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父が亡くなってからもう3年が過ぎ、気づけば私は17歳になっていた。
使用人のような生活を3年も続けていれば、家事の腕前もなかなかのものになっている。ただ子爵令嬢としての私の評価は微妙というか、嘘偽りなく評価されているようだ。
社交界に顔を出したのは16歳のデビュタントの時だけだが、私はその一晩で強烈な印象を残した。
社交界に初めて出る時は真新しい白いドレスを身に着けるのが常識だが、私だけは継母が着たという年代物の黄ばんドレスを着ていた。それもサイズもブカブカであっていなかった。
『あれはどこの令嬢だ?』
『ほらムーア子爵家の令嬢よ。でも使用人のようなことをしているらしいですわ』
私の方をチラチラ見ながらそんな会話をしている人達。
どうやら灰色のドレスを身にまとい下町で平民のように買い物している姿も目撃されていたらしい。そのうえこんな姿でデビュタントに登場すれば、周りは私が置かれた境遇を察したことだろう。
『リリミア・ムーア子爵令嬢』ではなく『シンデレラ令嬢』と呼ばれ始めるのに時間は掛からなかった。
あれ以来社交界には一度も出ていないので、どう呼ばれようが気にしてはいない。
自分でもシンデレラのような生活だと思っているし、慣れた今となってはこの生活も悪くはないと思っている。
◇◇◇
「リリミア、あれはどこにあるの?もう夜会に遅れちゃうわ~」
「ここにありますよ、お義姉様」
のっぽお義姉様に派手なオウムの頭のような帽子をさっと手渡す。するとぽっちゃりお義姉様の叫び声が後ろから聞こえてきた。その声に動じることなく振り返る。
「きゃー!なんてことなの、ドレスが少し裂けちゃっているわ。買ったばかりなのに、不良品だったなんてっ。リリミアお願いよ、なんとかしてちょうだい!!」
「分かりました、ちょっと動かないでくださいね」
二番目の姉は少しぽっちゃりしているので、無理矢理ドレスに体を収めた後にこういうことはよく起こる。
私はさっと裁縫道具を取り出し破けてしまった部分を器用に縫っていく。お肉を押し込みながら縫っていくさまは我ながら職人の域に達しているなと感心してしまうほど。
「リリミア、助かったわ。本当になんで不良品ばかりに当たってしまうのかしら…」
本気でそう悩んでいるぽっちゃりお義姉様。
この天然っぷり…は嫌いではない。なんか憎めないというか、気づかず幸せに生きて欲しいと陰ながら応援している。
「では私達は今日もムーア子爵家の為に頑張ってくるわね。帰りは遅くなると思うから夕食はいらないわ。だって立派な殿方を見極めるのは簡単ではないのよ」
そう言って出掛けようとする継母に訊ねる。
「あの、夜食はどうしますか?スープだけでも用意しておきましょうか?」
コルセットで締め付けているから夜会ではそんなに食べられないだろうと気を利かせたつもりだった。
「えっ、いいの、いいのよ!なにも用意しなくていいからねっ!特にスープはいらないわ、気持ちだけもらっておくから。リリミアは先に休んでいてちょうだい!」
継母の言葉に義姉達も首を大きく縦に振っている。
なんでだろう、継母達はおとぎ話と違って少し優しいのだ。家事を押し付けてはいるが、特に意地悪はしてこない。それどころか、こんなふうに私に気を使ってくれることが多々ある。
――特に食事関係で……。
私の気のせいかしら??
うーん、とくになにかした覚えはないので、きっと気のせいね。
これが彼らなりの優しさなのだろう。
それならば無理に作って彼らの思いを無下にするのは良くない。
「分かりました、ではお言葉に甘えて先に休ませてもらいますね」
「「「ええ、そうしてちょうだい!!」」」
声を揃えてそう言う継母達の表情は明るい。やはり彼らは根はそんなに悪くない人達なのだろう。
だから私としてはそんなに悪い境遇とは思っていない。特に貴族でいることにこだわりがある訳ではないし、社交界で腹の探り合いをするよりも気楽でいいかなと思っている。
このまま平民になれないかしら~。
なんて思っている今日この頃だ。
派手に着飾って夜会へと向う継母達をいつものように見送る。
完全に馬車が視界から消えると玄関の扉に鍵を掛け、足取り軽く私の居場所と化している台所へと向かった。
『ギッギギーー』
建てつけの悪い台所の扉を音を立てながら開けると、年配の女性がちょこんと椅子に座っていた。
お菓子をもぐもぐ食べながらお茶を飲んでいる、まるで自分の家にいるようなくつろぎようだ。
だがここはムーア子爵家の台所で間違いない。