追憶の王城
「巨大猪?」
「ああ、我々はジャイアントボアと呼んでいる」
ギルドの一室。
ギルド長の執務室であり、そこにオズワルドとシンシアは呼ばれた。
内容は、新たな指名依頼。
「それで、どうして私たちが?」
執務室にある一際大きなデスク。
そこの椅子に座る白髪の大柄の男性。
ゲルニア・バントという名のギルド長がデスクの前で立つオズワルドとシンシアを少し見上げた。
身に付けている眼鏡の端を持ち上げ、口を開く。
「このジャイアントボアという個体は、気性が荒く非常に獰猛なのだ。一頭いるだけで近くの村は危険に晒されるのだが……繁殖期なのか、複数頭の目撃例が上がった」
デスクの上に、一枚の紙を滑らせる。
紙には、ジャイアントボアと呼ばれる巨大猪の絵が描かれていた。
「………………」
その猪は、オズワルドには見覚えがあった。
「ジャイアントという名を冠しているほど、とても大きな猪だ。成体ともなれば、オズワルドくんの倍もある高さになるだろう」
「ギルド長」
オズワルドが声を上げ、絵の猪を指で何度か叩く。
「私は、この猪を退治したことがある」
「…………なんだって?」
「そうなの? いつのこと?」
「約二年前です。シンシア様を見つける前の事ですね」
「…………見つける前? 君は彼女の召喚を受けたのでは?」
そうなのだ。
シンシアの咄嗟についた嘘。
オズワルドは彼女が召喚した騎士という与太話は、尾ひれがついてヴェスト中に広まっていた。
「あ~………………」
「………………」
誤魔化そうと何か考えるシンシア。
沈黙を貫くオズワルド。
「召喚魔術など…………存在しない、ということかね?」
話をしない二人を見て何かを察したのか、次々に核心へと近づいていくゲルニア。
「おかしいと思ったんだ、人ひとりを呼ぶほどの召喚魔術だ、少しくらい記憶に残ってたっていいというのに、シンシアくんは何も覚えていないの一点張り」
「…………ごめん、オズ」
「いえ、元々このような嘘に問題があったのでしょう」
「……なんか、ごめんね」
二度謝罪したが、前者と後者では意味合いが少し違うようだ。
「ギルド長、二年もの間騙していて申し訳ない。しかし正直に言えない理由があった。それほどまでに、荒唐無稽な話なんだ」
「それは、ありもしない召喚魔術よりも荒唐無稽なのかね?」
「ああ、それよりもだ」
眼鏡の奥の目が細められ、オズワルドを見据える。
疑い、不信感、警戒心。
黒騎士に対して否定的な視線を、無遠慮にぶつけてきた。
「……聞かせてくれるんだろうね?」
「嫌だと言ったら?」
「ギルドの除名はほぼ間違いないだろうね」
「良いのか? 今回の指名依頼、他の者では荷が重いと踏んだが故の指名依頼なんだろう?」
「………………」
ゲルニアは押し黙り、思案する。
真実を聞かなければ、今まで通り。
困難な依頼を難なくこなす手駒を手元に置いておける。
だが、身元が不明瞭な者を手元に置いていても良いのだろうか?
そして何より。
聞きたい。
ゲルニア自身の知的好奇心を埋め尽くしたい。
だが、自分の興味と引き換えに貴重な戦力を失うのだ。
――どうする?
