加護の真相
「帝国? 帝国って北にあるあの?」
遺跡を襲った飛竜、そして飛竜にまたがった人物。遺跡の最奥にあった水晶玉を奪い飛び去っていった件の人物を、シンシアは帝国だと断定した。
だがその考えを嘲笑うかのようにリンドは鼻で笑い飛ばす。
「バカバカしい。帝国が変な玉を奪って、いったい何の得があるっていうのよ? それはグランを殺してまで奪う価値があるっていうの?」
「価値や得があるかはともかく……帝国なのは間違いないと思います。ね、オズ」
「はい、禍々しいまでの歪な黒い飛竜、そして跨るのは不釣り合いなほどに対極の白い鎧」
「黒い飛竜っていうのは珍しいけど……でも、白い鎧っていうのは珍しくないでしょ…………それで、その本は?」
シンシアが開いたページには、遺跡の最奥にあった玉と同じ物が描かれている。紫色の玉だ。
遺跡にいた人物には目もくれず、玉だけを奪って去って行った。間違いなく目的はそれだろう。
そしてこの玉が何か。それは借りてきた図鑑に記されていた。
「グリード――貪欲の水晶と呼ばれているそうです」
「貪欲……?」
「はい、この水晶に魅入られた者は、自信の欲望を増幅させる効果があるらしく、引き換えに不老をもたらす、と書かれていますね」
「バカバカしい、不老なんて眉唾なモノあるわけない。大げさに話を盛ってるだけでしょ」
そうかもしれない、だがグランがうわ言のように呟いていた『もっと』という言葉。
魅入られたマルティナも同じ言葉を呟いていた。
「あの水晶に魅入られた末に取る行動が、果たして自分の欲望なのか、それとも玉の欲望に応えるための操り人形になるのか、それの判断は出来ませんが。危険であることには変わりないかと」
「待って……待って、待って。聞いてたら、まるで水晶の効き目が本当だって言う前提で言ってるように聞こえるんだけど?」
「ええ、そう言っていますから」
あっさりと頷くシンシア。疑う理由はない、数々の不思議な現象を目の当たりにしてきた。
時には自身の常識で推し量れない出来事もあった。むしろその方が多いくらいだ。
ならば、知らないことはとりあえず“ある”という前提で進めていった方が、考えを進めるのに圧倒的に楽なのだ。
無かったら無かったでいい。それなら舵の取りようもある。
しかし非日常に身を置いていないリンドは、簡単に鵜呑みに出来なかった。
「……ちょっと待って『引き換えに何かをもたらす』って、それじゃまるで……」
何かに気付いたマルティナ。シンシアは彼女の呟きにひとつ頷き、ページをペラペラとめくる。
開いたメージには貪欲の水晶と同じ形の水晶玉、違う箇所があるとすれば色くらいだろうか。
紫ではなく青。青色に輝く水晶玉はこう名付けられていた。
「プロスペリティ――繁栄の水晶。繁栄を渇望し、約束する引き換えに……病や怪我を著しく早く治癒する効果」
「じゃあ、ベルガルの加護って……本当は加護なんかじゃなくて」
「そう、貪欲の水晶と同じ――呪い。繁栄を望むあまり暴君になる、ベルガルに降り注いだ呪いなの」
図鑑を見た時にオズワルドも共に見ていたため驚きはない。
かつてのハワード王が加護によって祝福された姿とは思えなかった。呪いと言われれば得心を得るほどだ。
何代前かは最早はっきりしていないが、いつかのベルガル王が遺跡から出てきた繁栄の水晶に魅入られた。その頃のベルガル国土は穏やかだったのだが、魅入られた国王は更なる繁栄を求めた。
国は実っていき、国庫は潤い、移民も増えた。当代では最もベルガルの発展に手を差し伸べた国王だと思われていた。
だが――繁栄を望む心は終わりが無かった。国土いっぱいに幸せをもたらした国王は、他国の領土までも欲した。
電撃的な占領作戦。賢王と呼ばれたベルガル王国がまさか攻めてくるとも思わず、隣国は抗う暇もなく国土の半分以上を奪われたそうだ。
無理に奪い取った土地は荒れ果て、繁栄をもたらすには程遠い。国王は更なる領土を求めた。
戦の直後こそ賛同していた自国民たちだったが、長きに渡る侵略に疑いの心を持ち始める。
