抵抗軍と善と悪
村に滞在して数日。
「もう行くのかい?」
ロークと名乗った帝国の兵士がシンシアに問う。
「もっといても……それこそ、ここに住んでもいいんだよ?」
この村の人たちは皆暖かく、優しかった。
気持ちに余裕があるがために、人に優しくできるのだろう。
そういった気概は、今の帝国では貴重である。
「ありがとうございます。でも……旅を続けたいので」
シンシアはこれに、丁重に辞退する。
彼女の目的は、村に留まっていては成し遂げられない願い。
「服を頂いたり、良くしていただいたり……ありがとうございました」
ぺこり、と。
深く一礼。
「じゃあ……ちょっと待って、僕らもこれから街に戻るところなんだ、よかったら途中まで一緒にどうかな?」
「ええと…………」
シンシアはオズワルドをちらりと横目で見る。
オズワルドは黙する。
どちらを選択しても構わないと思ったからだ。
「いえ、すみません」
だが、シンシアは拒否。
「そっか……ううん、いいんだ。じゃあ、また会うことがあったら」
「はい、また」
ロークたち帝国の一行は、それぞれ馬に乗って村を去る。
村の人々は去って行くロークたちを総出で送り出していた。
「よろしかったのですか?」
「いいんです、悪い人たちでは無いと思うんですけど…………二人で旅をする方が、やっぱり楽しいじゃないですか」
笑顔を見せるシンシアに、嘘の感情は含まれていない。
「……そうですね、私も……シンシア様と二人のほうが、楽しいです」
朽ちた身とはいえ、感情がないわけではない。
喜怒哀楽といった根幹的な感情は存在する。
基本的に主の為と押し殺しているだけで。
オズワルドも、彼女との旅を楽しんでいたのは事実であった。
「良かった、オズさんも一緒の気持ちで。もし私だけならどうしようかと思いました」
照れくささから、軽く舌を出しておどけて見せるシンシア。
オズワルドが何かを言う前に、村の外へと足を向ける。
「さあっ、行きましょう! 次に何があるかわかりませんけど、道の続く限り!」
「はい、参りましょう」
シンシアは束ねたオレンジの髪を左右に揺らし、元気よく村を出る。
村からは、村人たちが送り出す声。
声に向けて、シンシアは大きく手を振る。
オズワルドは右手を胸元にあてがい、小さく頭を下げた。
歩き出す。
背中から強風。
それはあたかも、二人の旅路の背中を押す、空からの祝福であった。
歩くこと少し。
平原なので周囲の見晴らしは良い。
獣の存在も見当たらず、危険はない。
シンシアの足取りは軽い、前に進んでは時折振り返り、オズワルドの所まで駆け寄ってくる。
十六という年齢にしては幼さの残る立ち振舞ではあるが。
つい先日まで、人や獣に怯え息を殺す日々だったのだ。
そういった危険から解放され、子供の頃に味わうことの出来なかった太陽と風を全身で味わう。
誰が咎めることが出来ようか。
「……シンシア様」
だが、視線の先がそうはさせてくれなかった。
まだ小さくはあるが、馬が五頭。
馬の隣には、ロークたち兵士が。
どうやら剣を抜いて、何かと対峙している。
「行きましょう!」
「わかりました」
シンシアの肩に手を回し、膝の裏にもう片手を差し入れ。
持ち上げる。
「わっ……わわっ…………!」
「捕まってくださいシンシア様!」
彼女がしっかりとしがみついているのを確認したオズワルドは、走る。
それは、現在の成人男性を遥かに凌ぐ速さ。
ともすれば馬の全力と並走するか、それ以上。
魔術等を使っているわけではない。
これは彼が近衛騎士たるための、純然たるフィジカルから出される速度。
豆粒程度だった影がどんどんと大きくなり。
辿り着くのは、然程時間を要さなかった。
「ロークさん! 皆さん!」
「シンシアちゃん!?」
ロークたちはシンシアを一瞥して、目の前の人間たちに向き合う。
オズワルドはシンシアをゆっくりと下ろし、帝国の兵士に向き合っている者の正体を確かめる。
数は十人程の男たち。
何度か見た盗賊のような粗暴な見た目ではない。
衣服は少し汚れているが、不潔と言うほどでもない。
隙のない隊列を組み、帝国兵士へと立ちはだかる。
各々が剣と盾を持ち、憎々しげに兵士たちを睨みつけている。
それは盗賊よりも統率された動き。
兵士のそれに近いものであった。
少女を抱いた黒い騎士が現れたことで一瞬たじろいだが、それも一瞬。
「シンシアちゃん離れて! 近付いたら危ないよ!」
「なんだお前たちは! お前たちも帝国の仲間なのか!?」
「貴方たちは、一体……?」
シンシアの疑問に、ロークが彼らから視線を外さずに答える。
「彼らは、反帝国運動を重ねる抵抗軍なんだ」
「何が抵抗軍だ! 自然の道理から外れ、共存の摂理に背いた支配主義者が!」
「帝国の……抵抗軍」
シンシアは悩む。
自分たちは本来、あそこの立ち位置ではないのだろうか?
