再び二つ目の遺跡へ
ぴちょん。
染み込んだ雨水が岩の間から漏れ出て、地面に落ちる。
もう一度、同じ場所から大きな水滴が落ちる。しかし水滴は地面に落ちること無く、黒い鎧の肩に落ちた。
水滴の音が無くなれば、そこに響く音は四人の足音のみ。
先頭を足早に進むのはリンドが一人。
他の三人、シンシアを始めとしたオズワルド、マルティナは彼女に追随する形で背中を追いかけていた。
しかしオズワルドからしてみれば、彼女の足取りは不用心と言う他無い。
「リンド殿、もう少し警戒するべきだ」
「は? グランがここには罠が無いって言ってたんだけど?」
「それはそうかもしれないが」
グランに対し絶対の信頼を置くリンド。
信用しきれていないオズワルド。信頼度の差で齟齬が出るのは致し方ないことか。
オズワルドの嗜める声を無視して、リンドはズンズンと歩いて行く。
「オズ、もう一度聞きたいんだけど……リンドさんの婚約者の人が戻って来ない……であってるんだよね?」
「はい。一週間以上前からになります」
「でもそれって、調査が難航してるとかじゃなくて? 食料とかたんまり詰め込めばそれくらいならこもれるよね?」
マルティナの指摘にオズワルドは頷いて肯定する。
思えば彼……グランはこの遺跡に固執しているように思えた。
ただの霊廟だと言いつつも、しかしそれでも調査を続行したのは何故か?
罠が無いと言いつつも、一週間以上戻ってこないのは何故か?
そこまで深いと言うのだろうか? いや、その可能性は薄い。そこまで巨大な遺跡なのだとしたら、周囲の掘り返した穴に引っかかったとしても不思議はないからだ。
そしてグランを捜索するために出立した班が戻ってこないことも気になる。
不可思議な点が多すぎることから、全幅の信頼を置くことは難しいと判断した。
だが婚約者であるリンドを説得することなど不可能に近い。故にこうして傍で見ていることしか出来ないのだ。
「思い過ごしであれば問題はありません。ありませんが……何処か引っかかるのです」
「引っかかる?」
「はい。思えばこの遺跡に前回入った時も、グランは不思議な視線を私に送っていました。それに……奥に入れば入るほど感じる、この気配」
「……そういえば、そうだね。なんだろうこれ」
オズワルドも、シンシアも。何かを感じていた。
マルティナは探知出来ないようだ。何か違いでもあるのだろうか?
心の中がざわつくというよりも、不安が首をもたげているかのような。
「――リンド殿、止まれ!」
「もう、何? 私は急いで――きゃあ!?」
あっという間に傍まで近付いたオズワルドが、リンドの腕を強く引っ張る。
引力と痛みによる驚きから声をあげたリンドだったが、それも束の間オズワルドに目を吊り上げて睨みつける。
だが、その視線はすぐに自分が立っていた場所に移り、吊り上がった目は驚きに見開かれた。
罠が無いと言っていた遺跡。しかし立っていた場所は大きく穴が空いていた。
落とし穴。中には鉄の槍がびっしりと張り巡らされており、ところどころに血の跡がある。
血の跡は古いもののようだが、遠目からではいつ頃のものか判断は難しかった。
「…………見逃したのよね、うん」
「こんな大きな罠をか?」
「たまたま不発だったってこともあるかもしれないでしょ。なにせ古い遺跡なんだから」
「それはそうだが……」
「まあ念の為オズワルドには先頭歩いてもらいましょうか。あくまで念の為よ」
それに関して異論はないため、オズワルドは小さく首を縦に振った。
先頭にオズワルド、背後には女性陣の三人が歩く。会話はまた無くなり、足音だけが響き渡る。
それからという道中、罠は無数に見つかった。
せり出る壁や落ちてくる壁。煮え湯が降り注ぐ罠や矢や槍が飛び出る罠。
時には数歩歩くだけで新しい罠が見つかることもあった。
これらすべてを見逃した、もしくは不発ということはよほどの強運でも無い限りありえない。
「……グランは、罠がないって……」
「すべて不発、という可能性も無くは無いが……それに縋るのは現実逃避だ」
「じゃあオズ、そのグランって人が……意図的に嘘を吐いたってこと?」
「私はそう見ています。ここに資産価値は無い、もしくは立ち寄る理由などないために」
「でも……罠が無いって言っちゃったら、むしろ人が集まるんじゃない? ほら、遺跡探検ツアーとか」
