炎と氷の唄
「はあ……グランに会いたい」
凍てついた遺跡を歩きながらぼやくのはリンド。
違う遺跡を調査した恋人に思いを馳せながら、恋慕の溜め息を漏らす。熱い想いの吐息は白い息を吐き出させる。
気が付けば石造りの遺跡から氷造りの遺跡へと景色を変えており、薄青い景色が周囲を包んでいた。
そうしている間にも、オズワルドは前を歩いて罠を調べて看破していく。
「ここだ、ここを踏めば先ほどと同じ氷の釜が上から落ちてくるだろう」
「あれね……死ぬかと思ったわ」
少し前に発動した罠を思い出し身震いする。
天井が開いたかと思うと、現れたのは氷で出来た釜。
中には氷水がなみなみと入っており、氷の釜は逆さになって中身を降り注ぐ。
「でも……地味というか、殺傷能力に欠けない?」
全身ずぶ濡れになれば、この遺跡の気温を考えると致命傷ではある。
だがそれは即効的なものではない。殺意を感じる罠では確かにあるのだが、決め手にはならない。
しかしオズワルドの印象は違っていた。
「いや、ここまで進めば最も有効な罠はこれかもしれない」
「どういうこと?」
「今現在の位置が道半ばなのか、それともゴール目前なのか判断はつかないが、それでも深くは潜っただろう。戻るとなっても結構な時間を要する。もし全身ずぶ濡れになって遺跡探索が難しくなった場合、どうする?」
「どうするって、そりゃ戻るでしょ」
「ああ、しかし戻るまでに時間がかかる。氷水をかぶった状態で脱出できるだろうか」
寒さは思考を鈍らせ、正常な判断ができなくなる。
そうなれば待ち受けているのは緩やかな死であり、しかして残酷な死でもある。
「となれば、ここの遺跡を用意した人物は何が何でも立ち寄らせたくない、ってわけね。こりゃあ相当なお宝が眠ってそうじゃない」
「だがここの出土品はドーリングのモノになるのだろう、宝の価値など我らに関係など無いのでは?」
「わかってないわね、価値あるモノを初めて見つけたのが私たち傭兵団となれば、それは出土品より価値ある名声になるかもしれないのよ」
「そういうものか。まあ、宝があると限った話ではないが」
「どうしてそう夢を壊すようなことしか言えないのかしら。夢は大きく見るに越したことはないのよ」
そう言うリンドだが、前を歩くオズワルドを見て思う。
実際、この黒鎧の男がいなかったら、彼女ら傭兵団はこの遺跡を調査出来ただろうか?
しかもこれだけの被害の少なさで、だ。
無理だろう、と思う。
氷像が向かってきても斬り落とすか、もしくは殴って砕く。
氷の矢や氷の槍はすべてを打ち払い、鎧を盾にして防ぐ。
ほぼすべての罠を看破し、後ろを歩く人間を安全に進ませる配慮。並大抵の人間が出来ることではない。
声だけで年齢を推測するのは難しく、常にヘルムを被っているので顔を見たこともない。
わかっているのは男というくらいだ。
「ねえ、どうしてそんなに罠に詳しいの?」
「なんだ藪から棒に」
「ハッキリ言って異常なの。こんなに頭が切れて、強くて、頼りになる人間なんて一人もいない。あ、グランは別ね」
「一人いるじゃないか」
「とにかく、私はあんたの素性が知れない。短い付き合いだからどうでもいいと思ってたけど……今となっては気になってしょうがない。あんた、何者?」
逡巡する。煙に巻くのも容易いが、何度も何度も聞かれるのも面倒だ。
しかしバカ正直に言う必要もないだろう、ベルガル秘中の秘であり知る者は一握りである。
だが、もしも、もしも……。
「私は長らくベルガル王国に剣と盾を捧げているだけだ。この身と共にな」
「長らくって……どれくらい?」
「そうだな、眠っている期間も数えれば……千年くらいか」
もしも本当のことを言ってしまえばどうなるだろう。
千年も生きていることに驚き、人外の者と恐れおののくだろうか。
「千年ね………………こんな状況で冗談言う余裕があるなんて、つくづくただ者じゃないわね」
普通は信じない。
亜人ならともかく人間の寿命はせいぜい百年ほどだ。
寿命の十倍の年数など想像の枠外であり、鵜呑みにする人間は少ない。
「ま、いいわ。ようやく終点っぽい場所にも来たことだしね」
二人は足を止める。