「……わかった、この件に関してはとりあえず後に置いておこう」
「…………自分から言っておいてなんだが、いいのか?」
ギルドを追い出される覚悟をしていたが、そうはならなかった。
「君の人となりはこの二年で見てきたつもりだからね。召喚魔術が無かったのは、まあ残念だけれど……オズワルドくんとシンシアくんの仕事っぷりを見ていれば、信頼に足る人物だというのは理解できる」
「恩に着る」
「ありがとうございます」
「構わない。だがもし機会があれば、話を聞かせてくれたら嬉しい」
そこで言葉を区切り、眼鏡を上げて咳払い一つ。
「じゃ、話を戻そう。ジャイアントボアを倒したことがあるって?」
「ああ、森を彷徨ってたら出くわしたんだ」
「……それで?」
「投げて、木を刺して倒した」
「ふざけてるのかね?」
「事実だ」
「……………………」
絶句する。
事もなげに言っているが、かの動物の大きさはオズワルドの倍程度。
つまり重さもそれだけ比例するということだ。
だというのに、放り投げて倒した。
その言葉に、ゲルニアは目眩を感じた。
「ま、まあいい……。少なくとも、三頭は目撃されている。それ以上いる可能性もあるが……それは、君の手腕に任せよう」
「ああ、了解した。ところで、場所は?」
「ここだ、ヴェストから街道沿いに北西に三日ほどの森の中」
デスクの上に地図を広げ、ペンで丸を描く。
そこは――――
………………。
…………。
……。
ヴェストを発って情報通り三日後。
件の森へと辿り着いた。
「この辺に、ベルガル王城跡があったの?」
「ええ、私はそこで目覚めました」
ゲルニアが地図で囲った場所は、元々王城があった付近の森だった。
朽ちて久しく、地図には城跡の記載はなかったので、大体の位置を記憶しておくことしか方法は無かった。
「ついでだから、見に行ってみよう」
「……よろしいのですか?」
「うん、オズの生まれ故郷みたいなものでしょ?」
「…………それは、どうなんでしょう」
千年後に目覚めた場所ではあるが。
意気揚々と森へ足を踏み入れるシンシアの後に、慌ててついていく。
「このまま真っ直ぐです」
追いつき、前に出て先導を始める。
獣道すら無く、足元がまともに見ることも出来ない程の藪。
だが、場所は分かる。
理由はわからないが、頭の中に位置がこびりついている。
これは、記憶というよりも結び付きだろう。
ベルガル王城とオズワルド、そしてシンシア。
それらがすべて見えない結び付きにより、巡り合わせる。
………………。
…………。
……。
「ここです」
当時の見る影もない、崩れ去った城の跡。
それでも、確実にここには、あった。
「……なんか、懐かしい感じ」
申し訳程度に残った壁には苔が生え。
屋根は全て無く、残った柱には螺旋に蔓が巻き付いている。
見るも無惨な場所だが、シンシアは不思議と安らぎを感じていた。
「ここがエントランスホールでした。右には食堂と厨房、左には近衛騎士と使用人の寝室が、そして左奥には――」
「倉庫や宝物庫へ続く通路、だよね?」
「そ……そうです」
「なんでかな、来たことが無い場所なのに間取りが鮮明に思い出せるの」
恐らくは王としての記憶。
引き上げることの出来ない程に記憶の泥の底に眠っていた知識が、足を踏み入れたことにより自然に浮上した。
「あれ? これは……」
シンシアが何かを拾い上げる。
それは、青い石……いや、宝石。
石を持った瞬間、シンシアの周囲が光り始めた。
「え、なにこれ……っ!?」
「シンシア様っ!!」
慌てて傍に駆け寄るオズワルド、石を手から離そうとするが。
光は一層大きくなり、二人の身体を包みこんでいく。
五感が奪われていく。
しかし奪われたのは一瞬のこと。
次第に取り戻される五感。
シンシアは眩しさから目を閉じていたが、開く。
視界に飛び込んできたものは――
「――え?」
「これは……こんなことが……」
隣りにいたオズワルドも、信じられないという呟きを漏らす。
中央に敷かれた赤い絨毯。
左の扉からは人が忙しなく出入りをしている。
誰もが慌てた様子だった。
「ここは……城の中?」
「ええ、千年経った今でも忘れもしません。当時の王城です」
シンシアに向かって、使用人の一人が走り寄ってくる。
視線はシンシアに向いていない、このままではぶつかってしまう。
「わ、わっ……!」
慌てて動こうとするが、全速力で走る使用人の方が速い。
ぶつかる、と衝撃に構えるが。
使用人の体はすり抜けていった。
「見えていない……ようですね」
「うん、まるで私たちはここに存在していないみたい……」
兵士や使用人が慌ただしく走り回る中、豪奢な衣装を纏った男たちは、中央から少し外れた場所で円を組んでいた。
意識を集中すると、声が聞こえてくる。
