3-sixth:シルヴァン防衛戦-1
唖然とするシルヴァンの防衛軍。
こちらにゾロゾロと向かってくるネアリアの兵がいるのは分かる。
いずれシルヴァンに攻め込んでくるだろうというのは、前々から予想できていた事だ。
そこまでは良い。
問題はその量だった。
「何なんだあれは...!」
「まさかネアリアの奴、直接本隊を送り込んだって言うのか!?」
本来、侵攻戦において斥候なども無しに直接本隊を目標へ送り込むことは自殺行為に等しい。
罠や伏兵、敵の防衛状況などの確認も無しでは、情報戦での敗北は確実だ。必然的に、戦闘での勝率も低くなる。
だが、その程度の差は圧倒的な"数"の前では無力に等しい。
その数は今や、千や万では数えることが出来ない程の規模となっていた。
それもその筈。帝国の補給の数割をこの要塞都市に頼っている。ここを制圧されれば兵士の補給状況が悪化するはもちろんだし、ここを拠点にすれば一気にネアリアの行動範囲が広がる。ネアリア王国としては何としても攻略したい街なのだ。
半ば恐慌状態となりながらも、防衛軍側の司令部は迅速に、確実に戦闘態勢へ移っていく。
「...!上空に敵兵を確認!...あれは...竜...!?」
上空には、次第に大きさを増し輪郭がはっきりとしていく、トカゲに巨大な翼を生やして、数十倍凶暴かつ凶悪な見た目をした巨大な獣と、ソレに跨る人の姿。
―――竜だ。
更には最悪なことに、跨っている人は銀一色に輝く甲冑を身に着け、刻印の浮かび上がる両刃の剣を携えていた。
"天銀隊"。
その言葉と背筋に悍ましいモノが流れる感覚が、偵察兵の脳内に叩き込まれた。
響き渡る轟音の数々。先陣を切って飛び出してきた何百もの騎兵達が、一斉に突撃してくる地響きにも似た音だ。
「奴等ばかりに気を取られるな!他の竜騎士にも注意するんだぞ!」
竜に乗るのは、基本援護射撃や支援の可能な魔法師だ。
また、爆薬や火炎瓶などで武装した兵士が乗ることもある。
その目的は大抵、侵攻戦における突撃の援護だ。
声につられてハッと空を見上げる兵士達。確かに目の前の青い空には、奴等―――魔銀の甲冑で身を包む天銀隊の者達―――以外にも、多くの竜騎士が存在していた。
「よーく狙えよ!魔法師隊は詠唱開始!」
司令官の声が響き渡る。
何百もの騎兵が奏でる蹄の轟による音圧の所為か、兵士達は地震が起きているような錯覚を覚えた。
そして、弓矢と魔法の有効射程に入るであろう距離にまで騎兵達が接近した時、その瞬間は訪れた。
「放てえええぇぇぇ!!!!!」
今度は何千もの風切り音。空を矢の大群が埋め尽くす。
―――今この瞬間、シルヴァン防衛戦という戦いの火蓋が切って落とされた。
...
後方で燃え盛る炎と、正面にある西門。
リィハと合流してから言われた通りに来たが、目の前に広がっている光景は炎も相まって灼熱地獄のような形相と化していた。
阿鼻叫喚の地獄絵図。断末魔を上げるものや助けを求める悲鳴や呻き声の数々に、莉は耳を塞ぎたくなったが我慢し、リィハを連れて走っていく―――その時に。
突然、自分を熱気と強烈な殺気が襲う。目の前を炎の弾が飛び出していく。莉はそれをギリギリで避けた。
飛んできた方向を見ると、ローブを来た魔法師らしき男達。
直後、またすぐ横で爆発が起きる。
派手さと規模は前に見たグリフォンの炎よりは数段劣るものの、逃げ惑う人達を物言わぬ火達磨に変えるには十分な火力を持っていた。
「クソッ...!」
慌てて魔法を発動しようとするが、そこらかしこを走り逃げ回っている者達への誤射の危険があったため、そう簡単には発動できなかった。
そうして、自分達に死の危険が迫っている事を悟った避難民達が続々と逆流していく。
大混乱に陥って、それは次第に大きくなっていき巨大な人の波のようになっていった。
もし何かの弾みで躓こうものなら、後続の数人を巻き込んで蹴り上げられ、踏み倒され、挙げ句には誰にも手を差し伸べられずに魔法の餌食になり死んでいく。
人も少なくなり、誤射の危険も無くなったであろう頃合いになった所で、標的がまた莉に移る。
と、同時に莉も魔法を放った。
「【魔弾】!」
星をさらに小さく小型化した魔力の弾丸を数発、魔法師達の方向に向かって放つ。
その不可視の弾丸は、かつて狩った野兎の時のように兵士の脳天を貫き、ただの屍へと変えた。
「...これ逃げても無駄だろ、認めたくないけど」
そんな状況で一人、莉は呟くのだった。