自立心
港へと向かっている道すがら、シンシアが突然言い出した。
「今日は、一人で買い出しに行ってもいい?」
無論オズワルドは即座に却下する。
「ダメです」
「でも……」
「いけません」
取り付く島もないオズワルド。シンシアはネネに助けの視線を送る。
その視線には気付いているが、ネネは気付いていない振り。
「我々はお尋ね者なのです、一人で不用心に歩いているとどんな目にあうか……」
「わかるけど、でも私は……」
言い淀む。
一人では何も出来ない現実。一人で送り出すのは不安に思われているという真実。
しかし不安に思うのは当然のこと。
「貴女様は王なのです。王たる者、泰然自若と構えた上で私にお任せくだされば」
「城も何もない肩書だけの王だけどね」
ネネがぽそりと呟いた。そんな彼女へとオズワルドは非難めいた視線を送る。
「それに、お尋ね者で一番目立ってるのはオズワルド、あんたよ?」
気付いていない振りをしていた割には、全力でシンシアを援護しているネネであった。
味方をしようと思っているわけではない。しかし、完全に庇護下に置こうと考えているオズワルドの考えが気に入らない。
「シンシアには買い物一つ出来ないと思ってるの?」
「王にはそんな雑務など必要ないと言っているのだ」
「下々の雑多を認知できない王が賢王になれるとでも?」
「む…………」
言葉を詰まらせる。
その言には一理あったからだ。
「私、ここに来てから何もしてない。ちょっとは役に立ちたいの」
「ですが、他のことでも……」
未だ渋る従者に、業を煮やし始めたネネ。
「あーもう! あんたは石橋を鉄橋にしてからじゃないと渡らせないの!?」
「それが安全であればあるほど良いだろう」
「そうやって舗装された道を歩いてるだけの王が逆境に立ち向かえるのかしらね」「ネネ、オズワルド様にそんな口の利き方!」
「オズ、お願い」
見上げるシンシアの瞳を、覗き込む。
自分がついて回るだけのお荷物ではないと言うことを、自らの行動を以て証明したい。
それは買い物だろうが洗濯だろうが何でも良かった。
「……………………わかり……ました」
黒騎士にとって苦渋の決断である。
しかし王の意思を重んじるのも従者の役目、彼はそう自分に言い聞かせる。
「ありがとう!」
「……まるで親馬鹿ね」
ネネの軽いため息を締めとして、シンシアの一人旅は幕を開けた。
――――――――――
グロリア帝国西の都、ヴェストから少し東にある小さな街。
都近くの為物流が盛んであり人が大勢行き交う街、そこにシンシアは一人いた。
そして、少し離れたところではネネが後をつける。無論シンシアは知らない。
オズワルドは、村はずれの木の中で待機していた。目立つからである。
「まったく、どうして私がこんなことを……」
気付かれないように後をつけるネネは独りごちる。
『オズワルド様に頼まれたのです、どうしてなんて考える必要なんてありませんよ』
街中ということもあり、ネーディスは口には出さずに心に語りかける。
オズワルド絶対至上主義であるネーディスは頼まれ事に異論を持つことは決して無いが、そうではないネネは嘆息する。
――結局、親馬鹿ってだけじゃない。
一方、シンシアは使命感に胸を燃やして浮かれていた。
任務は三日分の食料。彼女にとっては造作もないことである。
だったのだが。
「嬢ちゃん、金が足りねえよ?」
「え……っ」
三日分には到底足りない金銭であった。
先日アレフに大半を渡したことで、路銀は既に底をつきかけていた。
「あ、あの……何かお手伝いすることはありませんか? な、なんでもしますので……!」
「無いよ、手は足りてるんだ! さあ行った行った!」
金を持ってないと知るや客扱いをしなくなった店主は、無造作に追い払う仕草。
困り果てたシンシアはそのまま立ち尽くして考える。
「…………はあ」
邪魔に思った店主は怒鳴って追い払おうと息を吸う。
そしてシンシアを見た。
