囮の少女
屋敷の庭にて。
外に運び出されたオズワルドは、一点を見つめている。
そこには、木剣を握り素振りを繰り返しているシンシアがいた。
踏み込み、振り下ろす。
後ろに下がり、横薙ぎ。
何度も、何度も繰り返す。
「シンシア様、軸足はもっと固定するべきかと。踏み込む際に軸足がずれています」
「うん……じゃなくて、はいっ!」
左足を意識した踏み込み。
「次は足を意識しすぎて、腕の振りの軌跡がぶれていますね」
「む、難しいね……」
「形になるまで、数年はかかりますからね。最初のうちは姿見の前でやるのも一つの手かと思います」
「うん、ありがとう」
切れた息を整え、額に滲んだ汗をタオルで拭う。
メルストリッド共和国に住み始めて以来、何度かオズワルドの指南を受けている。
熟達したオズワルドに一朝一夕で追いつくわけもなく、苦戦の数々を繰り返していた。
「…………ん?」
シンシアや姉妹とは違う気配を感じたオズワルドは、門へと視線を向ける。
そこには。
「おう。動けるようになったか?」
「なるわけがないだろう。あれから何日も経っていないんだ」
緑の肌に、右腕に水色のスカーフを巻いたのがトレードマーク。
リザードリアンという種族、トカゲの亜人であるディーノだった。
人の家だというのに勝手に門を開き、中に入ってきた。
一度会ってからというのも、足繁く屋敷に通い、雑談をして帰っていく日々。
「んで、今日は何してんだ?」
「一人で行動する機会が増えましたからね、自分の身を守れるくらいには、と思いまして」
「ふうん…………ならちょうどいいな、行くぞ」
「え? い、行くぞって、何処へ?」
「ギルドの依頼だ、いいから行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
木剣とタオルを置いて、ディーノの後ろをパタパタと追いかけるシンシア。
「………………」
その背中を、黙って見送るオズワルド。
門が閉まる音を最後に、静寂が庭を支配した。
「…………私、ずっとこのままなのか……?」
――――――――――
グランメルとは反対方向、北東の方へと歩いて行くディーノ。
屋敷とグランメルしか行ったことのないシンシアにとって、そこは見知らぬ土地も同然だった。
そこは草原、北方向にはうっすらと山が見える。
整備された街道を歩き、ディーノの隣に並ぶ。
「それで? いったい何の為に私を?」
「何の為に、って依頼だよ」
「…………それだけじゃないですよね?」
沈黙。
視線だけは前を見据えているが、瞳は前より更に向こうを見据えている気がした。
黙っていたかと思えば、小さく嘆息した後、口を開いた。
「あいつ、大丈夫なのか?」
「あいつって……オズのことですか?」
頷き、言葉を続ける。
「骨だし、生命力……って言っていいのかしらねえが、どんどん弱ってきてるよな」
「…………」
それはシンシアも分かっていたこと。
眠る必要の無かった骸骨が眠るようになり。
時折ぼんやりとすることも多くなってきた。
人間らしい、といえばそれまでだが。
今まで見たことのないオズワルドの姿に、シンシアは戸惑いを隠せない。
「何とかする方法はねえのか?」
「…………ディーノさん」
「……いや、違うぞ。オレはあいつとケンカする約束をしてるんだ。このままだとケンカもままならねえだろ?」
何故か言い訳がましく答えるディーノに、思わず笑いが漏れるシンシア。
「な、なんだよ」
「いいえ……ふふっ…………」
「……で、どうなんだ?」
手は、ある。
あるが、どう行えばいいのかは分からない。
オズワルドが骨だというのにも関わらず動くことが出来るのは、ベルガルの加護の延長線上に存在する、王の庇護という加護のお陰だ。
しかしハワード王の命に背き、彼自身を信じきれなくなっているオズワルドには、動けるだけの王の庇護が得られていない。
元々は千年前に死んだ身、庇護が完全に無くなれば文字通り骸と化してしまうだろう。
対処するには、ベルガル王を宿したシンシアが王の庇護をオズワルドに与えればいい。
しかし、ベルガルの加護をどう得るのか。
王の庇護をどう与えればいいのか。
それがわからなかった。
メルストリッド共和国のベルガル王国の書物にも、そういった記述は無かった。
