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目の前に立っている彼らは生垣の向こうにいた人で間違いないだろう。
二人とも客観的に見て格好良い部類に入るが、醸し出している雰囲気はまったく違う。
片方は綺羅びやかな衣装を見事に着こなしており、堂々とした美丈夫でまさに完璧だった。
もう一人は上質だが飾りのない騎士服を着けており、鍛えられた体に反して柔和な顔つきをしている。
前者がスナイル王子で、後者は従者ではなく王子付きの護衛騎士なんだろう。
「…いたな」
私を見ながらスナイル王子はポツリと呟く。
「…ええそうですね。誰もいませんと言っていましたが、しっかりといましたね」
王子の隣りにいる騎士も王子の言葉に念押しするように同意する。
はい、ごめんなさい。……いました。
事実を言われているだけなので何も言い返せない。
彼らは腕を組みながらまるで『お馬鹿な子』を憐れむように私を見てくる。
やめて欲しい、そんな目で私を見るのは。
そんな目で見られるくらいなら、不審人物扱いのほうがマシだった。
拷問に掛けられるのは嫌だけれども、あんな目で見られると地味に傷つくものである。
周りには誰もいないので、この状況を自分でどうにかするしかない。
えっと、とりあえず謝る?のが良いわよね。
ここは無難に謝ってこの場から去るのが最善だろう。それ以外は…たぶんない。
なんとか気を取り直し、この場を丸く収めようと口を開く。
「大変失礼いたしました。たまたま通り掛かったせいで会話の邪魔をしてしまったようですね。
歳のせいでしょうか、最近では耳が遠くなっているので話している内容は全く聞こえませんでしたからご安心くださいませ。では失礼いたします」
我ながら完璧な対応だと感心しながら、丁寧にお辞儀をしてその場から立ち去ろうとする。
だが王子は見逃してくれなかった。
「ったく、歳っていくつだよ?この盗み聞き婆さんがっ」
吐き捨てるように呟いた小さな声。
でも私は耳が良いのではっきり聞こえていた。
なんですって?!
ま・さ・か・婆さんって言いましたか…。
……許しませんわ。
まだ17歳の淑女を『婆あ』呼ばわりするなんて、この国の将来の為にも放ってはおけない。
間違いはその場で正さなくては、何がいけなかったか分からなくなる。
これは犬の躾の基本中の基本だ。
猿も同じかしら…?
首を傾げ少し考えるが、ここには尋ねる相手はいないので自分なりに答えを出す。
まあ動物は基本一緒でいいだろうと。
それに『鉄は熱いうちに打て』ということわざもある。
私はすぐさま彼の言葉に異を唱える。
「私はまだ17歳ですので、その呼び方は間違っていますわ。もし本当にそれなりの年齢を重ねていたとしても女性に向かって『婆さん』という言い方は適切ではありません。
それに令嬢を発情期の雌猿に例えるのもいかがなものでしょうか?
確かにそれに近い行動があったとしても、口には出さないのが礼儀だと思いますわ」
「はっ、やっぱり全部聞こえていたんじゃないか」
王子に指摘され自分が言ってはいけないことを言ってしまったことに気がつく。
「………あの、今のは無かったことにできますか?」
「はあーーー、ふ・ざ・け・る・なっ」
後悔してももう遅かった、やはりなかったことにはして貰えないようだ。