ベルガルの反乱(3)
「……今、なんとおっしゃいましたか?」
「二度も言わせるのか?」
愕然とするオズワルドで、朽ちた屋台骨がガラガラと崩れ落ちる。
そこは焼け落ち、滅んだ村の真ん中。
傅く黒騎士と、その前で仁王立ちするシンシアの体を借りたハワード王。
二人の間に、不穏な沈黙が流れる。
「この二人を斬れ、と……?」
「ああ」
ハワード王は自分の心臓のあたりをトントンと指で叩く。
「今も我の中で騒いでおる、必死に抵抗し、足掻いているのだ。目の前で大事な友の死に様をまざまざと見せつけ、心を壊せば良い。そうすればこの体は完全に我の者」
「……シンシア様を……壊す…………」
「どうした、抵抗があるのか?」
ある。
あるに決まってる。
たった二年だが、主として仕え、仲間として信頼していたのだ。
しかし、騎士にとって王命は何よりも優先することだ。
傅いた姿勢のまま、隣の姉妹をチラリと一瞥する。
怯え、信じられないものを見るような表情だった。
――この二人を、殺せと仰るのか?
「………………」
思案する。
千年前にも、自身の意向とは真逆の行いをしてきた。
帝国に寝返ろうとした友人を、王命で斬り捨てたこともあった。
年端もいかない子供を盗みの罪として、鞭で打ったこともあった。
しかしそれは、王国の行く末を考えてのことだ。
王の目は遥か彼方を捉えている。
一介の騎士如きでは計り知れない先を展望しているのだ。
一時の感情で拒否できるようなものではない。
「……………………」
黒騎士は立ち上がり、姉妹へ向く。
そして、抜剣。
「………………ふ」
ほくそ笑むハワード王。
――ダメ! オズ、やめて、お願いだから!!
ハワード王の胸の中で、泣き叫ぶように訴えかけるシンシア。
体の主導権を奪い返せない、何故?
目の前で村の仲間や父親を殺されたショック、あまりに衝撃的な光景に声まで失ってしまった姉。
妹はこれからどうするのだろう? 姉を支えて生きていかなければならない。
その険しい道たるや、自らの過去を想起させるには余りある出来事。
その心の隙を、つけこまれた。
――でも、どうして? オズの話だと、善王だったはず。
民を想い、国を想い、豊かにするためには身を粉にして尽力する、誉れ高き王と聞いていた。
しかし、今見ているハワード王はどうだ?
自分が蘇ることに固執し、そのためには罪もない哀れな娘たちを手にかける事を厭わない。
これの何処が善王なのだろうか?
これではまるで……真逆だ。
「お、オズワルド様……嘘ですよね?」
「……………………っ!!」
「…………すまない」
抜剣して、足取り重く姉妹に近寄る。
本当に斬られることはないだろう、そう信じていた姉妹は動く機会を失ってしまっていた。
「……本気なんですか?」
「…………すまない」
懺悔するかのように、謝ることしかしない。
――無駄よ、騎士は王の命にただ従うのみ――――我が、そう躾けたのだから。
ハワード王は勝利を確信したかのような笑みを唇に携え、尊大な態度で処刑を見守る。
「……わかりました」
聡い妹は、諦めるのも潔い。
力で黒騎士に敵うわけがないのは自明の理であった。
「すまない……本当にすまない」
リコは跪き、頭を差し出す。
クレアは声なき声を上げ、リコの体を揺さぶる。
オズワルドの剣を持つ手が震える。
震えながらも……剣を上げた。
「――ですが」
否。
諦めていたのはない。
これは、妹の心の揺さぶり。
「私たちを手にかけたら……シンシアさんには二度と会えませんよ」
「――――――――」
リコは、オズワルドとシンシアの絆を信じていた。
この時代に目覚め、苦楽を共にしてきた主従の絆を。
「………………」
俯いたまま微動だにしないリコ。
その傍らで震えながら、ぎゅっと目を瞑るクレア。
二人の横に立ち、両手で剣を振り上げているオズワルド。
その手の震えが、どんどん激しくなる。
「………………」
――従え、王命だ。
ああ、そうだ、王からの命令だ、逆らうことなど許されない。
……彼は骸骨。
眼球はない、瞼もない。
だが、目を閉じる。
視界を闇で塞ぎ、振り下ろしてしまえば――!
――オズ!
閉じたはずの視界。
真っ暗な世界の中、オレンジ色の髪の少女がオズワルドに微笑みかける。
――オズ、今日は何しようか? 良い依頼あるかな?
毎朝、足取り軽くギルドに向かうその背中を、幸せな気持ちで見つめていた。
――だーかーらー! 寝てる姿をじっと見るのやめてってば!
自分は王を喪った。見ていないと、いついなくなるのか気が気では無かった。
――ほんとにごめんなさい! オズは私のことを考えてくれてたのに……!
ケンカをしたこともあった。主従でケンカなど、考えられないことだった。
――私たちは王と従者かもしれない、まあ信じてないんだけど!
何度も何度も説明してきた、しかしずっと認めることはなかった。
――でも、それ以上に――仲間でしょ?
「…………あああああああっ!!!」
心の底からの絶叫と共に、剣を振り下ろす。
剣は――――地面へと突き立てられた。
「申し訳ありませんハワード王っ……! 私は、シンシア様を裏切ることが出来ません……っ!!」
「な、んだと……? 私に、逆らったというのか……!?」
それは、明らかな動揺だった。
騎士が王の命令に逆らうなど、あっていいはずがない。
そしてそれは、現在の仮初の支配からの、明らかな綻びだった。
――返して、私の体を返して!!
