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ベルガル王国最強騎士と少女の王国再建物語  作者: 佐藤ヒロフミ
大国を覆い尽くす闇

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日常と非日常の境目


「まだ帰ってない?」



 氷の遺跡から無事戻り、身を清めたあと婚約者であるグランのもとへと訪れたリンドだったが。


 返ってきた報告と言えば未だ戻らないという言葉のみ。


『どういうこと』と傭兵団の事務員に詰め寄るリンドだが、団員一人ひとりの足取りまで把握できているわけではない。



「どうする」


「どうするって……どうしようもないでしょ」


「あの遺跡に向かわなくてもいいのか?」



 オズワルドの質問に対し、顎に手をやり考える仕草を見せる。


 本当であれば行きたい。行ってその顔をひと目でも見たいところだが……。



「やめとく。重い女にはなりたくないからね」


「そうか」


「そ、だからあんたはお役御免。三つ目の遺跡調査まで自由にしててもいいわよ」


「……まだ私を使うつもりなのか?」



 げんなりとしたオズワルドの声。表情こそ見えないが、本来の目的とは逸れた回り道にうんざりとしているのが聞いていてわかる。リンドはそんな声を聞いて楽しそうに笑った。



「あはは、もちろん! 使える者は使う、それにあんたみたいな有能なヤツなら尚更ね。それともなに? あんたが手を貸さなかった所為で知らないところで人が死んでもいいっての?」


「自業自得だと思うんだが。目に見えない人間まで背負わせないでくれ」


「ふうん、なら私が死んでもいいの? 私は知っての通り、傭兵大国マーセルのボスの娘よ。この私の無事を確かめに来たんじゃないの?」



 卑怯だ。卑怯だが理屈は通る。かなり無理筋な理屈ではあるが。


 お手上げと言わんばかりにオズワルドは盛大に溜め息を吐いた。



「ドーリング王国の街にでも行って、羽でも伸ばしてくるとしよう」


「行ってらっしゃい。お土産は無理にいらないから」


「目と鼻の先の街の土産などいるのか?」



 踵を返すオズワルド。背後からはリンドがまだ何かを言っているが、足早に立ち去ることに決めた。


 向かう先はドーリング王国、遺跡からの出土品を観光資源にした観光地。


 そこにいる我が王を求め、逸る足を抑えきれないオズワルドであった。



――――――――――



 街が近付くに連れて、賑やかな喧騒の声が徐々に大きくなっていく。


 あちらこちらで流れる音楽、人々の笑い声。鼻をくすぐる食べ物の匂い。


 街の外は発掘で掘り返した穴だらけだというのに、内側はまるで外界から隔離された異世界のよう。


 飛竜が一匹降りてきた。この国独自の送迎サービスである。


 オズワルドの知っている国の体系とは大きく異なる場所だ。国とは本来、金銭や労働を対価に居住することを許す、その代わりその国の法の下に守られる。庇護下に置かれるというモノだが。


