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王の村


「王よ」


「シンシアです」


「陛下」


「…………シンシアです」


「我が君」


「シンシアです!! 今度シンシア以外の呼び方をしたら無視しますからね!」


「………………シンシア様」


「よろしい」


 初めて出会ってから数日。


 すっかり元気を取り戻し、枯れ木のような肉体にも少しは生気を取り戻していた。


 未だ池の辺りを拠点とし、野草や脂身の少ない肉なら食べれるようにもなっていっている。


「シンシア様、ずっと気になっていたことがあるのですが」


 傅く事も禁止されてしまい、傍らに立って話すしか他なかった。


「なんでしょう?」


「どうしてあのようなところに、独りで住んでいたのですか?」


「………………」


 何度か足を運んで調べてみたが、シンシア以外住んでいる者はいなかった。


 井戸も無く、土地は渇き、川から引いていたのであろう水路も枯れ果てていた。


 野生動物は何度か見かけたが、力づくで幾度も追い払っていると遠巻きに威嚇するだけになった。


 シンシアも池へと住み移った以上、あそこは名実共に廃村となっただろう。


「正直に申しまして、人が住むのに適しているとは言い難い土地でした。どうしてあの家に住み続けていたのか、理解に苦しみます」


 シンシアの表情から感情が無くなるのが見えた。


 聞くべきでは無かったのだろうか。


「……聞いても、別段面白い話では無いですよ」


「いえ、話しにくいことでしたら――」


 遮ろうとしたオズワルドだが。


 静かに首を振るシンシア。


 心の奥底に泥のように溜まった感情を、吐き出したいのかもしれない。


 オズワルドは、黙って耳を傾ける。


 ………………。


 …………。


「数年前……そうですね、もう数えるのもやめてしまったので、数年前です。元々裕福って訳でも無かったんですが、それなりに平和な村だったんですよ」


 今の村の姿からは想像もつかない。


「まあ、大地は堅いし、水も引いてこないと苦労するほどでしたけれど……結構楽しかったんです」


 ある襲撃があるまでは。


 深夜のことだった。


 下卑た笑い声が木霊し、炎の赤が空を染める。


 振り下ろされる鉄、舞い上がる炎とは別の赤が土地を染める。


 物を奪い、壊し、人を連れ去り。


 残ったものは半壊した家屋と、水路を上流で絶たれ、干からびていく川堀のみ。


「それでも、生き残った人たちで細々と生きていきました。少ない食料を分け合い、時には寒さをしのぐために肩を寄せ合って」


 しかし、足りない。


 人ひとりが満足に生きていくには、圧倒的に足りない量。


 やがて一人、また一人と病気に罹り。


 肩を寄せ合う温もりは少しずつ減っていった。


「独りになってからは、もっと大変になりました」


 不定期にやってくる盗賊。


 不定期にやってくる獣。


「獣は扉さえ閉めていれば押し入る事は無かったんですけどね」


 しかし盗賊は違う。


 押し入っては、意味もなく家具を倒し、壊していく。


 新たに用意するのが億劫になるほどに。


「だから床に私一人隠れられる穴を掘って、やり過ごすようにしました」


 幸い気付かれることは無かった。


「いつ来るかわからないので、外に出るのも怖くなって」


 緩やかに身体は衰弱していった。


 あの日、オズワルドが現れなければ。


 シンシアの命は無かったのかもしれない。


「……どうですか? 面白くもなんとも無い話でしょう?」


「………………」


 オズワルドは言葉が出ない。


 もし彼に肉体があったなら。


 兜の中は涙で溢れていたことだろう。


「やだ、何か言ってくださいよ。それに、今はオズワルドさんとお話できて、私凄く楽しいんですよ?」


「私が…………もっと早く、目を覚ましていれば」


 村ごと救えたかもしれない。


 しかし現実には起こらなかった。


 それはただの空想に過ぎない。


「今こうしていられるだけで、私は充分に幸せなんだと思います。皆が病気で死んでいく中、私だけ罹らなかったのは運が良かったんですね」


「…………恐らく、それは加護のおかげかと」


「加護?」


 ベルガルの加護。


 国王に代々継承される加護であり、その効果は。


「病や傷の治りを早めるといった効果があります。王が床に臥せると政が滞りますので」


「私に……その、王の加護があったから、私だけ生き残った……と?」


「……恐らくは」


「…………まあ、私が王の魂を受け継いでいると言われても信じてないんですけどねっ」


 無理に明るく振る舞おうとしている。


 それがオズワルドには見て取るようにわかり、胸が痛い思いをしていた。


 シンシアの年頃だと、ともすればトラウマになりかねない凄惨な出来事。


 気丈に振る舞おうとするその姿は痛々しくもあり、民に不安を見せないという王の風格すらも垣間見せていた。


「ちなみに、私にもあります。王から頂いた加護が」


「私から……? いえ、千年前の国王様から?」


「はい。王の庇護という加護です」


 国王が認めた者にのみ施される加護。


 ベルガルの加護とは比べ物にならないが、同様に病や傷の治りを早める効果がある。


 そしてその加護は。


「王とより密接な関係にあればあるほど強まると言われています」


「密接…………って……」


 顔を赤らめるシンシア。


 当の本人はそういうつもりで言ったわけではない。