入り口からまっすぐ、どれだけ分岐があろうとひたすらまっすぐ進み続けた結果、大きな氷の扉が目の前にあった。
オズワルドも見上げるほどの巨大な扉、荘厳な雰囲気の扉は終点である期待を嫌でも持たせる。
「……罠がある様子もないな、鍵がかかっている気配もない」
「でも、こんな巨大な扉どうやって開けば……」
「それはもちろん、押せばいい」
オズワルドが両扉に手を置き、ゆっくりと押していく。
冷気が篭手越しに伝わってくる。素手であれば長時間触り続けることも困難なほどだ。
「寒……っ」
徐々に開かれていく扉の隙間から、厚着をしていて尚寒さに震えるほどの冷気が漏れ出てくる。
開いた扉の中に身を潜らせると、そこは――
「すごぉ……!?」
キラキラと輝く氷の壁が照明代わりに照らす。
無骨だったここまでの景色を考えると、ここはまるで夢幻。
大広間のど真ん中、高い天井ギリギリまで立てられたモノがあった。
「……氷像?」
「ああ、だが道中のとは違い動くことは無いようだが」
二人で見上げる。女性の氷像のようだ。
氷のドレスに身を包み、透明感のある氷の手足。ネックレスから指輪まですべて氷で作られており、植人の逸品に間違いない。
「すっご……でもこれ、持ち出すなんて……」
「……無理だろうな、なまじ持てたとしても地上に出せば溶けてしまう」
「どうしよう……とりあえず報告だけしておく?」
「ああ、その方がいいだろう。後の判断は館長に任せれば良い」
二人が立ち去ろうとしたその時、氷像の足元に何か書かれている氷の石板を見つけた。
覗き込む二人だが、リンドはしきりに首を傾げていた。
「……何語、これ?」
「古代語だな、千年前は一般的だった文字だ」
「読めるの?」
「それくらいの教養はある」
文字に目を落とす、輝く氷の照明が照らすため、幸い読むには苦労しなかった。
『ああ、我が女王。永久の繁栄を望んだ女神をこの氷の城に遺そう。ここは女神の美を保つ居城、艷やかに輝くその肢体を余すこと無く照らし続けたまえ』
「……女性に残した詩? にしては偏愛というか、愛に狂ってる感じが……」
「まだ続く」
『氷の貴女は不滅、であれば、氷の中にいる貴女もまた不滅。やがて腐りゆく貴女の国に遺していくのは偲びない、故に貴女はここで永遠の美を飾ろう』
リンドは氷像に目をやる。
よく見ると、氷像の腹部分には……何かがあった。
「……もしかして、あそこにあるのって……」
「この書かれている王女の……遺体なのかもしれないな」
「弔わずに氷の中に閉じ込めるなんて……!」
「まだ続きがある……が、雲行きが怪しくなってきた」
『しかしいずれここも誰かに暴かれてしまうだろう。盗みに入った者、盗掘者よ。薄汚い体に汚れきった目を持った闇の人間よ。お前に女王を渡すわけにはいかない。故に私はお前を焔で燃やしつくそう』
「……見つかる前提で、遺跡を……?」
「……逃げる準備をしておいたほうがいい」
リンドは二歩、三歩と下がっていく。
『これは私の愛の炎。誰にも絶やすことは出来ない恋慕の愛情。貴女を溶かし、抱くことが出来るのは私の炎だけだ――――ああ女王よ、永遠に、私の炎の中で眠り給え!!』
オズワルドが最後まで読んだその時。
天井、壁、ありとあらゆるところから炎が吹き出してくる。
それだけではない、氷の壁が溶けた箇所からは溶岩が流れ出てくる。
「自分の女王を人に見られたくないからって、そこまでする……!?」
「早く逃げるぞ」
一気に上がった気温は、水蒸気を上げて辺りを曇らせる。
肉眼では前後左右が不覚になるほどの白い視界。それはリンドも同じくであった。
「捕まれリンド殿」
声の方角へと手を伸ばす。
掴んだのはオズワルドの手、掴まれたと同時にオズワルドはリンドを小脇に抱え出口に向かって走り始めた。
「もうちょっと運び方ないわけ!? こういう時ってお姫様抱っこがセオリーじゃないの!?」
「有事の際に右手は残しておいたほうがいいのでな」
罠に構わず走り続ける。
壁から飛び出る槍の罠はオズワルドが通り過ぎた後に壁から生えてきた。それも流れてくる溶岩によって溶けていく。
「こんなの……どう報告しろって言うのよー!!」
消えて無くなっていく遺跡を振り返りながら、リンドの絶叫が木霊した。