 ここは違う。ドーリング王国に住む人間は全員職員のみ。それ以外は用意された宿に泊まる旅人たちだ。


 まるで食堂と宿屋と酒場が一緒の場所に置かれた、巨大な商業施設だ。



「……こんな国があるとはな」



 街への入り口をくぐるオズワルドは、誰にも聞こえない程度の声量でひとりごちた。


 入り口に立つ門番は奇天烈な格好で笑顔を見せる。街に入るための受付もチェックも何もなく、笑顔で受け入れられた。


 これは治安を軽視しているのか、それとも笑顔の裏に研ぎ澄まされた牙が存在するのか。


 答えは後者であった。奇天烈な格好の服の下には武器が隠されており、パフォーマーと化している警備兵も、有事の際は冷徹な戦士に変わる。


 街をくぐれば、それこそ世界が変わる。


 穴だらけの土地の光景とは真逆な、熱烈な歓迎。


 青空広場で開かれる音楽団の協奏曲の音楽が風に乗って耳にやってくる。その音楽に惹かれるように訪れた旅人たちは音の方向へと足を向けた。


 オズワルドも内心浮かれてはいるものの、ここを訪れた真の理由を忘れはしない。



「シンシア様は、何処だろうか」



 そこまで大きくない街だが、人がひしめくこの場所では人探しは不向きだ。


 ならばと言わんばかりに、備え付けのベンチに座って集中する。


 オズワルドとシンシアが繋がっているベルガルの加護。繋がった糸を手繰り寄せるように、気配の場所を探った。


 その間、身じろぎ一つしないオズワルドを見て、通りゆく人々は黒い鎧のオブジェクトなのかと勘違いしていくほどだ。


 見事な全身鎧。度重なる死闘にも関わらず傷一つない。鍛冶師が見れば悔しさから唸り声をあげるであろう逸品に、旅人たちは記念にするべくベンチの隣に座った。


 絵に描いて記録を遺そうとする者もいた。



「見つけた」



 すっくと立ち上がる。


 オブジェだと思っていた人々は驚きに声を上げるが、当の本人は意に介した様子もなく見つけた気配の方向へと歩き始める。


 そこは音楽広場でもなく、食事をする区画でもなく、掘り当てた出土品を並べる美術館でもない。


 体験型のアミューズメントエリアであった。



「……っし!」


「ああ、惜しい! もう少しなのに!」


「ええいっ!!」


「やったやった! 後一個だよマルティナ!」



 楽しげな声が聞こえてくる。


 耳が望んだ鈴のような声に、オズワルドは胸が高鳴るのがわかった。


 待ち望んだ王の声、王の姿。


 グランに会いたがっているリンドもこんな気持ちだったのか、と思ったが。立場が違う、関係が違う。


 仕えるべき主にようやく会えるのだ、その喜びなのだと、オズワルドは感情に理由をつけて声のもとへと歩いて行く。



「これで……最後っ!」


「ああぁ……!」



 見れば、マルティナが振りかぶって何かを投げていた。


 布で作られたボール。それを放り投げて的に向けて投げていく遊戯のようだ。


 手元にあった最後の一個を投げたが、的の横を逸れて壁に当たって落ちていくボール。



「ああもう、悔しい……っ! ホラ次、シンシアの番よ!」


「任せて、仇は取ってあげるから!」



 背中しか見えてないが、楽しそうな声だ。


 女王としての責務もなく、常に誰かの生死が関わった血なまぐさい匂いもしない。


 平和、言ってしまえばそうだ。


 平和を享受した、年相応の少女の姿。王として誰かの命を背負うにはまだ若すぎるのだと、はしゃぎ喜ぶシンシアの背を見て、オズワルドは思う。


 いや、思ってしまった。


――このまま、ギリギリまで自分の姿を見せないほうが、いいのではないだろうか。


 オズワルドの姿を見せれば、彼女らは現実に引き戻されるだろう。


 そうなれば楽しい時間は終わり、戻ってくるのは帝国との戦いが待つ血で血を洗う時間だ。


 嫌でもその日はやってくる。ならせめて、ギリギリまで。その時が来るまで、楽しんでもらった方がいいのかもしれない。



「…………」



 オズワルドはゆっくりと背を向ける。


 次会う時は傭兵大国マーセルに戻る時だ。身の安全に関しては、マルティナがいるので心配は無いだろう。


 言葉を交わせない淋しさはある。しかしそれよりも主の幸せを望む気持ちの方が大きかった。



「……あれ?」


「どうしたの?」


「ううん、さっきオズがそこにいたような……?」



 大柄な黒鎧の男は、人の流れに身を隠しその場を離れていくのだった。



 ………………


 …………


 ……



 場所は代わり、暗闇の最深部。


 光ですら飲み込みそうな暗闇。だが淡い光が少しだけ照らしていた。


 そこにあるのは台座だった。簡素な作りだったが職人のこだわりが見える精緻な石造り。


 乗っているものはなんだろうか。水晶玉ほどの大きさ。


 白い淡い光を放つそれは、見る者を魅了するであろう神々しい輝きを見せていた。


 そこに。


 人影がいくつかあった。


 我を忘れたかのようにぼうっと見つめるその姿は、まるで魂を抜かれた抜け殻に見える。


 よく見れば、彼らは口が小さく動いていた。何かを呟いているようだ。


 うわ言のように呟くその言葉は、こう言っていた。


――もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっともっともっと――!!

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