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婚約破棄された貴族令嬢は、実は王子の義弟に溺愛される。

作者: ほのぼの炎

「ルイス。お前は最低だ。とっとと失せろ」


 この国一番の権力者となっているアクヤ王子は、私に冷たくそう告げた。


 私は、スカートの端を摘まみ、恭しく一礼する。


「畏まりました。ですが私達は、婚約をしています。今後、どのように両家の打ち合わせを」


 私の言葉が言い終わらないうちに、アクヤ王子は言葉を遮った。


「婚約は破棄する。今後、ルイスの家とも関わりを持ちたくなんてない」


 アクヤ王子は甲高く嘲笑してくる。


 あたしが周りを見ると、女官であれ他の貴族であれ、皆が私を見て笑っている。


 沢山の冷ややかな眼が、あたしを見てくる。


 ここに、王城にもう居場所はないのだとはっきり分かった。


 ふと、温かい手が、あたしの肩を優しく包んだ。


「姉さん、帰ろう」


 それは弟の声だった。彼はあたしを優しく腕で包んで、大広間から一緒に出て行ってくれた。


 何で、こんなことになったのだろう。


 あたしは確信はある。だけど、何も出来ない。


 自分の国……ローディア王国は、他国の調略に負けたのだ。


 ふと、王子の方を見る。


 王子の傍らには、見目麗しい敵国出身の女がいる。


 あの女だ。


 あの女、カティア・ケーコックが来てから王城は変わってしまった。


 質実剛健だったローディア王国式から、豪華な装飾が施されたアンリ帝国式に内装もがらりと変わった。


 見れば、シルクの簡素な服を着ているのは、自分と弟だけで、女官も貴族も王子も皆豪華な服に着替えていて、その胸には――、


 鷹をあしらった帝国の紋章。


「――」


 あたしは絶句した。


 あたしの国は、帝国に負けたのだ。


 極寒に凍てつかされたように、あたしは……泣いた。


 ふと、温かな手があたしの頭を撫でてくる。


「姉さん」


「何? ハンス。あたし……今すっごく機嫌が悪いんだけど?」


 涙目で弟の顔を見る。


 きっとそこには、あたしに負けないくらいの涙が溜まっているはずだ。


 だって弟は、近衛騎士にもなれるくらい強くて、書記長になれるくらい賢い。


 努力してきた弟は、愛する国が敵国に調略されて泣いて――無かった。


 弟の顔はこれ以上ないくらい、晴れ晴れとしていた。


 まるで、太陽のように輝いている。


 ……おかしい。


 おい、弟。


 今、国がどんな状況か分かっているのか?


 敵国である帝国が我が祖国に、工作員カティア・ケーコックを差し向けて、王宮を手中に収めようとしているのだぞ?