レギルバーン大陸を支配、統治して尚重税を課し、人々を圧政に苦しめている。
数日前であれば、何も考えずにあちら側に立っただろう。
だが、国が膿んでいたとしても、兵士たちは腐っていないということを、知ってしまった。
今となっては、どっちつかずな立ち位置になってしまっていた。
「その金も、何処かの村から搾り取った税金だろう!」
抵抗軍の一人は、剣で兵士の革袋を指す。
確かに、それは先ほど村から集めた税金だ。
だが。
「待ってください! この人たちは税金が集まるまで数日待ってあげてるんです!」
シンシアが間に入って取り持とうとする。
「だが結局奪い取った! その金で、村の皆はどれだけ楽が出来たと思う! 彼らは明日から何を食べればいい!?」
「無駄だよシンシアちゃん、彼らに話は通じない。自分が正しいと信じ続けてるんだ」
「それは貴様らもだろ! 盲目的に帝国を崇拝するくそったれ兵士が!」
「………………」
無駄だ。
彼らはお互いに平行線。
信じている正義は決して交わることがない。
シンシアは助けを求めるようにオズワルドを見る。
その視線を受け、頷いたオズワルドは前に出る。
「な、なんだお前…………!」
間に唐突に現れた漆黒の騎士に、少し怯む抵抗軍たち。
「オズワルドさん……」
助けが来たとばかりに安堵するローク。
「…………………………」
オズワルドは無言のまま、抵抗軍を見る。
見つめ続ける。
「く……くそっ! 先にこいつからやってしまえ!」
帝国の兵士が彼らに警戒心を抱いていないことから、帝国ゆかりの者だろうと判断した抵抗軍は。
異様な雰囲気を放つオズワルドに対して、武器を構える。
オズワルドは鞘に仕舞ったままの剣を片手で構え、相対する。
一人が振りかぶりながら踏み込む。
相手の剣を左手で掴み、止める。
右手に握った剣で、相手の側頭部を殴打。
横に吹っ飛んだ抵抗軍は、剣を手放して気絶した。
掴んだままの相手の剣を適当な場所に捨て、残りに向き合う。
一方的な打ち合い。
ある者は盾で殴打しようとするが、あっさりと躱され殴り飛ばされる。
剣は流され、盾は飛ばされ。
剣で殴られ、盾で殴られ。
誰一人として殺さずに、抵抗軍を無力化した。
呻きながら蹲る抵抗軍たち。
「あ、ありがとうオズワルドさん」
ロークたちは剣を鞘に仕舞い、オズワルドの近くに寄る。
だが。
「……何か勘違いしていないか?」
「え?」
「次はお前たちだ」
「えっ、ちょ、ちょっとっ!? オズさん!?」
相手は剣を持っていないので、オズワルドも腰に差して。
握り込んだ拳でロークの左頬を捉える。
「がはっ!?」
突如、いきなり仲間が殴り倒されて戸惑う仲間たち。
つかつかと近付くオズワルドに対応できず、一人、また一人と殴り倒されていく。
シンシアとオズワルドを除いて、全員がオズワルドによって地面に伏している。
「…………よし」
「よし…………じゃないですよっ!? いったい、なんで、どうして全員やっちゃったんですか!?」
「私は、帝国を悪と感じていますし、それが今後覆ることは無いと思っています」
「え? ……あ、はい」
「ですが、帝国に仕える兵士一人ひとりが悪ではないと認識を改めました」
家族思いの兵士もいれば。
他の村人でさえ慈悲をかける兵士もいるだろう。
勿論、非道な兵士もいるだろう。
「だというのに、お互いが話を聞かずに自らの意見をぶつけるだけ」
帝国はイコールで悪である。
帝国のために働く者はおしなべて悪である。
「少し頭を冷やしてもらおうと思いまして」
「だ、だからって……」
シンシアは見渡す。
蹲る帝国の兵士と抵抗軍。
馬だけは素知らぬ顔で草を食んでいた。
………………。
…………。
お互いの武器をオズワルドに奪われ、素手で睨み合う両陣営。
おずおずとシンシアが間に入り、話し始める。
「ま、まず……ロークさんたちは、特別悪い帝国の人間というわけではありません」
「嘘だっ!!」
「………………」
間髪入れず大声で否定の声を上げる抵抗軍に対し、オズワルドは拳で脅しをかける。
