恋人を探して
氷の遺跡から戻って一週間が経過した。
グランと共に寝泊まりしていた部屋からたった一人で出てきたリンドの表情は浮かない。
「……まだ戻らないのか?」
通りかかったオズワルドは、意気消沈しているリンドに向けて言葉を投げかける。
「……ええ。便りがないのは元気な証拠とも言うしね」
他人に沈んだ顔は見せられないと、普段通りに振る舞おうとするリンドだが、隠しきれない悲しみは見抜けてしまう。
戻らないグランたち調査組を捜索するため、何人か遺跡に送られたが。
誰一人として戻ってきていない。
グランが調査していた遺跡は罠がないとの報告があった。にも関わらず誰も帰ってこないのは気味が悪い。
昨夜、団長は遺跡の調査を切り上げる決断をしたのだ。
それは中に入った人間全員がもはや生存していないと決めたということになる。
「三つ目の遺跡は不発だったし、一つ目の遺跡の氷の遺跡は全部炎に飲まれたし、グランが言うには二つ目の遺跡は霊廟だっていう話だしね。本来ここに残り続ける必要はないもの……」
自分に言い聞かせようとしているかのような物言い。しかし自分で言った内容に何一つ納得していない様子だった。
それはそうだろう、それは自分の恋人を諦めると言っているのだから。
「それよりあんたは良いの? 自分のお姫様放ったらかしで」
「ああ、束の間ではあるが責務を忘れて楽しんでいただきたいからな」
「それ……本人にちゃんと聞いたの、まあ私がどうこう言うことじゃないんだけど」
「私のことはどうでもいい、リンド殿の方こそ構わないのか?」
何も言わない。言えるはずも無かった。
口にしたい言葉がある。しかしそれは個人的なわがままである。
傭兵大国マーセルの王の娘として、個人の感情に流されるわけにはいかない。
傭兵団に身を置く者として、勝手は許されない。
「何々として、何々として、ってね……むしろ縛ってるのは私の方なのかも」
「……私は、ヴァラカ殿にリンド殿の様子を見てこいと頼まれた。それは身の安全を守れ、という意味でもある」
「何が言いたいの?」
「リンド殿が自らを危険に投じるならば、守る義務が発生するということだ」
それはつまり。
――探したいというのなら、手伝おう。
面と向かって唆すわけにはいかないオズワルド、故に言外にそう伝えていたのだ。
「……ふっ、あはは……」
意図を掴んだリンド、堪えきれずに笑みをこぼす。
目の前には、傭兵団の誰よりも頼りになる男がいる。彼がいれば、想い人を探し求めることも不可能ではないはずだ。
「焚き付け方、下手すぎない?」
「個人的には団長が探索を切り上げたことは間違っていないと思っている。既に遺跡の中身は知れたのだ、無為に犠牲を増やす必要はない」
「……ま、そうね」
「だが、仮にいなくなったのがシンシア様だとすれば。私は命を投げ捨てる覚悟で身を投じる」
半身を失う怖さは、千年前にも味わった。
無二の親友だと思っていたケヴィンの反乱。従わされていたとはいえ、主である王を失った。
親友も主も失った彼は、まさに抜け殻のまま王城跡に眠っていたのだ。
「…………よし、やるわよ!」
「ああ」
気合を入れるべく両頬を自分の手で何度か打つリンド。
頬は少し赤くなったが、それと引き換えに目には力強い意思が宿る。
「オズワルド」
「なんだ?」
「ありがとう」
それだけ告げ、リンドはある方向に足を向けた。
その足の向かう先は、団長の部屋。
長の命令に歯向かうべく、彼女は勇ましくその足を向けた。
――――――――――
オズワルドとリンド、二人の目の前には二つ目の遺跡があった。
烈火の如く団長の怒りを買ったリンドだったが、恋人が消息不明という状況を鑑みれば、不憫にも思う。
最後に調査の許可は得られたものの、追加の増員は無し。つまりリンド一人である。
そして待つ時間は三日。三日経ってもリンドが戻らなかった場合、傭兵団は引き上げる。
二つの条件を飲んだリンドは、オズワルドと共に遺跡へとやってきた。
「罠はないって、グランは言ってたけど……」
「その彼はどういう人間なんだ?」
「どういうって……見た通り強くて、頼りがいがあって、優しくて、カリスマ性があって、頼りになるの」
「どれも見ただけではわからないが」
初めて会った日のこと。
オズワルドを見つめる視線に不可思議なものを感じた。
感情を映さない視線。善とも悪ともつかない感情をもって、オズワルドを見た理由とは?
「それに頼りになるっていうのが二つあった」
「うるさいわね、それくらい頼りになるのよ」
あの視線には不穏なものしか感じない。
理由はなんだろうか? 彼自身に? それとも彼の視線の奥に感じる……。
「オズ!」
その時だった。
オズワルドの背後からかけられた声。振り返ると、そこには……。
「シンシア様?」
「よかった、追いついた。傭兵団の人に聞いてきたの」
シンシアとマルティナ。二人の姿がそこにはあった。
「もう観光はよろしいのですか?」
「うん。というか……流石に一週間もいたら、遊ぶ場所無くなっちゃった」
ドーリング王国の隅から隅まで遊び尽くした。もう見たことがない場所はない、というところまで。
いつまでも訪ねてこないオズワルドに対して不思議に思い、探し求めたのだった。
「それで……リンドさんの婚約者さんを探しに行くんだって?」
「はい、なのでシンシア様はマルティナと共に何処かで……」
「ううん、私も行く」
「ですが……」
遺跡には罠がないといっていたグラン。しかしオズワルドは彼を信用しきれていない。
視線の正体がわからない以上、彼を完全に信頼することは出来ない。
「ずっと遊んでたから、たまには体を動かしたくて」
「そう……ですか」
「それとも――リンドさんと二人のほうがいい?」
オズワルドは合理的な男だ。目的のために無駄を好まない。
本来であれば、シンシアの安全を最優先に考えれば答えはイエスだ。
だが、首を縦に振ることは出来なかった。縦に振ることを許さない重圧。
そしてシンシアの後ろでひたすら首を横に振っているマルティナ。
「……いえ、シンシア様の御身は私がお守り致します」
「そう、ならよかった」
ニッコリと笑顔。重圧がようやく解き放たれた気がした。
したのだが、首筋に残る嫌な気配はそのままだった。
「……もう話は終わった?」
恋人を探しに来たというのに、まだ一歩も遺跡に足を踏み入れることは出来ていない。焦れたリンドは先を促す。
「私としては、傭兵団の増員が出来なかったから人手が増えるのは大歓迎。早くグランを見つけたいしね」
「なら行きましょう」
リンドとシンシア、二人は肩を並べて遺跡に入って行く。
残されたオズワルドに、マルティナが同情するかのように声をかけた。
「シンシア怒ってたよ。オズワルドさんが会いにこないから」
「しかし、私はシンシア様が……」
その時、リンドの一言を思い出した。
――それ、ちゃんと本人に聞いたの?
言葉の意味がわからなかったために流したが、それにはちゃんと意味が込められていたのだ。
「だから今のシンシアには逆らわない方がいいよ、たぶんもう遅いけど」
「ああ……身に沁みた」
遺跡の入り口を見ながら、深々と溜め息を吐くオズワルドであった。