『この国はもう終わりだ……』
口元にヒゲをはやした男性が、悲痛に声を漏らした。
『筆頭近衛騎士は? オズワルド様はいったいどちらへ行かれたのだ!?』
大柄だが、気の弱そうな顔をした男性は震えながら叫んだ。
『あの人はもう前線に出てる! だが、あの数では……!』
杖をついた初老の男性は、疲れた顔で項垂れた。
『あんな王についてきたのが間違いだった……! あのような悪王にっ!』
一際小柄な男性は、唇を噛み締めながら憎々しげに言い放った。
『王は一体何処へ行かれたというのですか!?』
愛用の扇子を握りつぶし、ドレスの裾を引きずる女性は狼狽しながら尋ねた。
『アレは玉座の間に引きこもっておる、まったく、この期に及んで我が身が大事と見える』
筋肉隆々な大柄な男性は、左の手のひらに右拳を打ち付けて怒りを露わにする。
『申し上げます! 帝国は城壁を破壊し内部に侵入! 市街へ突入しております!』
外へ繋がる大きな扉から、一人の兵士が駆け込んでくる。
背中には矢が幾つも刺さり、かなりの強度を誇るはずの鎧はあちこちが欠けていた。
「帝国っていうことは……つまり」
「そうですね、グロリア帝国との最後の戦いのようです」
籠城していたが、帝国は城壁を破壊し内部へ侵入。
それにより、ベルガル王国は滅亡の道を辿ることになった。
『皆落ち着くのだ! 我らにはオズワルド様がついておる!』
大柄だが気の弱そうな男性が、オズワルドの名前を挙げて鼓舞する。
「オズ、ここでも人気だったんだね」
「そのようですね、自覚はありませんでしたが。王の期待に応えるのに必死でしたから」
『て、帝国が来たぞっ!!』
悲鳴があちらこちらから起こる。
城内の防衛にあたっていた兵士は慌てて扉を閉めて、閂をかける。
直後、ドォンという衝撃音。
体当りしたのか、物をぶつけたのか。
最早門の前にいるのは間違いなかった。
「………………」
生々しい追体験に、生唾を飲み込むシンシア。
オズワルドは、追体験といえど何も出来ない自分に怒りを感じていた。
『ダメだ! 降伏するんだ!』
「それだけはいけないっ!!」
オズワルドは声を上げる。
「奴らは、帝国は降伏を受け入れた振りをして矢を射掛けるような卑劣極まりない集団だ! 殺されに行くだけだぞ!!」
「オズ……」
「剣を持て! 戦うのだ! ベルガル王国には私がいる! 王がいる!」
『剣を持て! 戦うのだ! ベルガル王国には私がいる! 王がいる!』
『おお……! オズワルド様!!』
オズワルドの声が届いたわけではない。
皆は二階を見上げている。
貴賓室として使われていた部屋の扉から、オズワルドと同じ鎧を身に纏った黒騎士が現れた。
過去の黒騎士と現在の黒騎士が、同時に発言をしたのだ。
一言一句違わず。
扉からは、メキメキと閂がひび割れる音。
突入は時間の問題だろう。
『戦え! 王国に正義あり! 我らが王に大義あり!』
兵士たちは雄叫びを上げ、自らを奮い立たせる。
扉が破られる。
扉から入り込んだのは、光だった。
目を開けていられないほどの光がシンシアとオズワルドを包み込み。
――次の瞬間、王城は朽ち果てていた。
「……戻ってきた、の?」
「………………」
苔の生えた壁、蔓が巻き付いた柱。
森に囲まれた廃城だった。
「あれ、石が……」
追体験をするきっかけとなった青い石は、いつの間にかシンシアの手の中から消えていた。
足元を見回すが、何処にも落ちていない。
「……………………」
シンシアは探すのを諦め、俯いたまま体を震わせるオズワルドに声を掛ける。
「オズ……大丈夫?」
「……はい、平気です」
嘘である。
内心憤懣やる方ない気持ちで満たされ、戦えなかった自分の不甲斐なさを感じている。
「それにしても……王様は凄く悪様に言われてたね」
「あれは、保身のみを考えた貴族が、敗色濃厚だからと王に全責任をかぶせただけです」
「……そっか」
「……………………」
――いかん。
あれは過去の出来事だ。
今の、目の前の王に心配をかけるわけにはいかない。
気持ちを必死に押し殺す。
怒りを、焦りを、悲しみを圧縮していく。
「申し訳ありません、シンシア様。もう大丈夫です」
「本当に?」
「はい、本当です」
兜の中で笑って見せる。
シンシアには見えない部分だが。
骨となった身だ、笑顔を表現はできはしない。
「うん、じゃあ……行こうか」
しかし、シンシアはなんとなく感じ取ったのだろう。
微笑み返すようにして、踵を返した。
「………………」
オズワルドは最後に振り返り、一度だけ城に向けて傅いた。
――今世の王は、必ず護ってみせます。
読んでくださってありがとうございました。
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