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待ち望んだ再開


 村を出てから三日ほど。


 オズワルドは休むことなく歩き続ける。


 人ならざる者と化した彼にとって、休息は必要ない。


 途中、何度か獣や盗賊に絡まれたりもした。


 時には追い払い、時にはやり過ごし。


 逆に盗賊から剣を一本せしめ腰に携える。


 そんな移動を経て辿り着いた村。


 オズワルドは、ひと目見て村とは理解できなかった。


 最初の村も裕福ではないと感じ取っていたが、この村は比ではない。


 畑らしきものはあるが、雑草が幾つか生えているのみ。


 ひび割れた土地が作物に如何に向いていないかを物語っている。


 振り返る。


 水平線に木々が少し見える程度。


 見渡す限りの荒野。


 向き直ると、所々穴の空いた家が数軒並んでいる。


「……このような所に、陛下が?」


 正直、人が住む場所ではないというのが第一印象。


 実際、食事も飲み水も土地以外から調達しなければならない場所だ。


 オズワルドは家から少し離れた所で、村の様子を見る。


 人はあまり家から出てこない。


 いや、住んでいるのかどうかすら定かではない。


 しかし、陛下の気配は確かにある。


 だが、本当にこんな場所に?


 村に足を踏み入れる。


 鳥が数羽飛び去った程度で、村の空気に変わりはない。


 廃村。


 そんな二文字がオズワルドの脳裏を過る。


「………………?」


 家屋の一つに、気配。


 身を潜めているのか、それとも。


 ゆっくりと、気配のした家の扉を開く。


 ギィ、と扉の音が妙に大きく響いた気がする。


 中は薄暗く、陽光差し込む窓がない。


 窓は何故か、板で目張りされていた。


 目を凝らし内部を確かめるが、誰も居ない。


 気配はするが無人。


「………………」


 オズワルドは、中に入らずに注意深く中を調べる。


 埃が被った食器棚、長らく火が入っていないであろうかまど。


 テーブルや椅子の類は無く、床にはボロボロの大きな布が一枚。


 その布が、小さく揺れた。


 入室する。


 グリーブの音を立てながら、布をめくりあげる。


 そこには、掘ったであろう穴。


 そして。


「……………………」


 口を両手で塞ぎ、強く目を瞑っている少女。


 瞑った目の端からは、涙がとめどなく流れている。


 恐怖からか、体は小刻みに震え続けている。


 ボロボロの衣服から出る腕や足は、骨が浮き出るほど細い。


 歳は十六程だろうか。まだ若い。


 長いオレンジ色の髪は後ろで束ねられ、さながらポニーテールのよう。


 飢餓状態の少女に向かって。


 オズワルドは、無意識のうちに傅いていた。


「――――陛下」


「え――?」


 少女の声は、渇きのせいか掠れていた。


 ………………。


 …………。


 オズワルドは駆けていた。


 少女を抱きかかえ、森へとひた走る。


 先程の家で、少女は目を開いた。


 藍色の綺麗な瞳だった。


 だが、緊張で力を使い果たしたのか、そのまま気を失った。


 原因はおそらく飢えと渇き。


 森にあった池へと連れて行く為に、オズワルドは少女を抱えて全力で走った。


 騎士の体が風を切り、音を奏でる。


 間もなくして池へと辿り着き、ゆっくりと草の上に寝かせる。


 池の水を手で掬うが、篭手の隙間からこぼれ落ちる。


 ならばと、篭手を外すが。


「……忘れてた」


 骨である。


 更に隙間が多い始末であった。


 オズワルドは周囲を見渡し、手頃な大きさの葉を一枚、木から頂戴する。


 葉で水を少し掬い、口に運ぶ。


 唇の間から水滴が入り。


 喉が動く。


 嚥下した。


 少しホッとする。


 少女の――陛下の体は、まだ生きようとしている。


 何故あのような場所で一人で居たのかはわからないが、これからはお護りしよう。


 それにしても。


「…………女性になられていたとは」


 生前…………と言っても、千年前の話だが。


 男性であり、善王として民からの信頼も厚かった。


 だが、男性だろうが女性だろうが、彼には関係ない話であった。


 王は王だ。私が仕える理由は、それだけで充分。


 少し風が吹く。


 彼に温度は感じないが、王が冷えるかもしれない。


 一緒に持ってきていた床の布を被せる。


 小石を集め、焚き火を作成。


 火を点けた頃、少女が目を覚ます。


 すぐさま気付いた黒騎士は、傅いた。


 剣を腰から外し、地面に置く。


「お目覚めになられましたか王よ」


「え……? 貴方は……? 王? え、ここ何処ですか? ゆ、誘拐ですか!? 慰み者にでもするんですか? それとも、奴隷に……?」


 目が覚めると知らない黒い甲冑の人物、知らない場所。


 混乱するのも無理はない。


 オズワルドは少女が落ち着くまで、傅いたまま無言でいた。


 時間にして数分。


 逃げようとしたが、体が思うように動かなかった。


 如何に自分が女性としての魅力がないかを熱弁し、如何に自分に奴隷としての資産価値が無いかを熱く語っていたが。


 ひたすら無言で傅き続ける騎士を見て、敵意はないと感じ取ったようだ。


「……騎士様、貴方がここに連れてこられたのでしょうか?」


 水を飲み、喉が潤ったおかげか、先程のように掠れた声ではなかった。


 綺麗な声だ、オズワルドは王の声を噛み締め。


「はっ」


 短い返事をした。


「…………え、えーと」


 困る少女。


 そして無言の時間が続く。


「陛下」


「は、はいっ? え、私? 私ですか?」


「はい」


「な、なんでしょう……? というか、どうして陛下なんでしょう?」


「陛下だからでございます」


「答えになってませんよー!!」


 混乱。


 言葉少なな騎士と、状況の把握が出来ていない少女。


 事態は一向に好転しない。


「…………ん?」


 状況の把握が出来ていない?


