 釣り竿の先は大きくしなり、釣り糸は左右に大きく揺れ動く。大物だろう。


 悲鳴を聞いて沢山の男たちが集まってくる。ノリス船長の部下である船乗りたちだった。


 船乗りはクレアに変わって釣り竿を受取り、魚を引っ張り上げる。



「こりゃ大物だ!」

「でかしたクレアちゃん!」

「もう一匹頼むぜ!」



 やんややんやとクレアを持て囃し、当の本人は恥ずかしそうにしている。


 船乗りは全員無事だったが、全員分賄うほどの食料と水がなかった。


 故に日常の大半を釣りと海水の蒸留に費やし、日々を食いつないでいたのである。


 なので、大物を釣り上げたクレアは英雄のような扱いを受け始める。


「私はありだと思いますよ?」


「……何が?」


「ロウェルさんとの結婚です。オズワルドさんは従者だし、ましてや骨ですから……結婚なんて夢のまた夢でしょ?」


「………………」


 シンシアは黙り込む。


 常に一緒にいて、その先を想像したことがあっただろうか。


 ある。今よりも幸せな日々を想像したことがある。


 果たしてその想像は実現可能なものなのだろうか。


 おそらく無理だろう。想像は所詮妄想に過ぎないのだから。


「……なんて、本気に受け取らないでくださいよっ!」


 重い空気を払拭するように大きな声で言いながら、シンシアの背中を一つ叩く。


「り、リコ……あのねえ」


「……ねえシンシアさん、あれなんでしょう?」


 リコの視線は海の向こう。


 その地点だけ水飛沫が上がっているように見える。


 よく目を凝らしてみると、その正体は一艘の小舟。


 まっすぐにシンシアたちの方へ向かってきているように思えた。


 物凄い速度で近付いてきたそれは、みるみるうちに近付いてくる。


 あっという間に肉眼で確認出来るほど近付いてきたそれは――


「アニキー!! アネキー!! おーい!!」


 リザードリアンの長モードと、ディーノであった。


「何事ですか?」


 全員が一箇所に集まってきているのを怪訝に思ったオズワルドは、ロウェルを追うのを諦めてシンシアの傍へ。


「………………っ」


 近くに来ると先ほどリコに言われたことを意識してしまう。


 少しだけ距離を空けると、オズワルドの頭上には疑問符が浮かんでいた。


「アニキ! アネキたちもご無事で!?」


「モード? ディーノも、どうしたのだ?」


「部下のリザードリアンがアニキたちが向かった方角から爆発音が響いてきたっていうもんですから!」


「バードリアンもアニキたちの方角から黒煙が上がってたって言ってたからな」


 危機を感じ取った二人は手漕ぎボートで向かってきた次第であった。


「……しかしタイミングが良いな。この人数分の食料を賄うのも無理があると思っていたところだ」


 船乗りたちやシンシアとリコとクレア。全員で魚釣りをしたとしてもいずれ限界が来る。


「モード、頼みがある」


「へい、なんなりと!」


「シンシア様とリコとクレア、そして船長と船乗りたちをメルストリッド共和国へと連れて行ってくれないか?」


 モードは全員を指を差して数える。


「結構な往復になりますから、時間がかかりますが……」


「構わない。手間だろうが、よろしく頼む」


 丁寧に、自分より立場が上の者に頼まれた。


 それを断るほどリザードリアンの長は人情に欠ける人物ではなかった。


 自分の胸を叩き、力強く返答する。


「任せてください! オレが責任を持って送ってみせます!」


「オズ、私は残るよ」


「しかしシンシア様……」


 オズワルドは自分の背後へと首を向ける。


 ずっと逃げ続けていたロウェルが、息を荒くして大の字になって寝そべっていた。


「私は彼の求婚を受ける気はないし、この大陸の全てを見届けたいの」


「ですが、ここは今までの何処よりも危険だと思われます」


「だからこそ、だよ。危険に背を向ける王に人が従うと思う?」


 卑怯な使い方だっただろうか。


 王を自覚して、初めて王としての責務を口にした。


 これを言ってしまえば、彼は拒否することが出来ない。


「…………わかりました。シンシア様がそうまで仰るのであれば」


 少しばかり罪悪感。


 だが、シンシアにはこの大陸の行く末を見届けなければならない。何故かそんな気がしたのだ。


「私も出来れば残りたかったですけど……流石に足手まといですね」


 リコが少し残念そうに言う。


「ああ、ここは危な――」


 オズワルドの声が止まる。


 腕を組み、周囲の人々を見渡す。


「…………いや、リコとクレアは残ってくれないか」


「……良いんですか?」


「ああ。モード、人を送ってこっちに向かってくる際、食料と医薬品も一緒に持ってきて欲しいんだが」


「お安い御用です!」


 オズワルドはリコとクレアへと向き直る。


「こうして、物資を届いたと情報が入れば、周囲の敵が大挙してやってくるだろう」


「じゃ、じゃあ……尚更危険なのでは?」


 クレアの怯えた声に、オズワルドは小さく首を振る。


「いや、お前たちには私が指一本触れさせはせん。そして生き残った者たちを、リコは治療してやってほしい」


「……敵をですか?」


「ああ、倒した上で癒やす。これを繰り返すのだ」


 倒して、癒やして、解放する。


 繰り返すことで、ここフリーラにはそこまで出来る余裕があることを示す。


 強いチームだと認識して襲ってこなくなるならそれもよしだが。


「場合によって懐柔であったり、寝返らせることも可能になるだろう」


 人は長いものに巻かれる。


 力を見せつければ恭順する可能性もあった。


 途方も無い計画だが、いつかは実を結ぶ堅実な策ではある。


「あの、私は?」


「クレアは食事担当だ。後は……リコのストッパーだな」


 治療した者に調理した美味い食事を振る舞い、ここでは贅沢な暮らしが出来ると認識させる。


「最初は辛いことが続くだろう。だが潤沢な医療、豪勢な食事が出来るほどの余裕を見せることは、後々の抑止力となる」


「じゃあオレも残るぜ」


 右腕に水色のスカーフを巻いたリザードリアン。ディーノが名乗りを上げる。


「よし、頼んだぞ」


 それ以後はスピード勝負であった。


 二人の船乗りを乗せたモードの小舟が発ち、戻ってきた際には沢山の食事と医薬品。


 やせ衰えていた老人や子供たちも、みるみるうちに顔色が良くなっていく。


 そして人と物資の出入りが増えたことに気付いた周囲のチームは、奪うべく虎視眈々と狙いを定める。


 しかしオズワルド、ディーノ、シンシアの三人により難なく撃退。


 傷付いていた者に治療を施し、幾ばくかの食料を持たせて解放。


 この行為にロウェルからは非難の声が上がった。


「周囲に情けをかける必要はあるのか? 今まで俺たちを襲ってきたやつだぞ」


 しかし、その声にオズワルドは否定的だった。


「周囲に敵を作ろうとするな。敵を味方につけようとするのだ。孤立無援ではいずれ限界が来る」


 孤立したベルガル王国がどうなったのか。オズワルドは身に沁みている。


「ヴェストにいた頃も、色んな人に助けてもらってたよね」


「そうですね。ギルドの人や街の人の助けが無かったら今頃どうなっていたか」


 逃げるように去ってしまい、挨拶をする暇もなかった。


 若干の心残りではあったが、日々に忙殺されあまり深く考えられていなかった。


「ホリィさん……」


 逃げる際に、巻き添えになり死んでしまった。


 いや、死んでしまった――と思い込んでいる。


 実際は、二人を陥れるべく常に何かを企てている事を……二人は知らない。

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