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ベルガル王国最強騎士と少女の王国再建物語  作者: 佐藤ヒロフミ
盲目の騎士は雨に歌う

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229/259

パーム潜入


 広々と見通しの良い平原を、黒い影が過ぎ去った。


 遅れてやってくる突風。草花は風に揺れ、飛ばさないようにしっかりと根を張る。


 黒い影はパーム公国の防衛戦である砦のすぐそばを通って行った。


 しかし駐留する兵士は影にすら気付かないどころか、遅れてやってくる突風に涼を感じてすらいる。


 影はまさしく神速の如く、誰にも気付かれないまま目的地へと辿り着く。


 黒い正体はバイコーンであるロード、そしてまたがるオズワルドである。


 あっという間にパームのそばへと到着する。先日見た通り風化した城壁、申し訳程度の巡回は警備の意味を成してはいなかった。


 城壁の死角へと身を潜めたオズワルドは、ロードから降りて無事を確かめる。



「だいぶ全力で走ったようだが……疲れていないか?」



 鼻を鳴らして返事。表情から察するに、まだまだ余力はあるように見えた。


 しかしこれから大役を成してもらうのだ、回復はしておくべきだと判断したオズワルドは腰を下ろす。


 鎧の隙間から布袋を取り出し、中から取り出したのは干し肉がふた切れ。



「少し休憩してから取り掛かろう」



 うちひと切れをロードへと放り投げた。空中で放物線をえがく肉を、口でキャッチ。


 脚を折り曲げ休息に入ることにした。



「今のうちに作戦を説明しておこう。といっても、お前は走り続けるだけだ」



 首を傾げてオズワルドを見る。言っている意味がわからなかったようだ。



「真っ黒な巨体、頭に生えた二本の角。お前の見た目は他の馬より一線を画す、もちろん能力は遥かに勝っているし、騎馬隊を組む国からすれば垂涎ものの一頭だ」



 突然褒めちぎられたが、悪い気はしない。


 得意げなロードに向けてオズワルドは言葉を続ける。



「お前の姿を見れば、兵はこぞってお前を捕らえようと現れるだろう。ロードほどの珍しい見た目なら領主すら見にやってくる可能性すらある。それによって街中の警備は手薄になり、私はその間に囚われている女性を探す。その間、付かず離れずの絶妙な距離を取りながら兵士たちの気を引いていて欲しい」