「その、ハンス。あたしの気のせいかしら」


「何が?」


 大広間を出て、周りに人はいない。


 だけど盗聴を念の為恐れて、馬車に乗って、あたしは義弟に聞いた。


「あのね、ハンス」


「うん」


 強張った顔のあたし。


「貴方……喜んでない?」


「すっごく嬉しいよ?」


 あたしは呆然として、眼を大きく見開いた。口もポカンと開けている。


「どうしたの、姉さん。すっごく今面白い顔してるけど」


「……」


「嬉しいな。その……姉さん」


「何?」


「アクヤ王子が婚約破棄してくれて、俺は初めてあのアクヤ王子に感謝したよ」


「は?」


 何を言っているのだろう、この馬鹿弟は。


「姉さん、知ってる?」


 弟は、顔を寄せてきた。少し、近い。


 今は馬車で二人っきり。


 全く、弟がこんな甘えん坊に育ってしまうとは。


 何かにつけてあたしに距離を近づいてこようとするし、あたしが他の男に笑顔を振り向けるといじける。


 ま、そこが可愛いのだが……今はことがことだ。


「何を?」


「俺と姉さんって、血が繋がってないんだ」


「は?」


 弟は、にこりと笑った。


 長い睫毛。綺麗な金色の髪と碧眼は異国の血筋の証。


 あたしみたいな赤髪で薄茶色ネコ眼とは違う。しかし、それは。


「腹違い、なのよ。御父様から聞いてるわ」


「それは嘘。完全に血が繋がってないんだ」


「何を言うのよ。貴方はあたしの、可愛い弟でしかないんだから」


 弟のハンスは、何を思ったか……あたしの手をそっと優しく抱き寄せ、その薬指にキスした。


「――こ、こら」


「好きです。ルイス・ミチティム様」


「え――」


 そこにあったのは、疑い用のない本気の眼差し。


「ど、どういうことなの? ハンス」


「本気です。俺は昔っから、たった一人の女性に惚れていたんです」


「そ、それって」


 あたしは今、赤面しているだろう。


 そして目の前の男もまた、頬を朱く染めていた。


 か、可愛いぞ……この男。


「ルイス様。ずっとお慕いしてました。俺と結婚して下さい」


「えええええええええええええええ!?」


 甲高い大きな声が、草原に響き渡る。


 馬車は今、あたしの実家に向かっていた。





 一時間後。


 馬車はあたしの実家に到着した。


 公爵家として多大の領地を与えられたが、王都から一時間の場所に屋敷を設けている。


 とは言っても、きっとあたしはお払い箱……この屋敷も難癖をつけて、取り上げられることだろう。


「荷造りしないとね」


「そうだね、姉さん」


 ハンスは太陽のような明るい笑みを浮かべ、あたしに手を差し出す。


 ……弟はクールなイメージだった。その弟が、こうまで明るくなるとは。


「ハンス、本気なの?」


「何が?」


「あたしと、結婚したいって」


「本気だよ」


 強烈な目力。


 迷いの一切ない強い気持ちに、あたしは軽く胸を打たれる。


「う……」


「姉さん。いや、ルイス……愛してる」


 キュン。


 あたしの胸が、ちょっと動く。


 お、落ち着け。数学の先生に習った三平方の定理でも思い出せ!


 目の前にいる相手は、弟なんだ。


 イケメンだけど、弟なんだ。絶対に、心を動かすわけには。


「早く行くよ」


 弟は、あたしの手をとって、あたしはそれに誘導されて馬車を降りる。


「~~~~~~」


「姉さん。俺を男として意識してくれると嬉しい。勿論……少しずつで、いいから」


 ハンスは少し顔を朱くする。


 っく、可愛い。この弟、可愛い!


「だけどハンス、一個問題があるわ?」


「何?」


 ハンスは少し眉を寄せて振り向く。


「御父様と御母様が、なんていうか」


「あぁ……」


「あたし達、姉弟きょうだいよ? きっと反対されるわ。あたしへの求婚、御父様達には話してるの?」


「は、話して無い」


「もう……貴族同士の結婚って根回しが大切なの。家同士のお付き合いであって、個人の感情で決まらないんだから」


「そ、その通りだね」


 ハンスはちょっとばつの悪そうな顔をする。


 ちょっと、意地悪な言い方になっちゃったかな?


「でも……俺は俺の一番大切な気持ちを、姉さんに最初に伝えたかったんだ」


 ハンスは少し俯いてそう呟いた。


 キュン。


 っく……。


「だって、姉さんが一番大切だから」


 キュン。


 な、何を言うんだ。弟よ、お前は……弟なんだ。


「他の人が全員、俺と姉さんの結婚を許しても、俺は納得しない。姉さんに好きな人がいて……その人が俺じゃないなら、俺は身を引く」


 ハンスは、真剣な表情であたしの眼を真っ直ぐ見てくる。


 その綺麗な碧眼に、あたしは吸い込まれそうな感覚になった。


 あたしとハンスが、じっと見つめ合う。


 まるで、二人とも溶けていくような感覚。


「姉さんが、ルイス……君が一番大切なんだ。君の気持ちが俺に向いてくれるかどうか、それが俺と君の結婚に一番大事なことだと思う。他の誰よりも、俺にはそれが大切だ」


 ハンスは、真剣な表情だった。


 太陽光が、目の前のイケメンを輝かせている。


 キュン。


 胸が、苦しい。だけど、不思議と嫌な感じがしない。なぜだろう?


