狼煙
号令の時は来た。
一同は海にて兵力を集結させた。
「シンシア様、バードリアンとリザードリアン。揃いましてございます」
まずは亜人だけの国、メルストリッド。シンシアたちが始めて立ち寄った国でもある。
人間を敵と見なした亜人同士の仲違い、能力の優劣のヒエラルキーによる格差だった。内紛に発展しかねかねなかった内部分裂を仲介したシンシアは、その手腕と能力を見込まれて慕われることとなった。
「ようシンシア! 待たせたね!」
続いて小舟で現れたのは少人数の女性たち。それぞれ手には弓を持ち、小麦色に焼けた肌が特徴的だった。
女性だけが住む集落、ザノマ。かの集落がある場所には、かつてラシエンとパームという国があった。両国は資源を求めて争いが長年耐えることが無く、人材も物資も常に不足していた。
しかしそれ以上に目立った劣悪な習慣があったのだ、それは男尊女卑。文字通りそれを体現していた両国を見限り、女性たちは森深くに身を潜めて生きていくこととなった。
虐げられ、線の細い女性ばかりだった集落も、日が経つに連れて女性たちは洗練されていく。女性たちが逃げ出したことで出生率が大幅に低下した両国は、シンシアたちの介入によって落城。最後には帝国の横槍も入り、男性たちは全滅という結果となった。
かくして尊厳を取り戻したザノマの女性たちは、来たる日が来れば手を貸す約束を申し出てくれたのだ。
「これが全兵力か……」
シンシアと共に船に乗り付ける傭兵大国マーセルを率いる頭領、ヴァラカ。
彼は海に揺れる同じ影を眺めつつ、ぽつりと呟く。
帝国を相手取るにはいささか……いや、かなり物足りない。
「仕方があるまい、帝国と違い我らは生きることに必死だった。圧倒的な力で周辺諸国を飲み込んでいった帝国とは比べ物になるまいよ」
ヴァラカの隣にやってきたのがスエド王国の王。両国は因縁深い敵国同士だった。だが今回に限り休戦を約束したのだ。
「黄金都市ビリオンからの物的支援もあってこそだな、俺たちだけじゃこれだけの船用意出来なかった」
海に並ぶのは何十隻もの船。大砲とかは積んでいない、ただの輸送能力のある帆船だがそれですら数隻用意するのが関の山であった。
海の上に敵の船の影はない。悠々と大海原を航海する連合軍は海域を既に掌握していた。
「それもこれもディーノさんたちのおかげだね」
スエド王国とグロリア帝国が戦争状態にある。それに手を貸す形になった新生ベルガル王国は、ディーノを始めとした兵力を派遣。
人よりも優れた海中行動を取れるリザードリアンであるディーノの尽力もあり、帝国の海における戦力は激減。
連日続いていた帝国の侵攻も、今や数日おきに一度にまで頻度は低下していた。
「はいシンシア様。ですが……」
「うん……バーラン王国が……もう滅ぼされてたなんて……」
かつては蛮族バーランと呼ばれた山賊紛いの国があった。
産業らしい産業はなく、足りなくなれば他国から奪うだけのまさに蛮族。
そのバーラン王国も新生ベルガル王国に攻めてきたことがあった。結果はオズワルドによって返り討ちにあったのだが。
奪い尽くす国是を良しとしない者が反旗を翻し、シンシアたちの助力もあってクーデターは成った。
だが彼女たちが知らぬ間にグロリア帝国はバーラン王国へ侵攻、蹂躙を尽くし生き残りは数えるほどだ。
残りは全員殺されたか、もしくは帝国領へと連れて行かれた。
「布告宣言をする前に侵略、殲滅。なりふり構わない強硬策ですね。もはや一刻の猶予も無いと思われます」
「うん、行こうオズ。すべてを終わらせるために」
シンシアとオズワルドは船首へと歩いて行き、振り返る。
湖風と潮騒が響く中、シンシアでは声を響かせるのは難しい。よってオズワルドが代わりに鬨の声を上げた。
「聞け! グロリア帝国を良しとしない正義の者たちよ!! 帝国の横暴は目に余る、欲しい物は力付くで手に入れようとする子どもの駄々のようだ!」
権威を笠に着て無理を通す兵士。反意を少しでも見せれば絞首刑という現実に、民は泣き寝入るしか無かった。
「しかし彼らはまるで自分が神かのように振る舞う。だが気付いていない、ただ神を自称するだけの悪魔だということを!!」
国の体系としての横暴は兵士にまで伝播する。守るべきはずの民を搾取する弱肉強食の世界である。
「我が主、シンシア様は立ち上がりなされた! 腐敗した世界を終わらせるため! すべてを平等に戻すために!!」
尻馬に乗る山賊がいた。彼らは兵士への袖の下を通して我が物顔で生きてきた。そんな世界に犠牲になった者が大勢いる。
「今ここにいる者は正義の執行者だ! 死を恐れよ、生きて語り継ぐのだ、我らの取った行動のその先で、何があったかを!!」
歓声が上がる。オズワルドの響き渡る声に鼓舞された兵士たちは海が割れんばかりに吠えた。
「進め! まずは要所である港を奪い兵站を整える!!」
こうして帆は張られた。風に乗ってひた進む。
行く先は全滅への地獄か、それとも成功への旅路か。
今の彼らには誰も計り知れない。
だが帝国も黙って見ているはずもない。こうしている間にも、準備を着々と進めていた――
――――――――――
「……異能の移譲。完了致しました」
医務室のような場所で、上裸の男性が臥せっていた。
傍らに立つ白いフードの人物の声に反応して、上裸の男性は目を開く。
「そうか」
「どうでしょうか?」
体を起こし、手のひらを眺めて何度か開閉を繰り返す。
男性の体には確かに異変が起きていた。増幅する欲望そしてそれを補う形で溢れる全能感。
「ああ、成功だ……これで我らは――ベルガルの残滓ではなくなった」
「皇帝陛下……!!」
上裸の男性はグロリア帝国皇帝、ケヴィンである。
漆黒の飛竜が持ち帰った紫色に光る水晶玉に眠った力をケヴィンの体に移植することで、彼はまた力を得た。
グリード。貪欲の水晶。
それはベルガルの加護と同じ類のモノであり、それを知ったケヴィンは何が何でも奪うことを他の騎士たちに命じた。何故か?
今彼らが生きているのは、ベルガルの加護の恩恵下にあるからだ。王の庇護によって生き長らえている今の現状を、ケヴィンは我慢ならなかった。
暴君ハワードの庇護? 冗談ではなかった。
故に貪欲の水晶を盗み出し、ケヴィンを主軸とした新たな加護を生み出した。
「ハワード王の言葉に乗るのであれば、グロリアの加護。永遠の時を生きる騎士たちの欲望は尽きない。ならば――我が欲望の捌け口を用意しよう。欲望に抗うな、すべてを奪い尽くせ――我らには、その力がある」
「はっ……!」
「ハワードの影に生きるのはもう終わりだ……これからは、我が……加護の体現人となる……!! そしてその暁には、オズワルド……お前を……!!」




