1-first:出会いは夢現に-1
なんてことのない日だった。そして、それが続く"はず"だった。
「ついに、か」
受話器を手に取り、そして力なく声を出すのは、どこにでもいる陰キャである少年、"立花莉"。
電話元は病院。良くしてくれていた自分の祖父が、急に心臓発作で倒れ、死んだのだ。
これからの生活がどうなるのか、なんてのは、まだ15歳である莉には分からぬ事だった。
「こうなるのは、まあ分かっていたことだけどさ...」
...
きっかけは、過ぎぬことだった。
大切なものも程なくしてなくなり、愚親の遺した借金のせいで財産が差し押さえられたのだ。
祖父がなんとかして工面していたようだが、祖父の死によりそれも止まったのだ。まあ、妥当な結果と言えよう。
そう考えると、無性に腹が立ち、傍観したような表情となり―――死のう、と思うようになった。
そして、自分―――莉は、おそらく最後の、そして最期の登校になるであろう憂鬱な気持ちを抑え、学校へと向かう。
「...お、よお。いつに増して暗い顔じゃねえか、莉」
そう話しかけてくれるのは、数少ない親友、"三永信悟"。彼には祖父が死んだことや、死のうと考えていることは話していない。
無理に明るく取り繕い、最後の会話をする。
「やあ、信悟。突然だけど君とはお別れになりそうだ」
「...は?」
「いや、色々あって急に転校することになってね...」
「いやいや、は?どういう事だよ...」
「...すまん!お詫びってことで、ほら。これ、僕の秘蔵の同人誌だ。...ちゃんとお前の好きなジャンルもあるから安心してくれ」
「ああ、お前は俺の大親友だ。忘れない。...じゃなくてな」
「大事なもんだからな。まあ、せいぜい大切に使ってくれ。」
「もちろんだ...って、おい!」
「すまん!もう行くわ、それじゃあな!」
最後の方には少し泣きそうになってしまったが、気合で堪える。
もう、僕に残された時間は、そして残せる時間は少ないのだから。
...
もう、思い残すことはない。
秘蔵のコレクションは大切にしてくれるであろう信悟に渡したし、没収なんてこともないはずだ。...先生にバレて見つかったら元も子もないが。
そうして、台の上に乗る。
目の前にある首吊り縄を見ると、もう何も考えられなくなる。
無意識のうちにそれを首に掛け、そして台から飛び降りた。
そうして、首にきつく縄が結ばれている状態になり、首の骨が折れて死ぬ。
―――かのように、思えた。
ドサッ!!!!
身体に伝わる衝撃。
先ほどまであった虚無感は無くなり、疑問という感情が脳内を支配する。
そして、目の前にある光景を疑った。
先程見た景色―――財産が差し押さえられ、もうほぼ何も無くなった殺風景な部屋―――とは打って変わって、どこまでも広がる、大森林が目の前に広がっていたからだ。
直ぐに頭が思考を再開し、そしてオタである自分はある結論へと辿り着いた。
「ここ...異世界、なのか?」
...
......
.........
どこまでも広がる、大樹海の中で。
ある一人の少年が、小さな古い小屋を出ようとしていた。
出たときに扉を閉めようとしたが、力が足りなかったのか半開きの状態になった。だが、何を思ったのかそのまま放置して何処かへと行ってしまった。
彼の目は何か諦めたような、複雑な形容し難い感情で埋められていた。
それはまるで、無実の罪で独房に追いやられていた冤罪の囚人のような、そんな目。
彼がいなくなった後、風が吹き、中にある本のページがめくられていった。
そしてその最後のページがめくられた時、そこにはこう書いてあった。
『僕の名前は立花莉。"たちばな れい"と読む。
まあそんなことはどうだって良い。この文字が読めるということは、"僕と同じ世界から来た"と仮定して話を進めていく。
僕がこの場所に来たのは、数年前の話だ。悪いがどれほど経ったのかは覚えていない。
だが、ここに来た年月は幸いにも覚えている。20XX年、10/20日。おそらく、午前11時だ。
最初は、この場所はSFに近しい何かがテーマだと思った。
なぜなら、僕はこの世界が"ゲームのように見える"からだ。
自分のHPや周辺マップ、ステータスにetc...
