ベルガル王国の真相
草を踏みしめる。
グランメルを出て少し、街道から外れて歩いて行く。
屋敷までの道のりに、道はない。
それだけで、人間が所有していた屋敷がどれだけ疎まれていたか伺える。
貰ったお菓子を一つ口に放り込む。
甘みが口に広がり、自然に頬がゆるむのを感じた。
既に夕暮れ、茜が周囲を包む中無言で歩き続ける。
――ひとりって、久々だな。
供であり、友でもある黒騎士と常に行動を共にしていた。
本当は一人で何も出来ないか不安だった。
だがしかし今はどうだ、ギルドで依頼を受け、こなして帰る次第。
いや、正確にはディーノの助力があってこそだが。
「……一人で全部やるって、難しいんだなあ」
ぽつりと独り言。
ラクリアンの家の掃除に向かった際もそうだった。
ギルドの依頼と告げても、戦々恐々と会話にならない。
ディーノの名前を出して初めて対話をしてくれるようになった。
ラクリアンのような小さな体では、上の方の掃除は難しい。
そういった箇所を丹念に掃除することで、ラクリアンの老婆は心をひらいてくれるようになった。
仕事ぶりを評価され、感謝と、今手に持っているお茶菓子が最高の報酬である。
もう一つ口にいれる。
――あ、リコとクレアの分も残しておかなきゃ。
少し自制。
歩いていると、目の前に見覚えのある後ろ姿が、二つ。
一人は後ろ姿だけでリコとわかる。
もう一人は……リザードリアンだ。
右腕に水色のスカーフを巻いていた。
「リコ? ディーノさん?」
二人とも振り返る。
「あ、おかえりなさいシンシアさん!」
「え、なんでここに? どうしてディーノさんと? 屋敷出たら危ないよ?」
いるはずのない場所にいたリコ。
疑問が膨れ上がり、怒涛の質問攻めとなった。
「落ち着け」
が、ディーノに諭される。
「お姉ちゃんの失声症を治す手がかりが無いかと思って、図書館に行ってたんです」
「……そうなんだ、どうだった?」
「手がかりはありませんでした。だけど、これ……」
手に持っていた一冊の本の表紙を見せる。
ベルガル王国、それだけ記されていた。
「もしかして、ベルガル王国の歴史の……?」
「はい、それにディーノさんが言ってたんですが。その、亜人たちを追い出したのは、ベルガル王国だと……」
「…………グロリア帝国じゃなくて?」
訪れる沈黙。
風が一つ吹き、服と草を揺らしていく。
「とりあえず、こんな所で立ち話するより早く帰ったほうがいいんじゃねえか?」
そうですね、と二人とも同意。
聞きたいことは山程あったが、とりあえず家に帰ることにした。
――――――――――
「……リコが帰ってきたな」
「………………っ!!」
椅子に座るオズワルドの傍をウロウロしていたクレアが、弾かれたようにドアへと向かう。
「シンシア様と……後は、誰だ?」
動けなくなった代わりに、気配の感じ方を鍛錬するべく注力していた。
王の近衛騎士は、不意な拘束時間でも自己鍛錬に費やすのだ。
バン、と勢い良く扉が開くと、門の前には三人の人影。
それぞれシンシア、リコ、ディーノである。
「…………!?」
駆け寄ろうとしたクレアだったが、傍らにいる亜人に驚き足が止まる。
「……あれが、例の姉ちゃんか?」
「はい、そうです。喋れない以外不自由はないらしいんですけどね」
姉妹だからか、声がなくても伝えたいことはなんとなくわかる。
シンシアはまだその域まで達していないため、リコを通じてクレアの感情を理解していた。
「……ま、頑張れよ。んじゃオレは帰るわ」
「あれ、帰るんですか? 晩ごはんを食べていけば……」
「……………………」
仲睦まじく話すリコとディーノ。
いつの間に仲良くなったんだろう? とシンシアは無言で成り行きに身を任せていた。
「いらねえ。そもそも人間とオレたちじゃ食うものも違――――」
言葉が止まった。
視線は屋敷の中へと注がれている。
クレアだろうか? いや違う、彼女より後ろ。
「おい、あれはなんだ」
「あれって……」
「あの黒い鎧だ」
スッと手を伸ばし、クレアの奥を指差す。
「あの胸の紋章。あれはベルガル王国だろ」
「え、ええと……」
二人とも答えに窮す。
「……………………」
その会話を、遠く離れたオズワルドは聞こえていた。
動けない代わりに、他の感覚が鋭敏化されているのだろうか。
それはともかく、動けない黒騎士は感じていた。
身に注がれる、確かな敵意に。
「気が変わった。晩飯のご相伴に預からせてもらうとしますかね」
門を開き、我が家のように悠々と歩いて行く。
「……ど、どうしましょうシンシアさん」
「悪い人ではないと思うんだけど、ね……」
「でも、あの話が本当なら……ここの亜人たちは皆ベルガル王国を恨んでいるってことになりますよ!?」
ディーノの後ろをついていきながら、ヒソヒソ会話する。
威圧感を伴って歩くディーノに気圧され、扉の前で立ち竦んでいたクレアも道を譲る形となった。