「………………」
吸った息はシンシアの顔を改めて見た時に、思わず飲み込んだ。
オレンジ色の艷やかな髪、整った容姿。身綺麗な体。
「…………なんでもするって、言ったよな」
「っ…………は、はいっ!」
代案を持ちかけられた少女は顔を輝かせて頷く。
「バカ……!」
ネネはそんな少女を遠目から見て悪態をついた。
シンシアは店主の視線が下卑たものに変わったことに気付いていない。
「なら、裏で肉体労働をしてもらおうか……?」
「わかりました、任せてください!」
特に裏を感じる気配もなく二つ返事である。
そのまま店の裏へ回ろうとしたシンシアの首根っこを掴み、引きずる手があった。
「あっ!?」
「お、おい! 何処行くんだよ!?」
店主が声を掛けるが、引きずられるシンシアはなすがまま連行されていった。
引きずられていった先は、少し人通りが外れた裏路地。
少女の首根っこを掴んでいた腕の主はもちろんネネ。
解放するや否や、シンシアを怒鳴りつけた。
「この……バカ!!」
「……え、ネネ? なんで? え、バカ?」
頭に疑問符を幾つも浮かびあげながら、ネネを丸くした目で見つめる。
何も解っていないシンシアに、更に憤る。
「あのおっさんが、何を望んでたかまだ気付いてないの!?」
「え? 肉体労働って言ってたし……芋の皮むき……とか?」
「……………………はあぁぁ…………」
盛大なため息を吐いた後、ネネはシンシアを睨みつける。
「おっさんはあんたに、えっちな事をさせようとしてたのよ」
「………………うそ」
ホント、と言いながらため息を再度吐いた。
「あんた、あれだけ人の悪意を見ていながら、察するのはとんでもなく苦手なのね……」
人を信じる心、それは平和のための一歩ではあるが。
悪意しか持っていない人間もまた存在する。
「こんなんじゃ、オズにまた……」
落ち込むシンシア。ネネは黙って見つめているが、やがてそっぽを向いて言った。
「言わないわよ、別に」
「ホント?」
「ええ、言ったが最後この街を壊滅させるかもしれないしね」
「流石にそこまでは……」
少し訪れる沈黙。
その間にもシンシアは考えていた。
足りない路銀、足りない食料。
仕事をするにも身分はお尋ね者だ。
「どうすれば、いいかな?」
ネネに助言を請うが、当の少女はそっぽを向いたままである。
「言っても良いの?」
「え?」
「言えば、あんた一人で事を成し遂げた、ってことにはならないけど?」
「…………頑張る」
「ええ、本当にヤバくなったらさっきみたいに助けてあげる」
「ありがとう」
礼を言って、シンシアは大通りへと進んで行く。
その背中を見送りながら、口を開いた。
「世話が焼けますね」
その声は高く、ネーディスであるとわかる。
「でも、口出ししなかったっていうことは、最近は憎からず思ってるんじゃないの?」
傍目から見れば一人で会話しているように思えるが、周囲には誰もいない。
「……知りません」
彼女はハワード王ではない。悪王というフィルターを外してみてしまえば、彼女はうら若き少女である。
少々世間知らずなところはあるが、心優しい綺麗な心を持った少女なのだ。
その事実を目の当たりにすると、ネーディスのシンシア嫌いは少しだけ軟化していたのであった。
そして。
何件も何件も回り仕事と引き換えに食料を分けてもらうことを提案し続けた。
断られ、断られ続け、諦めようとしていたが、宿屋での給仕を対価に食事を分けてもらう事を女将によって約束された。
夜まで働き続け、見事三日分の食料を持ち帰ったシンシアに、オズワルドは。
「お見事です!」
もしも骨で無ければ咽び泣いているであろう感涙っぷりであった。
感動して傅くオズワルドを見て、何処か得意げなシンシア。
そんな彼女に、ネネは耳元で呟いた。
「良かったわね」
「……うんっ」
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