だから、ドラゴンのような生き物が頭上を飛んでいったのには驚いた。そして、魔法陣のようなものを使って他のドラゴンのような生き物と戦っていることにも。
そして、改めてこの世界が現実であるということを実感させられた。―――主に崖から落ちた時の激痛によって。
最初はどうでも良い元の世界から抜け出せて喜んだ。
世話になっていた祖父が死に、愚親の遺した借金のおかげで遺産はパァ。おまけに私財取り押さえとまで来たもんだ。
そんなんだから、最初は憧れでもあった異世界にこれて嬉しかった。最初は、だ。
実際はそんな生易しいもんじゃなかった。
友人もほぼいなく、学校では孤独だと自負していたが、そんな自分が甘ちゃんだったと思い知らされた。"真の孤独"ってのを、無理矢理僕は感じさせられた。
誰かと話したい。誰かと関わりたい。誰かと喋りたい。
ここに来た理由は、前述の出来事があって死のうとしたからだ。そしたらこんな場所に放り込まれて、このザマだ。
話を戻そう。
僕はそんな生活は飽き飽きだ。不味い飯も、硬い寝床も、そして孤独も僕は耐えられない。
ここからする事は至って単純だ。ここから南下し、街か村か集落かを目指す。その後はその時考えよう。
さて、悪いが僕はこの文章が読める同胞が現れることを望む。そして、万に一つも無いとは思うがその同胞へ。
―――孤独なのは、あんただけじゃない。あんたと同じ境遇の人間が、他にいるということを、忘れないでくれ。』
.........
......
...
どれくらい歩いた?
分からない。おそらく、文字通り三日三晩休まずに歩き、時に走っていった筈だ。
僕がそのような事ができているのは、ギフト―――異世界に来てから使えるようになった力をそう呼んでいる―――の一つ、"技術開発"のお陰だ。
これのお陰で、様々な力を手にする事ができた。
ギフトはいくつかある。
まず、先程言った"技術開発"。これは簡単だ。毎日貰える"ポイント"を使って、様々なスキルを手に入れることができる。よくあるソシャゲにあるスキルツリーみたいに、開放していけばするほどより強い力が得られる。
そして、"天眼"。マップやステータス、自分のHPやMPなどの閲覧を可能にする、簡単だが非常に有用なものだ。
そして最後―――"???"。
ふざけているわけではない。実際に、どんなものなのかわからないのだ。"天眼"のギフトの一覧表にも"???"という記載になっており、どのようなものかも分からない。だがこれは、次第に開放されるものなのだろう、と割り切ってしまっている。
話を戻そう。
僕はその内の"技術開発"を使って、大幅な身体強化を施している。何年もかけて貯め込んだポイントは膨大だ。そのため、"技術開発"に入っている身体強化系のスキルは全て有効化しているので、おそらくステータスはカンストしているだろう。
そのため、文字通り三日三晩歩くどころか全力疾走を続けても、まったく疲れは来ない。
だが、肉体的な疲労と精神的な疲労は全くの別物だ。
足を止め、少し休む。
一体何時になればこの大樹海を抜け出せるのか?
それは分からない。
鳥のように空を飛べればどのように広がっているのか分かるかもしれないが、周りに生えている巨大樹の高さでは、今の莉の脚力では飛び越すことはできない。それに、飛行するようなスキルは"技術開発"には一つもありはしなかった。
「...クソっ...!」
こんな事ならあの小屋から出なかったら良かったのでは、と言う考えが頭を過るが、すぐに振り払う。
今更戻るなど論外だし、過去は戻すことはできない。あの小屋を出た時点で、もう自分には進むしか道は無いのだ。
と、思っていた、そんな時だった。
ピカッッッッッッ!!!
という閃光と共に、辺りが眩しいほどに明るくなり、消える。
「なっ....!」
そして、何が起こったか理解したと同時に、莉は閃光のあった方向へと走り出した。
スキルにある魔力感知のお陰で、距離も近いと分かっている。
「人に会える...」
口が、自然と動く。同時に足の動きも増す。
その光の正体が、人の放ったものだと分かったわけではないが、既に莉はそれが人の放ったものだと確信していた。
「人に会える、人に会える、人に会える...っ!!!!」
そうして、光の元の部分、木々の無く開けた場所に飛び出すまで。
莉を待っているものが、黒煙が立ち昇り、強い死臭の立ち籠め、死体や体の破片が転がる地獄絵図だと分かるまで。
人との関わりに飢えた少年は、ただ只管に、我武者羅に走り続ける。
...
