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ベルガル王国最強騎士と少女の王国再建物語  作者: 佐藤ヒロフミ
大国を覆い尽くす闇

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心奪うバイオレット


 リンドの恋人であるグラン。彼を追って遺跡の最奥まで辿り着いた四人だったが、彼らの目に映ったのは異様とも言える光景だった。


 血が滴る剣を持ちながら呆然と立ち尽くす想い人であるグラン。彼を照らすのは最奥にある紫色に輝く水晶玉。


 石の祭壇に奉られるように置かれたその玉は、大の大人でも抱えるほどの大きさ。


 言葉が出ないリンドだが、シンシアたちはそれよりも奥の水晶玉に注意が向いていた。


 輝きが揺れる度、言葉に言い表せない感情が胸の奥から溢れ出す。


 それは不安と共に安らぎも与え、ざわめきと安息が同時に存在する不安定な感情。



「オズ……あれって……」


「はい……」



 敢えて言葉にするなら――親近感。


 慣れ親しんだ感覚、そこにあるのが当然でもあり、それでいて胸にさらに抱きたくなるような。



「…………もっと……」



 フラフラ。マルティナがまるで誘われるかのように水晶玉へと向かって歩いていく。


 すれ違う際にオズワルドはマルティナの瞳を覗き見るが、彼女の目に感情はなく。ただただ呆然と、しかし足取りは確実に水晶玉へと向かって行った。


 これはよくない。そう判断したオズワルドはマルティナの首根っこを掴んで行動を制止する。


 だが。



「……離して」



 短くそう言ったマルティナ。あろうことか手に持った戦斧をオズワルドに向かって振るったのだ。


 頭を下げることで攻撃をかわす。首を正確に狙った一撃、一心以上の殺意を込めた一撃は、到底仲間に放つものではない。


 何も言わずにマルティナから戦斧を奪い取り、出入り口近くに放り投げる。



「マルティナ!?」


「シンシア様、彼女をお願いできますか」


「う……うん! でも、どうして!?」


「わかりません、が……このフロアで異様なモノがあるとすれば、あれしか」



 明らかに異常をきたしているマルティナ。異変をもたらすものがあるのは、最奥にある紫に光る水晶玉。


 シンシアもオズワルドも水晶玉を目にしてはいるものの、彼女のような異変は起こっていない。精々胸がざわつく程度である。


 そしてリンド、彼女は幸か不幸かグランにしか目が向いておらず、水晶玉に誘われてはいない。


 しかしグランへと少しずつ距離を詰める。婚約者であるグランの、普段とは違う様子に心配する声をかけながら、少しずつ少しずつ。



「行くな」



 だがその足を止めたのはオズワルドだった。



「離し――」



 振り返って抗議の声を上げるリンドだったが、耳辺りに風を切る音が聞こえた。


 声は途切れ、風の音の正体を確かめるべく首を前に向ける。


 その風の音は――グランが手に持っている、剣だった。リンドの頬には剣から滴っていた血が飛んでいる。



「え……グラン?」


「もっと、もっと、もっと、もっと、もっと……」



 恋人の声には返事をせずに、うわ言のように言葉を繰り返すグラン。


 目は開いている、だが焦点はあっておらず、口はぶつぶつと呟きながら開閉を繰り返す。



「グラン……どうして……グラン!?」


「落ち着け」


「落ち着けるわけないでしょ!? グランが私に剣を向けるなんてありえない、きっと何か理由が――!」


「その理由がわかる前に、床に転がっている仲間と同じになりたいのか?」



 グランの周囲には積み重なるように倒れた人。


 背中しか見えていないとはいえ、見ただけでわかる。同じ傭兵団の仲間だ。


 グランの捜索班として派遣された傭兵団の仲間。まさか仲間に凶刃が振るわれるとは。



「でも、なんで……っ!」


「それを調べるために離れるんだ」


「……クソッ!」



 悔しい感情を吐き捨てるように漏らしながら、リンドとオズワルドは後退していく。


 グランは追うことをせず、離れていったことを確認するとまた水晶玉へと向き合う。そしてまた『もっと……』と呟き始めた。



「ん……あれ、アタシ……?」



 出入り口付近まで下がると、我を取り戻したマルティナ。


 目を瞬かせ、自分の現状が理解できていないようだ。シンシアによって羽交い締めにされているのだけはわかる。



「マルティナ!」


「……どうして羽交い締めにされてるの?」


「……覚えていない、ということか」



 出入り口から遠目に眺める。近付けば不安や安息が湧き上がって来ていたが、離れるとその感情は鳴りを潜める。