「は、ハンス……あたしね、殿方と付き合ったことないの」


「知ってる。王子と婚約してたからね」


「……男の人とどう話したらいいかって、実はよく分からないわ。貴方には、あたしより素敵な人が現れてもおかしくないわよ? なのに、あたしでいいの?」


「馬鹿なこと言わないでくれよ、姉さん」


 目の前の弟は、太陽のように笑った。


「ルイス姉さんより素敵な女性なんて、この世界にいないよ」


「――」


 ハンスはあたしの手を引いて、屋敷に歩み出す。


 あたしはゆっくりと、彼の手の進むままについていく。


 少し、あたしは恥ずかしくなる。


 御父様と御母様が、ハンスの言葉を聞いたら反対されるに決まってる。


 厳格な両親だ。


 姉弟きょうだいの結婚なんて、認めるわけがない。


 軽い足取りと思い懸念。


 あたしは目の前の素敵な男性を見て、不安と期待を覚えるのだった。


 王宮は滅茶苦茶になっちゃったけど、あたしの人生……幸せになれるのかな。






 居間。


 目の前にはあたしの厳格な両親がいる。


 隣には、弟のハンス。


 四人、二つのソファに座りながら向かい合っている。


 ハンスがまず、一礼する。


「御父様、御母様、お忙しい中お呼びして誠に申し訳ありません」


 カール髭を生やした禿頭の御父様、エドガー・ミチティム。


 御父様は低い声で、ハンスに訊く。


「ハンスよ、本当にその通りだな。今……アンリ帝国が我が国にスパイ工作を仕掛けてきている。そんな中、呼び出すとはどういうことだ?」


「実は姉君、ルイス・ミチティム様に婚約を申し込みました」


 いきなり話す奴があるか、馬鹿!


 あぁもう、御父様が椅子から立ち上がった。


 これはもう、拳骨だな。


 段取りが何事も必要なんだよ、ハンス!


 手の掛かる弟だ。これはもう、あたしが出るしか――。


 御父様は頬に涙を滴らせていた。


 自慢のカール髭が濡れてしおれている。


 は?


 ……は?


「ハンス、そうか……とうとう言ったのか」


「お気づきでしたか」


 ハンスは頷き、御父様はむせび泣いている。


「お前が我が娘、ルイスを好いているのは気付いていた……」


 あたし、気付いてなかった。


「きっと皆が気付いていたであろうな」


 いや、御父様。あたし、気付いてなかったんですけど。


 突然、御母様がすっと懐に手を入れた。


 まずい、人間凶器とも言われ武器を隠し持っている母だ! 何が飛び出すか分かったものではない!


 母が取り出したのはナプキンだった。


「ちょっとよろしくて?」


 ――。


 母は、ナプキンで自分の涙をぬぐう。


「……ハンス。とうとう自分の気持ちを告げたのね」


「はい」


 ハンスは首肯する。


「この家でハンスの気持ちに気付いてないのは、ルイスちゃんくらいのものよ?」


「そうなの、お母様?」


「ルイスちゃん。貴方って、色々器用だけど恋だけは何も成長しなかったわね」


 ぐさり。


 お、お母様……。


「ハンスちゃん。実はね、あたくしと主人で話し合ってたの。いつか、こんな日が来たら、認めようって」


 え……認める?


 ハンスの眼に、涙が流れる。


「あ、ありがとう……ございます」


 御父様は、ハンスを見て頷く。


「許すぞ。ハンス。今までありがとな。そしてこの上品なようでいてお転婆なとこがある娘を、これからは任せたぞ」


「はい。人生の全てをかけて……ルイスを愛し抜きます」


「ハンス、お前なら安心して娘を任せることが出来る」


 えぇ……こんなあっさり決まっていいの?


「そ、その、御父様、御母様」


「「何だ?」」


 二人はあたしの方を向いた。


「二人は厳格な方だと思っています。姉弟きょうだいでいいんですか? ハンスの、家柄だって知らないし」


「お前、知らんのか」


 御父様は眉を顰めた。


「御父様。実は……血が繋がってないことも、今日知ったのです」


「なんと……見れば解るだろ。これは異国の血だ」


 綺麗な金髪と碧眼。確かに、そうなのだが。


「でも、腹違いって」


 御父様はあたしを見て、少し強めに眉を顰めた。


「愛妻家だぞ。他に女など作っておらんわ!」


「もう、貴方ったら」


 御母様が御父様に抱きつく。


「ふふふ……。まぁ、幼い内に間違いがあったらまずいと思ってそう言っていた。二人とももう十五歳だからな。立派な成人貴族……もう二人の自由に任せていいだろう」


「……そ、そうだったんですね。すっかり欺されてましたわ……」


「ちなみに、ハンスの家柄は……王子だ」


「は?」


 あたしはポカンとする。


 どこぞの馬の骨ではないのか?


