件の張本人
池近くの野営地を離れて数日。
衰えていたシンシアの体力は日に日に良くなっていく。
街道を歩き、荒れ地と森との境目までやってきた。
流石に、オズワルド一人での行動に比べると足取りは重い。
まだ万全ではない体調のシンシアを考慮し、歩みはゆっくりとしたものだ。
それに、頻繁に挟む休憩により、非常にのんびりとした道程である。
だが、その事に関して不満を持つ者はいない。
オズワルドは大願である王の発見を成した。
今の目的は、彼女が何不自由無く過ごすというもの。
シンシアが無事でいるなら、何処であろうともオズワルドの悲願は成就されたも同然だった。
「オズさん! 見てください!」
いつの日かオズワルドという名を縮めて呼ぶようになっていた。
王にどう呼ばれようとも異論など出るはずがない。
たとえそれが、骨野郎だったとしても、不平不満は飲み込み王に従うのみだ。
シンシアは森と荒れ地の境目に立つ。
オレンジ色の髪の尻尾を揺らし、明るく笑っている。
その様子を見て、オズワルドも胸が暖かくなるのを感じていた。
だが、そんな朗らかな空気も。
介入者によって霧散する。
「おい待て! 黙ってここを通って良いと思ってんのか?」
森の方から声。
木の陰から現れたのは、上半身裸の男。
手には大きな斧を持ち、肩に担いでいた。
周囲の木の陰からも同じ様相の男たちが現れる。
手にはそれぞれ剣や弓、槍といった攻撃的な物。
「言わずとも分かるだろうが。金目のものを残さず俺達によこしな。その黒い鎧も全て置いていけ」
「お、オズさん……」
怯えたシンシアが、後退りしてオズワルドの傍に来る。
だが、ただ怯えているにしては震えが酷い。
オズワルドはシンシアを見る。
血の気の引いた青ざめた表情で、瞳には涙を溜めながら頭目と思しき男を見つめ続ける。
「ん? 良く見りゃ女の方も身なりは小汚えが……顔は随分整ってやがるな。女も置いていきな」
「………………なんだと?」
「オズさん?」
オズワルドの琴線に触れる。
彼にとっては王がすべて。
王を慰み者として見たこと、王を物のように扱った物言いをしたこと。
そして王のこの震え。
オズワルドは確信している。
この盗賊団が、シンシアの村を襲った張本人達だと。
「ぼ…………ボス!」
盗賊のうち一人が、慌てた声で声を上げる。
「この黒騎士だぜ! 俺達から武器を奪ったの!」
「……ほー、そうだったのか」
シンシアの村へと赴く最中のこと。
幾度か追い剥ぎにあい、返り討ちにして剣を一振り奪ったのだ。
「じゃあその黒いの、取り消しだ――――中身を引きずり出して皮を剥いでやる」
ボスと呼ばれた男が左手を上げる。
周囲から弓を引き絞る音が響いた。
囲まれている。
少なくとも十以上は、弓手がいる。
「射て!」
矢の風切音。
「シンシア様、離れないでください」
彼女を自分の胸元に隠すようにして、剣を握る。
「――ベルガル流剣術、防御陣」
剣を一度抜く。
統率が取れた盗賊の弓矢が、オズワルドに降り注ぐ。
――だが、剣の間合いに入った途端。
矢はすべて、真っ二つに寸断された。
「な、なんだぁ……!?」
狼狽するボス。
「単純な話だ。剣を抜いて剣閃を置いておくことにより、攻撃を剣閃が防いでくれる。それだけのことだ」
「単純…………? 何処が単純だってんだよ!?」
言葉としては理解できても、意味がまったく理解できない。
「次はこちらの番だ」
「ちっ……! お前ら注意しろ! 得体の知れねえ攻撃が来るぞ!」
オズワルドは剣を構え、振り下ろす。
誰も居ない所に。
「ベルガル流剣術、空間斬」
「ぐあぁっ!!」
遠くの盗賊から悲鳴。
ボスは声の方へと振り向く。
背中から血を吹き出した仲間の一人が、倒れ伏していくのを目の当たりにした。
「な、なんなんだよこいつ……!?」
「これもごく単純な技だ。空間を斬り、斬撃を違う空間に発生させる。ベルガル流剣術の中でも初歩中の初歩」
「……何言ってんだよ……?」
「私は、不器用でな。皆は幾つも幾つも剣術を学んでいくというのに、私は少なくてな」
「なんで聞いてもねぇのに語りだしてんだよ……!?」
「それもそうだな。まずは敵対した者を全て撃滅するのが先だな」
またも剣を構える。
「き、気を付けろよ、何処から、誰に来るのかわかんねえぞ!」
盗賊の誰しもが、背後を気にする。
だが、突然現れる斬撃に対応できる者は、少ない。
「ベルガル流剣術、空間斬」
何度も、何度も。
振り下ろす。
遠方から起こされる悲鳴や、血飛沫。
四方八方から響く叫び声。
盗賊のボスからすれば地獄絵図。
たった二人。
高そうな甲冑を着た人間が一人と、ボロを着た女が一人。
楽勝なはずだった。
数に物を言わせれば、降伏すると思っていた。
だが、現実はどうだ?