「...は?」
開けた場所に出て最初の感情は、喜び。
そして困惑。
そして...恐怖。
得体の知れない身体の破片のようなものが転がっており、そのあまりのグロテスクな光景に思わず吐き気を催した...が、すぐに木陰と草の間に隠れる。
そしてその強化された視力を持って開けた場所を眺める。
見ると、そこは元は村だったのか様々な建物の跡があったが、ほとんど全て焼き尽くされてしまっていた。
「...何だ?」
奥の方から走ってくる物陰が見える。
―――女の子だ。それも随分と幼いな。
莉はそう思うと、よく観察してみる。
金髪碧眼。最初に浮かんだのは吸血鬼、という単語だが頭に角のようなものが生えているので、おそらく違うだろう。魔族というものなのだろうか。
こちらに近づいてくる。が、莉はどうすればいいかと考えていた。
「っつあっ!」
と、少女が叫ぶ。
見ると太ももの辺りに矢が刺さっていた。
矢が飛んできた所を見てみると、軽薄そうな男達6人組が現れる。
一人は高価そうな白を基調とした、いかにも魔法使いのような金と青の模様が刺繍されているローブを着ていたが、他は全て同じような剣や盾を持っている兵士達(のような人物)だった。
その下卑た笑みが中学生の頃に見たいじめグループの者と似ていたので、反射的に莉の顔は歪む。
「ったく、残ったのはガキだけかよ...」
「良いじゃないか。魔族で金髪碧眼の幼子となったら、変態貴族共が高く買うだろう。...我は幼子などに興味は無い。好きにしろ。」
「へへ!さすがジーク様!分かってますねぇ!」
「こりゃ今日の夜は高い酒が飲めそうだなあ...」
それは、あまりにも下衆な会話。
言語は日本語だったが、何故だろうか。だが莉はあまりそれを気にしなかった。
というのも、莉はその会話を聞いた瞬間に顔をさらにしかめて不快そうにしたからだ。実際不快だった。
「う....ぁ...」
一方少女の方は、必死に痛みを堪え逃げようとしていたが、逃げられずに捕まえられそうだ。
そして、男は剣を突き立てて少女の脚へ振り下ろそうとする。
それを莉は、無言で傍観していた。
...が、内心では揺れに揺れていた。
先程からの周りの光景や、あの会話。剣を突き立てる時の表情。
そしてあのような行為を、まるでゲームかのように感じている程の迷いの無さ。
あれは確かに、莉の探していた人間だ。人間だが...
(ふざけるな。あんなものは僕の思っているような人間じゃない。狂ってやがる)
莉は人と話して関わりたいとは思っていたが、あの男達を人だとは思いたくなかった。
莉が思うに、あのようなものは人ではない。もっとおぞましい、魔物や悪魔よりも恐ろしい別の何かだ。
はっきり言って、"吐き気を催す程の邪悪"であり、今すぐにでも死んでほしかった。
そして、今の莉はその男達を消し去る手段を持ち合わせている。
(ならそれを実行しないでどうするんだ?)
自問自答し、戦闘態勢へ移る。
といってもやる事は簡単だ。
「は?」
まず最初に剣を突き立てていた男に向け、拳を振るう。
なんともないただの殴りの動作だったが、その一撃で敵の頭が砕けた。
それもその筈だろう。彼の身体能力はもはや人のものを超越しており、さらに魔力を込めて威力を高めている。人の頭などは木っ端微塵に砕け散る。
だが莉はそんなものは気にも留めない。始めて人を殺したが、不思議と罪悪感は無かった。
むしろ、自然に口が「ざまあみろ」と動いていた。
「何が...」
続いて、何が起こっているかまだ把握していないローブの男へ走り向かう。
杖を出し、半透明の膜を出したようだがそれも無意味に終わる。
膜はまるで無かったかのように拳は通り、先程の男と同じように砕け散った。
だがこの期に及んでまだ残った男達は状況を理解していないようだ。
本日ニ回目の殺人。だがやはりあまり何も感じない。
(人を殺す、という行動をした割にはあまり抵抗が無い...相手がクズだからか?)
と考えつつ、残った者達の方向へ向けて手を向け、言い放つ。
「死ね。【魔力波】」
手に集まる、魔力の奔流。
それが溢れ出した時に、一気に開放する。
ババババッッ!!!!
閃光。
魔力が一気に弾け、一気に四人を消し去る。
魔力を溜め込み、圧縮し、一気に広げながら放出する技。野生の硬い獣ですら簡単に消し飛んだのだ、柔い人間が耐えられる筈も無い。
「ひ...ひいいいいっ!!!」
残った最後の一人は持っていた剣を放り出し、情けない声を上げながら逃げた。が、莉はそれも逃さない。
(剣に血が着いているだろ。それが何よりの証拠だ)
そう思いつつ、残った魔力を固めて撃ち抜く。
パシュッ、という音共に魔力が打ち出されると、「ゥ」と小さな声とともに心臓を撃ち抜かれ、間もなく絶命した。
制圧完了。"人を殺した"という事実に抵抗があまり感じられないが、相手がクズだったから、と割り切る。
魔力感知の反応も無し。ここにいるのは、莉と矢を受けた少女のみ。
「...あ、の...」
「少し、待っててくれ。」
それだけ言うと莉は"技術開発"を操作し、あるスキルを有効化する。
「動かないでくれ。...【治癒】」
莉が治癒、と唱えると、傷はまるで無かったかのように無くなっていた。
治癒魔法としては初期の初期だが、魔力量に任せて行ったので大抵の傷は無くなる。古傷も治せるかも知れない。
「え...あ、傷が...!」
少女は傷が無くなったことに驚いているようだが、数分経ってやっと落ち着く。
「あ、あの...ありがとう、ございます。助けてくれて。」
「いや、良いよ。むしろ間に合わなくてすまなかった。」
「いえ....ところで、貴方は?」
「莉。"立花莉"だ。君は?」
「レイ、さんですね。私はリィハです。」
「...リィハ、か。そうか、ありがとう。」
「あの...貴方は、一体なぜこんな所へ?」
莉はどう答えようか、と回答に困った。