マルティナの言う通りだ。資産価値が無く危険も無い遺跡だと知れれば、物珍しさで人がごった返す。新たな観光資源として用いられることも想像に難くない。
なのに、何故敢えて罠が無いと言ったのか。現時点で答えは出ない。
しかし良い想像になるとは到底思えなかった。
「中にある宝物を独り占めしたかった……とか?」
「グランはそんな人じゃない!!」
彼のことをよく知らないオズワルドたちは、憶測で意見を交換し合う。
だが彼のことをよく知る……なにせ婚約者だ。リンドは心無い言葉を切り捨てるように大声を張り上げた。
「グランは……グランはね、私に黙って……私を置いていくような人じゃないの! きっと何か理由があるに決まってるんだから!」
「…………」
シンシアもマルティナも押し黙る。
確かに憶測で不躾なことを言っていた。それを反省した二人は何も言うことが出来なかった。
だがオズワルドは違う。
「なら、その理由がリンド殿に対して好いものであればいいがな」
「……さっきからなんなの? 違う、さっきからじゃない。ずっと前からグランを敵視して……何か恨みでもあるっての?」
振り返りもせずに言葉を吐き捨てたオズワルドに対し血が昇り始めたリンド。
背中に向けて鋭い視線を無遠慮に向ける。
「恨みもないし敵視もしていない。これだけの罠があるに関わらず申告していない不自然さ。恐らく捜索組はこれらの罠で一掃されたに違いない。捜索組は紛れもなく同胞だ、そんな彼らを見殺しにするのは何故だ?」
「それ、は……何か理由が――」
「そう、理由はある。だがその理由が、我らや傭兵団にとって好意的なモノになるとは到底思えない」
「…………」
「不自然な点が多すぎるんだ。それが解消されない限り、手放しで信頼することはありえない」
こうしている間にも、罠は発動する。
壁から出てきた巨大な剣が、横薙ぎに迫りくる。
手で受け止めたオズワルドは剣の根本を殴りつけへし折る。いずれまた復活するだろうが、時間稼ぎにはなるだろう。
「でも、でもグランは……私の婚約者で、知らないことなんて……」
「…………恋によって盲目になるのも結構だが、最悪の事態は想定しておくべきだ」
「最悪って……」
裏切り者、もしくは既に死んでいる。言葉にはしないがそういったニュアンスを含んだ言葉を、リンドに投げる。
黙り込むシンシア。オズワルドの言葉が頭の中で反響していた。
信頼していた人物に裏切られる。思い出すのはとある女性のこと。初めての友人だった。
裏切ったのはいったいどちらか? シンシアか? それとも……。
「……広くなったな」
道を抜けると大広間に出た。扉などはなく、そのまま巨大な広間へと繋がった。
光源にしていた松明が燃え尽きる。新たな松明を作ろうとオズワルドが準備を始めたその時。
最奥でぼんやりと光りが灯っているのが見えた。
火の明かりではない。紫色の、ぼんやりとした光源だ。
光の周囲には、立っている人間が一人。
「グラン!!」
その中に尋ね人もいた。
ぼうっと立ち尽くし、光源をじっと見つめ続ける。
猫背になりながら、右手に持つそれは……。
「行っちゃダメです」
「ちょっ……離して! グランがそこにいるんだから!」
「グランさんが持っているものが見えませんか!?」
シンシアが必死で止める。マルティナもそれに気付き、手伝うようにリンドを止めた。
言われてから気付く。グランの右手には剣が握られていた。
そしてその剣には――まだ新しい血がべっとりとついている。
剣先は地面に向けられ、剣についた血は水滴となって地面に落ちる。
ぴちょん。既に水たまりとなった血溜まりは落ちた水滴で波紋を作る。
明かりのない状態でも目に慣れ始めたその時、グランとリンドを挟む箇所に何があるのかようやく見え始めた。
「グ………………ラン……?」
無数の死人。
捜索組は罠によって一掃された……わけではなかった。
何日か過ごしたオズワルドは顔見知りとなっていた人物もいる。
それらは既に、グランの剣の餌食になっていたのだ。
「なんで……どうして……?」
「あの紫の光は……?」
紫色にぼんやりと光るうっすらとした光源は、シンシアの言葉に応えるように揺れていた――
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