「……………………」
話すべきだろうか? 家具のふりをするべきだろうか。
目の前まできたリザードリアンに対し、黒騎士は対応を考える。
だが、その考えは必要なかったと言えるだろう。
無造作に振るわれたディーノの右手が、オズワルドの兜を叩き、吹き飛ばした。
「ちょ、ディーノさんっ!?」
「何してるんですか!!」
驚くリコ、憤るシンシア。
それぞれ違う感情を携えながら、ディーノを咎める。
「……骨? 死体でも隠してたのか?」
露呈した頭蓋骨に、さして驚く様子もない。だが。
「厳密には死体ではない。今の風体は死体に近いがな」
「うお!? 喋んのかよ!」
さすがに突然声を出したことには驚いたようだ。
少し仰け反る様子を見せた。
「趣味の悪い飾りもんかと思ったが……どうやらまだまだ言えないことがあるみたいだな?」
全員沈黙する。
トントン拍子に事が発覚していくのだ。
粗暴なだけかと思ったディーノだが、中々どうして賢く、理解が早い。
シンシアはリコをチラリと見る。
一番頭の回転が早いリコに一縷の望みを託す事にした。
「え、あ、あ、えっと……その」
しかし混乱の極みだった。
「え、っと……そう! インテリアなんです、甲冑の中に骨が入ってたら面白いかなー、なんて!」
「でも喋ってんぞ?」
「……………………シンシアさん、パス」
「こんな状態でパスされても……!」
あたふた、という四文字がとても似合う現状であった。
そして数分後。
落ち着きを取り戻すまで、ディーノは静観してくれていた。
意を決して、シンシアは口を開く。
「――ディーノさんは、ベルガル王国について詳しいですか?」
「あ? まあ、人並みにはな」
これといって言い逃れが思いつかない以上、開き直るしか無い。
いや、むしろ好機だとシンシアとリコは考えた。
「この歴史書と、オズの記憶、そしてディーノさんの記憶の擦り合わせを、したいと思います」
「擦り合わせ……?」
「シンシア様? いったい……?」
咳払い一つして、足元に転がったままの兜を拾い上げる。
オズワルドの頭に兜を被せ直し、位置を整えた。
「リコの村の一件以来、私は……ハワード王が善王だったとは思えないの」
「帝国の言い伝えにも、ベルガル王国は非道の限りを尽くしたと言われています」
「しかし、それは勝者の国が自分の都合の良いように改変しただけだろう?」
この中で、ハワードを信じているのは近衛騎士だけである。
リコは手に持った歴史書をオズワルドに見せる。
「その答え合わせを、したいんです」
「…………だが、その書物が偽りの可能性は?」
頑なである。
シンシアはオズワルドの前にかがみ込み、手を取る。
上目遣いで見上げながら、優しく語りかけた。
「オズ、ハワード王を信じたいのはわかる。けど……私たちの言葉に耳を傾けられないの?」
「そ、それは……ですが……」
「ハワード王を信じるな、なんて言わない。だけど私たちの事も信じて欲しい」
「信じております、信じておりますが……」
「すべての話を聞いた後、それから判断する。それじゃダメかな?」
沈黙。
だが、その沈黙も長くは続かなかった。
「……わかりました。他ならぬシンシア様の頼みでありますれば」
「ありがとうオズ」
立ち上がったシンシアは、ディーノに向き直り、言った。
「まずは、どうしてここに来たのか説明します。ただ……他言は無用でお願いします」
「それはオレが判断することだ」
「……わかりました」
もしかしたら、メルストリッド共和国全体を敵に回すかも知れない。
だが、真実を知るためには今現在必要なリスクなのだろう。
こうして、説明する。
帝国のこと、シンシアの生まれのこと、シンシアの胸の奥のこと。
オズワルドの事や、ハワード王の事を。
………………。
…………。
……。
「……つまり、お前はベルガル王国最後の王の魂が胸にあるってことか」
ディーノの拳が硬く握られる。
彼は人間が嫌いではない。
だが、恨みがないわけでもないのだ。
この国で不自由な思いをしているわけではない。
しかし、それ以上の自由に思いを馳せたことはあった。
この島に押し込めた原因が、今目の前にいる。
右拳は強く握られ、怒りによって震えていた。
「ハワード王は、私の悲しみを糧に乗っ取ろうとしています。できるだけ抑えようとはしていますが……」
「乗っ取る……ってことは、ぶっちゃけた話。お前とハワード王は敵対関係にあるのか?」
「どちらかといえば……そうですね」
ハワード王とは縁がある。
王の権能としてパニシュを用い、ハワード王がいたからこそオズワルドと出会えた。
しかし彼の思考に納得はどれ一つとしてしていない。
だが、完全なる敵かと言われれば、断言はし難いものがあった。
「またとんでもねえ厄ネタだな……。この事実が漏れようもんなら、共和国全体が大挙して殴り込みに来るぜ」
