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「お嬢様、女狐達はもう行きましたか?」
継母達を『女狐』呼ばわりしているのは以前ムーア子爵家で働いていた侍女のルイーズ。70歳だが『まだまだ現役ですよ!』と愛用の杖を振り回しながら言っている元気なお婆さんだ。
実は解雇されたあと、私を心配してこっそりと訪ねてきてくれている。
この3年間でここまで家事が出来るようになったのはすべてルイーズの指導のお陰だった。彼女がいなければ、きっと私は役立たずの烙印を押され、早々に嫁がされていただろう。
私が『シンデレラ』ならばルイーズは『ちょっと口が悪い魔法使いのおばあさん』といったところだ。
「お茶でも飲んでゆっくりしてくださいな。あの小うるさい鬼達が居ぬ間に洗濯ですよ~」
女狐が鬼に変わっている。相変わらず継母達には手厳しい。でも私のことは孫のように心配してくれる優しい人だ。
私も椅子に座り、ルイーズが淹れてくれた茶を一口飲む。やはりルイーズが淹れたお茶は美味しい、私が淹れてもこの味にはならない。
以前秘訣を聞いたら『色気です』と真顔で言われたので、それ以来秘訣は聞いていない。
「ふふふ、鬼ね…。お義母様達はそこまで酷くないと思うわ。とても賑やかなのは事実だけれども、性格はそんなに悪くないもの」
まあ好きではないけれど、なんていうかどこか憎めないのだ。悪人にはなりきれない継母達だから、こっちも嫌いにはなれないといったところだ。
私の言葉にルイーズは異を唱える。
「お嬢様は甘いですよ。屋敷のことを全部お嬢様にやらせて自分達は『忙しいわ』と言いながら、やることと言ったら着飾って男を追いかけ回すだけじゃないですか。立派な性悪ですよ。そのくせいまだに結婚相手を釣り上げることが出来ないなんて情けない。女の武器を上手く使いこなせていないんですね」
結婚相手が見つからないことは事実だけど、どうか触れないであげて欲しい。そこは非常にデリケートな問題だ。
とりあえず女の武器を上手く使いこなす方法は聞かないでおこうと後半部分は聞き流す。
ルイーズは怒っているけど、今の状況を私自身はそれほど苦に思ってもいないから継母達に腹が立つこともない。
とにかく私に不満はそれほどない。出来ることならこのまま平民になって穏やかに暮らしていきたいと思っているくらいだ。
たまに継母達の荷物持ちでお茶会についていくから貴族達の面倒くささは知っている。優しい言葉と優雅な微笑みで醜い心根を完璧に隠し、私の境遇を陰で嘲笑う貴族達。
彼らを相手にすると本当に疲れてしまう。
それよりも下町に買い物に行った時に、微妙な駆け引きをしながら値段交渉するほうがよっぽど有意義だし楽しい。
「私はこの生活も悪くはないと思っているわ。貴族なんて裏で何を考えているか分からないものだわ。それより下町で平民として幸せに暮らしていくほうが私には合っていると思うもの。ゆくゆくは貴族籍を抜けるつもりよ」
無理して言っているのではない、本当にそう思っているのだ。継母にまだ言っていないが、反対されることもないだろう。
「まあお嬢様がそれを本当に望むなら反対はしません。でも平民になる前に舞踏会に一度は参加したらどうですか?平民になったら参加できないんですから勿体ないですよ」
舞踏会には興味がないので、ルイーズの言葉に心が惹かれることはなかった。
「…面倒くさいからやめておくわ」
舞踏会に出るとなったら色々と用意も必要だし、貴族達と疲れる会話もしたくない。
「まあ若いくせにそんなでどうするんですか!いいですか、舞踏会には国中の若い女性が憧れるスナイル王子がいるんですよ。男前なうえに性格もすこぶる良いと評判の王子様です。目の保養にもなりますし、一緒に踊ることが出来たら良い思い出にもなりますから。ああ、私があと20歳若かったら~」
そう言って本気で悔しがっているルイーズは自他共に認めるイケメン好きだった。
70から20を引いたら50である。マイナス20歳ではちょっと難しいのではないだろうか。
『せめて30は引いたほうが…』と言い掛けたら『生娘はお黙り!』と笑顔で言われた。
……はい、何も言いません。
冗談抜きで怖かった。
現役のルイーズを怒らせてはいけない。
黙ったまま首を縦に振っているとルイーズは『では来週王城で開かれる舞踏会に参加ということで』と勝手に話を進めていく。
「待って、まだ参加するなんて一言も、」
その後に続く言葉を口にすることは出来なかった。
「行きますよね?お嬢様。このルイーズの代わりにあのきらきら王子を観察してきて逐一報告してくださいますよね?このルイーズのために…」
身を乗り出し有無を言わせぬ口調で迫ってくる。この迫力には勝てそうにない。
これが現役とデビュー前の差というものだろうか。
「…来週の舞踏会に行って参ります」
私の答えに『夜の…ではなく、良い冥土の土産が出来ます』と喜ぶルイーズ。
ところで私の思い出作りは何処に行ったのだろうか?と思ったが、もはや聞ける雰囲気ではなかった。