一件落着
数日後。
メルストリッド共和国の北側にある深い森。
森の中にある、とある村。
そこに、シンシアたち四人は招かれていた。
大樹の中をくり抜いたかのように出来た家の中。
そこはウッドリアンの長である長老の家である。
「この国のバランスを……調和を保ってくれて、改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
長老は葉が擦れる音を立てながら、ゆっくりと頭を下げた。
その動作を、シンシアは慌てて止める。
この国の最長寿であり、この国の誰しもが彼を慕っている。そのような人物に頭を下げさせるわけにはいかなかった。それに。
「礼を言うのはこちらの方です。オズ…………彼の起こし方を教えてくれたのは、貴方ですよね?」
戦いの最中、土の中を伝い蔓により情報を伝達したのは、他でもない長老である。
彼の一助がなければ、オズワルドは未だ動かぬ骸だっただろう。
シンシアにとっては感謝してもしきれない相手だった。
「はっはっは、千年も生きていると知らなくていい事まで知ってしまうからな。なに、久々に古い引き出しを開けただけのこと」
そして長老は部屋の隅に視線を送る。
「お前たち、きちんと礼を言いなさい」
視線の先にいたのは、ラクリアンとモーリアンの長。
タヌキの亜人であるラクリアンは申し訳無さから怯えた表情を見せ、モグラの亜人であるモーリアンは興味なさそうに大きなあくびをした。
「あ……ありがとうございましたっ!!」
ラクリアンはガバリと頭を下げる。
「ありがとねー」
対するモーリアンはあくびを我慢しながらであった。
「ひとついいか」
オズワルドは半歩前に出る。
彼らの計画に乗り、囮となった人間たち。
「もしも、私たちがいなかったらどうするつもりだったのだ?」
この企てはバードリアンとリザードリアンと戦える者がいたことによって成り立っていた。
武力に武力で対抗し、ねじ伏せたことで成功したのだが、ラクリアンとモーリアンは戦闘能力は秀でていない。
むしろ劣った種族といっていいだろう。
「そ、その時は……食料が無くなるギリギリ手前で姿を現せば、か、感謝されて虐げられる事も無くなるかと……」
「オイラは無駄だって言ったんだけどねー。血の気の多いあいつらの事だから、逆上して何されるか分からないってー」
四人の意見はモーリアンに概ね同意していた。
人間を見下し、何もかも力付くで従わせようとしていた様子を見る限り、ラクリアンの計画は穴だらけだった。
「ところで、何故モーリアンはラクリアンに加担していたんだ?」
「……え? 決まってるじゃないー」
そう言いながら、ラクリアンの肩をポンポンと二度軽く叩く。
「ラクリアンが耕す畑は素晴らしいんだよー」
「…………おお~……」
種族愛に、シンシア、リコ、クレアの三人は目を輝かせる。
だが。
「あんなに素晴らしい畑でしか、上質な虫は捕れないんだよー」
「………………」
三人の目は一気に曇った。
「いるー? このバッタとか垂涎ものだよー」
言いながら、未だ生きた虫を取り出す。
差し出すモーリアンの手を固辞するように、三人は強く首を振り続けた。
美味しいのにー、と言いながら口に放り込むモーリアン。
三人の口元が引きつったのを、オズワルドは見逃さなかった。
「……ま、まあ! ラクリアンさんの待遇改善は成りましたし、モーリアンさんの……虫……も、供給できますし! 私たちはオズワルドさんを起こすことも出来ましたし!」
リコは両手をぽんと合わせながら話を進めていく。
「すまないね……血気盛んな若者たちは、もはやこの老木の忠告は耳に届かなくなっておった」
元々中立を保っていた長老であったが、ラクリアンに対する過度な迫害は日々見かねていた。
しかし、力によって慢心していた者は、静かな窘めを無視する。
「これで、人間への確執も薄れていくと良いんですけどねー……」