「ぐっ……!?」
ハワード王の意識が、急速に引っ張られる。
「く、くそっ……! この期に及んで抗うとはな……!」
自意識に蓋をされていく。
――しかし、トリガーは分かった。その隙を見せたときが、最後だ……!
「――はあっ! はあ…………!」
胸を抑え、荒い息。
「シンシア様……?」
肩を上下させ、息を整える。
「…………オズ」
「シンシア様!!」
駆け寄り、シンシアを抱きしめる。
「ただいま……オズ」
「お帰りなさいませ……!」
そのままの姿勢で数分。
やがてオズワルドはシンシアを解放し、その後リコとクレアの前に跪く。
「本当に、申し訳ないことをした……どのような咎でも、受け入れよう」
姉妹はお互いの顔を見合わせ、その後シンシアを見る。
シンシアは全てを理解しているかのように、大きく頷いた。
「そうですね……本当に殺されるかと思いましたからね」
「………………」
コクコクと何度も頷くクレア。
「親もいなくなった、村も無くなった……もう、私たちには行く場所がないんですよね」
帝国にも追われ、すべてを失った。
「これはもう……罰として、私たちを仲間にしてもらわないと、生きていけないよねお姉ちゃん」
「………………!」
コクコク。
「それは……私の一存だけでは……」
「でも、オズなら私がなんて言うかわかってるよね?」
「断るはずが……ありませんね」
シンシアは照れ臭そうに笑う。
「落ち着いたら、さっきの事とか……聞かせてくれますよね?」
「……そうだね。といっても、私もついさっきまでは信じられなかったんだけど……」
知らない人格が表に出てきた以上、信じないのは最早無理がある。
自分の中に王の魂があるのは自覚したが、だからなんだという話ではあった。
「とりあえず、ここから離れないとまた追手が来るよね」
シンシアは、街道にある無数の帝国兵士の亡骸を見て言う。
「でも、行くあてとかはあるんですか?」
リコの質問に、シンシアは顎に手をやって考えるが。
そんなものはなかった。
元々身一つで旅をしていたのだ、身を隠す場所なんてものは用意していない。
「いえ、私に一つ考えがあります」
だが、黒騎士は違った。
「何かあるのオズ?」
「借りを返してもらうとしましょう」
「借り――?」
………………。
…………。
……。
ギルド、ヴェスト支部。
ベルガルが絞首台で罪人を助け、兵士を殺したことは街中の噂となっていた。
現在街門は封鎖され、街からの出入りができなくなっている。
ギルドで日銭を稼いでいる冒険者たちにとっては、死活問題だ。
不平不満をギルドの職員にぶつけるが、もちろん職員に何が出来るというわけでもない。
街中の掃除や、店のヘルプなど。
少ない仕事を奪い合う有り様だった。
いつもは忙しさに目を回らせている職員たちも、外に出られないのであれば掲示できる仕事もなく。
カウンターの内側で、ぼうっとする時間が増えていた。
「ホリィさん……」
職員の新人であるテトが、ホリィに声をかける。
その表情は不安げで、カウンターの外側のピリピリした冒険者たちに向けられていた。
「大丈夫よ、いずれ治まるから」
保証も確証もないが。
そう信じるしか道は無い。
――でも、シンシアちゃんたちは……どうしてこんなことを?
元々、見世物じみた絞首台には反対だったが。
ここまで大それた事をするとは思っていなかった。
しかし、そこまでするほどの理由があったのだろう。
二年ほどの付き合いは、決して短くはないのだ。
短絡的に無茶で無謀なことはするはずがない。
相談する暇も無かったのだろうが、一言も無かったことに一抹の寂しさを感じていた。
その時だった。
勢い良く、ギルドの扉が開く。
入ってきたのは帝国の兵士。
何人も、何人も。
「ここに、ベルガルと最も仲の良い人間はいるか!?」
冒険者たちの視線が注がれる。
職員たちの視線が注がれる。
「……………………」
ホリィに。
「来い、共謀の罪で連行する」
「え、ちょ、ちょっと…………あうっ!?」
ざわついた冒険者たちを押し退け、ズカズカと中に入り込む。
不躾にカウンターの内側に入り込み、ホリィの腕を捻り上げた。
「ホリィさん! や、やめてください!」
テトが助けに入る。
だが。
「なんだこいつは。お前の仲間か?」
「あぁっ!!」
テトの頬に兵士の拳が突き刺さった。
「テトちゃん!!」
「いったい何事ですか!!」
ギルド長の扉が開き、中からゲルニアが現れる。
帝国兵士の無体に憤っているのは、全員が見て分かった。
「ベルガルが我が帝国に歯向かったことは知っているな」
「ええ……ですが、ホリィに何の関係が?」
「ヴェストで最も親交が深かった人物だ、共謀している可能性はゼロではない」
「っ……! そのような、憶測だけで連行すると言うのですか!」
ホリィを拘束した帝国は、有無を言わさず連行しようとする。
「お待ち下さい! 私もベルガルとは親交が深かったのです、連行するなら私に!」
「ギルド長……!?」
ホリィが驚きの声を上げる。
だが。
「いらん、餌は一人で十分だ」
「餌? 餌って――!」
「うるさい、早く連れて行け!」
ホリィを連れて、帝国兵士が退室しようとする。
兵士の肩を掴み制止するゲルニア。
「待ってください!」
「……これ以上邪魔をするなら、お前を処刑する。そうなればこのギルドはどうなるだろうな? 職員は? 冒険者は? お前はこいつらの職を奪う気か?」
「………………っ!」
「安心しろ、何事もなければ五体満足で帰ってくるだろうよ」
「何事もなければ……?」
ゲルニアの問いに兵士は答えることなく、ギルドを出て行く。
残ったのは、呆気にとられた冒険者と職員たちであった。
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