「知ってるが、やり方がわからない……と」
シンシアはコクリと頷く。
「でも、引っかかってる所はあるんです」
「引っかかってる所?」
「はい、ディーノさんが教えてくれたベルガルのおとぎ話。双頭の犬の事です」
獰猛な頭と、温厚な頭。
対照的な性格を宿した肉体は、お互い反発しあって生きていた。
「平凡な王だったハワード王が、突如暴君と化した。ハワード王だけでなく、歴代のベルガル王には変貌した王が少なからず存在していたようです」
「…………すまん、話が見えねえ」
「私にも経験があるんですけど、オズが言うには突如性格が変わったように口調が変わることがあったらしいんです。それはつまり……」
「獰猛な方の頭が首をもたげた……って言いたいのか? ただのおとぎ話だぜ?」
それに、あのおとぎ話は獰猛な頭が取って代わってしまうバッドエンドである。
「そうですね、ただのおとぎ話です。でも、通じるところがあるというか……なんか、理解できる気がしたんです」
ベルガル王としての血筋だろうか。
少なからず、他の人に比べて理解できるところがあった。
……だが。
「んで? どうすればいいんだ?」
「私の中に眠ってる獰猛な頭は、ハワード王です。ハワード王を何とかすれば、私にもチャンスが……っ」
「どうやって?」
「それは………………わかりません」
それに確証もない。
シンシアの推測が当たっているのかも、定かではない。
「……ふむ」
ディーノは下顎に手をやり、考える仕草。
だが、それも一瞬のこと。
「まあ、それは追々考えるとしようぜ。もうすぐ目的地だ」
「目的地って……そういえば、どういう依頼なんですか?」
「言ってなかったか? 野盗の討伐だ」
「野盗って……いるんですか?」
シンシアが感じていたのは、人間を敵に見立てて五種族が手を取り合って生きていく国という印象だった。
「あ、もしかして人間の野盗とか?」
それならば理解できる。
「まさか。人間がそんなことしてたら全力で叩き潰されるだろうさ。賊はれっきとした亜人たちだ」
「亜人が……亜人に?」
「誰だって、誰かの下につくのが嫌だったり、自由に生きたいっていう跳ねっ返りがいるもんだ。そこに人間も亜人もねえよ」
そういうものだろうか、とシンシアは思う。
人間も人間に牙を剥く。
帝国は同種族である人間から搾取し、絞首もする。
そこに種族の違いはないのかもしれない。
「人間とは違って、オレたちは一つの事に秀でている。それが小規模とは言え組織的に動いてるんだ、厄介と言えば厄介だぞ」
「厄介、ですか」
「知恵を使いこなすウッドリアン、武器を作り出すモーリアン。空からはバードリアン、地上と水からはリザードリアンってな。小さなコミュニティとはいえ、侮れねえ」
「ラクリアンは?」
タヌキの亜人。
シンシアの半分ほどの大きさと、小さな体格。
依頼を受けに行った際の、ラクリアンの老婆の怯え狼狽える姿を思い出す。
「あいつらは…………寿命は短い、戦闘能力はない、得意なのは土いじり。ぶっちゃけて言って、あいつらは迫害の対象だ」
「人間じゃなくて?」
「港に物資を卸しに来る船乗りの人間たちは、オレたちが生きていく上で必要な役割を持ってる。だから手を出すことを禁止されてるんだ。そしてそれ以外に人間がこの島に来る機会はない」
それはつまり、捌け口が存在しないということ。
そして、人間であろうと亜人であろうと、弱いものを標的にするのが世の常であった。
「可哀想……」
「問題は、あいつらもそれを甘んじて受け入れている節があるってことだな。戦闘能力が無いから歯向かったところで返り討ちにあうだけなんだが。まあそういうわけで、野盗には構成されてねえんだ」
と、その時だった。
空が一瞬暗くなったと思いきや、目の前に何かが降り立つ。
槍を持ったバードリアンだった。
「人間を連れたトカゲ風情が、ここに何の用だ?」
ここに? シンシアは辺りを見渡す。
木がチラホラと生える、何の変哲もない草原に見える。
「武器を持ったひよこがいきがってんじゃねえ」
確かに、黄色い羽毛はひよこを彷彿とさせた。
「ふふ」
可愛らしさから、思わず笑ってしまうシンシア。
しかし目の前のバードリアンの視線は、剣呑さを増していく。
「人間如きが……!」
槍を構えて持ち前の翼で突撃してくる。