度重なる戦、枯渇していく物資、飢えていく国民たち。繁栄からは遠ざかり、灰と炎を呼び込む戦乱となった。
そうして暴君とかした国王は、かつての部下に討ち取られ争いは終息する。
奪い取った領土をすべて返還、未曾有の賠償金を支払い。貧しい国と変わり果てたベルガル王国。
それで終わりかと思った。だが新たなベルガル王はまたもや繁栄を求め始める。
終わらない連鎖、決して薄まらない呪い。
怨嗟が連鎖する呪いに終止符を打ったのが、他でもないグロリア帝国だった。
しかしベルガルの呪いと同種のモノを奪い去った。それが意味するものは、新たな呪いの顕現である。
「ちょ……ちょっと待って、一体何の話をして…………いや、まあどうでもいいわ」
ベルガルの内輪話についていけないリンドは困惑の色を隠せない。
だが今の自身の目的には関係ないだろうと割り切り、深く知ろうとすることを諦めた。
「とにかく……今回の騒動の犯人は帝国。それは間違いないのね?」
「はい、目的はわかりませんが――」
「目的なんてどうでもいい」
そう言うと部屋に戻って行った。
と思ったがすぐに出てきた。手には鞘に仕舞われた剣と、鉄製の防具だった。
胸当て、肘と膝当て。リビングのテーブルに全部置いたかと思うと、すべてを身に着けていく。
「リンドさん、何を」
「何? 決まってるじゃない……グランの仇を討ちに行くのよ」
「そんな無茶!」
「無茶かどうかなんてどうでもいい、私はグランを殺した奴を殺したい。それだけよ」
荒唐無稽な言葉に思わず声を荒らげたマルティナだったが、涼しい風でそれを受け止める。
自棄になっているようにも見えるが、冷静にも見える。
「絶対に……殺してやる……!」
「リンド殿」
「……なに、止めるつもり?」
「いいや、好きにすればいい」
「ちょっとオズ!?」
誰かのために命を投げ出す、ということはオズワルドにとって疑いようのない行為だった。
それが愛であろうと忠誠であろうと、そのために自分を投げ出す行為は尊いものだ。
「グラン殿が望むと思うのか? などと月並みなことを言うつもりはない、望むまま剣を振るうがいい」
「オズ!」
「ありがと……礼を言うのも変だけど、一応言っとくわ」
「だが…………我らと共に行くつもりはないか?」
今回、リンドを始めとして傭兵大国マーセルを訪れたのは、帝国と戦うための戦力を求めたからだ。
剣を持つ人間が一人でも増えるのはありがたい。だが一人乗り込んだところで八つ裂きにされて終わり。
せっかくの戦力の無駄を良しとしない。故にオズワルドは手を差し伸べた。
「…………私にメリットある?」
「さあな、自分で考えるといい」
恋人の仇を討つために冷酷になっている彼女にとって、他者の意見は耳障りなモノでしかない。
であるならば、自分で考えて自分が納得する理由を持つ。これが最も効果的な説得方法だ。
「……リンドさん、アタシに手を貸してくれない?」
「はあ? あんたに?」
更に手を差し伸べたのはマルティナだった。
普段の明るい表情は鳴りを潜め、神妙な顔つき。考えることは真っ黒な飛竜のことだ。
「アタシの父を殺した亜人が、飛竜に改造されてあそこにいた。アタシにはもう一度自分の手で仇を取る機会がやってきた。リンドさんには飛竜の上に乗ってたやつをあげる、その代わり……飛竜はアタシがもらう」
「………………いいわ、乗った」
マルティナの手を強く握るリンド。
二人とも握る力は力強く、だがそれでいて握力を緩めることはしない。
「オズワルド」
マルティナの目を見つめたまま、リンドは黒騎士に声をかけた。
「悪かったわね、クソ野郎なんて言って。あんたは悪くない…………悪いのはすべて、帝国」
「ああ……だが、今のままではマルティナに逆立ちしても敵わないぞ。だから特訓だな」
「……は?」
「そうだね……アタシは炎を出せるから、リンドさんは氷を出すっていうのはどう? その方がバランスいいし、綺麗だし!」
「…………は?」
「ああ、今の冷たい気持ちを忘れずにいればきっと出来るだろう」
「………………は?」