一歩も動かない黒騎士一人に。
遠方にいる仲間が次々と斬り伏せられていく。
何処から来るかもわからない斬撃。
次は自分かもしれない。
違った、仲間だった。自分は無事だった。
だが次は?
疑心暗鬼になり、仲間が斬られたことに何故かホッとしてしまう始末。
最早、超常の攻撃に戦意が残っている者は一人も存在しなかった。
逃げ惑う仲間たち。
「お、おい、待ちやがれ!」
誰も待たない。
悲鳴を上げ、武器を投げ捨て、ほうほうの体で背中を向ける。
だが。
「ベルガル流剣術、空間斬」
向けた背中を斬り捨てられていく。
「ぐわあああっ!!」
またも仲間から悲鳴。
もうやめてくれ。
俺たちが悪かった。
声に発したはずだ。
だが、声は届かない。
仲間の悲鳴で、かき消されていく。
斧を落とし、跪く。
「後は、お前だけだ」
肩に、鉄の冷たい感触。
見ずとも分かる、剣だと。
「も…………申し訳ありませんでした」
逃げるタイミングを失ったボスは、体を震わせ陳謝するのみ。
せめて命だけは。
懇願する。
「今までそうして命乞いをした者を、お前たちはどうして来た?」
「………………」
答えない。
答えられない。
それを答えてしまうと、自分の命も同じ道を辿ってしまうから。
「……まあいい。おい、ちょっと手伝え」
「は……?」
オズワルドは剣を鞘に仕舞い、死体を荒れ地に投げ捨てる。
手近な死体を次々に放り投げ、重ね上げていく。
「このままだと瘴気が発生する可能性がある。全て火葬にせねばならん」
「………………」
剣を仕舞った今なら、逃げられるのではないか。
もしくは、目を瞑ったままの少女一人を人質にすれば、あるいは。
「……彼女に手を出したらどうなるか、今身を持って知っておくか?」
「…………いえ、わかります」
ボスに既に選択肢は存在しなかった。
………………。
…………。
仲間を荒れ地の上に積み重ねる作業。
悲しみに暮れる暇も、憤る気力すらない。
いつ自分の番なのか。
その事に怯え続け、黒騎士の言った通りに動き続ける。
少なくとも動いている間は、生きていられるから。
やがて積み重ね終わる。
無限にいた仲間ではない。
有限なら、いずれは終わってしまうのは道理だ。
枯れ木を周りに並べ、火を点ける。
肉の焼けていく匂い。嫌悪する。
呆然とそれを見続けるボスを尻目に、オズワルドはシンシアに耳打ちする。
頷くシンシアを見て、オズワルドは男に声をかけた。
「お前たちのアジトは何処だ?」
すべてを失う。
最早避けようのない現実だった。
「…………こっちです」
森と荒れ地の境目を沿うように歩いて行く。
いくらも歩かないうちに、辿り着く。
森の中に隠した拠点。
木で出来た柵で囲っており、柵には葉を掛けてカモフラージュ。
中には天幕が幾つもあった。中には寝具や集めた金銀。
シンシアの村へと続く水堀には岩が置かれ、溢れた水は拠点の水たまりに流れるようになっていた。
見張り台には仲間が張っており、項垂れたボスを見つけ、後ろに立つ黒騎士が目に留まる。
「てめえ! ボスに何を――――」
「ベルガル流剣術――」
「やめっ…………!」
卓越した剣術は、言葉を発するよりも早く剣を振り下ろす事が出来る。
ボスの制止の言葉を出す前にはもう、見張り台にいた盗賊は倒れ伏していた。
「また焼かないとな」
「もう、やめてくれ……」
涙を流すことでしか、抵抗を見せることが出来なかった。
拠点の中に入る。
中には見張りの人間が一人いただけだったらしい。
「それで、聞きたいことがある」
シンシアを椅子代わりの丸太に座らせて、オズワルドは斜め後ろに立つ。
腕を組み、膝から崩れ落ちる盗賊のボスを見下ろした。
「物を奪い、焼き、殺す。そこまではまだ理解できる。堀まで断絶したのは何故だ?」
「…………仲間の一人が、面白いんじゃないかと言ったからです」
シンシアの膝においた手が強く握られる。
それは怒りか、悲しみか。
「川を見たところ、他にも堀を堰き止めている箇所があるな。そこも村か?」
「……はい、どの村も同じように水を止めました」