「ま、元々討伐するつもりだったからちょうどいいんだが……。シンシア、俺の戦い方言ったっけ?」
「え? いえ、聞いてません」
「言ったのはリコのほうか。俺の戦い方はな」
構える姿は徒手空拳。
腰を落とし、左手を前に。
「俺は武器を持たねえ。この拳と――――魔術が、俺のスタイルだ」
両拳が、淡い青に包まれる。
それは強化魔術の発現の印。
持ち前の格闘技術に加え、身体能力を強化する魔術を施すのが、彼の戦い方であった。
シンシアに飛来し、ディーノの横をすり抜けようとするバードリアンの槍を、横から拳でへし折る。
「なっ……!?」
「遅えよひよこちゃん。ニワトリになって出直してきな」
もう片手で横っ面に拳をめり込ませた。
殴り飛ばされ、木に激突するバードリアン。
「魔術って……こっちでは一般的なんですね?」
「ああ、そっちは違うんだっけか」
「帝国は魔術を秘匿して、市民から戦う力を奪うつもりなのでしょう……ってオズが言ってました」
「人間がやりそうなこった」
目の前にいるのも人間なんだけど……。
シンシアは思ったが、口には出さなかった。
「それで……どうして私を連れてきたんですか?」
「ああ、それはな……」
周りを見渡す。
すると、ぞろぞろと、リザードリアンやバードリアンが現れた。
「あんまり暴れると報復されるかもしれねえじゃん? でも人間を隣に置いておけば、ぶっ飛ばされたところで記憶に残ってるのは人間の女だから、オレは安全かなと思ってな」
「え"」
「だから……弾除け? 避雷針……いや、囮か、囮だな」
「ちょ、ちょっとディーノさん!?」
続々と現れる野盗を見る。
なるほど、確かにディーノではなくシンシアを睨みつけているようだ。
「いやなるほどじゃなくて!!」
「大丈夫だって、訓練してただろ?」
「…………いやー! 助けてー!!」
野盗は手に持った得物を握り。
走り出す。
シンシアに向かって。
「よっしゃー! ケンカだ!!」
「巻き込まないでくださいよー!!」
………………。
…………。
……。
戦闘終了後。
「はあ……はあ…………」
満足してホクホク顔のディーノと、疲弊しきったシンシアがいた。
「楽しかったな!」
「疲れましたよ!」
「軟弱だな」
野盗のうち大半がシンシアに向かってきたのだ。
殺さないように考えながら戦うことは疲労の極みだった。
しかし、シンシアの服装は土で汚れてはいるものの、傷は一つとしてない。
「………………」
――こいつ、ライナーの時にも思ったが……ただものじゃねえな。
囮というのはただの建前。
実際はシンシアの実力を測るために連れてきた。
危なくなったら助けるつもりだったが、実のところディーノは自分に向かってきた者の相手しかしていない。
シンシアに向かっていった野盗や、全て彼女が退けた。
――オズワルドといい、とんでもねえ人間が来やがったもんだ。
ぞくりと背筋が震える。
「……よし、帰るか!」
「え? この野盗たちはどうするんですか?」
シンシアの疑問に答えるために、ディーノは上を見上げる。
上には幾つもの鳥の影があった。
鳥の影はみるみる大きくなり、着地する。
全てバードリアンの影であった。
「こいつらが後処理をしてくれるんだ」
「そうなんですね……よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるが。
「………………」
睨まれ、無視される。
「ほら、行くぞ」
「は、はい」
足早に現場を離れていく。
幾らも歩かない内に、日は傾いていく。
シンシアの髪色と同じ色に染まった道を、無言で歩く。
だからだろう。
「――――やめてくださいっ!!」
悲痛な声が聞こえたのは。
ディーノとシンシアは顔を見合わせ、声の方向を続いて見る。
「……行くのか?」
「ええ、見過ごせませんから」
「…………金になんねえのによー……」
ぶつくさ言いながらも、ちゃんとついてくる辺り、見過ごせないのはディーノも同じようだ。
程なくして、声の主の元へと辿り着く。
そこにいたのは、数人のラクリアン、そして。
ラクリアンに槍を向ける、バードリアンたちだった。
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