ベルガルの反乱(1)
それはいつもの日常だった。
ヴェストへと続く街道を走る一台の馬車。
ガラガラ、ゴトゴト。
盛り上がった道を通る度に、後ろの檻がガタンと揺れる。
――中にいる人たちが、振動に揺れる。
「おはようオズ」
「おはようございますシンシア様」
それはいつもの日常だった。
檻の中には老若男女問わず囚われている。
手足を縄で縛られ、身動きは取れない。
一陣の風が吹き、中にいる囚人の間を通り抜ける。
清涼な風も、陰鬱とした囚人の心を晴らせない。
ガラガラ、ゴトゴト。
揺れていた街道も、やがて補整された綺麗な街道へと変わる。
それは、街へと近付いた合図。
もう、馬車は揺れなくなってきていた。
「あんまり良い依頼が無かったね」
「たまには休んでもよろしいかと」
それはいつもの日常。
馬車は門をくぐる。
最奥にある城の牢へと運んだ後、手順を踏んだ後一人ずつ裁いていく。
連行される囚人は、様々な罪状をそれぞれ持つ。
人を殺した者、物を盗んだ者。
帝国を侮辱した者。
税を払えなかった者。
通常、罪の重い者から順に裁かれる。
全員を収監し終わった後、一人が力付くで引っ張られて連行される。
場所は……門の入口すぐにある、絞首台――――
「……今日も、やるんだ」
「そのよう……ですね」
絞首台の周りに人が集まってくる。
それは、見世物が始まる合図だった。
今までも何度か執行に出くわしたことがある二人。
だが、帝国の街中で派手な大立ち回りをしたが最後、この街にはいられなくなる。
助けたい気持ちに蓋をして、見過ごしてきた。
だが。
今日だけは違った。
オズワルドの足が止まる。
絞首台の一点を凝視したまま、体が固まる。
「……オズ? 早く行こう」
「――――――」
この場所から一秒でも早く離れたいシンシアはオズワルドを促すが、黒騎士は微動だにしない。
一体何を見ているのだろうか?
シンシアも、嫌々ながら絞首台に視線を向けると。
「………………うそ」
同じく、固まった。
年齢は、シンシアより少し下。
頭巾でまとめていた栗色の髪が、今は力なく垂れ下がる。
瞳には力がなく、顔は影を落としながら俯いている。
よく見知った顔。
「…………リコ」
「何故だ……革や肉を売り捌けば当分の間は凌げたはずだ……!」
オズワルドが目を覚まして、初めて出会った村娘。
黒騎士に知識を授け、優しさを与えた聡い少女。
助けに行きたい。
リコに恩を感じている黒騎士は、このような所で見過ごせない。
だが。
街の中で罪人を奪ったが最後、シンシア様に迷惑がかかるのは必定。
ならば、この気持ちには蓋をするのが………………最善なのだ。
「…………さあ、今日は何をしましょうか?」
気持ちを押し殺す。
内心を悟られないために、いつもの声色を出すよう努めた。
「冗談でしょ?」
しかし、返ってきたのは冷たい声と軽蔑した眼差しであった。
「助けようよ? 見過ごすなんて出来ないよ!?」
「しかし、そうしてしまうともう、この街には……」
「大事な友達を見殺しにしてまで住みたくない!!」
リコの首に縄がかかる。
無理やり立たされ、台の上に乗せられた。
抵抗の意思はなく、従順に従うリコ。
鑑賞している市民からは、早く吊れと野次が飛ぶ。
「……早く!!」
「………………よろしいのでしょうか?」
台の端に、帝国兵士の足が掛かる。
その台を蹴り飛ばせば、リコの足は地につかなくなるだろう。
「私のことはいいから! 今は早く、リコを助けることだけを考えなさい! ……これは命令です!」
煮えきらないオズワルドに対し、シンシアは怒りを露わにする。
「……ありがとうございます!」
台を蹴り飛ばそうとした瞬間。
「ベルガル流剣術、空間斬!」
横薙ぎに剣を振る。
リコの首にかかった縄の上部を斬り、執行を回避した。
「な、なんだ!?」
兵士が戸惑いの声を上げる。
黒騎士は飛び上がり、絞首台へと着地。
すぐさまリコの手足の縄を斬り、両手両足を自由にする。
「…………オズワルド様?」
「リコ、私に掴まれ!」
「貴様ベルガルの! 罪人をどうするつもりだ!!」
素早い動きで、オズワルドを取り囲む。
門から、そして巡回中の兵士が集まってくる。
槍を突き出すように囲み、その背後には剣を構えた兵士が控えていた。
「お前たちを見逃してきたのは、一線を踏み越えてこないからだと聞いている! 今すぐ罪人を引き渡せ!!」
「断る。王の命令、そして、大恩ある少女のため…………通らせてもらう!!」
リコがオズワルドの前から、首へと手を回す。
左手でリコの下半身を支え、右手で剣を持った。
「ベルガル流剣術、防御陣」
突き出された槍を、置いた剣閃で弾き上げ、体勢を崩した兵士を一人ひとり斬り伏せていく。
戦いながら、シンシアの居場所を確認。
門の近くで、身を潜めていた。
「ベルガル流剣術、空間斬」
槍兵の背後に控えていた兵士を、背後からの斬撃にて打ち倒す。
黒騎士の包囲が綻ぶ。
「行くよオズ!!」
「はっ!」
悲鳴を上げる野次馬を押し退けて、門の外へと向かう。
門を抜けるとそこは、見晴らしの良い草原。
「一度森の中に行こう!」
「わかりました!」
リコを抱えたまま、オズワルドはシンシアと並走する。
「ど、どうして……助けてくれたんですか?」
「こちらも聞きたいことがある、どうして連れてこられた? 肉は? 革は?」
「話は後! まずは落ち着いた場所を探そう!」
少し遠くの森へとひた走るが。