「北に位置するヘラ王国の王子だ」


「えええええええええ!?」


 ってことはあたし……結局お姫様になるのか。


「ルイス、好きだ」


 義弟の綺麗な碧眼が、あたしの眼を――心を捉える。


「え、えぇ……」


「俺じゃ、不満か?」


 彼はほのかに、不安げに言う。


「そ、そんなことはない。格好いいし、強いし賢いし、でも弟と思ってたから……少し気持ちの整理、させて?」


「……分かった、待つよ。いつまでも」


 くすり、とハンスは笑う。


 きっと本当に、いつまでも待ってくれそうな程に……真剣にあたしの眼を見てくれる。


 そっか。


 あのアクヤ王子は……こんな風にあたしを見つめてくれたことなんて、なかった。


 ハンスは全然違う。


 あたしを見てくれてる。


 常にこの真剣な眼差しが見てるのは、あたしのことだけなんだ。


「どうしたの、ルイスちゃん。顔朱いわよ?」


 ふと、御母様が声をかける。


 え、顔朱い!?


「そ、そんなこと、ないです!」


「ふふふ。悪い知らせが度々舞い込んできたが……良いニュースもあるものだな」


 良いニュースと思ってくれてるなら、まぁ……両親にはお世話になってるし、ハンスは嬉しい気持ちを向けてくれてるから、悪くないな……。


 その夜のご飯は、いつもより少しだけ豪華だった。


 ローディア王国は隣の帝国と違って質実剛健なものを好む国民性なので、あまり贅沢らしいことはしない。


 でも、肉が上質だったり、野菜や果物が豊富だったり、良い夕飯だった。


 その席で、御父様は気になることを言った。


「もはや王宮は完全に駄目になった。完全にスパイの手に落ちた。戦争になるやも知れぬ……」


 この国の未来は、暗い。


 だけど。


「姉さん」


 彼は誰より明るい笑顔を、あたしに向けてくれる。


「その……両親に紹介したい。その内、俺の国に来てくれないかな?」


 彼は夕食時、こっそりあたしに言う。


「良いわよ。御父様と御母様に許可をとった上で、行きましょう」


 彼は、はにかむ。


「その二人にはもう許可とってる」


 手の早いことだ。


 あたしは自分の寝室に行って寝る。


 潰れそうな自分の国。それがどんどん分かってくる。


 なのに、だと言うのに――あたしの胸は、今ぽかぽかしていた。


 頭は、ずっと可愛いとしか思ってなかった義弟で占められている。


 ハンス。


 ヘラ王国の王子だったと言う。


「早く、朝にならないかな……」


 そう思ってあたしは、ふかふかのベッドで寝た。


 それは心地良く、久しぶりの安眠になるのだった。






 朝。


 綺麗な太陽が、あたしの部屋を照らす。


 あたしは櫛で自分の髪をとかし、最低限のセットをしたら、準備運動をする。


 王宮で身についた習慣だ。


 そして、それが終わると同時に、御父様の声が扉越しにかかる。


「ルイス。ちょっと良いか?」


「えぇ」


「お前の剣術の腕を見たい。我が公爵家は剣聖の家系。お前が王宮で剣術の成績が散々だったのは知っているが……見せてくれないか?」


「いいですわ」


「よし、では中庭で待ってるからな」


 御父様の足音が、扉から遠のいていく。


 実際、王宮で三回暗殺騒ぎがあり……あたしのようなか弱い乙女でさえ護身術は習ったのだ。


 さらには、ミチティム家は代々優秀な剣士を輩出した。剣聖の称号を王家に最も付与された一族である。


 女のあたしも嗜み程度に、剣を覚えたのだ。


 あたしが木剣をとり、中庭に向かった。


 すると。


 そこにはハンスに転がされた父の姿が。


 御父様……ハンスに剣を挑んだんですね。そりゃ負けますよ。


 去年の時点で、近衛騎士隊長と互角に戦ってましたから……。


 御父様はゆっくりと起き上がった。


「おぉ、ルイス。来たか」


「戦ったんですね」


「うむ。ハンスは強いな」


「そうですね」


 王国最強の一人として囁かれる程に、ね。


 御父様は少しだけ真剣な顔で、口角を上げてあたしに書く。


「ルイスは結婚について、どう考えているんだ?」


