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「どうするの?リリミアの好きな方を選んでいいわよ。この家で家事をやってもいいし、あなたにぴったりな特別なお相手を探してあげてもいいわ。私は意地悪な継母ではないからあなたの意思を尊重するわ。こうしろなんて強制はしないから安心してね」
継母はもう開き直ったのか、しっかりと私と目を合わせ追い詰めてくる。意思を尊重なんて言っているけれども、選択肢なんてないも同然。
そんなヒヒ爺に嫁がされては堪らない。
実際脅しではなく、私が家事を放棄したらそうする気満々に見える。お金がないと人は簡単に変わる。それにもともと継母はお金があった時から難ありだった。
…きっとやるわね……この人は。
今は保護者である継母に従うほかない。
人の趣味は個性だと思うけれど、私は特殊な趣味に合わせられるほど心が広くない。いろんな特殊な小道具を嫁入り道具として持たされるのは絶対に嫌だ。
「あはは……。どうしたのかしらさっきまでの私は綺麗さっぱり消えてなくなりました。そして今の私は一人で出来る気がしてきましたわ!これからは一人で家事を頑張っていこうと思います。どうか温かい目で見守ってくださいませ」
明るい口調でそう宣言する私。
「そう?リリミアがそこまで言うのなら任せるわ。でも私にも出来ることはさせてね、あなたが少しでも仕事をしやすいように環境を整えるくらいなら忙しい私でもできると思うわ」
意外なことに継母の口から優しい言葉が出てきた。
ちょっと胡散臭いなと感じたけれど、この時は私だけに家事を押し付けた後ろめたさからだと思っていた。
◇◇◇
そして翌日には私の部屋が移動された。
私にあてがわれた新しい部屋は台所の隣りにある物置だったところで、差し出された洋服は汚れが目立たない地味な灰色のドレスだった。
これはもしやあれではないだろうか…。
あの灰を被っている健気な女の子よね?
継母によって与えられた境遇は誰もが知っているおとぎ話の主人公そのもの。あの有名なおとぎ話の主人公にわざわざ寄せてくる意味が分からない。
「リリミア、あなたはムーア子爵家を影で支えるという重大な仕事を任されたの。見掛けなんて気にすることはないわ、人は中身がいちばん大事なんですからね」
見かけをとても気にしている人がそんな事を言っても心に響いては来ない。それどころか『お前が言うなっ!ですわ』と叫びたい。
でもぐっと堪えて、にっこりと笑顔を浮かべてドレスを受け取る。
言いたいことは山ほどあるが、それは今じゃない。この家を自分の力で出られるようにしてからじゃないと、ヒヒ爺へと嫁ぐ道にまっしぐらになってしまう。
とりあえずは緊急避難として無給の使用人、…別名シンデレラとして生きていこうと覚悟を決めた。
不思議とそれほど落ち込んではいない。
なんとかなるでしょうと思っているから。
だって私は『あの父の子』だ。
…なんか自分で言っておきながら複雑な気持ちだ。そして少しだけ落ち込んでいるのは…どうしてだろう。
『リリミア、お腹が空いたわ。なんでもいいから早く作って頂戴ね』
『はい、お義母様』
とりあえず初仕事として昼食を作ることになった。
初めてなので難しいことは出来ないけれど、使用人が料理をしている姿は何度となく見たことはある。だからスープくらいなら私にも作れる気がする。
えっと、スープでいいかしら。
あらお肉がないわ、どうしよう…。
野菜はあるけれども食材置き場にお肉が見当たらない。義姉達はスープのなかのお肉が少ないと大騒ぎするほどの肉好きなので、入ってないとショックを受けるだろう。
好きにはなれない人達だけれども、悲しませたいとも思わない。私はそんなに意地悪ではないから。
どうしようかと考えていると台所の隅でご臨終しているチューチューと鳴く生き物だったものを3つ発見する。鶏肉も豚肉も牛肉も…種類は違えど肉は肉だ。
…だからこれも肉で間違いない。
それに以前使用人が『お嬢様、最近ジビエ料理が流行っているんですよ』と教えてくれていた。
ジビエとは狩猟によって捕獲された野生の鳥獣のことらしい。
狩猟はしていないけれど、飼育していないので野生といっていいだろう。
うん、これはジビエだわ。
運よく代用品が見つかったと神様に感謝をしてから、『ドボン』と迷うことなく鍋の中に入れる。木べらでかき混ぜると細長い尻尾は見えなくなる。
3つあって良かった、継母と義姉達の分さえあればとりあえずはいいのだ。自分はそんなにお肉は好きではないから我慢できる。
家事を全くやったことがない私のシンデレラ生活の滑り出しは順調そのものだった。