喪ったモノ、喪ったはずのモノ
遺跡から戻り、三日。
傭兵団は全員引き上げ、ほぼもぬけの殻となった仮拠点だが、ただ一人部屋から出てこない人物がいた。
その部屋は恋人同士に割り当てられた部屋であり。
……つい先日、恋人を失った人物の部屋でもある。
突如地上から降ってきた飛竜によって遺跡は崩れ去り、最奥にあった秘宝は突如奪われた。
その際に崩れ落ちた瓦礫に下敷きになったグランは……その場でその命の灯火を失った。
響き渡る慟哭。
当事者ではないシンシアも胸を締め付けられ、つられて涙を流していた。
それから三日。食事もとらず部屋に引きこもり、時折部屋からは泣き声が漏れる。
『使い物にならない』とリンドを切り捨て、置き去りにしていった団長。しかし彼女のことを心配はしているようで、後のことはシンシアたちに任せて戻って行ったのだった。
「…………」
そしてもう一人、心ここにあらずの人物がいた。マルティナである。
あの遺跡に飛び込んできた飛竜を見てから、魂すらも持ち去られたかのように呆然としている。
その理由とは、降ってきた飛竜そのものに他ならない。
漆黒の飛竜。本来言葉を話すことが出来ない飛竜なのにも関わらず、言語を発していた。
しかしその言葉は喉の奥から無理やり絞り出されたかのようにかすれており、流暢に話すことは出来なかったようだが。しかしそれでも聞こえてきたのは。
マルティナと呼ぶ声だった。
漆黒の体、彼女を呼ぶ声、あのような姿になってまで彼女に固執する様相。
間違いない、かつて亜人であるドラゴリアンの長として暴虐非道を働いた、ニーグという黒竜だ。
マルティナ欲しさに彼女の父を毒殺し、力を以て彼女を奪おうとした。
自身の暴力に絶対的な自信を持っており、マルティナといえど仇討ちすることは叶わなかった。
しかしそんな彼もオズワルドによって倒され、部下であるドラゴリアンが亡骸を持ち去ったはず。
死んだはずの父の仇が、飛竜として蘇っている。しかし自我はほぼ無く、またがっていた人間によって強制的に操られているように思えた。
「ニーグ……」
かつては兄のような、そしてもう一人の父のような存在であった。今も尚憎しみは抱いているが、慕っていた心はそう簡単に消えはしない。
リビングで机に突っ伏すマルティナ、そこから離れた部屋に引きこもるリンド。
両者それぞれ胸の内にある悲しみと怒りが渦巻き、消化しきれないわだかまりが足を止めさせる。
そんな二人を静かに眺めるのはオズワルドとシンシア。二人もまた考えることがあった。
「オズ……」
「おそらく……待つしかないかと。私には二人にかける言葉は……」
「リンドさんはそうだけど……マルティナは……」
「彼女からすれば私は仇を打ち損じた愚か者に見えるかもしれませんので」
「そんなこと」
思っていない。思っていない……はず。
しかし彼女らの傷心を完璧に理解することは出来ない。今何を考えているのかも。
「マルティナとは私が話してみる」
「お願い致します」
シンシアはマルティナのもとへ向かう。すると入れ替わるように扉が開き、リンドが姿を現した。
「……リンド殿」
「…………」
何も語らない。まるでいることに気付いていないかのようにオズワルドの横を通り抜けようとした。
したが……その足がピタリと止まる。
「……うざ」
「……なに?」
「ウザいっていったの。なに、なんで部屋の前で待ち構えてんの、罪滅ぼしのつもり?」
泣き腫らした目。赤く充血しており、鼻も赤い。
しかしそのような目でも感情は激しく灯っている。怒りという感情が。その感情をオズワルドに向ける。
「罪滅ぼし?」
「ええ、グランが死んだのはあんたの所為でしょ!! あんたが! あの水晶を破壊しなかったから!!」
「しかし……」
壊すことを誰よりも否定したのはリンドだった。その考えは傭兵団としては正しく、後のことを考えた立派なものだ。
「しかし? じゃあ私の所為だって言うの!? 私が壊すことを否定したから、私がグランを殺したって!?」
「…………」
「何か言いなさいよっ!! この……クソ野郎!!」
拳をギュッと握り、オズワルドの胸に叩きつける。何度も、何度も。
「クソ野郎……クソ野郎っ! あぁ……うああぁ……っ!!」
泣き腫らした目から更に大粒の涙を流し、オズワルドの胸を叩く。
掛ける言葉がないオズワルドは、ただただされるがまま。リンドが満足するまで待ち続けるのだった。
「マルティナ」
一方シンシアは、リビングで突っ伏したままのマルティナに声をかける。
後頭部しか見えない彼女からは感情が窺えず、恐る恐るといった風に呼びかけた。
「シンシア……アタシね、わかんないの」
「……何が?」
顔を上げる。泣き腫らしてもおらず、かといって怒っているわけでもない。
「ニーグが生きてて……ムカつくし、だけど……嬉しいの。でもあんな姿になってて……」
決して人道的とは言えない様相だった。
元々は二足歩行の亜人、だが今はどうだ?
腕は必要ないかのように極端に短くなり、足だけは歪に発達。下顎は変形し、背中にある翼は極端に大きくなっていた。
ドラゴリアンという亜人が飛竜に改造された成れの果てである。
「どうしたらいいのかな? 感情の置き場所がわからないの。仇を自分の手で討てることに喜ぶべき? 生きていたことに怒ればいい? あんな姿になっていることに悲しめばいい?」
生きていて腹立たしい。生きていて嬉しい。交わることのない感情がマルティナの中を渦巻いていく。
溶けず、混ざらず。ぐるぐる、ぐるぐると。消化しきれない思いをただただ口から吐き出していく。
「……これは、オズと話してたんだけど」
「……」
「飛竜……ニーグの上に乗っていたのが誰か、わかる」
「っ……それって……もしかして」
シンシアとオズワルドだけにわかる。そのことの意味を察したマルティナは思わず声を漏らす。
シンシアは頷き、口を開こうとする。その時だった。
「聞かせてもらおうかしら」
「……リンドさん」
「あれは誰? 何のためにやってきたの? あの奪ったモノは結局なんなの?」
「それは……」
「話しなさ――!!」
衝動的にシンシアの胸ぐらを掴もうとしたリンド。
しかしその手はオズワルドによって止められた。
「離せ……離しなさいよ! 早く、早く言えぇ!!」
リンドの錯乱ぶりを見て、マルティナは自分の心が急速に落ち着いていくのがわかる。
自分は終わったはずの問題が再浮上した。やることは変わらないのかもしれない。だが彼女は……。
オズワルドに羽交い締めにされ、ジタバタと暴れるリンドを見て。
シンシアは深く息を吐き、部屋の隅にあるカバンからとある一冊の本を持ち出した。
それはドーリング王国の“館長”から借り受けた図鑑。
ページを開くと、そこに描かれていたのは水晶玉のような玉。それは遺跡の最奥にあったモノに酷似していた。
「わかりました。全部話します」
「シンシア様……」
「まず、ニーグをあんな姿にして、遺跡を襲ったのは誰か。無理やり侵入し、グランさんの命を奪った組織は誰か――」
シンシアは大きく息を吸い、マルティナとリンドを交互に見た。
「間違いなくグロリア帝国――今回の犯人は、グロリア帝国です」
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