「あたしは……周りに合わせます。公爵令嬢として生まれたのに、義務をしないで生きるというのは間違ってると考えてますから」


 あたしは恭しく一礼する。


 御父様は苦笑して、ハンスは少し悲しい顔をした。


「ハンス、こういうことだ。お前は吾輩と妻、そして周りの貴族が歓迎している以上……もうルイスとの結婚は決まっているのだ」


 御父様とハンスは、何か話していたらしい。


 そして今言った御父様の意見は正論でしかない。


 貴族である以上、結婚は町娘のように軽々しく扱うわけにはいかない。


 周りがアクヤ王子と結婚しろと言えばあたしはするし、ハンス王子と結婚しろと言えばあたしはするのだ。


「ハンス、吾輩はな。もうルイスの気持ちなどは無視していいと思うんだよ。ルイスはそもそも……男を好きになったことがあるかさえ怪しいと思ってる」


 ぎ、ぎくり。


 よ、よく見てるな御父様……。


 あたしの気持ちを動かしたのは……昨日のハンスだけだ。乙女心、鈍いんだろうな。


 ハンスは胸に手を当てて、真剣な眼を御父様に向けた。


「それは違います。姉さんの気持ちが、一番大切なんです」


「頑固者め。貴族では、自分の気持ちより家柄や宿命の方が大切なのだ。それを分からぬ年齢でもあるまい」


「……だけど、だからこそ……大好きなルイスの気持ちを、一番大切にしたいのです」


 キュン。


 あたしの顔はきっと今、紅潮しているのだろう。


 あぁ、恥ずかしい。


 でもそれ以上に……嬉しい。


 御父様は溜息をついた後、あたしの方を振り向いた。


「この、幸せ者め」


「……はい」


 御父様もハンスも、あたしの反応に意外そうな顔をする。


 何でそんな顔をするんだろう?


 愛してくれる人がいるって幸せなことだ。


 アクヤ王子は最初からあたしのことを見てくれてなかった感ある。


 ハンスとアクヤは、向ける顔も態度も全然違う。


 そっか……あたし、前は幸せじゃなかったんだな。


「全く……お前がアクヤ王子との結婚、乗り気かどうかも分からなかったが……これなら婚約破棄されて、良かったかもしれんな」


「そうですね」


 あたしははにかむ。


 父も、笑う。


 ハンスは……意外そうな顔をしたあと、笑顔に。


「では構えよ」


「はい」


「位置について……尋常に……っは!」


「《土ぼこ》」


 あたしは詠唱をする。


 父は転び、地面に顔から激突した。


「っぐ……」


「あたしの適性魔法属性は土。その初級技で転ばせて貰いましたわ」


「っく、もう一度だもう一度!」


 父は立て直し、もう一度……今度は上段の構えになった。


 恐らく、武器破壊を狙っているのだろう。


「行きますわよ、御父様」


「位置について、尋常に……っは!」


「《土ぼこ》」


 あたしは御父様の足場を崩しにかかる。そして、自分の足場を台として構築。


 御父様は警戒していたから、よろける程度で済んでいるが――あたしの速さに土肝を抜かれているようだ。


 驚いた顔になっている。


「は、速ー―」


 バキン!


 あたしの木剣の先が、父の木剣に当たって破壊する。


「な、何だ今のは……そうか、自分の足場にも《土ボコ》をかけて、あたかも発射台のように調整したのか」


「はい」


 あたしの長い髪が、風で揺らぐ。まるで風が勝利を祝福しているかのようだった。


「《土ぼこ》にこんな使い方があるとは……いや、それどころか。今……地面が縮んだように見えたのだが」


 御父様は地面を見る。


 正解だ。地面は縮んでいる。


 ハンスがくっくと苦笑する。


「御父様。その……地面の上では俺も姉さんに勝ったことが一度もないんです。地面の上で姉さんと戦っては駄目です」


「な、何!?」


「《土ぼこ》の応用……《縮地》。地面の適切な部分に《土ぼこ》をかけることで擬似空間移動のような動きを可能にした姉さんの得意技です」


「とんでもないスキルだな。土ぼこをこんな風に使うなんて、初めて見た」


「凄いですよね」


 父は、キョトンとした顔で地面とあたしを見る。


 ?


 何を考えているのだろう?


