千年後
「千年…………だって?」
目の前の少女に尋ねる。
「はい、千年ほど前にベルガル王国を滅ぼしたって……そう記述がありました」
少女の顔に嘘を言っている様子はない。
本来、オズワルドは死した身。
それが骨となって蘇ったのだ。
千年後にまたもや動き出したとしても、不思議はない。
いや、不思議はあるのだが。
骨となって動いているのだ、時を経ている可能性は確かにあった。
「…………詳しく聞いてもいいか?」
あまりにも年代を過ぎていた事に狼狽したが。
気を取り直し、情報収集に務める事にした。
「はい。約千年ほど前、この大陸には様々な国があったと書かれています」
「ふむ、確かにそうだ」
遊牧民や、人間族とは違う種族。
森にしか住まわないという種族や。
山にしか住まわないという種族。
海にしか住まわないという種族も聞いたことがあった。
常に国王の警護にあたっていたオズワルドにとっては、伝聞した情報でしかないが。
それぞれの国が、自国の領土の繁栄に注力しており、約定を交わすこと無くとも不可侵が暗黙の了解だった。
――――グロリア帝国が、建国されるまでは。
突如大陸の東端で建国宣言。
元々軍事力に秀でていたのか、瞬く間に領土を広げていった。
周辺諸国を次々と飲み込んでいき、隣国は種族もろとも焼き払う。
大陸の逆側の西端に位置していた、ベルガル王国は。
その大陸に残った、最後の国だった。
「しかし、書物には帝国に周辺諸国が攻め入ってきた、と書かれています……」
捏造。
改ざん。
勝者は歴史を捻じ曲げ、後世に間違った情報を残していく。
違う、と声高に言いたいのだが。
「………………」
「………………」
オズワルドの気配に怯えきった姉に、真の歴史を知ることに興味津々の妹。
特に妹には、真実を教えることは出来ない。
どうしたものか、とオズワルドは部屋をぐるりと見渡す。
くすんだグラスに、欠けた皿。
まるで布の切れ端のようなカーテンは、遮光の意味を成しておらず、隙間から光が差し込んでいる。
裕福とは言えない生活環境。
「暮らしは……どうだ?」
「へ?」
来ると思っていなかった質問の内容に、姉妹は顔を見合わせる。
お互いの体を見て、困ったような笑みを浮かべた。
「あはは……楽では、ありませんけどね」
「それは、何故だ?」
「年々、税が上がっているんです。こないだは隣のおじさんが税を払えず、帝都に連れて行かれました」
重税。
そして圧政。
「なら尚更知らない方が良い」
「どうしてですか?」
「真実を知ってしまえば、愛国心は露と消えるだろう。そうなると結末は隣人のようになってしまう」
「――――」
息を呑む姉。
「でも、もう裏があるのは言ってしまったも同然なんじゃ?」
「裏がないのに重税を課している必要性も意味も無いだろう。もし仮に金回りが立ち行かなくなっての重税なら」
「払えないからって連行する必要がない……ですか?」
聡い妹だ、と感心した様子を見せるオズワルド。
対して姉は困ったように視線を右往左往しながら、落ち着きがない様子。
…………あまり、聞かせることではないか。
何しろ千年ぶりにまともに会話をしたのだ。
オズワルドも内心、浮かれていたのかもしれない。
咳払いを一つして、空気を切り替える。
「知的好奇心も程々にしておいた方がいい。深く知れば藪から大蛇を呼びかねない」
オズワルドは首の動きで姉の存在を知らせる。
それで妹は感づいたのか。
「…………はい、わかりました」
芽生えた好奇心を、姉のために押し殺した。
本当に聡い妹だ。
「それじゃあ、私は……」
立ち去ろうとしたオズワルドだが。
立ち止まり姉妹に向き直る。
「…………地図とか、ないか?」
千年前の地理がまったく役に立たなさそうなことに気付いた。
「あ、はいっ! ちょっと待ってくださいね」
妹はパタパタと壁際の本棚へと駆けていく。
その間、怯えた様子の姉に、声をかけることにした。
「……外に」
「は、はいっ!?」
怯えられた。
「…………」
少し申し訳ない気分になりながらも、言葉を続ける。
扉の外を指差し。
「猪の死体がある。肉は食べて力をつけると良い。皮は剥いで、売るなり何なりしてほしい」
「は、はあ…………」
会話が弾まない。
得体の知れない黒甲冑の男、警戒するのも致し方ない。
「……すまないな、獲物を解体したりとかは、経験が無くてな」
しかし、あれだけ大きな獲物の解体だ。
少女二人では些か辛い作業になるかもしれない。
「もし良かったら……教えてくれないか?」
「……え?」
「今の私は、知らないことが多すぎる。だから、良かったら私に教えて欲しい」
姉の顔から警戒心が若干和らいだ所に、妹が戻ってきた。
………………。
「お待たせしましたっ! って、あれ……? 何を? 決闘?」
姉はエプロンを身につけ、斧とナイフと持っていた。
しかし私たちが決闘する理由はないだろう、とオズワルドは内心思う。
「去る前に、あの猪で解体術を指導して貰おうと思ってな。良かったら、解体しながら最近の出来事などを教えて欲しい」