 任せろ、そう言わんばかりに鼻を鳴らす。


 言語での交流は必要ない。彼らは信頼関係で繋がっている。


 だからオズワルドはロードの顔を見て、深く頷いた。



「……もう少ししてから作戦開始だ」



 空を見上げてそう呟く。


 太陽はまだ昇り始めたばかり、頂点に達したときに始めるとしよう。


 お互いが目を閉じて、神経を研ぎ澄ませていった。





 日は高く昇る。頂点に高く上がった太陽は、自身の存在を知らしめるかのように熱量を振り降ろす。


 ジリジリと鎧に熱を込めてくる太陽を見上げた後、オズワルドは立ち上がった。



「やるか」



 続いてロードも立ち上がる。


 城門に向けてトコトコと歩いて行き、自身の存在をアピールしていく。


 兵士たちがその姿を見つけるまで、そう時間はかからなかった。



「おい、あれ見てみろよ」

「なんだあの馬、でけぇな」

「立派な馬だ、捕まえれば報奨の一つくらい出るんじゃねぇか?」



 ラシエン公国の侵攻を妨げるのは前方にある砦の役目。彼らは民が仕事をサボらないための抑止力でしかない。


 既に恐怖は植え付けてある、故に彼らは正直に言って…………暇だった。


 面白半分で職務を投げ出し、街の外へと出る。視線の先はのんびりと散策している真っ黒な馬。


 縄を持ち出す者もいた。縄の先を円になるように結び、頭上で振り回し始める。


 ロードは警戒していない様子を見せる。その様子に満足げな兵士は、ジリジリと距離を詰め始めた。


 縄がロードに向けて放たれる。


 ゆっくりと向かってくる縄。その先をロードは口でキャッチした。


 縄の引っ張り合いが始まる。最初は兵士一人とロードの引っ張り合いだったのが、二人、三人とどんどんと増え始める。


 しかし縄はびくともしない。それどころかロードが首を振ったことで、兵士全員が前のめりに倒れた。



「もっと人をかき集めてこい、何が何でも捕まえてやる!」



 兵士の一人が街の中へと消えていく。


 増援が来るまで兵士は馬を睨み続け、見られている当人は呑気に草を食んでいた。


 やがてぞろぞろと城門から兵士が現れ、城壁の上には領主と思しき出で立ちの男もいた。


 ロードの視線の先、兵士たちは気付いていないが城壁の上を飛び乗る黒い影。オズワルドは難なくパームへと潜入したのだった。


 街中の様子は一朝一夕で変わるはずもない。荒廃した風景を見間違えるわけもない。


 クライがいなくなったこともパームにはなんの影響も及ぼしていない。そもそもいなくなったことにすら気付いていない可能性もある。


 目指す先は決まっている。街の最奥にあるきらびやかな屋敷。


 領主の邸宅であった。


 穴の空いた家がある街には相応しくないほどの豪華さ。


 前回訪れた時は警備が厳重に思えた屋敷だったが、今はロードを拝むべく無人である。


 侵入は容易だった。足を踏み入れるなり、オズワルドは溜め息を吐く。



「……悪趣味な。これが領主のすることか?」



 だだっ広いエントランス。


 中央には金で出来た像がある。誰かは知らないが、恐らくはここの領主。


 金で出来たシャンデリアや金をあしらえたカーペット。壁際には金の装飾のツボや金の額縁の絵画。


 目が眩むほどの金に囲まれると、人はこうも強欲になれるのか。


 扉を一つ一つ開けて確かめて行く。


 食堂、倉庫、客間に寝室。


 人が囚われているような様子の場所は見当たらない。


 また一つ扉を開くと、長い廊下に出た。


 エントランスの豪華な装飾とは程遠い、質素な廊下。


 廊下の外を左右に挟む木々が光が取り入れるのを邪魔するかのように、廊下はとても薄暗い。


 ここは位置的に屋敷の裏側だろうか。離れに繋がるかのような長い長い廊下。


 と、その時。


 向かいから男が二人歩いてくるのが見えた。


 雑談に興じている男たちは目線の先にいるオズワルドに気付いていない。


 どうする? 殺生を起こしてザノマの関係者だと思われれば、人手が派遣される恐れがある。


 かといってこの場をどう切り抜けるのか。


 オズワルドのとった行動は――――



「ふいー……スッキリしたぜ…………って、こんなところに鎧なんて飾ってたっけ?」

「あ……? あー……どうだったかな、ここ薄暗いしな」

「装飾品なんて興味ないしなあ」



 二人の男の目線の先には、真っ黒な鎧があった。


 立ち尽くす黒い鎧は左手を剣の鞘に、右手を柄に持った厳かな鎧。


 オズワルドである。


 動かずにいることに関しては自信があった。無いとは思うが、もしも鎧を外して中身を検めようとした場合、その際は斬るしか無いだろう。



「ただの飾りなのに、随分良い剣持ってんな」



 男の一人がオズワルドの剣に目をつける。


 良い剣であるのには間違いない。鍛冶に特化した亜人が打った、至高の逸品なのだから。



「貰ってこうぜ」

「良いのか? ここにあるってことは、領主様の物だろ?」

「どうせ気付きやしねぇよ。その証拠に、金の食器ガメてるの気付かれてねぇだろ?」

「ま、それもそうか」



 柄を握るオズワルドの右手をどかそうとする。


 が、ビクともしない。力を入れるが動く気配すらなかった。


 この構えのまま溶接されていると言われても驚かないほどに、微動だにしない。



「ぐぎぎぎ……! なんだこれ……!!」

「おい、もう行こうぜ。溶接されてるんなら、どうせ見た目だけだ」



 一人は辛抱強く引き剥がそうとしていたが、もう一人は早々に諦めていた。


 諦めの言葉を投げかけられ、名残惜しそうにオズワルドの剣を眺めていたが、渋々立ち去っていく。


 足音が遠のいていくのを聞いてから、オズワルドは動き始める。



「どうやら慕われてはいないようだな」



 さっきの口ぶりからすると、盗みを働くのは日常茶飯事なのだろう。


 屋敷を見ているとわかるが、鉱山で手に入れた金はほとんど自分のために使っているのだろう。利己的な領主に心酔する民はいない。



「これは、私が手を出すまでもないかもしれないな」



 いずれ自滅していくであろうパームの未来を想像しながら、一本道の廊下の突き当りまで向かう。


 小さな小屋だった。


 扉を開くと、そこにいたのは…………女性が、三人。


 誰もが裸にひん剥かれ、見るも無惨な状態。


 両手は壁から伸びた鎖に繋がれており、逃げ出すことは不可能。


 誰かが入ってきたにも関わらず、反応を見せることはなく、三人は俯いたまま何も言葉を発しない。



「大丈夫か?」



 無事を確かめる声を投げかけた。


 女性たちの肩がビクリと跳ねる。


 ゆっくりとした動きで首を上げる、涙に濡れた顔には、殴られたであろうアザが幾つもあった。


 女性たちの姿を出来るだけ直視しないようにしながら、オズワルドは彼女たちにこう告げる。



「――――助けに来た」

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