「ルイス……お前の対人成績は並だったと思うのだが」


「あぁ……それなんですが。その、アクヤ王子はあたしに負けるのが嫌だったので、全部大理石の床の上で模擬戦を行ったんです」


「何!? つまり周りがスキルを使ってくる中、ルイスはスキルの恩恵無しで男連中とさえ互角にやり合ったのか!?」


「平均程度の成績ってだけで……スキルを使いこなす人達には勝てませんでしたよ」


 御父様はポカンと開ける。そして俯き、肩をわなわなと震わせた。


 その胸中には、王城への怒りが込み上がっているのかもしれない。


 きっと父は、鬼のような形相をしていることだろう。


「ルイス……お前は、素晴らしい」


 全然違った。


 父の顔は、青空のように澄み渡っていた。


 なぜです、御父様?


 実の娘が虐められていたんですよ?


 そこはもっとこう……「けしからん」とか怒ってくれても良いのでは?


「儂やハンスが勝てないとなると、練習にもなるまい。全く、王城め……丁度良い訓練をしおって」


 ふっと微笑む。


 いや、虐めだよ。御父様、気付いてよ。


 とあたしが思ってるとハンスが、


「御父様。その、ルイスに嫌がらせでやっていたわけであって、決して修行目的とは」


「確かに……ルイス、大変だったな」


 御父様はハンスの言葉で漸くあたしの方を向いた。


「はい、大変でした」


 あたしは、苦笑する。


 御父様は、もう一度ハンスの方を向いて意味深な顔で訊く。


「しかしハンスよ、良いのか? その……自分より強い女が結婚相手で」


 そうだ。そういう意味では、あのアクヤ王子の対応でさえ正解だった。


 しかし、ハンスは。


「姉さんが好きです。世界最高の女性です」


「――」


「ハズレスキルと言われる《土ボコ》で、近衛筆頭の騎士をぼこぼこにした時は流石に焦りましたが……」


 こら弟、それは秘密の試合だ。内緒にしてくれ。


 御父様がこちらを向いて「ルイス、後で話がある」と怖い顔で言う。


 ハンスは笑顔であたしの方を向き、


「こんなに元気で、可憐で、強くて綺麗なルイスが……大好きです」


 輝かしい瞳で見つめてくる。


「――」


 キュン。


 っく、胸が痛い。


 何なんだろう、この気持ちは。


 分からない。


 今まで、なったことがない。


 ハンスは近づいてきて、あたしの指に口づけをする。


「ルイスさん。これから……俺の家族に紹介します。ヘラ王国の、王家です。貴方のような姫になるべく教育された女性は……俺の家は歓迎してくれるでしょう」


 成る程。確かにあたしはいつか王妃になるべく教育を受けた。


 礼儀作法。習い事。魔法。


 どれも人並み以上に熟せる。


「でもそれ以上に、俺は貴方を愛しています。一生、幸せにします」


「――」


 この男は。この弟は、むずがゆいことを平然と言ってくる。


 なのに自分はどうしてしまったのだろう?


 それが、とてつもなく気持ち良い。


 愛おしい。


「婚約、していただいてもいいでしょうか……」


 ハンスが、真剣な眼をあたしに向けてくる。


 答えなんて決まってる。


 この気持ちが、まだ恋なのかもどうかさえ分からない。


 だけど、ハンスの気持ちは嬉しくて堪らない。


「……はい。ハンス様。よろしくお願いします」


「――」


 その綺麗な碧眼が、揺れ動く。


 そして頬が紅潮し、彼の頬から涙が出てくる。


「……あ、ありがとう、ござ、います……ルイス様、一生、一生……愛し尽くします」


 気付けば、御父様の姿がない。


 どうやら空気を読んでいなくなってくれたようだ。


「……ハンス様、あたしはまだ……恋とか愛を、よく分かりません。でも……」


 ハンスがまじまじと、あたしを見つめてくる。


 その顔に、不安の色がある。


「あたしは、貴方に好かれてとても嬉しいです。真剣に、お付き合いさせて下さい」


 碧眼が、輝く。


 彼は太陽の様に笑い、少し泣く。


 あたしと彼の人生が、これから始まるのだ。


 あたし達は、馬車に乗り、北の国を目指す。


 きっと彼の両親や家臣が、あたしを受け入れてくれると信じて。

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