 何より千年前の国王に授かった加護なのだが。


「じゃあ、その王の庇護? が、オズワルドさんを起こしたのかもしれませんね。あ、もしも私が王様だったらの話ですよ?」


「……………………」


 なるほど、妙に腑に落ちる話だ。


 王城の危機、そして王の危機。


 危険が迫っている場合のみ、騎士は目を覚ました。


 王城は護れなかった。


 ならば、せめて王だけは。


「そうすると……今までの王の魂には危機が訪れなかったのでしょうか」


「そうですね、案外安らかに過ごしていたのかもしれませんね」


 それに越したことはない。


「オズワルドさん」


 居住まいを正し、改めて向き直るシンシア。


 その姿に、思わず傅く。


「……むー」


 不満げな声。


 そうだった、と姿勢を解き、近くの石の上に腰掛ける。


「よし。……それで、これからどうするんですか?」


「これから、とは?」


「オズワルドさんは目的を果たしたんですよね? この後、どうするのかなと思って」


「陛下…………んんっ、シンシア様をお護りします」


 思わず出てしまった呼び方に睨まれ、咳払いをして言い直す。


「……何からですか?」


「すべてからです」


 ざっくり。


 シンシアは困った様子で、手慰みにオレンジ色の髪をいじる。


 綺麗な藍色の瞳は右往左往していた。


「簡単に言えば……私と一緒にいる、ということですか?」


「はい。いつまでも」


 年頃の少女が、まるでプロポーズをされているかのように照れて慌てふためく。


 顔を赤らめ、手で顔を扇ぐ。


 だが。


「……オズワルドさんって、骨なんですよね?」


「はい。何故か」


 兜を脱ぐと、そこには傷一つ無い綺麗な髑髏。


 喋る度に下顎は動くが、そこから感情は読み取れない。


 つまり、骨からプロポーズのような事を言われたことになる。


「………………」


 複雑な心境のシンシア。


 しかし元は人間である。


 人間であったときのオズワルドを想像する。


「………………」


 ちょっと赤面。


 しかし今は骨である。


「………………」


 複雑なシンシアであった。


「あの、どうかされましたか?」


「へっ!? え、いいえ! 何も!?」


 誤魔化すために顔の前で両手を振って交差させる。


 多感なお年頃である。


「ひとつよろしいでしょうか」


「あ、はい。なんでしょう?」


「グロリア帝国は……圧政を敷いていると聞きましたが、事実ですか?」


「え? ああ、そうですね……何度か人が連れて行かれたことがあります」


 オズワルドは手に持った兜を被りなおす。


 まるで感情を押し殺すように。


 いずれ、他の大陸へと侵攻を開始するのだろう。


 そのための圧政、重税。


 見せしめの連行。


「もしも……ベルガル王国を再興しましょう、と進言した場合、シンシア様はどうされますか?」


「再興って……王は……」


「シンシア様でございます」


 慌てて首を横に振る。


「いやいやいや! 私なんかが王なんて!」


「しかし、貴女は国王の魂を受け継いでいらっしゃる」


「それ、まだ信じてませんからね!?」


「グロリア帝国は、民に負担を強いて金を巻き上げ、新たに侵略をするつもりでしょう。これ以上、不幸な人々を作らないためにも」


「だからって~……」


 困った顔をして辺りに落ち着き無く視線を彷徨わせるシンシア。


 左右を見て、上を見て、下を見て。


 ぎゅっと目を瞑り……開く。


「ごめんなさい。今すぐに返答は出来ません」


 ペコリと頭を下げた。


「も、申し訳ございません! シンシア様!」


 慌てて謝罪するオズワルド。


 その声を聞いて、シンシアは顔をあげる。


 兜で表情は見えない。


 いや、骨なので感情はわからないが。


「差し出がましいことを申しました。申し訳ございません!」


 心からの謝罪であることは間違いなかった。


「この話は忘れてください! 今はシンシア様の衣食住の完備! まずはそれからです!」


 慌てた様子で立ち上がり、困ったように右往左往。


 指は忙しなく動き回り、必死に誤魔化し、考えている様子。


 シンシアはその姿を見て、ぼんやりと思う。


 黒い甲冑の騎士。


 中身は骨で血の通った人間ではない。


 けれど、感情豊かな……元人間。


 その時、先刻のオズワルドの言葉が頭の中で響く。


――王とより密接な関係にあればあるほど強まると言われています。


「王と……密接……」


「どうかされましたかシンシア様。顔が赤いように見受けられますが……」


「な、なんでもありませんっ! そろそろ横になりますね!」


 気が付けば空は帳が降り、夜行性の動物の鳴き声が木霊している。


「おやすみなさいませ。明日からはこの地を離れ、定住できる地を探しましょう」


「……そう、ですね」


 あの村から離れることに少し寂しく思うが。


 このままここにいても、好転することはない。


 後ろ髪退かれる想いで、承諾した。


「じゃあ、おやすみなさい」


「良い夢を」


 ………………。


 …………。


「あのっ! 寝てる姿をじっと見つめるのやめてください!」


「私は死した身、寝ずの番はお手の物です!」


「みーなーいーでーくーだーさーいー!!」

読んでくださってありがとうございました。

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