大きな溜め息を一つ吐いた。
だが、すぐに気を取り直す。
「それで、答え合わせだったか」
こほんと咳払い。
「ベルガル王国は、オレたちにとっては憎むべき国家だ。グロリア帝国が解放を掲げて挙兵した時、戦闘能力に秀でたオレたちリザードリアンやバードリアンを口八丁で言いくるめ島流しした……らしい」
「らしい、というのは?」
「だって千年も前の話だぜ? 文献や人づてに仕入れた情報しかねえんだ」
「……………………」
「……オズ?」
絶句しているオズワルドに、シンシアだけが気付いた。
「…………私、やったことがあります」
「……何を?」
「……………………島流しを、です」
「なんだと?」
ディーノが一歩前に出た。
「ハワード王からは、戦争になった際に危険だから……と言われたのです。私は、彼らの身が危険なのだと……てっきり……」
その時の光景は今でもハッキリと思い出せる。
泣き崩れるラクリアンや、恐怖に身を震わせるモーリアン。
それらは全て……。
「私は、故郷を離れることに対しての悔しさや悲しみから来ていると思っていました。よく調べもせず……そうだろう、と決めつけて」
「………………」
全員が沈黙する。
ディーノだけは、憎々しげにオズワルドを睨みつけていた。
「お前、オズワルドだったな」
「……ああ」
「千年も前の話だ、オレは当事者じゃねえ。だが恨みはないと言えば嘘になる」
「………………」
言葉がない。
知らなかったとはいえ、亜人の島流しに加担したのだ。
罪悪感が重くのしかかる。
「今は動けねえんだったな? 動けるようになったらオレとケンカしろ」
「……なに?」
「お前が悪なのかどうか、お前の拳に聞く」
ふっ、と表情を崩し、オズワルドの右肩に拳を押し付けるディーノ。
大きく深呼吸をして、怒りを落ち着けているようだ。
「ベルガル王国もずっとそうだった訳じゃないらしい。その辺が詳しいのは長老だが……」
ウッドリアンの長である。
「今じゃ会うことも許されねえだろうな。もっと信用されねえと」
「信用って……人間の私たちがされるんですかね?」
リコの言葉に、ディーノは笑いながら肩を竦める。
「生半可な積み重ねじゃ不可能だろうな。ウッドリアンは長寿だ、その分恨みの根が深え」
リコはパラパラと歴史書をめくる。
中には、ベルガル王国が如何に非道を行ったかが事細かに記されている。
著者の恨みもあるのだろう、ところどころ感情が隠せないほどの憎しみが伺えた。
昔からそうだったわけではない、過去の王は善王であったり、平凡な王であったりした。
ハワード王も当初はそうだったらしい、そう記されている。
継承直後は平凡な王だったようだ。だがしかしある日を境に、暴虐の王へと変貌した。
「あ、そうだ。なんかベルガルのおとぎ話があったな……」
ディーノは顎に手をやり、考える仕草。
目を瞑り、思い出しているようだ。
「えーとな……確か、こうだ」
――――――――――
ある所に、二つの頭を持つ犬がおりました。
しかし二つの頭は性格が違い、とても仲が悪かったのです。
片方の頭の性格はとても獰猛で、その獰猛さたるや、見た物すべてに襲いかかるほど。
もう片方の頭は対照的にとても温厚で、いつも獰猛な頭を宥める役目をしていました。
獰猛な方はお肉を食べたくて、近くの動物を襲おうとしますが、温厚な方がそれを許しませんでした。
可哀想だから、野草でも食べようよ、温厚な頭は提案します。
草なんて食べてられない、肉を食わせろ。獰猛な頭はそれを拒否しました。
どちらを食べることも出来ない体。
やがて飢えて動けなくなってしまいます。
それを不憫に思った上から見ていた神様が、動けるだけの元気を与えてくれました。
病気や怪我からも守ってくれる、祝福も授けてくれたのです。
そして更に、獰猛な方の頭を消してしまったのでした。
温厚な犬はケンカをする相手もいなくなり、悠々と草を食んで日々を過ごしますが。
獰猛な方は居なくなった訳ではありませんでした。
心の奥底で、機会を伺っていたのです。
体の主導権を、奪い返す機会を。
そしてその日が来るのは、そう遠くありませんでした。
完全に油断しきっていた温厚な犬は、居眠りをしていました。
意識の底から、獰猛な魔の手が伸びます。
温厚な心を掴み、引きずり下ろしました。
目覚めた犬は……牙を剥き、唸りながら近くの小動物を襲い出したのです。
心の底で、温厚な心は後悔します。
――居ないと思い込んでいた。
油断しなければ。
勝てるだけの、強い心があれば。
……こうして。
周りから好かれていた温厚な犬は、たった一夜にして悪逆非道な悪い犬へとかわってしまったのでした。
読んでくださってありがとうございました。
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