「人間……はまだ怖いですけど、ですが……皆さんならもう怖くありません!」
ラクリアンの長は、まだ少し怯えた瞳をしていたが、その目はしっかりと四人を捉えていた。
「繰り返すようだが、本当にありがとう」
「ありがとねー」
「ありがとうございます!」
それぞれの種族を代表する長たちが、揃えて頭を下げる。
シンシアは四人を代表して、一歩前に出た。
「いえ、こちらこそありがとうございました」
頭を下げる。
それに続くように、三人も頭を下げた。
それから少し。
全員が頭を上げる。
そして全員破顔。
和やかな、弛緩した空気が漂い始める。
「それでは、私たちはこれで」
「うむ……また、いつでも遊びに来なさい」
「何かありましたらいつでも呼んでください!」
長老とラクリアンは、にこやかに手を振る。
「あ、そーだオズワルドさんー。武器いるんだってー?」
「ああ、頼めるか?」
「任せてー、出来たら人をよこすよー」
「ありがとう」
そうして長老の家を退室。
村の出口に行くまでも、他のウッドリアンの種族から話しかけられていた。
しかし、いきなりこの四人を迎え入れろと言われてもそう出来ないものはいる。
ある者は怯え、ある者は喧嘩腰に、そしてある者は無視をする。
こればかりは、時間が解決するしかない。
そしてそのまま村の出口へと差し掛かった時である。
「アニキー!!!!」
森の中に響き渡る大声。
そこには、たくさんのリザードリアンが待ち構えていた。
報復ではない。
彼らは一様に笑顔であり、恋い焦がれていた者が現れたかのような表情。
「お疲れ様です!!」
リザードリアンの長であり、オズワルドと直接対峙した彼がニコニコと笑顔で寄ってくる。
「…………アニキはよせ」
「いいえ! オレが今までアニキと下の奴らに呼ばれてきたのは、一番強かったからなんです! そのオレに勝ったアニキこそが、真のアニキなんです! オレたちの長なんです!」
最初の頃は、寝首を掻くつもりなのかと警戒していたが。
彼らは強い者に従う種族であり、そこに種族の壁はない。
流石に人間に対しては思うこともあるだろう、だが。
「聞けばアニキは今は骸骨だとか。なら人間じゃなくて、元人間! 何の問題もありません!」
だそうだ。
「でも、ちゃんと人間だからね。私見たんだから」
シンシアの意識空間の中。
骨ではなく、人間の頃の姿で現れたオズワルド。
それはシンシアの脳裏に焼き付いている。
「えー、いいなー。どんなでした?」
そこにリコは食いつく。
クレアも同様、無言で興味を示していた。
「えっとね、黒髪で、瞳も黒くて」
オズワルドの容姿で盛り上がる三人を尻目に、リザードリアンに向き直る。
聞き続けているのもこそばゆいものがあった。
「……それで…………あー」
「…………? ああ、モードですアニキ! モードと呼んでください!」
オズワルドは正直、リザードリアンを率いるつもりはなかった。
シンシアの護衛をしている身、違うことに時間を使っては護衛に支障が出る。
だが、これは始まりなのだ。
人間と亜人との、和解の第一歩。
……それを、昨夜シンシアに言われたこともあり、無碍に扱うことは出来なかった。
「ではモード。私は日頃、シンシア様のお傍にいる」
「はい!」
声がでかい。
だがそれは指摘せず、話を続ける。
「だから……普段のリザードリアンのまとめ役は、お前に任せる」
「……へ? でも、それは……」
「言うなれば、長代理だ」
「……代理……ですか」
「ああ、代理だ。私の代わりに立派に勤め上げろ。私ならどうするか、考えて行動するんだ」
黙るモード。
「………………」
丸投げしたのがバレただろうか。
いや。
「…………わっかりました! このモード、アニキの代わりにアニキになってみせましょう!!」
豪快に笑うその姿を見る限り、大丈夫なようだ。
「あ、そうだアネキ!」
