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目覚め、そして


 とある森の話だ。


 大陸の西側に鬱蒼と生い茂る暗い森があった。


 そこは近隣の住民からは『魔の森』と呼ばれ忌避されていた。


 樹を切りにいった木こりが自分の斧で絶命したり。


 調査に赴いた兵士が帰らぬ人となったからだ。


 人々はまことしやかに囁く。


――あそこの森が呪われているのは、森の中にある城のせいだ……と。


 五百年ほど前、帝国によって滅ぼされた王国があった。


 名はベルガル王国。


 その朽ちた城の中の一室で、一つの影が動き始めていた――



――――――――――



 城の中、貴賓室だろうか。


 棚やテーブルがなぎ倒され、見るも無惨な光景。


 そんな中で、一人が体を起こした。


 灯りの無い部屋では保護色となる漆黒の鎧。


 胸元にはベルガル王国の紋章が刻まれている。


 思ったように体を動かせない、うつ伏せだった体を腕の力だけで起き上がった。


「…………ここは……」


 呟く。


 動きづらい体とは裏腹に、声だけは低く遠く響く。


 近くにあったフルフェイスヘルムを手に取り、脇に抱えて立ち上がる。


 周囲には全損したテーブルや…………かつては高価だっただろう調度品の残骸。


 鋭利な物で切り裂かれたであろうソファー。


「………………私は……?」


 頭が働かない。


 ここは何処だ、私は一体?


 フラフラと歩き始める。


――何か、大切な物があったような……。


 漠然とした焦燥感に背中を押されるように、部屋を出た。


 出た先は廊下。


 カーペットやカーテンが見るも無惨な姿だった。


 人の気配はない。


 カーテンから差し込む月明かりだけでは光源としては心許ない。


 しかし黒の鎧を着た兵士の足は淀みがない。


 暗い長い廊下を全て見えているかのような、迷いの見えない足取りだった。


 突き当りの扉を開くと、出た先はとても大きなエントランスホール。


 兵士は二階部分におり、一階部分が良く見えた。


 折れた柱、中央にある破れた赤い絨毯。


 豪奢だった頃の面影はない。


「……王城の…………ホール?」


 しかし彼には覚えがあった。


 毎日通った場所、人がひしめくエントランス。


 様々な人に声を掛けられた。



『オズワルド様、ご機嫌麗しゅう』

『オズワルド様、兵のことでご相談が……』

『オズワルド様、陛下のご加減は如何でしょうか?』



「……オズワルド」


 そう、その名前は。


「私の名前……」


 オズワルド・ガベル。


 ベルガル王国国王近衛騎士隊長。


 それが彼の肩書。


「……陛下…………っ!!」


 頭が覚醒した頃には、体は思うように動かせるようになっていた。


 王を探すために走り出す。


 まずは玉座の間。


 ひときわ大きな扉を開く。


 そこはがらんとした空間だった。


 かつては威厳があったその広間も、肝心の王がいないとただの廃墟である。


 傷だらけの玉座を見る。


「どちらに……部屋か?」


 王の自室を目指す。


 そこに行くまでの廊下も荒れ果てていた。


 何があったのかは分からない。


 だが、この惨状だ。


「陛下の身が危険なことは間違いない……!」


 走る。


 王の自室ではあるが、ノックもせずに扉を開く。


 在りし日ではとんでもない無礼ではあるが、オズワルドにはある種の予感があった。


「やはり、いないか……」


 ボロボロの室内。


 見る影もない天蓋付きのベッドや、破り捨てられた王の肖像画。


 黒騎士の足元でパキリという音が。


 見てみると、割れた姿見の破片だった。


 なんとなく姿見を見てみると、そこには。


 黒い鎧、胸元には王国の紋章。


 小脇に抱えたフルフェイスヘルム、そして。


 黒い鎧を着た――――骸骨がそこにいた。


「………………っ!?」


 驚いて振り返る、だがそこには誰も居ない。


 向き直る、そこには向き直る動作の途中の骸骨がいた。


 右手を挙げる、鏡の向こうも左手……いや、右手を挙げた。


 オズワルドは自身の顔に触れてみる、だが篭手で何もわからない。


 篭手を外してみる。


 そこにあったのは人の手ではない、骨の手であった。


「なっ…………?」


 鏡を見ると、右手の篭手を外した骸骨がいた。


「私が、このような姿に……?」


 何故? どうして?