 最奥にある水晶玉が原因なのは明白であった。



「でも問題は……あれが何なのか、だよね」


「はい」


「ちょっと待って……理解が追いつかないんだけど、グランも彼女も紫に光る玉のせいでおかしくなってる、ってこと?」


「恐らく。現状で最も可能性が高いのはあれだろう」



 この空間自体が精神操作を行っている可能性もある。その場合でも発生源は最奥になるだろう。


 部屋自体が動力源で、水晶玉を媒介として術を行使している可能性。どちらを考慮したところで、水晶玉が原因のひとつなのは間違いない。



「あれを破壊すれば、元に戻る可能性はある」


「そうだね……それが一番確実かも。やっちゃおうオズ」


「はい」



 剣を抜くオズワルド。破壊してしまえばすべてが収束する光明が見えるだろう。


 命を失った仲間は戻らないが、最愛の恋人は彼女の元へ戻ってくるはずだ。だが。



「待って、それはダメ」


「ダメって……なんでですか?」



 制止するリンド。シンシアは抗議の声を上げた。



「あれは私たちのモノじゃない。ドーリング王国のモノよ、勝手に壊せば責任問題になる。私たち傭兵団の話だけに留まらず、マーセルにまで発展するかもしれない」


「でも、それじゃあグランさんは」


「ええ、確かに心配よ、だけど破壊するにしてもドーリング王国の許可がいる。命を脅かすモノだったとしても、事後承諾は決して許されない」



 命を担保に危険に身を落とす職業。それが傭兵だ。


 命よりも信用、命よりも信頼。そうして積み重ねてきた土台は、たった一つの契約違反ですべて崩れ去る。


 その責はリンドにもグランにも背負えるものではなかった。



「グランは見た感じ、あそこから動かないように見える。だからまずは出入り禁止にした後にドーリング王国に報告して、危険があるということで破壊の許可を…………ってなに、じっと見て」


「いや……恋人に関しては盲目だと思っていたのでな。まさかここで理性的な判断が出来るとは」


「馬鹿にしてるの? 馬鹿にしてるのね?」



 していない、と言っても聞かなさそうな雰囲気。だが全てを丸く治めるにはもっとも最善手に思えた。



「マルティナも平気?」


「うん……なんか、まだボーっとするけど……」



 振り払うように首を振る。ここまで離れれば意識を奪われることもないようだ。


 出入り口に放られた戦斧を拾い上げて、霞む視界を振り払うように目頭をぐっと抑えた。



「じゃあ脱出しましょう、私は団長に報告してからドーリング王国に行くから、悪いけど誰も入れないように出入り口を見張っていてくれない?」


「うん、わかりました」



 最後に一度だけ恋人にチラリと目をやり、背を向ける。


 後ろ髪を引かれる思いだが、それでもやるべきことをやらなくては。



「シンシア様、確証はありませんが、アレが何か予想がつきました」


「……偶然だねオズ、私も」



 二人は顔を見合わせ、確かに頷く。身に覚えがありすぎる感覚。


 実際に確かめるまで断言は出来ないが、あれは確かに――



「っ……なに!?」



 その時だった、背後から何かが砕け散るような音が轟いた。


 それに遅れて埃と石片が吹き抜ける。振り返ると目を奪うような光が差し込んでいた。


 しかし目を奪われるのはほんの数秒。視界を取り戻した四人が見たものは。


――真っ黒な飛竜に乗った、一人の人間だった。


 天井を突き破り、力付くで遺跡をこじ開ける。歴史の証拠をすべて奪い去るやり方だ。



「グラン!!」



 飛竜がやってくると共に崩れ落ちた瓦礫の下敷きになったグラン。


 真っ黒な飛竜は足で水晶玉を掴み、飛び上がろうと翼を羽ばたかせる。その時だった。



「……マ、ル…………ディナァァァ……!」



 飛竜は首を動かしオズワルドたちを見る。


 しかしまたがった人間が手綱を引っ張ると、飛竜はそのまま開けた穴から飛び去っていった。



「いやぁ、グラン!! グラン!!!」


「オズ、瓦礫を!」


「はっ」



 グランが立っていたところの瓦礫を取り除くべく駆け寄っていく。


 しかし足を動かせない人物が一人いた。



「………………うそ、でしょ……?」



 飛び去っていった黒い飛竜。彼女のことを呼んでいた気がする。


 見覚えのある姿ではない、だがそれでも理解した。



「ニーグ……なの?」



 マルティナの父親を殺し住処を奪い、オズワルドが倒したはずの。


 竜の亜人、ドラゴリアンの……ニーグだった。

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