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題:3

「ど、どういうことッスか?もう一つの部屋の様子なんてここからじゃ分からないじゃないスか」


 青年の疑問も最もだが、彼には少し想像力が足りないようだ。二人一緒に捕まったのが分かっているのなら、こちらの部屋に姿が見えない以上、必然的にもう一つの部屋に居ることになるだろう。エイルもそれを理解しているようで、何の反論もしなかった。


「な、何で二人とも何も言ってくれないんスか⁉……まさか、分かってないの俺だけ⁉」


 困惑する青年へと説明する少女を横目に僕は部屋の隅々まで目を走らせる。だが、特段変わったところはガラスの壁以外に見受けられない。ガラスの壁が開いてもう一つの部屋と繋がるという事は考えられなくもないが、それにしては簡単すぎる。あったとしてももう一段階、別の仕掛けが施されているのだろう。


「……そういうことか」


 同じく顎に手を当てて思案していたエイルが呟いた。あれだけ僕を煽っていたこいつが僕らを置いて脱出用の扉を開けるなんて誰が予想できただろうか。「ちょっと待っててくれ、すぐ戻ってくるから」と、扉の先へ消えていくパーカーの袖を掴む者は居なかった。


「行っちゃいました……。そうだ、俺まだ貴方の名前を聞いてないですよね」


 少女の事情を理解できたらしい青年が止まっていた僕に話しかけてくる。思考を遮られた僕が渋々体を向けると、青年は真剣な目つきで「金城救(かねしろ きゅう)です、よろしくお願いします」と自己紹介した。

 あまりの真摯さに吐き気がする。エイルとはまた違った意味で嫌な奴だった。兎も角、エイルがこちらを疑ってきている以上、嘘をまき散らすのは危険だと推測した僕は名前も正直に伝えることにする。


「僕は御霊伊依だ。言っておくが助け合う気はないからな。勘違いするなよ」


 行ったそばから何を勘違いしたのか、キュウは笑顔で「はい、わかりました!」と頷いた。

 せいぜい足掻けと胸中で毒づいた僕はもじもじとこちらを見ながら両手をせわしなく動かしている少女に気が付く。小動物にも見える臆病な彼女の言いたいことは伝わってきた。どうしてこうも面倒な面子が集まっているのだろうか。ただ、彼女のことを邪険にしようとは思えなかった。


「気が向いたら助けてやる。だから、その……あんまり僕に怯えるな」


「は、はい。渦江京(うずえ けい)です、よろしくお願いします!」


 ケイがたどたどしい自己紹介を終えて頭を下げた直後、轟音が響き、壁を覆っていた何かが上昇を始める。


「キャッ⁉」


 突然の出来事に悲鳴を上げたケイは目の前に居た僕の身体にしがみついてきた。最悪のタイミングで部屋に戻ってきたエイルは誰の目から見ても僕にドン引きしていた。


「へぇ、そういう趣味があるんだ……。悪いことは言わないから僕ら以外の人には隠しておいた方がいいよ、それ」


 言葉こそ柔らかいが、節々から軽蔑の色が感じられる。「ご、ごめんなさい!」とケイが離れ、僕も否定したものの、結果は惨敗だった。鈍感なキュウが窓に変貌した壁へと視線を誘導してくれなければしばらく針地獄が続いていただろう。


「皆さん、窓の外!見て下さい!」


 視界から伝わる今の状況は最悪だった。目下に広がる透明な海は、鉄筋に繋がれたこの部屋が落ちてくるのを湯気を上げながらまだかまだかと待ち構えていた。心なしか室温が上がった気がする。皆が皆、差異はあれど死の恐怖を感じていた。


「温泉は嫌いじゃないが、あまりに熱いのは勘弁してほしいな。みんな、何か仕掛けのヒントになるようなものはない?」


「エイルさん、余裕過ぎません……?あっ、あれはもう一つの部屋ッスかね?」


 キュウが指差した右窓の向こうに、もう一つ部屋が存在している。あちらのガラス壁も既に露出しており、中に七人ほど人の姿が見えた。四本の柱に密着した正方形の部屋を見て、おそらくこの部屋も同じ様相なのだろうと推察する。


「シーナ!シーナ!」


 ケイは壁に張り付き、届くはずのない叫び声を上げていた。恐怖に壊れてしまった人間は邪魔にしかならない。僕は友人の姿を見つけて錯乱状態に陥っている彼女の腕を掴み、壁から引きはがす。


「落ち着け、仕掛けを解けばすぐにでも会えるんだ。キュウ、ケイとその人を連れて行ってやってくれ」


 自分に近づく死と友人に近づく死を同時に感じ取ってしまった彼女と、相変わらず眠ったままの女性を能天気なキュウに押し付けて部屋から追い出すと、エイルがきょとんとした顔でこちらを見ていた。そんなに他人に気を配る僕がおかしいか。


「君もおかしなやつだな」


「御霊伊依だ。お前に言われたくない。絶対友達少ないだろ」


「御霊伊依……分かった、イイだな。真っ先に出ていこうとして結局最後まで残るなんて、余程優しいんだな。僕とは違って友人に恵まれてそうだ」


「単に後からお前に小馬鹿にされるのが嫌なだけだ。正面から人を嘲る奴にはろくなのがいない。あと残念だが、僕は友人には恵まれていない」


 互いに気が済むまで罵り合った後、ようやく話が本題に入る。扉の先でエイルが何を見て、何を知って、何をしたか、だ。

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