 勿論答えはない。


 だが、今は自分の姿などどうでもいい。


「国王様……っ!」


 近衛騎士として、国王の傍にいなくてはならない。


 自分の姿の疑問はさておき、フルフェイスヘルムを被る。


 左腰に携えた剣を確認して、走り始めた。



――――――――――



「いない……」


 浴場、食堂や使用人の部屋や騎士の部屋、果ては倉庫まで探したが。


 あるのは白骨死体ばかりだった。


 古い物から、比較的新しい白骨死体まで。


 おそらくは盗掘者だろう。


 この王城は瘴気が多く蝕んでいる。


 過度な瘴気に身を投じ、自身の身を滅ぼしたのであろう。


「はあ……」


 エントランスホールの二階へと続く階段に腰を下ろす。


 走り回っていたが不思議と疲れていない、座ったのは疲労からではなく落胆。


 国王もおらず、仲間も居ない。


 不安な感情に身を苛まれる。


 その時だった。


 王城の入口の扉が開く。


「……っ!?」


 弾かれたように顔を上げるオズワルド。


 入ってきた人影は三人。


 オズワルドは立ち上がり、歩み寄った。


 三人の人影は酷く狼狽した様子でオズワルドを指差す。


 それもその筈、この城には誰も居ないはず。


 五百年も前に滅んだ国の城、魔の森と忌み嫌われる森の中心。


 動く人間がいるとは思っていなかったのだ。


 慌てふためく人影の胸元に、オズワルドは目をやる。


 白い鎧、そして。


「帝国…………っ!!」


 ベルガル王国を滅ぼした国。


 オズワルドにとっては憎き敵である。


「性懲りも無く、攻め入るとでもいうのか!!」


 踏み込みと同時に抜剣、そのまま一人を斬り伏せた。


 斬り伏せた剣は、無惨にも砕け散る。


 五百年もの間手入れせずにいた剣だ、この結末は自明の理だろう。


 残りの二人も慌てて剣を抜く。


 その間にオズワルドは斬り伏せた一人から剣を奪う。


 叫び声を上げながら向かってくる帝国兵士を難なく斬り伏せ、黒騎士は帝国の拙い剣術を鼻で笑う。


 しかしまだ入口の向こう側にも人の気配があった。


 扉を少し開き、斬り伏せた死体を放り投げる。


 狼狽えた声。


 その声を聞いた瞬間、オズワルドは外に向かって身を躍らせた。


 黒騎士の姿を捉えたときには既に遅く、前列にいた兵士たちは次々と倒される。


 その背後には弓を持った兵士や、杖を持った魔術士たち。


 更に背後、そこには馬を持ったひときわ上等な装備に身を包んだ者がいた。


 あれが指揮官、オズワルドは瞬時にそう判断する。


 体勢を整えられる前に指揮官へと飛びかかった。


 しかし一部の兵士が身を挺してオズワルドの進行を阻む。


「ちっ…………!」


 やむを得ず下がる、扉の前で単身対峙した。


 隊列を整えながらもどよめく兵士たちを、指揮官は一声で静める。


「お前は……何者だ?」


「私は……ベルガル王国国王近衛騎士隊長、オズワルド・ガベル」


 またもざわめく。


「ベルガル王国だと……? 五百年も前に滅んだ国を騙って何を成す?」


「五百年……何をバカな、私は王の城を護るだけだ、貴様たちのような侵略者からな」


 それだけの時が経っていることをオズワルドは信じない。


 今の彼は使命感のみに突き動かされている。


 王が見えなくとも、城だけは護らなくてはならない。


「私は名乗った。そちらも名乗ってはどうかな。それとも帝国のような蛮族国に口上など持ち合わせていないか」


「ふ……拙い挑発だ。そうやすやすと身分を明かすほど私の名は安くないのでな」


――ということは、帝国内でも重要な人物か。


 会話の中で相手の身分を探る。


 確信には至っていないが、推測は出来た。


 事実オズワルドの推測は正しい、彼は帝国の第三王子。


 王位継承を争うべく魔の森を浄化する功績を求めてやってきたのだ。


