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「ったく、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
時間を無駄にしたな。王子ってのは忙しいんだ、貴重な時間を返せ」
時間を巻き戻すことなんて出来ない事を承知の上で無理難題を言い放つスナイル王子。
みんなの憧れである王子様の、心の器はとても小さいようだ。
…小さい?ふっ、いいえ違うわ。
そんな表現では足らないもの。
とっても、とーても小さいんだから!
『この極小王子めっ』と心のなかで叫んで心を落ち着かせる。
「その顔には覚えがないから会ったことはない…ようだな。どこの令嬢だ?
こんなに早くに舞踏会に乗り込んできて私に取り入ろうなんて、まさに発情期の猿だな。
ははっは、どんだけ飢えてるんだ」
私が立ち聞きしていたのが分かったからか完全に開き直っている。もう完璧な王子の仮面を被る気はないようだ。
思ったままを言葉にするのはいい、でも口が悪すぎる。
抗議したいのは山々だが、また余計なことを言ってしまうかもしれない。
なので口を閉ざし、不敬にならない程度に睨みつけるだけにする。
そんななか護衛騎士が王子に注意をしてくれる。
「スナイル様!令嬢に対し失礼ですよ。確かに立ち聞きしていたのは褒められたことではありません。だからといって欲求不満だと決めつけるのはよくありません。ちゃんと話を聞いてから判断するべきです」
後半部分はいらなかったと心から思う。
でもあの王子の発言の後だからだろう、普通のことを言っているだけなのに護衛騎士がとてもまともな人に見える。
そういえば数年前王子自ら平民出身の騎士を護衛に抜擢したと話題になっていた。
確か『ケイ・ガードナー』という名?だった気がする。
『お嬢様、平民の星の誕生です!私があと5歳若かったら~』とルイーズが嘆いていたから覚えているのだ。
きっとこの人がそうなのね。
良い人そうだわ。
「ケイ、お前甘いぞ。他人事だと思って…。この前なんか半裸の女に待ち伏せされたんだぞ。こっちの身になってみろ」
そう言って王子は眉を顰めている。どうやら王子様もいろいろと大変なようだ。
「確かにあれは恐怖を感じましたね。ですがこの令嬢はまだ脱いではおりません、決めつけるのは早計です」
騎士の言葉に私はコクコクと首を縦に振る。
ここは王子を相手にするより、まともな護衛騎士に話したほうが分かってもらえそうだ。
「失礼ながらガードナー様?で合っているでしょうか。私はリリミア・ムーアと申します。この度は開始時刻を間違え早くに到着してしまった為、庭園を散策しておりました。
お二人の邪魔をするつもりはなかったのですが、会話が聞こえてきてしまい動けずにいたのです。
本当に申し訳ありません。スナイル王子の真実については、公言しないとお約束致しますのでご安心くださいませ」
嘘を言っても見抜かれると思い正直に話した。
ガードナーはこちらのことを探ってくるように私の目をしっかりと見つめる。
「名乗らずに申し訳ありません。私はスナイル様の護衛騎士をやっておりますケイ・ガードナーです。
この度はこちらにも落ち度がありましたので、お気になさらずに。
それにあなた様は正直な方のようですね。ここでのことは忘れてくれると信じております」
どうやら信じてくれる気になったようだ。
やはり身分が高い方ではなく、まともな方に話して正解だった。
『では失礼いたします』と言って彼らに背を向け今度こそ立ち去ろうとする。
「おい、今日聞いたことは他言無用だ。まあ話したところで、誰にも信じてもらえないだろうがな。
もう俺を追いかけ回すなよ。子爵令嬢なんて価値はないから間違っても相手はしないぞ」
スナイル王子はまだ私を疑っているみたいだ。
それにしてもなんて言い草だろう。確かに子爵なんて身分は高くないけれども、失礼にもほどがあるだろう。
相手が王子だからといって、我慢にも限度がある。
私はくるりと振り返り、無礼な王子に話し掛ける。
「そうですね、子爵家と王家では釣り合いが取れないことは子爵令嬢の私ごときでも分かっておりますのでご安心くださいませ。
そういえば一部の猿は達するのがとても早いのですよ。ああ、つまらない事を言いましたね、何が早いかなんてきっと王子にはお分かりですわよね?だって猿並みのようですから。
いくら猫を被っていても、夜の励みが猿並みでしたら私が言わずとも未来の王子妃様が真実を漏らすかもしれませんわね。
おっほほほーーーー、では御免遊ばせ」
自生している木苺を森の中で採集している時に目にした猿の繁殖行為が役に立つ。
頑張っているなと思い応援していたのだが、まさかそれがこんな形で役に立つとは思ってもいなかった。
まさか王子と猿が同じなんて…。
とっても複雑…よね。
笑顔でそう言うとドレスを両手に持って走って逃げる。淑女とは言えないけれど仕方がない。
「おいこらっ、違う、間違っているからな。俺は猿並みだなんて一言も言ってないぞ!
誤解したまま逃げるな、待ちやがれ!」
人は本当のことを指摘されると感情が揺れるものである。
本当はとても悩んでいるのかもしれない。少しだけ悪かったかしらと反省をする。
「逃げていませんわ。ただ走って帰ろうとしているだけですから。もう二度と会うことはないと思いますが、いろいろと頑張ってくださいませ~」
後ろを振り返ると『このっ、待て!王子の俺にそんな態度をとるなんて!』と叫んでいる王子と『…お互い様です、スナイル様』と言って王子を羽交い締めにして止めているケイ・ガードナーの姿が見える。
さすが平民の星、出来る騎士は仕事が的確で素晴らしい。
私は味方してくれたガードナー様に遠くから黙礼をして素早くその場から逃げることに成功した。
もう彼らには二度と会うことはないと思っていたのに、三日後なぜか彼らは再び私の目の前に立っていた。
『ケイ・ガードナー』は作者の他作品『ある日愛する妻が何も告げずに家を出ていってしまった…』に出ている人物です。(アルファポリス様にて掲載完結済み)