未だ盛り上がっている三人に向かって声をかけるモード。
だが三人とも気付かない。
「アネキ! アーネーキー!!」
更に大声。
流石に気付いたようで、三人ともモードに視線が向く。
「えーと……誰に言ってるの?」
「シンシアのアネキに決まってるじゃないですか!」
「…………アネキ?」
「はい! アニキの王だっていうのなら、アネキです! 女王様ってのも考えましたけど、堅苦しくっていけねえ、ですんで、アネキです! みんなで一晩考えたんですよ!」
「……ああ、そう。一晩考えて……アネキ…………」
釈然としないシンシアだったが、気を取り直す。
改めてモードの方へと向き直ると、リザードリアンの部下たちが何かを連れてきているのが見えた。
白い羽毛、端正な顔立ち……は、今は憎々しげに歪んでいるが。
バードリアンの長である。
「なんか逃げようとしたんで、捕まえてきました!」
「え、ええいっ!! 離しなさい、こんな簡単に人間に寝返るとは……恥ずかしくないんですか!?」
「……正々堂々の勝負で負けたくせに、認めようとしねえのは恥ずかしくねえのか?」
「ぐっ……!」
痛いところをつかれて押し黙る。
「……バードリアンの長…………確か、隊長と呼ばれているんでしたよね」
「…………何故、それを?」
「他のバードリアンの人が教えてくれました」
何人かはシンシアの実力に感服し、既に従うことを約束していた。
もちろん全員ではない。隊長のように認めない者も多数いる。
「私は貴方たちを従わせようなんて考えていません。認めないならそれもそれで良いでしょう」
「………………」
にこやかに隊長に話しかけるシンシア。
それすらも敗北感に感じてしまい、隊長は自らを恥じ入る。
が、そのにこやかな顔も途端に無表情になり。
「ですが、他の種族を迫害することで部下のガス抜きをすることだけは、今後一切禁止します」
「………………………………いいでしょう」
従いたくない、だが眼前の少女に恐怖しているのも悟られたくない。
出来るだけ、恐怖心を悟られないように尊大に言うことが、彼の矜持を守る唯一の手段であった。
「よし! じゃあ帰ろっか!」
シンシアはパッと顔を輝かせ、振り返る。
そのまま帰路へとつこうとしたその時、モードが引き止める。
「あっ。アニキ待ってください、一つ言い忘れていたことが」
「なんだ?」
「連絡係として、一人リザードリアンの部下をつけますので、それだけは許可をいただけませんか?」
オズワルドはシンシアを見る。
黒騎士の視線を受け、シンシアは快諾。
その旨をモードへと伝える。
「ありがとうございます。……おい!」
「………………」
部下の中から現れたのは。
緑色の肌に、右腕には水色のスカーフ。
「ディーノさん!!」
リコが声を上げた。
「…………よう」
居心地悪そうに片手をあげる。
「おいディーノ! しっかりやれよ、アニキにご迷惑をかけるような真似をするんじゃねえぞ!」
「…………ああ、わかったよアニキ」
「馬鹿野郎! もうオレはアニキじゃねえっつってんだろーが!」
「……よろしくお願いします、オズのアニキ、シンシアのアネキ」
そうしてリザードリアン一行は去って行った。
隊長も引き連れて。
残ったのは、いつもの四人とディーノのみ。
いなくなったことで、シンシアはディーノに提案した。
いつも通りでいいですよと。
そう言われた瞬間、ディーノは大きな息を吐く。
「は~~……助かる。あの喋り方だと息も詰まるし肩も凝るし、やりにくいったらねえ」
「だが、モードがいるときだけはちゃんとしたほうがいいだろうな」
「ああ、そうだな。その時だけはな」
五人で歩き始める。
グランメルへと続く街道を。
「改めて、よろしくな」
歩きながらディーノが差し出す手を、全員が握り返していた。
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