「陛下の城は、貴様たちのような輩には指一本触れさせん」


 黒騎士は構える。


「しかし単身何が出来る。やれ」


 王子が指示を出すと、剣と盾を持った兵士が一列となってじわじわと詰めてくる。


 半円となり、オズワルドを囲む。


「数で押せば勝てるとでも……?」


 オズワルドは足元の死体を拾い上げ、囲んだ一角に投げつける。


 兵士は盾で受け止め、盾を下げると……黒騎士はそこにはいなかった。


 周りの兵士は上だと声を上げるが、受け止めた兵士がその言葉を理解する時間はなかった。


 空から降ってきたオズワルドに脳天を突き刺され、絶命。


 オズワルドはまたも跳躍。


 先程の攻撃を見た兵士は盾を上に構える。


 黒騎士は元の位置に着地して、がら空きになった兵士たちの足目掛けて剣を振るう。


 紙を裂くが如く簡単に斬り落とす。


「並の腕前ではないな。だが遠距離ならどうだ?」


 弓兵が射掛ける。


 足を斬り落とされ倒れ伏す兵士を片手で引っ張り上げ、盾にする。


 幾つもの矢が刺さり響く悲鳴。


 弓兵の手が怯む。


 その隙を見逃すオズワルドではない、瞬時に踏み込み弓兵の群れの中へと身を投じた。


 敵陣の中から聞こえる悲痛な叫び声。


 どんどんと倒れ伏し、黒騎士の姿が見える頃には、弓兵は数えるほどしか残っていなかった。


「くっ…………だが、魔術なら!!」


 王子は更に指示を出す。


 そこには灰色のローブを着た杖を持った人物が何人も。


 ローブを着た魔術士は木の杖を頭上に掲げ、全員が何かを唱え始める。


 すると、魔術士たちの頭上に巨大な火球が現れる。


「剣の達人といえど、この大きさの魔術には対抗出来まい!」


「………………」


 オズワルドは何も言わない。


 確かに直撃すればひとたまりもないだろう。


――なら、直撃しなければいい。


 火球が魔術士たちから離れ、ゆっくりと迫りくる。


 その間にオズワルドは数多の死体を、両手で持ち上げた。


 人間の腕力では成し得ない荒業。


 幾人もの死体を、魔術に投げて放り投げる。


 爆発音。


 とても強烈な爆風がオズワルドや魔術士を襲う。


 魔術士たちは風に飛ばされ、背後の木々などに体を打ちつけて昏倒する。


 オズワルドは無傷。


 無傷ではあるが……爆風により、ヘルムが飛んでいってしまう。


 露呈する頭蓋骨。


 残った兵士は恐怖に息を呑む。


「き、貴様……何者なのだ……!?」


「言っただろう、私は国王の近衛騎士。どんな姿になろうと変わりはしない」


「死体……亡霊……アンデッド…………そうか!」


 王子は閃いたという表情と共に、背後に指示を出す。


 前に出たのは魔術士。


 しかしローブの色は灰色ではなく、白色。


 彼らは瘴気に侵された魔の森を浄化するために連れてきた神官たち。


 土地の浄化や治癒術を主だって使用する者たちである。


 オズワルドの周囲が白く輝く。


 包まれた途端、オズワルドの全身には不快な感覚がつきまとう。


 全身を勝手に作り変えられるような、言いようもない不安。


――これはよくない。


 オズワルドは踏み込む。


 …………いや、踏み込もうとした。


 足の感覚は既に無くなっていた。


 足だけではない、下半身から恐るべき速度で上へと迫る白い輝き。


「………………私がいなくなろうとも、ベルガル王国は滅びはしない」


 手の感覚すら無くなった。握っていた剣を落としてしまう。


「国王に栄光あれ…………王国に光あれ!!」


――それが、五百年後に目覚めた黒騎士の最期だった。

読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
厳かな雰囲気が良いなと思いました。
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