家を出ると、巨大な猪。
気付けば村の他の人々が猪の見物に集まってきていた。
姉妹の家から、見慣れない漆黒の甲冑姿が現れざわつく。
「……村の人はこれで全員か?」
オズワルドは姉妹に声をかける。
見渡し、指差し数えた後、二人はオズワルドに向かって頷いた。
せいぜい十人ほど。
小さな村なんだな、と思った後、姉妹に提案する。
「……肉なら、全員で分けても余りそうだな」
「…………そう、ですね。……もしかして?」
「村人が全員集まった。全員で食べても消費しきれないほどの肉。となればすることは決まっているだろう?」
兜の奥で笑って見せる。
が、兜で表情は見えない。
そもそも骨の姿で笑顔を見せることは出来なかった。
「宴…………ですね!」
いち早く気付く妹。
姉の表情にもようやく笑顔が戻ってきた。
「みんな! こちらの騎士様が、この猪を獲ってきてくれたの! みんなに配ってくれるらしいから、今日はパーティーをしましょう! 大事にしまってあるお酒を出して、騒ごう!」
村の人々は顔を見合わせ、少しざわついた後。
「ありがとうございます、騎士様!!」
「久しぶりの肉だー!」
「なんとお礼を言えばいいか……!」
「ありったけの酒を用意しろ!」
「こんなでけえ猪見たことねえ!」
「さすが騎士様!」
と、口々に称賛の声をかけていた。
村人総出での解体作業が始まる。
オズワルドは解体技術を学ぶことは出来なさそうだが、元はと言えばただの口実。
警戒心を解き、気まずい空気を払拭するための方便。
だから。
「見てくださいオズワルド様! 綺麗に剥げたでしょう!?」
綺麗に剥ぎ取った革を高々に上げて見せてくる姉の様子を見るに。
村全体を巻き込んだパーティーは、始まる前から成功を収めていったと言っていいだろう。
解体しながら、帝国の歴史を学んでいた。
千年前は名も無かった大陸が、今ではレギルバーン大陸と呼ばれている事。
そしてその大陸全土を制圧し、レギルバーン大陸と呼称を始めた頃から帝国暦を定めた事。
現在は帝国暦1026年だということも。
地図を見せてもらったが、そこは千年前との記憶に大差は無かった。
そして夜。
沢山の焚き火で肉を焼き、盛大な宴が始まっていた。
肉や酒をオズワルドに勧めてくるが、村人にこそ飲み食いしてほしい、と緩やかに辞退していく。
目は無いが視力はあり。
鼻は無いが嗅覚はあり。
舌は無いが言語能力はあるオズワルドだったが。
空腹感と疲労感と睡眠欲は、何故か持たないままだった。
理由はわからない。
そもそも、骨のまま動き続けている理由もわからないので。
そういうものだ、と思うことにしていた。
「騎士様、本当にありがとうございました」
宴会が始まって現れた、姉妹の父親。
姉妹が肩を貸しながら椅子に座らせてもらい。
今は、はしゃぐ姉妹を目を細めて眺めている。
「いえ、私はやるべきことをやったまでなので」
当然のことをしたまで、と驕る様子を見せない。
「このような辺境の村に、救いの手が伸びるとは思っていませんでした」
やってくるのは税の取り立てくらいなものです、と笑い飛ばすが。
帝国の悪行に怒りを感じているオズワルドとしては、つられにくい冗談だった。
「深くは聞きませんが。今は亡き王国の騎士を名乗ってると聞きました」
「……ええ、事実です」
「差し出がましいとは思いますが、あまり吹聴するのはよした方が良いでしょう」
何故ですか、とは聞かない。
既に滅んだ王国の騎士が徘徊している。
立ち寄った村が帝国の取り調べにあい、苛烈な目に合う可能性がある。
恐らくはそこを危惧しての進言だろう。
「忠告痛み入ります。では、今から流浪の黒い旅人とでも名乗るとしましょうか」
「黒い旅人ですか、それはいい」
病気中とは思えないほどに、快活に笑う父親。
「淀んだ闇を隠すために清廉潔白を掲げる帝国とは真逆に、白い心を持った黒い騎士様。今日のことは感謝に堪えません」
「……先程申しました通り、やるべきことをやったまでです」
騎士は驕らない。
それが当然だ、と胸を張る。
「ふっ……そうですか。では、宴会を最後まで心ゆくまでお楽しみください」
「ええ、貴方も」
飲めないが、飲む振りをするために持ったままのジョッキを掲げ、父親と乾杯。
火のそばで踊る姉妹を見て、懐かしく、美しい想いに浸ったまま夜は更けていった。
………………。
…………。
焚き火は燃え尽き、上がるのは黒煙のみ。
村人たちは家に戻ること無く、酔い潰れて眠っている。
姉妹も仲睦まじく寄り添いながら寝ている。
姉妹に毛布をかけ、オズワルドは立ち上がる。
グリーブの音を立てないように、ゆっくりと。
そして静かに立ち去ろうとしたところ。
「さようなら…………騎士様」
妹の声。
寝言か、起きているのか。
定かではないが、姉妹に向けて一礼する。
君主の魂を求め、歩を進める。
そして向かう。
北へ――
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