「陛下」


「だから、どうして私が王様なんですか……?」


 情緒が不安定になり、涙目になっていた。


「もしかして、何も覚えておいでではないのですか……?」


「…………へ?」


 オズワルドの問いの答えは、素っ頓狂な声が物語っていた。









「……つまり、千年前に滅んだ王国の王が……私で」


「はっ」


「私は、何も覚えていなくて、でも私が王で」


「その通りです。我が賢王にありますれば。姿形が変わり、時代を経てもかの偉大さは色褪せぬものでございます」


「……えと、それは……褒めてます?」


「私如きが王を貶すなどあってはならぬこと」


 少女は俯き、ブツブツと呟く。


「え? 私が……王で、この人が近衛? 騎士で、王国は千年前に無くて、でも私が王で?」


 落ち着きを取り戻したものの、未だ混乱していた。


「騎士様」


「オズワルドでございます」


「……オズワルド様」


「騎士に敬称は無用です」


「…………オズワルドさん」


「騎士に」


「信じられません!」


 呼び方の問答をぶった切るかのように、事の是非を否と声高に宣言する。


 オズワルドは傅いたまま微動だにせず、王の次の言葉を黙して待つ。


「どうしてわかるんですか? 私が王だって」


「気配、魂、空気、直感、匂い、雰囲気。全てでございます」


「…………ちょっと怖いんですけど」


 少し引いていた。


「それに、どうして貴方は千年前の事を覚えているんですか?」


「それは……」


 初めて。


 オズワルドが答えに窮する。


 だが、逡巡は一瞬。


 我が王に秘密を持ってはならない。


 傅いた姿勢のまま、兜を取る。


「…………っ!」


 息を呑む音が聞こえた。


 人語を解する以上、人だと思い込んでいた少女は驚かされる。


 人ではある。正確には人であった者だが。


「私は、千年前にベルガル王国国王ハワード様の近衛騎士を務めておりました。オズワルド・ガベルと申します。このガベルという家名は王から授かったものでございます」


「……せ、千年前?」


 パチリ。


 焚き火の木が爆ぜた。


 オズワルドは語る。


 約千年前、ベルガル王国はグロリア帝国に攻め入られた事。


 その約五百年後、何故かオズワルドだけが目を覚まし、その時既に骸骨姿だった事。


 またもや帝国と戦闘になり、浄化魔術により敗北を喫した事を。


 そして更に五百年。つまり現在になって目を覚まし、夢の中で王を探すように求められた事を。


「遠くにいても、陛下の気配を感じ取れました。何故かはわかりません。ですがこれを天命と思い、王の御心に従い、ここまでやってきました」


「私、そんな事願ってなかったんですけど……」


「貴女の意思ではないかもしれません。貴女の胸に眠る、陛下の魂の呼応かもしれません。ですが、今は見つけられて良かったと思います」


 オズワルドは顔を上げる。


 少女は骸骨と目があう。


「……貴女は、死ぬ手前でした。私の使命は、死の淵に立たされている貴女を救うことだったのかもしれませんね」


「…………その時のお礼を言ってませんでしたね。本当にありがとうございました」


 オズワルドは兜をかぶる。


「……いえ、突然の情報に混乱なされたでしょう。今はゆっくりと休まれるのがよろしいかと」


 確かに。


 少女には考える時間が欲しかった。


 しかし。


 チラリとオズワルドを見る。


 人ならざる者を、完全に信用して良いのかも決めかねていた。


 その意図を察したのか、オズワルドは立ち上がる。


「目を覚まされた時に食事をできるよう、少し探索してまいります」


 王が信用できないのも無理はない、とオズワルドは無理矢理にでも納得する。


 なら、時間をかけて信頼関係を築いていく。


 しかし、今はそういった事柄を抜きにしても、王の体力を改善するのが急務。


 胃に負担のかからない野草のスープを作り、それを盛り付けるための容器を探しにその場を離れた。


 ………………。


 …………。


 オズワルドが戻ってくると、王はすやすやと眠りについていた。


 寝顔は年相応の幼さのまま。


 少女としてみると、とても王とは思えない。


 だが、少女の奥底に。


 確かに王の気配を感じていた。


 埃を被った鍋と容器を池の水で洗う。


 村の姉妹に教わった通り、調理を開始してみた。


 その結果。


「…………お、美味しいです」


 盛大に失敗した。


 目を覚ました王に記憶を頼りに作った野草のスープを進呈したが。


 口ではどう言おうと、表情が成功の可否を物語っていた。


「も、申し訳ありません。料理というものを、初めて行いまして……」


「千年生きていても、出来ないことはあるんですね」


 少女の表情から、笑顔がこぼれる。


 少女からしてみれば、実に数年ぶりの微笑みだった。


「信じてくださるのですか?」


「私が王様だっていうことは、正直信じられません。けど……貴方が千年前からやってきた、というのは信じます」


 目の前で動く骸骨を見せられたのだ。


 不思議な理由が一つでもないと、目の前の現象に納得がいかなかった。


「そうだ。まだ名乗ってませんでしたね」


 容器を脇に置く。


 ほとんど口をつけていなかった。


「――――私はシンシアと申します。よろしくお願いします、オズワルドさん」


 オレンジ色の綺麗な髪が揺れる。藍色の瞳がくるくると輝きを変える。


 痩せ細った身だが、とても可憐な笑顔が花咲いた。

読んでくださってありがとうございました。

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