「本当です。彼の生まれの村でして、期限までに集まらなかった税を数日待ってたりしていました。その際に私たちもいて、宴を開いてもらったりしたんですよ?」
「…………到底信じられない。口裏を合わせてるかもしれないじゃないか」
「あちらに村があるので、そこにいる村人の方に聞いてみればハッキリすると思いますよ。流石に全員が口裏を合わせるのは難しいでしょうし」
抵抗軍の一人が、味方の一人に目配せする。
頷いた味方は、オズワルドに怯えながらも村へと走って行った。
「………………」
両陣営に気まずい雰囲気が流れる。
オズワルドはその間に立って、腕を組みながら威圧する。
「………………」
その空気に、シンシアも気まずさを覚えていた。
「お、オズさん……もう少し殺気を静めてもらってもいいですか?」
「……しかし」
チラリと。
抵抗軍を見やる。
視線に気づいた彼らの一人が、観念したように腕を広げ。
「俺たちは帝国には負けてないが…………あんたには負けた。あんたに従うよ」
「…………そうか」
少し警戒を解く。
張り詰めた空気が、少し緩んだ気がした。
そうしてる間に、村の様子を見に行った抵抗軍の兵士が戻ってきた。
「………………本当でした。生まれも、宴も、税を待ったのも、すべて」
「…………そうか」
戦闘の意思を失った抵抗軍に対して、シンシアは口を開く。
「帝国全体で見れば、良い国には見えないと思います。けれど、一人ひとりはまた別です!」
今回は感情が昂っていない為か、王としての威厳は出ていない。
だが、シンシアは真摯に言葉を伝えようとしていた。
その様子を見て心打たれたのか。
やがて対話の意思を持つようになった抵抗軍に対して、ロークは説明し始める。
「知ってるんだ、帝国が良くないって。いや、むしろよくないからこそ、僕は帝国の兵士になった」
「……どういうことですか?」
「僕が兵士になって、村の税を徴収して回る任に就ければ、連れて行かれる村人たちを減らせる、むやみに連行されていく人たちを少なく出来る、って…………」
「だが、今日も近くの村で一人連れて行かれたんだぞ!」
「僕たちだって、出来れば連れて行かれる人を無くしたいけど! 手に届く範囲しか守れないんだ、しょうがないじゃないか!」
激情のまま反論しようとする抵抗軍を、オズワルドは遮った。
「彼らは家族と、その周りを守っただけだ。責められる謂れがあるのか?」
「だが…………」
「ならお前たちはどうだ? 大陸の反対側にある村を救えるのか、今ここで」
無理難題を他人に押し付け、自らの溜飲を下げる。
そのやり方に、オズワルドは辟易としていた。
まるで子どもの癇癪だ。
「もう少し、落ち着いて周りを見ろ。帝国は強大だ、見る目を養い味方を作れ、敵をむやみに作り出すな」
それは、オズワルドが常々考えていること。
単身でどうにか出来る相手ではない。
信頼できる友を作り、来たるべき時に向けて仲間を増やす。
現在はシンシアの衣食住の確保を最優先に動いているが、いずれは着手するべき問題として見ていた。
「……………………ああ、わかった」
「……よし、ならもう行け。今度は殴らせるなよ」
「そうだな、こんな色んな意味で痛いのはもう懲り懲りだ」
抵抗軍たちは自分の武器を回収し、街道から外れた草むらへと消えていく。
彼らが戦う日々を変えるのは不可能だ、だが。
「少しでも良くなってくれると、いいですよね」
「ええ、そう願います」
「…………ありがとう、二人とも」
ロークたち五人は、深々と頭を下げる。
「君たちが来てくれてなかったら、今頃どちらかの血が流れていたと思う。本当に礼を言うよ」
「良いんですっ! これも人助けですから!」
「人助け…………そうだね、じゃあ僕たちも助けてもらったお礼をしなくちゃ」
「いえ、そんな――」
「僕に思いついたことがあるんだ、一緒に付いてきてもらえないかな?」
ロークの提案に、シンシアは小首をかしげる。
「……何処にですか?」
「――――帝国の街にだよ」
読んでくださってありがとうございました。
もしよろしければ、評価等をお願い致します。