「お、オズワルドさん! 後ろ!」
走りながら振り返ると、馬に乗った兵士が五人、追いかけてきていた。
「パニシュ!」
「空間斬!」
二人は同時に、兵士に向かって攻撃する。
馬は狙わない。
斬られた兵士は地へと倒れ、操り手を失った馬は暴れ嘶く。
その馬へと軽やかに乗り込み、手綱を持って落ち着かせる黒騎士。
「シンシア様、こちらへ!」
三人では重量が馬には厳しいかもしれないが。
馬を操れるのはオズワルドしかいないのだ。
だが。
「ううん、私は大丈夫!」
既にもう一頭、シンシアは奪っていた。
暴れていたはずの馬は瞬く間に落ち着き、王に従うようになっている。
「なんか、やり方が分かったから……行こう!」
「はっ!」
手綱を操作する。
シンシアの背後を追いかけ、リコには背後を確認してもらう。
追走はなく、程なくして森の中へと侵入する。
身を潜められる場所を探し、いったん停止。
「はあ……はあ」
走っていたのは馬だが、精神的に疲弊している少女二人の息は荒い。
オズワルドは木の陰や岩の陰に身を隠し、追手を確認。
「……今のところは、大丈夫のようです」
座り込む二人の近くへと歩み寄る。
「……リコ、聞いても良いか?」
「…………何故連れてこられたか、ですよね」
肯定のために首を縦に振るオズワルド。
憎しみを吐き出すかのように、ぽつりぽつりと語り始める。
「いつものように税の徴収に来たんです。オズワルド様のおかげで、難なく支払うことが出来ました。けど……」
拳をぎゅっと握る。
「いつも苦労していた私たちが、簡単に支払うのはおかしいと、兵士の中の誰かが言い出したんです」
それは単なる思いつきだったのだろう。
なんとなく指摘をしてみたら、裏にあったものは肉や革、そして当分の間払い続けていられる程の貨幣だった。
「私たちは説明しました、通りがかった冒険者の人に譲ってもらいました、って。だけど信用されなかった」
――そんな馬鹿な話があるか。
――これほどの金額をただで施す、そんな酔狂が何処にいるというのか。
「だから、冒険者の名前を申し出たんです、いずれにしても埒が明かないので、その上での判断でした。お二人のパーティー名と異名は、私たちのような辺鄙な村でも届くくらい有名だったんですよ?」
ベルガル、死霊使いのシンシア。
その名前を出した途端、兵士の顔色が変わった。
「あの反帝国の冒険者たちが無償で大金を施したのだ、何かがあるに違いない……って」
しかし何も出ない。
それはそうだ、それはただの善意。
裏や意図なんて何もなかった。
「何も出ないのにも関わらず信じなかった兵士たちは、正直に言わない私たちへの見せしめだと言って、私を連行したんです」
「それって……」
「私たちの所為……ということか」
立ち寄らず、猪を振る舞わず、肉や革を贈呈しなければ。
もっと言えば、知り合ってすらいなければ、起こらなかった悲劇。
「それは違います!」
愕然とするシンシアとオズワルドを、大声で叱咤するリコ。
いつもの優しげな表情からは想像もつかない、つり上がった目尻で二人を睨んだ。
「悪いのは帝国です、信じなかった帝国です、根こそぎ奪わないと気がすまない帝国なんです!」
やがて目尻には涙が浮かぶ。
「私たちの村は、二人のおかげで豊かに暮らせました! それは二人の優しさの結果なんです! 優しくした所為で……そんな結末、あっていいはずがないんです!」
「リコ……」
「私たちの村には、同年代の同性はお姉ちゃんしかいませんでした。……でも、今はシンシアさんっていう友達がいます。友達が出来た所為でこうなった、なんて思いたくありません……!」
そう、リコも姉であるクレアも、シンシアにとっては歳の近い友人。
オズワルドだけでなく、シンシアも彼女を助けたいと思ったのは、友人だから。
「……うん、そうだね。私も友達がいなかったらよかった、なんて思えない。……リコを助けられてよかった」
「シンシアさん……」
「…………これから、どうされますか?」
オズワルドの問い。
シンシアは少し悩んだ後、リコを見る。
「まずはリコの村を見に行く、皆の無事を確かめないと。リコの無事も知らせないといけないしね」
「そうですね。では急ぎましょう、急ぐに越したことはありませんから」
オズワルドは立ち上がる。
続いて二人も立ち上がり、馬の方へと歩いて行く。
「リコ、こっちへ」
「あ、はい」
馬にまたがり、リコを前に乗せるオズワルド。
「……………………」
内心羨ましいと思ったが、今はそんな事を言っている場合ではない。
シンシアは気持ちを押し込め、馬にまたがる。
「……うん、行こう!」
「はっ」
馬を歩かせる。
街道では目立つかもしれない。
故に森の中を行く必要があった。
………………。
…………。
……。
数日後。
村へと近付いていく。
「もう少しだね」
「はい、そうですね。お姉ちゃんたち元気かな?」
この数日で明るさをようやく取り戻したリコ。
その姿を見て、シンシアは内心ホッと胸を撫で下ろす。
――だが。
村に近付くにつれて、赤色が視線に入り込む。
夕刻にはまだ遠い。
なのに、赤色が差し込むのは何故か?
風に乗って、木が焼ける臭いを運んでくる。
「う、そ…………」
燃え盛る村。
その光景は、明るさを取り戻したリコをもう一度奈落に突き落とすには、十分すぎる光景だった。
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