「…………私たちは、ただ生きていただけですよ?」
シンシアの、絞り出すような声。
涙が溢れるのを堪え、歯を食いしばって言葉を紡ぐ。
「贅を尽くしていた訳でもない、ただ小さな村で平和に生きてきた。その代償が、これなんですか……?」
「………………」
ボスは黙り込む。
反省しているわけではない。
下手なことを言えば殺されるかもしれないから。
本音を言えば。
「弱いのが悪いんだろうが! 嫌なら強くなればいいんだ!」
と言いたいところだが。
言えば殺されるので、黙することにした。
「シンシア様。彼らも被害者なのです……帝国の」
「……え?」
「は……?」
オズワルドは腕を組んだまま、言葉を紡いでいく。
「帝国の杜撰な統治。行わない治安維持。だというのに税だけは要求する。帝国が支配することしか考えていない、その腫瘍として現れたのが盗賊、山賊、海賊たちです」
「もし、帝国の統治が行き届いていたら……?」
「極論、彼らのようなならず者は生まれないと思われます」
「………………」
盗賊のボスに光明がさした。
これは、情をかけられる可能性があるか?
「――――が、それはそれ」
オズワルドは組んだ腕を解いたかと思うと。
ボスが気付くよりも早く、剣を振り下ろす。
「…………え?」
ボスは自分の胸元を見る。
斜めに斬られた、鮮明な傷。
血は遅れてこぼれ出し、とめどなく溢れ出す。
「なん……で?」
「何でも何も」
剣を仕舞い、また腕を組み直す。
「良い大人だろう。自分の行いを周りのせいにするんじゃない」
至極当然の説教をされて。
盗賊のリーダーは、事切れた。
「シンシア様、ここで少しお休みください、私は死体の処理と、川堀の開通を行ってまいります」
「わ、私も手伝います……」
手足が震えているのに、気付いていた。
原因は分かっている。
シンシアは見て見ぬ振りをしていようと思っているようだが。
「……私が怖いですか?」
オズワルドは、切り込んだ。
「………………はい」
情け容赦無く人を斬り捨てる胆力。
その後、無慈悲にも焼き払う非情さ。
人を人として見ていない感情が、一瞬見えた気がした。
「私は、王の盾となるべく、王の槍となるべく、ずっと生きてきました」
それは騎士の近い。
ガベルと言う家名は、飾りではない。
王の忠義に答え続ける証。
「シンシア様の生まれ育った村を、あのようにした者たちを、私は許すことが出来ません」
「………………」
オズワルドはシンシアの前に膝をつき、しゃがみ込む。
少し怯える様子を見せるシンシアだったが。
「貴女が無用な殺生をするなと言うのなら、私はしません。今の私は貴女の盾です、貴女の槍です。シンシア様に付き従い、シンシア様を守護する者です」
ですが、と前置き。
「貴女に害意を示す者や、敵意を向ける者に対して情けは掛けられません。それだけはご容赦ください」
「………………」
シンシアは黙り込む。
オズワルドの言葉を一つ一つ飲み込んでいく。
彼は戦闘狂ではない。
ただシンシアの事を想って行動しただけ。
その行為には未だに恐怖も感じるだろう。
だけど、今のこの世界の中で。
シンシアの味方はオズワルドしかいないのだ。
「……オズさん、私決めました」
顔を上げたシンシアの瞳には。
決意の色が確かに宿っていた。
「人助けが、したいです」
「人助け……ですか?」
頷くシンシア。
「相手が帝国だとしても、盗賊だとしても、困っている人を見捨てたくありません。私のような人を作っちゃいけないと思うんです」
国に見捨てられ、賊に侵されたシンシア。
だからこそ、辛さと痛みがわかる。
「国を興すなんて、そんな大それた事は言えません。けど、人助けなら……」
心優しい少女だからこそ、想える世界。
「だから、手伝ってもらえませんか?」
オズワルドは、シンシアに傅く。
シンシアの右手を取り、頭を垂れる。
「私の命は、シンシア様の為にあり――」
新たな誓いを、新たな王と成したのであった。
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